目覚ましが鳴って跳び起きた。・・・マズイ、寝過ごしたか?部屋の中はもう充分に明るい。午前の任務は何だっただろう、錬成訓練か、新機種のテストか、それとも警戒か・・・と、そこまで考えた時やっと気付いた。・・・違う。俺は今日、非番だよ。昨日の夜中まで警戒任務をやって、後の連中に引き継いだじゃないか。
よくよく見たら鳴っているのも部屋の入口近くに備え付けられているインターフォンだった。コウはたった二歩ほどで狭い部屋を横切ってモニタの前に辿り着くと、その受信ボタンを押す。
「・・・はい。」
『ウラキ少尉ですか。』
画面に現れたのは基地ゲートのオペレーターだった。通常の通信兵とも微妙に違う、言うなれば軍の広報雑誌に載っていそうな、外向きの『オペレーター』である。
「はい・・・?確かに自分ですが、」
『面会希望者が来ています。ご家族、及び軍関係者ではありませんので、許可証が無く基地内に入れません。第一ゲート脇の来客事務詰め所までお越しいただけますか。』
コウはなんだそれは?と思った。一言で言ってよければアヤシイ、だ。・・・この基地にたどり着いてから一年、ただの一人も面会になど来なかった。・・・家族ですら、だ。・・・そして、そうしたのは自分だ。
「いやあの、しかし・・・・・一体誰が?心あたりも無いし、約束もしていませんが。」
コウがそう答えると、オペレーターは実に事務的な笑顔を顔に貼付けたままこう言った。
『お名前はうかがっておりますよ、もちろん。・・・・・・・・・面会にいらしているのは、』
・・・・後に続くその名前を聞かずに、面会を断って通信を切れば良かった、とコウは後で死ぬほど後悔することになる。
『 』
オペレーターがその名を告げた。・・・何だって。・・・・よく聞こえないな。コウは思った。いや、まったく聞こえなかったかも。・・・・ただ、空気が震えた気がして、それが身体に伝わった気がして、聞こえもしなかったのに『分かった』という気がした。
「・・・・何だって?」
もう一回、今度は声に出してそう言った。オペレーターは再度その名前を口にして、あまつさえ通信を切ろうとした。
『面会にいらっしゃっているのは、アナベル・ガトーという方です。・・・では。』
-----時は0085年、四月。
「ちょっと待て!いや・・・・すいません、そんなはずは無い、ちょっと待ってくれ。」
コウは慌ててオペレーターを引き止めた。それから、少し首を振って窓の外を見た。・・・北米オークリー基地の、いつも通りの朝の風景がそこには見える。
「・・・・警備部に・・・・いや、違うな、諜報部だ、諜報部に回してください。回線を。頼みます。」
『・・・分かりました。』
やはり笑顔でオペレーターはそう答えると、小さな画面は「少々おまちください」という表示に切り替わった。・・・・何だって。・・・・なんだって?
焼け野が原
一介の兵士が軍の諜報部に連絡を取りたいと、頼んだところでどうにかなるものなのだろうかとコウはぼんやり思っていたが、数秒後、先ほどのオペレーターよりはまだ軍人らしい人物に映像が切り替わった。
『はい、諜報部。』
少し暗そうな眼鏡をかけた男である。年齢も微妙に不祥だ。人物の背景がどこやら分からない曖昧なグレーの壁一色であるあたりは、まあ、確かに諜報部らしかった。
「あー・・・自分は、オークリー基地モビルスーツ試験評価部隊第一大隊所属第一小隊の・・・コウ・ウラキ少尉であります。」
『IDナンバーをどうぞ。それから、角膜光彩の照合をします。スキャナーの前へ立ってください。』
「3spli136927・・・・・撮れました?」
『結構です。ウラキ少尉本人と確認しました。・・・・用件は?』
コウは小さなカメラの前から目を離すと、しばしの間瞬いた。
「・・・・・自分のところへ、面会人が来ていると、基地ゲートから連絡が。」
『それが何か。』
モニターの向こうの諜報部、と名乗る男は実に淡々と返事を返してきた。そんな返事をされると、コウも焦っている自分の方がバカなのではなかろうかと思えてくる。
「いや、その人物が・・・『アナベル・ガトー』と名乗っている、と。しかし、そんな筈はないので、報告しようかと。」
『・・・・少々お待ちを。』
眼鏡の男はそう答えると、画面の中から居なくなった。・・・・しかし、他にどうしろと言うのだろう。やはり警備部に連絡して、銃を持った人間と一緒に面会に向かえば良かったのか?
