(出来ることならば、この小説は以下の文章を読んでからお読みいただけると嬉しいです。
2002年度:星の屑阻止月間コンテンツ 第一回 コウと彼の両親について(レポート)
2002年度:星の屑阻止月間コンテンツ 第二回 コウとキースについて(レポート)
2002年度:星の屑阻止月間コンテンツ 第三回 コウとシナプス艦長について(レポート)
よろしくお願いします。)
「直撃、左舷モビルスーツデッキ!・・・・カタパルト使用不可能、火災発生!緊急閉鎖します!」
響き渡る轟音の中、被害報告ばかりがブリッジには届いていた。
「艦長!火災により左舷メガ粒子砲も損傷、使用不可能です、それから・・・先ほどの底部放熱翼への直撃により、機関出力がが70パーセントに低下!!」
背後のオペレーター席に座ったシモン軍曹の声が、そこまで報告してから私の背中を見て止まるのを感じる。
「・・・・・っ、艦長・・・・!」
案の定、実に女性らしい悲鳴を彼女は上げた。
「もう、これ以上は・・・・!!」
「ならん!」
私はただ一言だけそう叫んだ。舵を握ったままのパサロフ大尉が振り返ってこう言う。
「しかし、最大戦速はもう無理です。」
「・・・では第一戦速に落とせ、しかし止まるな!」
「ヨーソロー!」
それだけ答えるとパサロフ大尉はまた前を向き、舵を左に回した。直面に展開する敵部隊からわずかの間だけでも左舷を遠ざけようという算段だ。それだけの時間で、果たして整備班は間に合うのか、この艦は持つのか。・・・・あぁまったく!
「スコット!・・・・ガンダムは!」
私はシモン軍曹を見放したわけではないが、まだしもまともな口を聞くであろうと思いスコット軍曹の方に叫んだ。
「距離、12000!・・・コロニーまでは残り8000です、敵の第二線をたった今突破!」
「・・・・進め!」
対空機銃座の半数近くが損傷、対艦ミサイルも撃ち尽くした。モビルスーツ隊はまだ健在だったが、敵の数も減りはしなかった。・・・・私はさすがにア・バオア・クーを思い出した。・・・・・・あれ以来だな。・・・いや。あれよりひどい。激戦の最中だ、という高揚感と、艦長の責任の中で、私の口を唐突にその言葉がついて出た。
「・・・全艦に流せ。・・・いや、モビルスーツ隊にも伝えろ。」
急いでシモン軍曹が回線を開く。私は、しばらく考えてから自分に言い聞かせるようにこう言った。
『・・・・諸君、落ち着いて良く聞いてくれ。』
ああそうだ、ア・バオア・クー以来だ、こんなことを言わなくてはならなくなったのは。・・・・あらためてこの艦のことを思った。こんなにひどい状態に陥るペガサス級は滅多に無いだろう。いや、ア・バオア・クーで撃沈した二番艦のホワイト・ベース以来に違い無い。ホワイト・ベースからこの七番艦のアルビオンまでの、これまでのペガサス級など全部お飾りだったんだ、と言いたいくらいの気分に私はなっていた。
『良く聞いてくれ。・・・・・・・・・私は自分の艦を沈めたことのない艦長だ。・・・・・だから安心するように。・・・以上だ。』
「・・・・ガンダム、ウラキ中尉の位置、コロニーまで距離2000・・・・あ!今、敵機と接触・・・・・交戦状態に入りました!」
私の短い全艦放送の後に、あっという間に艦は戦闘状態に戻った。。・・・・赤い光。白い光。本来黒いはずの宇宙が、目も眩まんばかりの光の渦で彩られている。そしてその色彩は衝撃を伴って、この艦を襲い続ける。
「シモン、残り時間は!」
その時また光の球が、ブリッジ間近で跳ねた。
「・・・・も、イヤっ・・・・!」
「叫ぶな!・・・・・時間は!」
「あと・・・・・あと十六分っ・・・・!!」
コロニーが阻止限界点を突破するまで、あと十六分。
「・・・・・持つのか。」
「はい?・・・・・全力で回避、及び戦闘行動共に継続中ですが・・・・」
「いや、」
