誰が為に星は輝く。
インターミッション
[前編]
















『それで・・・』
 電話の向こうで話しているのは、オーガスタ基地の基地司令だった。まあ、上官と言う事になる。
『来週の週末だがね。新型モビルスーツのお披露目パーティが有ると言っただろう。うちの方で。君、来んかね。』
「はあ・・・」
 上官に対する態度とも思えないような適当な調子で、アムロ・レイは答えた。彼は自宅の居間で、くつろいでいた・・・と言うと響きはいいだろう。だが、実際には軟禁だ。もう何年だ?アムロは考えた。5年・・・5年か。5年も経つのか。
『それでだね、君にも是非来てほしいんだが。もちろん、連絡は既に行っていると思うが、君はこの手の催しには全く参加しないのでね。』
「・・・参加して自分に一体どうしろと。」
 画面の向こうの准将だかなんだかに、アムロは曖昧な笑みを向けた。・・・贅沢すぎる家。贅沢すぎる階級。そんな物を僕に与えて、こんな名ばかりの基地に閉じ込めているのはあんた達じゃないか。それを、何が新型モビルスーツのお披露目パーティ、だ。
『今回だけは、是非来てほしいのだ。・・・アムロ・レイ中尉、君は・・・まだ・・・』
 そこで、画面の向こうの中年の四角い顔をした男は一旦言葉を切った。何か言いづらいことを言いたいらしい。
「・・・この電話は、もちろん盗聴されていますよ、准将。」
 アムロは、その基地司令の名前をどうしても思い出せなかったが、一応言ってやった。
「滅多な事は言わない方が良いかと思います。」
『君は・・・その・・・モビルスーツに・・・』
 相手は言葉につまった。・・・しかし、首を小さく振ると、こう続けた。
『とにかく、迎えを出すから是非来てくれたまえ。』
「・・・。」
 アムロは無言で敬礼だけを返した。・・・窓から、乾いた風が吹き込んでくる。・・・時々いるんだ。あの一年戦争直後、ニュータイプだなんだと騒がれた、自分の事を忘れずに話題に出したがるそんな人間が。あの基地司令もそうか。同じ大陸にあるとはいえ、オーガスタ基地まではかなり距離が有る。迎えね。そりゃすごい。あの人には一体、僕がどう見えていると言うのだろう。