『・・・・おまたせ!・・・ウラキ少尉か?』
ところが、画面に戻って来たのは先ほどの男では無かった。おおよそ、諜報部とも思えないような太った人懐っこそうな中年の男だ。一面灰色の背景の壁に、その中年男のトレンチコート姿は、妙に際立って見えた。
「・・・・はい、自分がウラキです。」
『アナベル・ガトーね!・・・はいはい、確かに凄い名前だね。しかし会いたくなけりゃ、会いにゆかなきゃいいとは思うんだがね。・・・その人物については、こちらも把握しているよ。』
「しかし・・・!!」
コウは思わず食い下がってしまった。大体なんだ、諜報部の人間がこんなにホイホイと、次々人前に顔を出してもいいものなのか。先ほどの取り次ぎの男よりずいぶんと砕けて、そして大雑把そうなその顔を見て、コウは何故か怒りがこみ上げてきた。
『それより、ウラキ少尉。・・・あんた面白いな、「自分がアナベル・ガトーという人間に会いに行ったら、きっと諜報部の連中に怪しく思われることだろう」・・・・と思って、わざわざ連絡してきたんだろうが。』
・・・・そりゃそうだろう!!コウは本当に憤慨した。自分は知っている、試作ガンダム開発計画自体が無かったことにされたため、自分は無罪放免となり、この基地に放り込まれたが、それからしばらくの間周囲を妙な人間が嗅ぎ回っていたこと。そのために息苦しく思い、自分は堅気では無くなってしまったんだなと思い、ニナを宇宙に帰らせたこと。
「他にどうすれば・・・・!」
『バカ正直だな。』
太った男は面白そうにモニタの向こうで目を細めた。
『・・・・確かに報告は受けた、会いに行ってみりゃあいい、気になるんだろうが。・・・・・・きっと驚くぞ。』
寮の部屋を出たのは、結局叩き起こされてから二十分近くも経ってからだった。非番だったが、考えた挙げ句に制服でゆくことにした。・・・・驚くぞ、ってなんだ。
「・・・コウじゃねぇか、乗ってゆくか?」
「ああ。出来たら頼むよ。」
顔見知りの整備兵がちょうどジープで通りかかったので、コウは有り難く乗せていってもらうことにした。
「どこだ?・・・今日、非番だって昨日言ってなかったか?」
「第一ゲート。」
「制服で出かける気かよ!!??色気のねぇガキだな。」
「もう二十歳だぞ、俺。」
そんなことを言い合っている間に、第一ゲート近くの分岐まで着いた。
「サンキュ、」
「おう!またカードしようなぁ、お前ほんとカード弱いからいいカモだよ!!」
そう言いながら走り去ってゆくジープに、コウは「俺は頭脳労働は苦手なんだよ!!」と叫び返して手を振る。
「・・・・・モビルスーツ試験評価部隊第一大隊所属、第一小隊のコウ・ウラキ少尉です。」
詰め所のドアのところに立っていた警備兵にそう告げると、彼は黙って一番奥にあるらしい面会室を指差した。・・・・あまり音がしないな。まあ、そりゃそうか。ここは基地ゲートだから、基地でも一番端にあるから。そんなことを考えながら、長い廊下を歩いていった。脇の窓からは、焼けただれた、北米の大地が見える。
「・・・・・・・」
遂に面会室の前まで着いてしまった。・・・・コウは、一回深呼吸をしてから、そのドアを開いた。とたんに、光が溢れてくる、思ったより面会室と言うのは明るいな・・・・・そう思った矢先に、一人の人物が、ただその一人だけが、部屋の真ん中あたりにポツンと立っているのが見えた。
・・・・・少年だ。
振り返ったその顔を見て、もう一回思った。・・・・少年だ。幾つくらいだ、十四、五歳か?・・・ええと?
「・・・・えっと、『コウ・ウラキ』?」
コウが言葉に詰まっている間に、向こうの方から先に声をかけられた。
「・・・・ああ、そう、俺が・・・・・・いや・・・・・・・君は、」
迷ったが、自分に近付いてくる彼に向かってコウは結局こう言った。
「・・・・・・・・・・君は、誰だい?」
「ああ、俺は!・・・・俺はアナベル・ガトー。とりあえず座らないか?ここ、椅子も沢山あるしさ・・・ええっと、なんて呼べばいい?」
「いや、俺は『コウ』で構わないけど・・・・そうじゃなくて、だから、君?」
あまりにその少年があっさりとその名前を口にしたので、コウはうっかりそのペースに巻き込まれるところだった。『きっと驚くぞ。』・・・諜報部の太った中年男がトレンチコートのあの男が言った言葉を思い出す、ああ、確かに驚いたね・・・・なんなのだろう、この少年は!