私は呟いたつもりだったのが、スコット軍曹が律儀にイヤホン越しに返事を返してきた。酒の一つもまともに飲めない筈の彼は、ここへ来て非常な男気を発揮し、見れば涙目のシモン軍曹にハンカチなど取り出して渡している。
「艦ではない。・・・・・彼がだ。・・・・・ウラキ中尉が、もつのか。」
「・・・・・・・・」
スコット軍曹から返事は無かった。私は、罵声が飛び交うブリッジで非常識にも目を瞑った。・・・・そして、気付いた。・・・・・いつのまにか。
いつのまにか、まるで親のようにか、ウラキ中尉のことを心配している自分に。
極彩色
考える時間は、時間だけはまだあった・・・・そう、自身で思っていたよりもずいぶんと豊富に。
「・・・・では、休廷。・・・・次回は十八日、三日後に・・・・・」
なにやら裁判官と思しき人物が裁判の閉廷を告げ、私は自分の独居房に戻されたのだが、それでもまだ呑気に思っていた・・・・・思ったより時間があった。・・・・・軍事裁判というのは、もっとすみやかに進むものだと思っていたのに。逮捕、聴取、そして、そして死刑・・・・・・そう、死刑、と言った具合に。
「・・・・・明日の日付けで、一件面会の申し込みがあります。御会いになりますか?会うか会わないか選べます、大佐。」
そう刑務官に言われるまで、私は自分が話しかけられているのだと気付かなかった。そういえば、私はまだ大佐か。・・・・刑が確定するまでは。
「・・・・申し込んでいる人物は?」
名前を聞くと案の定、面会を申し込んで来ていたのは妻だった・・・・が、私は緩く笑って、それを断る。
「いいのですか?」
年若く見えるその刑務官は言った。
「・・・・いいんだよ、最後に会えれば。・・・・それでいい。ありがとう。」
この辺りは男の我が儘、とでも言うのだろうか。それでも、私は最後の日まで妻に会うつもりは無かった。・・・死刑になるのだろうなあ、とは思っていた。それだけのことをやったからだ。
「では・・・・」
刑務官は解せない顔をして、それでも独房に鍵をかけ、去ってゆく。・・・・その背中を見ながら私は思った。そうだな、どこかで引き返せば良かったのだ。・・・・しかし、私にはそれが出来なかった。そして、死刑に値するだけのことしてしまった。・・・・・・・・親のような気持ちになってしまったのだ。たった一人、先鋒を切らせたウラキ少尉を、見捨てることがどうしても出来なかった。出来なかったのだ。しかし、あの時あの艦に必要とされた判断は、無謀な進撃などでは無かったのだろう。事実、一機のモビルアーマーを守るために数々の命令違反を犯し、他の多くの人命を失った私は、その罪を背負って今、ここにいる。
さすがに拘束されてから、手錠をかけられてから、私は何故そんな行動をとってしまったのか、ということについて考えた・・・・・そして、一人の人物に行き当たったのである。
一人の人物、である。笑えることに、名前も憶えていない人物だった。二十年ほども前に、一度会ったことがあるだけの人物だ。しかし、今思えば、その人物は良く似ていたのである・・・・ウラキ少尉に、だ。
「・・・・・そうだ。だからだろう。」
思えば初めてウラキ少尉を見かけた時に、不思議な既視感を憶えていたのだった。しかしその後あまりに慌ただしく、その理由について考える暇も無くここまで来た。そして今・・・・・考える時間はあった。考える時間は、時間だけはまだあった・・・・そう、自身で思っていたよりもずいぶんと豊富に。
私がア・バオア・クー戦の時に指揮していた艦はサラミス級の戦艦である・・・・・・その艦の名前は、ここで言っても意味のないものだろう。ともかく、私は79年に、そのサラミス級のとある艦であの会戦に参加した。・・・・その時点で、すでに大佐であり、艦長だった。・・・・しかし、思い出したのは、もっとずっと昔の、自分がただの一兵卒だった頃の出来事である。
