アーガマというのは強襲巡洋艦、宇宙艦でありエゥーゴの旗艦であった艦だ。搭載モビールスーツは六機、その運用には向いていたが火力が少ないのが難点だった。ブライトはグリプス戦役の時に、中途からその艦の艦長をしていたはずだ。
『ああ、沈んではいない。……なんだ急に。』
「ということは、だ。」
 アムロは本部のモニターにしがみつくほどの勢いで続けた。
「最後はどうなった。」
『グリプス戦役からネオ・ジオン抗争に移った時点でカラバに委譲。……エゥーゴの旗艦はネィル・アガーマになった。お前だって大体は知っているだろう。』
 運が良ければスクラップにはされずにまだ残っているかもしれない。ネィル・アーガマの方はアムロも知っている。ロンド・ベル隊が結成された当初の旗艦が、ネィル・アーガマだったからだ。
「……つまりだ。俺が言いたいのはこういうことだ……アーガマそのものが残って無くても構わないんだが、そのアーガマからシャアは何度も出撃しているよな?」
『当たり前だ。』
 何を言っているんだ、という顔になってブライトが返事をした。
『クワトロ大尉は数えきれないほどの回数アーガマから出撃している。』
 アムロは思わず深く頷いた。
「……それだ。俺の記憶が間違っていなければ、連邦軍にはこういう規則があった筈だ。『出撃するパイロットは出撃前に』、」
『……あぁ。』
 そこでブライトも気づいたらしかった。アムロは先を続けた。
「『出撃前に遺言を書き艦橋に提出する。それには直筆のサインと毛髪の添付が必須。』……更に、兵士が戦闘で『行方不明』になった場合は、遺書は五年間の軍内での保存が義務付けられていたはずだ。……クワトロ・バジーナが行方不明になったのが八十七年の末だとすると、その遺言状はまだ残っている可能性が高い。」
『そうだな。』
「……そうだ。それも髪の毛付きで、だ。DNA鑑定が出来る。……探してくれ。」



 新しいDNAサンプルの可能性の報告を、ウスダは相変わらず能面のような顔で聞いていた。
「素晴らしい。……ではブライト艦長の調査報告の結果を、こちらは喜んで待つこととしよう。」
「あぁ。」
 もう少しは感情を表現出来ないものなのか。そう思ったが、口にはしなかった。……今回は一つやり遂げたという満足感がある。
「君を選んで正解だった。」
「そりゃどうも。」
 もし、クワトロ・バジーナの遺言とここにいるシャアのDNAが関連付けられれば、彼が『本物』である可能性は一気に高くなる。仕事が終わる、ということだ。
 アムロは伸びをしながら屋敷の玄関ホールを抜け、庭に出た。敷地のここそこに小銃を抱えた保安要員がうろついている状況はなんら代わり映え無かったが、空は幾分晴れていた。アムロの気持ちも、である。緑の芝を踏み付け、前庭の真ん中あたりを横切った。……そういえばこの真下にモビルスーツ格納庫があるのだ。大したカモフラージュだが、開閉用のロックが注意深く見ると地上にも顔を出しているはずだ。それを探して見ようかな……とアムロが足元に目をやった瞬間、急に声をかけられて思わず飛び上がった。
「……よお。」
「……」
 振り返ると、いつの間に近寄って来ていたのだろう、ボギーがにやにやしながら煙草をくわえて立っていた。少ししおれた印象の、トレンチコート姿の中年男である。
「……何か俺に用か。」
「シャアに会わせてくれる気になったか?」
「そんな権限は俺にはない。」
 仕方がないのでアムロが歩き出すと、ボギーも後ろから付いてくる。……おかげで諜報三課の中年男と、庭を散策する羽目に陥った。
「まあ、そう言うなって。気が変わるのをまってるぜ。」
「変わらない。」
「変わるさ。……俺は味方だぜ。」
「……」
 何が言いたいんだ、こいつは。アムロが足を止めそうになったとき、ボギーが急に呟いた。
「……この屋敷を建てた奴な。ヴィンセント・リーって言って、華僑の大金持ちだったんだが、ちょっと変わり者でさ。」
 中国系か。……それでチベットだったのか、とアムロは少し思った。
「頭の中身が奇妙らしいのは、図書室で確認した。」
「学者さん、ってヤツさ。それも聖書学なんかの学者だ。宇宙世紀に聖書学もねぇだろ。役に立たない学問の極みだよな。」
 中年男はうっとおしいのだが、不思議にその話の内容は魅力的だった。アムロはついつい返事を返してしまった。
「もう死んだんだろう? この屋敷は、その息子の、政府高官のものなのだろう。」
「そうだ。……役に立たないことを大量にやって、そして学者は死んだのさ。……だが、世の中にはそういう奴が多いよな。しかも俺は、そういう無駄なことが好きなんだ。」
「無駄なこと?」
「無駄にも思えることさ。……諜報三課が『超常現象』担当だ、って言った時あんた馬鹿にしたろ。だけど俺はそういうのが好きなんだ。ついつい首を突っ込みたくなるのさ。」
「……最初に会った時、『ガンダム乗り』のことを何か言ってたな?」
 アムロは遂に立ち止まった。もう、庭を囲う木立の脇まで歩いて来てしまっていて、少し離れたところに一人、保安要員が立っている。アムロは眉をしかめたのだが、ボギーは陽気に相手に手など振っていた。
「おや、気になるのか。……だが話しちゃやらねぇよ。あれは、別の物語だ。……あの事件はそりゃあ凄かった。しかも、まったく歴史に残らねぇような事件だった。究極の無駄話だ。……だが、俺はそういうのが好きなんだ。」
「……話しては貰えないのか。」
 アムロは庭と木立をしきる柵に寄りかかると手を伸ばした。……ちょうど正面あたりに、シャアがいる部屋のフランス窓が見える。ボギーは面白そうに煙草を一本差出した。
「……ああ、話してやらねぇ。あんたがシャアに会わせてくれるなら考えないこともないが。」
 火を借りて、煙草につけた。
「それはない。」
「頑固だねぇ。……あんなに無駄で、そしてひどく面白い話は滅多に無いのに。……そうだな、俺があの話にタイトルをつけるのだとしたら……」
 久しぶりに吸った煙草はひどく不味かった。思わずアムロはむせた。……これも無駄なものだな。何故地球で生まれ育った人間は、ステイタスのようにこんなものを吸いたがるのだろう。
「……『焼け野が原』と名付けるね。」











2006.07.25. 関連リンク 『焼け野が原』




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