「君、ええっと・・・・ガトーというのは君の本当の名前じゃ無いんだろう?・・・・いや、もしくは名前が同じだけの別人かな・・・・」
コウはつぶやきながら、それでも少年と向かい合って、面会室の中程の椅子に腰掛けた。部屋の隅には、申し訳程度に警備兵が一人、銃をぶら下げて立っている。目の前の少年はコウより少し身長が低いくらいで、人種は欧米系で、髪も目もダークブラウン。身体はそれなりに大きかったが、顔にソバカスの名残りのあるところなどが非常に子供じみて見えた。いかにも、このあたりの、北米の田舎の農場あたりの息子、と言った風情だ。
「いや、アナベル・ガトーというのは俺の名前だよ。・・・まあ、このままだとね。」
「このままだと?・・・・一体何を・・・」
コウは混乱した。諜報部の話では、あちらもこの人物については把握している、という。そして、危険性が無いことを踏まえた上で、コウに会っても構わない、とそう伝えて来た。・・・確かにそうだろう、これは、ガトーではない。少なくとも、俺の知っているガトーではない。
「・・・つまりさ、どう説明しても、あまり信じて貰えないと思うので、ハッキリ言ってしまうと・・・・」
少年は面白そうに、コウの顔を覗き込んだ。Tシャツと、その上に羽織ったチェックのシャツと、ジーンズ。どこから見てもそこらの中学生だ。
「あぁ?」
熱心なジオニストで、ガトーのことを調べまくって、その名前を名乗っている狂信的な人間・・・というようにも到底思えなかった。誰だ、なんだ、彼は。コウは返事のしようがなくて黙っていた、すると彼はとんでもない事を言った。
「・・・・だから、『記憶』があるんだ。俺の頭の中に。・・・・『アナベル・ガトー』の記憶だけが。」
「・・・・・医者に行った方がいい。」
「そう言うんじゃないかと思った!!」
目の前の少年はそう言って机を叩いて大笑いした。大爆笑した口の中に、虫歯が二本くらい見えた。それから、思い付いたようにジーンズのポケットを探ると、コウの目の前に手を差し出した。
「ガム食うか?」
「いや、いらない。・・・・君、医者に行った方がいい。そして、ゆっくり治療した方が。だって・・・」
「『そんな非科学的なことがあるわけがないから』?」
続けて言おうとしていた言葉を先に言われてコウは絶句した。・・・しかし、その通りだ。そんな非科学的なことがあるわけがない。大体、『記憶』だけが、ってなんだ。
「医者になら世話になったよ、もう十分。」
「カウンセリングも受けた方がいい。きっと、心理的な何かが原因だ。」
「あんた、なかなか頑固だね。医者じゃ俺は直せないって。」
「君・・・ええっと、名前は、」
「ガトーだってば。」
「・・・・いいかげんにしろ!!」
思わず怒鳴って立ち上がってしまってから、コウは自分の愚かさに気付いた。・・・子供相手になんだ。
「・・・・・すまない、」
ひどく驚いた目をして自分を見上げている少年に謝ってから、コウはやっとの思いで椅子に座り直した。
「・・・・訂正する。あんた、頑固ものの上に、短気だな。・・・だから、医者には行ったよ。いや、行き続けてた、と言うべきかな。」
そこまで言うと少年は言葉を切った。それから手をゆっくりと上げて指差した。
「・・・・あそこに、」
南向きの窓の外には、いや、このあたりはどっちの方角を向いたって結局似たようなものなのだが、焼けただれた何一つ無い丘が見えた。・・・何年か前までは、金色に広がる小麦畑か何かだったはずの、そういう大地である。
「コロニーが落ちただろう。」
「・・・・すまない、」
コウはもう一回謝った。少年はそんなコウにはまったく構わない風で先を続けた。
「・・・・その日から一年くらいさ。俺、寝たままだったんだ、意識不明、っていうのか?・・・・病院で。それでさ、去年の十一月、その頃に目が覚めて。」
「・・・・・・・・。」
「巻き込まれてさ。死ななかっただけ、マシか?・・・・家族はみんな死んじゃったけどな。」
「・・・・・すまない。」
三度、コウは謝った。やはり少年は聞いていない風だった。