 0085.5月21日。良く晴れた、午後の事だった。










「コ〜ウ!!ニナから手紙だぜ、まったく・・・毎日電話で話してるんだろ!?何が楽しくて手紙なんか・・・」
「アナログなところがいいのさ。」
 そう答えると、オークリー基地に戻って来たばかりだったコウ・ウラキは腐れ縁のチャック・キースがひらひらさせている手紙のディスクを奪い取った。
「今日のテストは、何処までいった?」
「ああっと・・・穴の縁までいったな。ひたすら歩くだけさ、来週末だろう、オーガスタ基地でのお披露目。こうなると、データっていっても微調整で、ひたすら歩くとか、ひたすら手を振り回すとかで・・」
 格納庫の中に立っている、コウが降りて来たばかりの機体をキースがいぶかし気に見つめる。・・・ジム・クロス。
「・・・つまり、ジムじゃん・・・。」
「・・・キース、ニナは新しいモビルスーツの開発に参加できる事になったってさ!!」
 キースのため息めいた言葉を聞いていたのか聞いていなかったのか知らないが、コウは呑気に格納庫の脇の更衣室のディスプレイに届いたばかりの手紙を差し込んで歓声を上げた。
「・・・ジムはいい機体だよ。」
 そこへ、後ろから整備士のモーラ・バシットが声をかけた。つまりは、キースの彼女だ。キースは後ろを振り向いた。
「でもさあ、ジムだぜぇ・・・まったく、どう思う?モーラ、コウとニナ。」
「一緒に居ないで、それぞれのやるべき事を見つけようとしてんのさ。・・・あたしゃ、生き残っただけと言う理由で、疲れた者同士が寄り掛かって一緒に居るような関係の方が嫌だね。」
 モーラは、きっぱりとそう言った。自分達、つまりモーラとキースとニナよりずいぶん遅れてこのオークリー基地に辿り着いたコウは、当初まるで世捨て人の様な有り様だった。しかし、同じく沈みがちだったニナと、ゆっくりと話し合い、キースやモーラが回りで励まし続けたおかげで、今は新型モビルスーツのテストパイロットをやるほどに元気を取り戻していた。更に元からモビルスーツの構造に詳しく、好きであったと言う事と、その特殊な経歴上の操縦の腕前が認められ、今や自他ともに認める『オークリー基地一操縦の上手い男』だ。
「しかしねえ・・・ニナがモビルスーツを作る為にアナハイムに戻るって言い出した時には、てっきり喧嘩でもしたのかと・・・。」
 それでも、遠慮がちにモーラを見上げながらキースは言った。モーラの方が、キースよりふた回りほども大きいのだ。
「ニナは、作りたいんだよ。・・・もう一回、ウラキ少尉の為のモビルスーツをね。そういうお互いの認め方もあるのさ。」
「でも、ジムじゃん・・・。」
 この際関係ない台詞を、目の前にあるモビルスーツを見上げてキースがもう一回言った。・・・とにかく、この年上の彼女とはまだしばらく結婚出来そうにない。自立しすぎだ。・・・ぼやきたくなって来た。すると、そんなキースの気持ちを知ってか知らずかコウがひょこっと更衣室から、顔だけを出して言った。
「そういうなよ、キース。久々の『連邦軍』の新型モビルスーツなんだぜ。」
「・・・そんなにティターンズが嫌いか?あれも連邦軍じゃないか。おまけに新型の開発ばかりやってる。」
「・・・ああ。」
 コウは、あの戦場であった事のすべてをキースに話した訳ではなかった。ニナにでさえだ。・・・だが、忘れられはしない。あの時、あの最後の時、ソーラシステムツーの司令官は確かに友軍もいる宙域に向けてシステムを動かしたのだ。・・・コウには、それが許せなかった。そうして、その司令官がティターンズの副官になっているのを後に知った時に決心をした。・・・自分は、けしてもう戦場には出まいと。モビルスーツは好きだ。でも、戦場にはもう二度と出まい。
「ニナが参加できる事になったモビルスーツだけど・・・モノアイで・・・ベースはガンダム・・・ふうん、注文している方の要望で、名前にガンダムとはつかないらしいよ。・・・リック・ディアスっていう名前になりそうだって。・・・まだ、設計段階だけどね。ニナは、出戻りだからちょい役だけど・・・楽しいってさ!」
 そんな嫌な思いを振払うかの様に、コウは着替えて出てくるとニナの手紙の内容を明るくキースとモーラに報告した。
「コウ、とろとろしてるとまたモビルスーツに彼女を取られるぞ。今、設計段階って・・・後二年はかかるんじゃないのか?」
「もう、そんなにガキじゃないさ。」
 キースのいつもながらの返事に、コウは笑った。そして三人は、夕暮れに染まるオークリー基地の中を、食事にありつく為にジープで移動し始めた。 





 0085.5月21日。広大な北米大陸のあちらこちらで日が暮れてゆく。










 0085.5月29日、早朝。アムロ・レイは、自分の家の前に到着したヘリコプターを見てあぜんとした。・・・迎えをよこすんじゃなかったのか?そのヘリコプターには、10日ほど前電話の向こうに居たオーガスタの基地司令その人が乗っていた。
「・・・時間がない。」
 乗っていただけでなく、なんとアムロを迎えにヘリコプターからその人は降りて来た。・・・これはどうも、断れそうにない。アムロは無言で敬礼を返した。
「・・・場所もない。単刀直入に言おう。アムロ・レイ中尉、君は『モビルスーツに乗れないフリ』が出来るか?」
「・・・は?」
 アムロは、思わず聞き直した。後ろでは、ヘリコプターがばらばらとうるさくプロペラを回し続けている。一瞬聞き間違いかと思った。しかし、基地司令の顔は真面目そのものだ。なんとなく、というか、アムロは理解した。確かに、これだけうるさい音がしているところでは、握手を交わしている自分達以外、誰にも話は聞こえないだろう。
「フリ、どころか、乗れないと思いますよ。・・・もう5年も自分はモビルスーツに乗っていません。」
「そうか・・・しかし私は、君にかつて会った事がある。」
 その時、基地司令の副官が後ろから近付いて来たので彼は唐突に話を変えた。
「・・・何処でですか?」
 アムロは聞いた。
「ジャブローでだ。0079.11月27日に。・・・私はレビル将軍の側近だった。」
「・・・・・。」
 アムロは答えなかった。ただ、促されるままにヘリコプターへと乗り込んだ。
「ここから一番近いベースに・・・シャイアンだな、そう、そこに向かう。それから、専用機に乗り換えてオーガスタに急げ。午前十時までに、私は基地に戻っておらんとまずい。」
 基地司令が言った。そりゃまずいだろう。仮にも、新型モビルスーツのお披露目を自分の基地でやるのに基地司令が居なかったら。ヘリコプターが嫌な浮遊感を伴って飛び立つ。アムロは漠然と思い始めていた。
 これまでにも、似たような申し出はあり、自分にモビルスーツに乗れと言う人々も居た。だが、今回は少し違う。『モビルスーツに乗れないふりをしろ』という。・・・何の為に?もっとも、そういう申し出があっても、それがパーティの会場で、どれだけ人々に笑われようとも、彼はモビルスーツに乗るのを拒んで来た。・・・恐かったから。そう、アムロは恐かった。もう理解し合える人は居ないのに、モビルスーツに乗るのが。自分がたった1人になってしまったのだと知るのが。思い知らされるのが。
「あの頃の事を知るものも少なくなった。・・・まだ5年しか経っておらんと言うのに。」
 隣で、基地司令が小さく呟いた。アムロは思った。・・・もう5年、だろう。もう5年も経ったんだ。・・・何一つ忘れてなどいないのに。
 ヘリコプターは、朝焼けの中をシャイアン基地に向かってとりあえず飛び始めた。