その頃、私は『腐っていた』。・・・・妙な表現なのだが、他に表現しようがない。私は61年に、二十三歳で地球連邦軍に入隊したが、その時から宇宙軍に所属していたわけでは無かった・・・・というのも、そもそも当時の地球連邦軍には、宇宙軍が無かったのである。編成される以前であった。私はごく普通に一般の大学を卒業し、それから思うところがあって軍を志した。二十三歳で入隊、というのはおそらく遅い方だろう。軍人や警察官には、その職業に就くことの出来る年齢制限、というものがある。ギリギリとまでは言わないが、かなり遅くになってから、今さらのように士官学校に入学した。それが、61年の出来事だ。
二年の学校生活を経て、晴れて所属したのは本部・・・・つまり、ジャブローだった・・・というと聞こえはいい。確かに私は、少し煙たがられるタイプの士官候補生だった。大学出の人間が、今さらの様に軍を志すことがほとんど無いらしく、つまり私は・・・『インテリ』などと言って、ずいぶんと学生時代にバカにされたものだ。結局、地方で戦車に載るところから軍人としてとスタートすることもなく、本部配属が決まった。かといって、本当のエリートのように内務に携わり、作戦本部に所属し・・・というようなものでもない。しかし、真の問題は私ではなく、ジャブローの方にあった。63年当時のジャブローと言うのは、『建設予定地』であった。・・・・・平たく言うとただのジャングルである。
ともかく、当時の私は『腐っていた』。・・・・・もともと地球連邦軍というのはどこかと戦うような軍隊でもない。治安維持軍としての意味合いの方が大きい。当時は殊更にそうだった。その、あまりにのんびりとした空気に、自分が思って志した軍との違いに、様々に私は嫌気を憶えていた。おそらく若かったのだろう。挙げ句に、些細な失敗をしてその日は・・・・・その、蒸し暑くて気が狂いそうになるその八月の初めのある日、私は外回りをやらされていた・・・・つまり、銃を小脇に抱えての、ジャングルの中での哨戒行動、見回りである。・・・・こんな建設現場しか無いようなジャングルに、一体どんな敵が現れると言うのやら!不思議に手の伸びる猿だろうか。集団で襲い掛かって来る粉っぽい蝶だろうか。それともアマゾン川からピラニアが這い上がってくるとでも言うのだろうか!罰則にしても程がある。私は苛立ちながら歩いていた。
そして、彼に会った。
哨戒行動と言っても、任務で回るルートはあらかじめ決まっている。私がその日受け持っていたのは、工事現場の周囲四分の一ほどを行って、そして戻って来るだけという単純なルートだった。・・・・嫌々ながらその任務についていた私は、まさかジャングルの中から何かが飛び出してくるなどとは思っていなかった。しかし、急に下草が鳴ったかと思うと、妙なかたまりが・・・・・正確には人が・・・・飛び出して来た。
「・・・・・誰だ!」
私はとにかく驚いたのだが・・・・とりあえず、飛び出して来た人物はもっと驚いたらしかった。私が、言葉と共にマニュアル通り、銃を構えて彼の方に向けたからである。・・・・飛び出して来たのは一人の男だった。・・・・・年の頃は、当時の私と同じくらいに思えた。・・・・つまり、二十代半ばほどか。
「・・・・・えっ・・・・え・・・・・あれ、ここは・・・・」
飛び出して来た男はそんなことを答えて、慌てて両手を上げた。・・・・その格好を見て、私は驚くを通り越して今度は呆れた。・・・・・『冒険者』だったからだ。
「・・・・・この土地は地球連邦軍の管理下にある。・・・・無断で立ち入った場合には、罪に問われる。・・・・・許可証は?」
それでも私はマニュアル通りの言葉を、銃を構えたまま言ったのだが・・・・言っている最中に一羽の綺麗な鳥が背後のジャングルから飛び立って、奇妙な鳴き声を上げて空に消えた。・・・・それで、私は私は銃を構えているのがややバカらしくなった・・・・ジャングルの中で、地球連邦の管理下が何だと言うんだ。