「そうしたらさ、あるわけよ。・・・・『記憶』が。自分のものじゃない、だけど自分の頭の中にある以上、自分の記憶だとしか言い様のないものがさ、頭の中に!目が覚めたら唐突にあるわけだよ・・・・最初は混乱していて、良く分からなかったんだ。確かに、俺には別の名前もあるよ。その人間として、十四年間生きて来た記憶もある。・・・ところがだ。それとは別に、『二十五年分の記憶』もあるんだ、確かに。・・・・一つの頭の中に二人分記憶が入っているんだ。・・・・どっちが本当の俺だと思う。」
「・・・・・・・・・。」
コウは黙って聞いていた。まだ心のどこかで、医者に行ってカウンセリングを受けた方がいい、とは思っていた。この少年は十四歳なのか、ともぼんやり思った。しかし、ウソをついているのだとしても、何故こんなウソを彼がつくのか分からなかった。・・・・だって、何の得にもなりはしない。
「親戚とかが病院にやってきて、『良かった、目が覚めて』って抱き締めてくれたんだ。だから、俺は十四歳の方の記憶がもともとの俺の記憶なのだろうと思った。・・・そうしたら、凄いんだよな。その、親戚一同が俺に言うんだ。ちょうど一年間もあなたは眠っていたのよ、コロニーの落下事故があったの、辛いでしょうけど、他の家族は皆死んでしまったわ、でもあなただけでも無事に目が覚めて良かったわ。・・・・・無事に?・・・無事に!!」
そこまで話が差し掛かった時、少年の目の色が妙に揺らぐのをコウは見た。
「無事に!!事故で!!・・・・・いいか?分かるか?・・・・『そうじゃないこと』を俺は知っている、何故なら記憶があるからだ!コロニーが落ちたのは事故じゃ無い、家族が死んだのはめちゃくちゃ悲しい、それなのに、だ!!・・・・『記憶』があるんだ、それも必死にコロニーを落とそうとした人間の記憶がだ!!」
コウは急いで部屋の隅の警備兵を見遣った。少年は口調が激しくなっただけで、椅子から立ち上がったり、暴れたりする様子は見えない。
「・・・・落ち着いてくれ。」
コウがそう呟くと、少年はも気付いたらしく、長く息を吐き出した。
「・・・・俺はしばらく記憶の事を誰にも言わなかった。ただ、回りの人間には『変わったな』とだけ言われた。・・・そりゃ、変わるんじゃ無いかと思う。一年戦争のことなんて、十四歳の俺は、恐かった、くらいしか憶えていない。小さかったからな。ところが、アナベル・ガトーの記憶の方と言ったら、宇宙で戦った記憶から、ザビ家主催のパーティーに出席した、なんてのまであるんだ。もっと分かりやすく言うと、十四歳の俺は・・・その、女の子と付き合ったことなんかなかったんだけど、だけど・・・・・・アナベル・ガトーが抱いた女のことは記憶にある、」
「・・・・・もういい。」
これ以上は聞いていられない、とコウは思った。そこて、手を延ばすと少年を制した、それからゆっくりと聞いた。
「・・・・・もういい、君が誰であろうと、それは構わない。・・・・信じることは到底出来そうにないから、信じる、とは言えない。ただ、聞きたい。」
「・・・・何を?」
ガトー、と名乗る、ガトーの記憶だけを持っている、という少年は急に気が付いたようにコウを見上げた。
「・・・・それで、なんで俺に会いに来る。・・・・どうしてだ?理由が分からない。」
この質問には、少年も答えに詰まったようだった。しばらく彼は考えて、それからようやく話だした。
「この記憶の事を、おれはしばらく誰にも言わなかった。・・・・・ただ、記憶だ。それだけだと思った。でも、もう一回学校に通いはじめて、皆がコロニーの落下は事故だと思っていて、自分達の土地が焼けただれたのを嘆いているのを見た時に、俺は嫌だ、と思った。」
「・・・・何を?」
ゆっくりと話を聞いてやりながら、コウはこれではまるで俺がカウンセラーだ、と思った。
「記憶が、だ。アナベル・ガトーの、二十五年分の記憶。・・・これがある限り、俺はきっと辛い。」
「何が?」
「・・・・・『この星で生きてゆくのが』だ。それで俺はもう一回医者に行ったよ。医者は笑い飛ばした。それが本当にアナベル・ガトーの記憶か、確かめる手段すらないじゃないか、と言った。いろいろ手を尽くしてはくれた。どこかでアングラ雑誌でも読んで、それで英雄扱いされていたガトーに感化されたのだろう、とも言われた。薬も貰った。カウンセリングもさんざん受けた。・・・・でも記憶は消えなかった。」
それでもやっぱり、だとしても俺に会いに来られたって困るじゃ無いか。コウはどこか冷たく、そう思った。