「素晴らしい夜明けだぜ、コウ〜、自分のテストしたデータで新しいモビルスーツが動き出すのを見る気分はどうだ!?」
「サイコーだね!」
 あくびと伸びを伴いながら、コウとキースの二人はオーガスタ基地の宿舎を出て来た。0085.5月29日・・・オーガスタには、前日の夜に着いていた。二体のジム・クロスと共に。今は布がかけられて、基地の中央滑走路においてある。回りでは、慌ただしく式典の準備が進められていた。
「そういやここ・・・ニュータイプ研究所も併設してるってうわさだぜ。」
「え?何だって?」
 キースが声を潜めて急にそう言ったので、コウは分からず聞き返した。
「ニュータイプだよ!ニュータイプ!ほら、一年戦争の時話題になったじゃないか!覚えてないのか!?学校でも勉強したぜぇ?」
「ああ・・・。」
 コウはやっと何の話だか思い当たった。しかし、それに対する感慨はなかった。
「縁がないよ、俺達にはね。・・・ホントに居ると思うか?そんな超能力者みたいな人間が。」
 何を隠そう、『無かった事にされた』コウの経歴の一部・・・デラーズ・フリート抗争の直後、収監された刑務所の中でコウが初めにした事は、一年戦争の歴史を読み返す事だった。特殊な事情から一般の受刑者達と隔離された独房の中で、コウは読み続けた・・・一年戦争の歴史を。なにより知りたかった。自分ががむしゃらに戦い続けた相手は何者であったのかを。何が彼等を、ああまで立たせていたのかを。『信念』とやらを。その、読みあさった本の中に、いくらでも記述は出て来た。・・・ジオン独立宣言。根底に流れるエレズムの思想。そして、ジオン・ズム・ダイクンが提唱したと言う人類の進化・・・ニュータイプの発生。
「居るかって・・・そんなの・・・俺も知らないよ。」
 キースの戸惑った返事に、コウも笑った。そうだ、自分もそう思った。これは縁のない歴史だ。自分が戦ったのは、こんな複雑な理由でではない。また、相手もそうだったろう。彼等の言っていた信念は、ニュータイプの事などではなかった。戦いに後から複雑な解説ををつけるのは容易い。が、それは所詮後から付け足された説明だ。自分はただ必死だっただけだ・・・戦いの中に居た、たったその瞬間には。
 その時、指令部の建物を越えた第二滑走路に、一機の専用機が着陸するのが見えた。広大な基地の事でもあり、二キロほど離れている。
「・・・すごいな、お偉いさんが大量に来るらしい。」
「え?なんだ?どういうことだよ、コウ。」
「いや・・・今の、基地司令専用機だった。」
「・・・相変わらずどうでもいい事に詳しいなあ、コウ〜。」
 キースが呆れぎみに言った。二人は、バックアップの最終調整が行われている指揮車に向かって歩いていった。辺りでは、椅子のセッティングやら簡単な料理の準備やらが盛んに行われている。
「・・・平和だからね。」
 今日も、どこかでジオンの残党狩りは行われているかも知れない。しかし、それは今のコウには全く縁の無いことだった。コウは、一抹の寂しさを覚えた。・・・自分はもう二度と、あんなにも人と真剣に向かい合う事は無いのだろう。アナベル・ガトーを追ったあの日のように。
 ・・・空を見上げた。とてつもなくいい天気になりそうだった。