「・・・・・いや、ありません・・・・すいません、知りませんでした。」
そんなようなことを『冒険者』は答えた。・・・・まったく、冒険者以外にどう表現しろ、というのだろう。彼は、白っぽい服を着て、腰には水筒をかけていた。もちろん、首には双眼鏡だ。・・・・そして、頭にはコルク帽をかぶっていた・・・・冒険者が、古の冒険者が必ずかぶっていた、というあの堅くて白いアレである。
「・・・・・・何か身分を証明できるものは・・・・・」
それでも一応、私は任務を遂行しようかと思いそう続けてみた。いや、もう随分バカらしくはなっていたのだが。この男よりは、不思議に手の伸びる猿の方が連邦軍にとっては幾分か敵だことだろう。
「それならあります!・・・・ちょっと待って・・・・」
男は背中からリュックサックをおろすと、慌てて中をかき回し始めた。・・・・武器でも出て来たらどうしようと思ったが、地図やコンパス、それから飯盒と、やはり冒険者らしいものしか出てこなかった。
「・・・・あった!これです。」
男は遂に、一枚のカードを取り出した・・・・驚いたことに、それはIDカードだった。それも、公務員の。
「・・・・・・・・・・・」
私は銃を降ろした。政府関係の人間であったら、その場で身分を照会出来る端末を持ち歩いていたからだ。それで、そのスキャナにカードを差し込んでみた。・・・・ホストコンピューターから返答があり、あっさりと該当の人物が表示された。・・・・そのモニタの画像を、目の前の間抜けな格好の男と顔を比べてみる。・・・・・本人だ。
「・・・・・・公務員が、なんでこんなところで冒険してるんだ・・・・・。」
私は気が抜けてしまって、カードを返しながらそう言った。
「・・・・・・いや、それを言われると・・・・お恥ずかしい・・・・。」
そう答えて男は頭を掻いた。
彼が、似ていた。
今思うと、ウラキ少尉に、彼が似ていた気がするのである。
気が付くと夕暮れ時で、独居房の床には夕食のトレーが差し込まれていた・・・・と、驚いたことに、いつもはそれで終わるのに、向こうから靴音がする。
「・・・・大佐、面会にいらっしゃていた御婦人は帰られましたが、これをお預かりしましたから、一応。」
見ると、それは昼間の刑務官で、房の鉄格子のすきまから、私に向かって何かの包みを手渡そうとしている。・・・・驚いて私は言った。
「・・・・いいのか?独居房に収容されている裁判中の囚人に差し入れをするのは軍規で禁止されているはずだ。」
年若い刑務官は困ったような顔で私を見た。
「中身は確認しました。・・・・・この程度の軍規違反なら、厳重注意で済みます。・・・・でも、大佐には・・・・・・時間が無いんですよ。」
押し切られるように荷物を受け取った。・・・・開いてみた。中から出て来たのは、私が自宅で使っていたひざ掛けだった。
私は何に謝ればいいのか分からなくなった。
「・・・・旅行中?このあたりには何も無いが。」
その男・・・・名前は、IDカードを照会してまで確認したはずなのだが、何故か私には思い出せない、ともかくその男は旅行中だ、と言った。当時の私は、だから前述したように『腐って』いて・・・とてもやる気が無かったので、その男と一緒に、任務中にも関わらず道ばたに座り込み、話し出す、という状況に陥っていた。
「何も無い?・・・・いや、全てがあるよ!!・・・・残っている、というべきかな。」
いろいろ話は聞いたのだが、細かいところは割愛する。彼は、公務員だったが・・・それも、かなり上級職の公務員で、連邦の中枢に関わるような仕事をしているように私は感じたが、まあつまり趣味がアマゾンの動植物である、ということらしかった。・・・・彼は大事そうに包まれた、一つのカメラを取り出した。