「俺にも、君が本当にガトーの記憶を持っているのかどうか、なんて分かりやしないよ。・・・・だって、俺は、ほとんどガトーのことなんて知らない。・・・・戦ったきりだ。」
目の前の少年は、ついに深いため息をついた。
「諜報部、というヤツラにも会ったよ。・・・・彼等は、まあ医者よりは興味がありそうに俺の話を聞いてくれたけど、でもそれだけだった。」
「そりゃそうだろうな。」
コウはあの太った中年男のトレンチコートを思い出しながら相づちをうつ。
「持っているのがガトーの記憶だけ、じゃな。・・・・裁判にかけるわけにも行かないし、大体そんな状態をどうやって証明するんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少年は、本当に深くふかく黙り込んでしまった。・・・・参ったなあ。コウは思った。しかし、まあ会うだけは確かに会った。もう、気は済んだことだろう。
「・・・・じゃあ、これでよければもう。・・・・俺は行くけど。分かるだろう、俺には何も出来ない。」
信じることなど到底出来ない。どこまで付き合ってやったら、この少年が、しかも何に満足するのかも分からない。
「・・・・・・・・・・・・・あの時、」
立ち上がってドアに向かいかけたコウの背中に、少年が声をかけた。・・・・出会ったばかりの時に感じた、子供っぽい印象とは少し違う、少し違う口調だった。
「・・・・・あの時?・・・・いつだ。」
コウは振り返らずに聞いた。
「・・・・あの時、あんたが腹を打ち抜きさえしなければ。・・・・コロニーの制御室でだよ、ニナも居たな。あの時に怪我さえしていなければ、ミラーの直撃で焼けただれようがなんだろうが、勝負の続きをした。最後までした。決着をつけた。・・・・だけど、体力も、気力ももうそんなに多くは残っていなくて、他にやるべきこと・・・・つまり、仲間を率いることの方を優先した、」
「----------------」
・・・・コウは恐ろしくなった。・・・・あまりに恐ろしくて振り返ることすら出来なかった。
「・・・・・そのことを。・・・・そのことを最後の瞬間まで悔やんでいた。・・・・・そういう記憶がある。・・・・・・最後の、死ぬ瞬間の記憶まで、全部あるんだ。」
「・・・・『ガトー』。」
コウは勇気をふりしぼって振り返った。振り返って初めてその少年のことをそう呼んだ。
「・・・・もう一つの名前の方を教えてくれないからだ、しかたがない、他に呼びようがない。」
言い訳がましくそう言った。・・・・・・コウはどうしようか迷っていた。少年は、実に少年たらしく、みっともない顔で泣いていた。
「・・・・っ、どうすればいいか分からないけれど、こんな記憶は持っていたくないんだ!・・・・だから来たんだよ!!」
「・・・・分かった。・・・・分かった、突き放して俺が悪かった。」
警備兵が何ごとだ、という顔で自分達を見ていたが、コウは構うものかと少年のところまで引き返した。・・・・それから、肩に手をおいてゆっくりこう言った。
「分かった。・・・・が、今日はもう帰れ。・・・・俺に会いたいのなら、また面会に来ればいい。・・・・分かったから。」
少年は、いや、ガトーの記憶を持つから確かにそれはガトーなのだろうが、彼はまだしばらく泣きじゃくっていたが、やがて恥ずかしくなってきたらしくてこう言った。
「ああ、うん。・・・・悪かったよ、俺も。・・・・ガム食うか?」
その申し出は丁重に断って、コウは少年を表側の出口まで送って行った。運の良いことに、ちょうど通いで基地に勤めている人々の乗るバスが、町に向けて出発しようとしているところだった。
「・・・・・・また来るよ、コウ。」
「ああ。」
コウはそれだけを答えた。・・・・・それから、軽く頭を振りつつ、基地の中に戻っていった。もう、時間は正午になろうかとしていた。
つづく。
えーと、CD「tricolor」用に書いてボツったネタ第一弾ですね(笑)。なぜボツったかは・・・
読めば分かるかと思います・・・これで1/4にも至ってないんですわ・・・(笑)。
CDに収録されている小説に設定が近いのは、そのせいです(笑)。
同時期に思い付いたネタだからだね(笑)!!続きをお楽しみに(笑)。
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