『えー、このように、この新型機種であるRGM-85C、ジム・クロスは・・・』
「・・・でも、ジムだろ。」
 壇上で続く長ったらしい形式ばった挨拶に、キースがそうつぶやきながらクラッカーを口に放り込んだので、コウは思わず吹き出しそうになった。
「まあ、何ごとも無きゃあ、あれがこれから連邦軍の標準モビルスーツになるんだ。取り立てて突出したところのない機体だけど、俺は嬉しいね。」
 二人は、軽口を叩きながらささやかなパーティのテーブルの隙間を抜けて歩き回っていた。午前11時半。式典が始まって三十分ほどたった。ジム・クロスはコウがテストを一任されて製作を行った・・・つまり、基本OSのパターンがコウそのものであるのだが、そうは言っても現場の開発に携わったものなどこんな式典では出る幕が無い。携わっていなければ、呼ばれもしなかったかも知れない催しだ。キースなど、その更にバックアップなのだから尚更だ。式典の始まる前に二人は一応指揮車に行ったが、何一つ不都合は出ていなかった・・・つまりは、暇と言う事だ。
「ほら、見ろよコウ、あの中将のくしゃみしそうな顔・・・!!」
 壇上には、コウとキースの最も上司にあたるオークリーの基地司令の顔も見えた。常日頃からくしゃみをしそうな顔だが、今日は更にそう見える。・・・その時コウはある事に気づいた。手に持っていた制服の帽子をキースの頭にぽんと載せる。
「キース、俺がくしゃみが出そうだ。ちょっとど真ん中はまずいから、隅っこに行ってくる。」
「なんだ、トイレか?遠いぜ〜。」
「違うよ!」
 コウは、ひらひら手を振ると会場の一番端に・・・つまりは、中央滑走路の一番指令部よりに抜けて来た。・・・平和だ。だが、コウは式典の壇上の一番隅に見たくは無いものを見つけたのだ。・・・ティターンズの制服。何処の誰だか知らないが、とにかく来ている。気が滅入ってきた。思わず会場から抜ける直前の最後のテーブルによろけてぶつかった。
「あ、失礼・・・・」
「・・・・・・・・・いえ。」