「これで、写真を取るんだ。・・・・・猿や鳥や、それから花の。」
「・・・・・・なるほど、」
私は分かったような分からないような気分になった。・・・・彼はずうっと快活に、愉快そうにその話をし続けたのだが、自分の興味のある話ではまったく無かった。
「それは分かったのだが・・・・それでも、とりあえず気をつけた方がいい。この辺りは連邦軍が管理しているけれども、まったく人の手の入っていない場所もアマゾンにはまだ多い。・・・・何かあったら、家族が心配するだろう?」
私がそう言うと、急に彼の顔から笑いが消えた。・・・・私はその時、初めて彼の顔をきちんと見た。・・・扁平な顔だった。・・・・おそらく、アジア系、というのだろうか。逆に言えば、だから私には、彼の顔をきちんと覚えることも出来なかった。・・・・残念ながら同じ人種ではない私には、アジア系の人物は皆同じような顔にしか見えなかったからだ。
「・・・・・それが問題なんだ。・・・・ああ、それが問題なんだ、『家族』。」
そう言って急に言葉が少なくなってしまった彼に、私は驚いた。
「・・・・・何が問題なんだ。・・・・・気に係るようなことがあるならすぐ帰れ。」
「俺は、悩むと・・・・いつもここに来るんだ。・・・・アマゾンに。」
男はまったく信じられないようなことを言った。・・・・いつもここに来るんだ!私は、たとえ任務でも、こんな工事現場の哨戒任務になど就きたくないものだと日々思っている。
「・・・・・・・・・悩んでいるのか。」
「悩んでいるね。」
いつの間にか敬語が消えていたその男は、同世代らしき男は、急に一点に向かって指を差した。・・・・ジャングルの中だ。・・・・・緑がむせ返り、湿気の多いそのジャングルの、その一点に、奇妙なまでに色鮮やかな花が咲いている。・・・・極彩色の、派手な赤色の花だ。
「・・・・・俺は悩みがあると、いつもここに来た・・・・・分かりやすく全てが『生きて』いるからだ。あの花を見ろよ。・・・・毒々しいくらいの生気に満ちている。・・・・・だけども、俺は今恐い。・・・・今回はダメなんだ。・・・・本当に恐い。ここに来ても、悩みがまったく消えてくれない。」
「・・・・じゃ、戻った方がいいんじゃないのか?」
私はまったく心のこもらない声でそう答えた・・・・・確かに、男の指差す先には、緑のなかで華やかに開く一輪の花が見えた・・・・が、ずっとここで過ごしている自分には、面白くも無い普通の花だ。毎日見ている。大輪だが、近寄るとヒドい臭いのする、なんとも言えない花だ。
「・・・・・何がそんなに『恐い』んだ。」
それでも、ここでこの男との会話を終わりにしてしまっては、あまりに冷たいのでは無いかと、五分前に出会ったにしては最大の敬意を払って私はそう答えた。・・・・すると、彼は花を指差したまま苦笑いしてこう言った。
「・・・・・・子供が生まれるんだ。」
また、鳥が飛び立って、湿気の中に甲高い鳴き声が響いた。
「・・・・父親になるんだ。・・・・・・それが、恐い。」
・・・・・不思議なことに、その言葉を聞いた瞬間に、私の回りの世界にも色がついた。・・・・極彩色に彩られた、アマゾンのジャングルの光景が、目に痛いほど飛び込んで来た。・・・・抜けた。私は思った。
「・・・・まて、何だって?・・・・・・予定日は?」
「来週。」
「今すぐ戻れ!・・・・・休暇を取って旅行をしている場合か!?」
思いきりそう叫んだ。・・・・ああ、なんてことだ、色がついている。・・・・腐っていたばかりだった自分の生活に!私は叫んだ後、もう一回さっきの花を見直した。・・・・極彩色だ。きちんと、生々しいほどに生きて見える。・・・・ジャングルの湿気と、汗のこぼれ落ちる音が聞こえそうな熱気を、私は思いきり胸に吸い込んで唇を噛み締めた。・・・・なんてことだ、世界が生きている。・・・・私が生きている!
「・・・・・だよな。」
彼は言った。・・・・そして、カメラを構えると花を撮った。・・・・あの、緑の中に咲き誇る、毒々しいほどの生命力に満ちた、極彩色の花を。
「・・・・・分かった、戻る。・・・・誰かがそう言ってくれないかと、ずっと思っていたんだ。・・・・でも、どの鳥も、どの猿も、そんなことは言ってくれなかった。・・・・・ここで、あんたに会えて良かった。」
そう言うと、冒険者の格好をした彼はリュックを背負い直し、そして右手を差し出して来た。・・・・私はその手を握り返した、自分の右手で。・・・・そして言った。
「・・・・おめでとう。」
「・・・・ああ。なんてことだ、嬉しいことだったんだ、怖がることではなくて。・・・・今なら分かる。」
・・・・そうして、彼は普通に戻れば良いのに、また出て来た緑色の森に消えていった。・・・・・私は、彼と握手をした自分の右手に血が通っているのを、今さらの様に実感していた。
私は結婚をしたが、子供には恵まれなかった。・・・・だから、自宅には妻と、それから私よりも年老いた犬だけが待っている。
「大佐、今日、判決です。」
その日、私を迎えに来た刑務官はそう言って扉を開いた・・・・例の、年若い刑務官である。
「・・・・・家族は。」
私は聞いた。・・・・もちろん、刑務官と個人的な話をすることも軍規では禁止されている。・・・・彼は悩んだようだった。・・・・しかし、私の手錠から伸びる鎖を、自分の腰のベルトに繋ぎながら、一言だけこう答えた。
「・・・最近、結婚したばかりです。」
「それはいい。」
・・・・・・長い年月をかけて、私は気付けば連邦宇宙軍の創設に深く関わっていた。組織が作られ、部隊が編成され、艦隊となるまでをずっとそれに携わって生きて来た。・・・・あの日、生きることの意味を実感してから。
その日下された判決は、予想通りに死刑だった。・・・・そこで私は、初めて妻と会うことにした。
「こんなことになって悪かったと思っている。」
「いいえ、気にしていません。」
妻は気丈にも泣かずにそこに居た。・・・・面会室の、ガラスの向こうに、である。
「犬をよろしく。」
「あなた、あの子にはジョンって名前があります。いい加減憶えて。」
「ああ、悪かったな。」
私はどう切り出そうか迷っていた・・・・本当に迷っていた。・・・・面会時間は二時間、これが死刑囚に許される最後の時間である。
「・・・・・『極彩色』の話をしていいか。・・・・軍の話じゃない、アマゾンの話だ。」
「・・・・・ええ、どうぞ。」
妻は頷いた。・・・・なので、私は全てを話した。・・・・・・・・私が見た、極彩色の森の話を。その美しい色の話を。
「・・・・・会いに来ると思う。」
最後に私はそう言った。妻に向かって。
「来なかったら、お前が行け。・・・・・あれは、間違い無く、」
『父親になるんだ。・・・・それが恐い。』・・・・そう言った、黒髪の、アジア系の男のことを思い出す。その男は、そのたった一言で、彼は私の世界に色を塗って去った。・・・・・生きるとは、生まれるとは、
「・・・・・間違い無く私が見つけた『最良の息子』だ。・・・・会いに行け。」
そんなにも凄いことなのか。・・・・・妻は黙って頷いた。ああ、私は最後まで出来損ないの夫であり、指揮官だった。しかし、何かは得た。こんな人生でも、何かは得たのだ。・・・・・妻が行くまでもなく、きっとウラキ少尉は来るだろう、妻の元に。・・・・何故か確信に近くそう思った。
「ありがとう、さようなら。」
「ええ、ジョンにもそう伝えます。」
そう答えた妻は今度こそ本当に泣いていた。
最後の朝に、いつもの年若い刑務官がやって来た。
「・・・・・祈りを。どうしますか、大佐。誰を呼びますか。」
神父でも牧師でも坊主でも呼べるらしい。私は笑って、全てを断った。私は無神論者だ。・・・・そして、無茶とは思いつつも自分のひざ掛けを彼の手に押し付けた。
「これから生まれる、君の子供にこれを。・・・・祈りは、私の息子に全部捧げてやってくれ。・・・・この先、彼が人生で迷わぬように。」
「しかし・・・・」
私に子供がいないことは、彼も知っている。死刑囚のひざ掛けなど、要りはしないだろうなと自分でも思った。万に一つも、もちろんウラキ少尉があの時の男の子供と言う保証は無いのだ、だがしかし、どうしても!・・・・刑務官は、ひざ掛けだけは受け取って畳んで上着の下に押し込んでくれて、そしてこう言った。・・・・若いからだろう。
「しかし、何か他に無いのですか!腹立つであるとか、心残りであるとか!」
私は緩く微笑んだ。・・・・・二十年前のあの日と同じように。
「ただ、」
・・・・願いが叶うのならば。・・・・・・もしも多くの宗教が言うように『あの世』とやらがあるのであれば、
私はもう一度あの極彩色の森に戻って、命の誕生を祝いたいと、そう思った。
2004.11.12.
今年の四月にダムA紙上でジャブロー建設の時期ですとか設定されたらしいのですが、
今回調べている余裕はありませんでした・・・(笑)。すいません(><)!
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