 そこに、彼は居た。




「・・・・・・・・・失礼しました、アムロ・レイ中尉!」
 コウは、その人を知っていた。当然だ。あの監獄の中で、何度も何度も本で見た顔だ。名前を呼ばれて、その一番端の席にぽつんと座っていた男は初めてコウの存在に気づいたと言わんばかりに振り向いた。
「・・・君は。」
「あ、失礼しました、自分はオークリー基地のテスト・パイロット、コウ・ウラキ少尉です!!」
「・・・久しぶりだね。」
 そう言って、アムロ・レイは少し微笑んだ。コウは、解せない顔をした。・・・久しぶり?初めて会うはずだけどな。回りの人々は、全く二人のやり取りに気づいていないようだった。・・・何でこの人の回りは・・・時間が止まって音が消えたような感じがするんだ?
「・・・どこかでお会いしましたか?」
「・・・会ってないと思うね。すまない、僕の思い違いだよ。」
 実際には、ほんの一瞬だがアムロとコウは会っていた。ほんの一瞬。本当にほんの一瞬だ。一年戦争終戦直後、月のグラナダで。だが、コウは全く覚えて居なかったし、アムロはそんな事はどうでもいいと思っていた。
「あの・・・隣に座ってもいいでしょうか。」
 すると、今度はアムロがひどく驚いた顔をした。茶色の巻き毛と、同じ色の大きな瞳が更に大きく見開かれる。その表情が、まるで子供のようでコウは混乱した。この人が・・・エースパイロットだって?ニュータイプだって?一年戦争の?僕よりずいぶんと小柄に見えるこの人が?
「・・・どうぞ。」
 それでも、アムロがそう答えたのでコウは向かい側の椅子に座った。
「あの・・・自分とレイ中尉は同い年なんです。21。」
「・・・そうなのか?じゃあ、ほら・・・普通の口調でいいけど。」
 アムロも混乱していた。こんなふうに何の他意もない風で、人に声をかけられたのは久しぶりだ。
「そうそう、あのジム・クロス、俺がテストパイロットなんです。」
「へえ・・・。」
 壇上では、モビルスーツの概要説明が一応終わり、進行通りなら、次はオーガスタ基地司令による挨拶ですべてが終了するはずだった。
「いい機体かい?」
 アムロが問いかけると、コウは喜んで説明をし始めた。
「平凡だけど、いいと思いますよ。ええと、カスタムやクゥエルやコマンドとの一番の違いは、ほら、ビームサーベルが二本あるという事ですね。それが、クロスして背中に取り付けてある。だから、ジム・クロスって言うんです。ビームサーベルが二本と言うのは・・・ガンダム以来ですよ。」
「そうなのか・・・。」
 コウは、慎重に『ガンダム』という言葉を口に出したつもりだったのだが、アムロは全く気にしていないようだった。ただ、まっすぐに立っている二体のジム・クロスを眺めているだけだ。コウは拍子抜けした。・・・もうすこし、面白い人かと思っていたのに。
「・・・ああ、そう言えば俺、『ハロ』も買ったんですよ。おもちゃのやつ。キースに笑われたけど。」
「・・・キースって、友達かい?」
 アムロは、コウが思っていたのとは全く別のところに興味を示してコウの方を向き直ってきた。しみじみ、髪の毛まで少し日に焼けて色の抜けた顔を覗き込まれて、コウは気前が悪くなった。
「そうです。で、そいつの為に『ハロ』をカスタムメイドしてやろうと思って中を開けてみたんだけど、おもちゃのやつは音声装置が・・・」
 ・・・その時、唐突に大きなざわめきが会場中を包んだ。コウとアムロはそれに気づいて話を止めたが、何が原因で人々がそれほどざわめいているのかは分からなかった。オーガスタ基地司令の話なんか聞いても居なかったからだ。
「・・・コウ〜!コ〜ウ!!どこだよ、大変だぜ!!!」
 その時、遠くからコウを探すキースの叫び声が聞こえてきた。
「あ、キースだ・・・キースです、さっき話した。」
 コウはそう言って椅子から腰を浮かしたが、まだ事態は読めていなかった。
『そういうわけで、私と中将で話をした結果・・・』
 やっと、ざわめきの向こうからオーガスタ基地司令の声が聞こえてきた。
「コウ!!こんなとこに居たのか、大変だ、お前あのジム・クロスに乗らなきゃならなくなったぞ!」
「え?」
『私の推薦でシャイアン基地のアムロ・レイ中尉を。』
『そうして私の方からはオークリー基地のコウ・ウラキ少尉を推薦し・・・』
 まさにその時、二人の基地司令が順番にマイクでそう言ったところだった。
『・・・せっかくですから、ここでジム・クロスの模擬戦を行う事を提案します。』
「・・・しかも、あのアムロ・レイと戦うんだぞ!」
 ・・・やっとコウの元に辿り着いたキースがそう言った時には、アムロも立ち上がっていた。キースはしばらく下を向いて息を切らしていたが、やがて顔を上げ、コウの傍らに立つ人物の存在に気づいた。
「・・・っっって、うわあああああああ!!!」
 大袈裟なくらいの勢いでそう叫んだキースは、そのままコウにしがみついた。勢いってもんだろう。そりゃ驚く。
 アムロは、遠すぎて見えないオーガスタ基地司令の顔を一応仰いだ。・・・気のせいだろうか。頷いた気がする。辺りのざわめきはやがてひそひそと言う囁きに変わり、やがてそれすらもしなくなった。・・・会場中がいまや、アムロとコウの二人に注目している。
『・・・どうするね、アムロ・レイ中尉。』
 オーガスタ基地司令の声だけが聞こえる。アムロはしばらく考え・・・そしてこう言った。
「もう、5年もモビルスーツに乗っていません。」
 その声は、静まり返った会場に気持ちが悪いくらいに響き、小さな失笑を買った。・・・アムロ・レイがこういう場面でモビルスーツに乗って来なかったのは有名だ。どう解釈されているかは知らないが。
『・・・どうするね、アムロ・レイ中尉。』
 オーガスタ基地司令は、全く同じ言葉をもう一回くり返した。何かを確認するかのように。コウ・ウラキは今一状況が分からないままに、キースを腕にぶら下げて立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・乗ります。」
 遂にアムロが答えた。人々は、その返事に言葉を失った。アムロは更に続けた。
「・・・説明書を読ませてもらえるなら。」










 0085.5月29日。・・・歴史には残らなかった、世にも面白い戦いが、オーガスタ基地で始まろうとしていた。




















誰が為に星は輝く。
インターミッション[前編]おわり





後編




2000.02.09.











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