誰が為に星は輝く。
インターミッション
[後編]
「・・・乗ります。・・・説明書を読ませてもらえるなら。」
0085.5月29日。時ならぬ静かな興奮に、昼時の北米オーガスタ基地は包まれていた。連邦軍の新型モビルスーツ、ジム・クロスのお披露目パーティ。本当なら、戦争のない時期のモビルスーツのマイナーチェンジの発表をするだけの場所に過ぎず、のらりくらりとした式典だけでそれは終るはずだった。ところが、その会場に居た1人の男が、二人の基地司令の提案したアトラクションに同意したのだ。・・・模擬戦で、モビルスーツに乗ってみせると言う。5年間、モビルスーツに乗っていないアムロ・レイ、その人が!一年戦争の英雄が!幻のエースパイロットが!
「おいおい、冗談じゃ無いのか・・・?」
「モビルスーツの形式だって5年でずいぶん変わったぞ・・・」
「説明書を読ませてもらえるなら、だと!聞いたか?」
「ああ、本気か?」
激しい沈黙。・・・その後に、爆発するように人々は我先にと話し始めた。
「あのうわさは本当だったのか?」
「初めてガンダムに乗った時、説明書を読んだだけ操縦をしたって言うあれか?」
「まさか!」
アムロに批判的なもの。その才能を一目見たかったもの。様々な人々が、今や一様に口を開いていた。そしてあっという間に何処からともなく、ジム・クロスの説明書が会場の隅に居るアムロのもとに手渡しで回されてくる。・・・アムロは、黙ってそれを受け取った。
「・・・レイ中尉・・・」
コウ・ウラキはまだ呆然と立っていたが、やっとの思いで隣に立つアムロにそう声をかけた。
「本気ですか?」
「え?ああ、うん・・・。」
なんと言う事だろう。アムロは本当に『説明書を読んでいた』。
「行こう、ウラキ少尉。」
アムロがそう言うと、二人の前の人込みがバッと開いた。・・・パーティに呼ばれていたかなり上級の士官から、オーガスタ基地で通常の任務に着いていた下っ端の軍曹まで、誰もが二人に注目していた。あるものは昼休み中の食堂でモニタにかじり付き、またあるものは側近にオペラグラスを持ってくるように言いながら。
一歩踏み出したアムロに、つられるようにコウも滑走路の真ん中においてあるジム・クロスに向かって歩き始めた。・・・しがみつくキースを振払って。やはり、アムロ・レイと言う人は軍人にしてはずいぶん小柄だ。アムロの後ろ頭を見ながら何故か関係のないそんな事をコウは思っていた。・・・実感が湧かない。これから、自分があのアムロ・レイと戦うのだと言う実感が。と、その時思い付いたようにアムロが急に振り返った。
「そうだ、これ・・・」
そうして、コウでは無くてキースに声をかけた。・・・ちょっと恥ずかしそうに。
「忘れてた。・・・僕のも頼むよ。」
そうして、自分の制服の帽子をキースに放った。キースは、思いきり慌てふためきながらそれを受け止める。
「コウ・・・生きて・・・帰ってこいよ・・・。」
自分の帽子とあわせて、三つの礼帽を腕に抱えたキースは、いつもながらの情けない声をあげたが、その声は回りに群集のあげる歓声にかき消された。こうしちゃ居られない。・・・自分の仕事は何だ?・・・コウのバックアップだ!
キースはあたふたと、ジム・クロスの指揮車に向かって走り出した。
『ルールは簡単だ。』
式典の壇上では、オーガスタ基地司令がマイクを片手に自ら説明をしていた。
『知ってのとおり、ジム・クロスはまだ配備されてもいない新型だ。白熱されて二人の若者に壊されては困る。』
月並みな台詞だったが、それは会場に小さな笑いを産んだ。
『そこで、立派なビームサーベルが二本もあるのに勿体無い事ではあるが、模擬戦用のペイント弾を相手の機体に先にぶつけた方を勝ちとしよう。いかがかな?』
そこで基地司令は、壇の目の前に立っているジム・クロスの足下のアムロとコウに声をかけたのだが、返事はコウしかしなかった。
「それで自分はかまいません。」
コウは、きちっと敬礼をしてそれに答えた・・・が、アムロはまだ説明書を読んでいた。
「・・・レイ中尉。レイ中尉!!」
コウのそう囁く声に、アムロはやっと声をかけられている事に気づいたらしかった。
「・・・自分も結構です。」
そうして、相変わらずやる気の無さそうな敬礼を返した。・・・付近はまたしても失笑した。
「アムロ・レイ中尉は士官学校で敬礼の仕方も勉強して来なかったのか?」
「知らないのか?彼は前回の戦争で、現地徴用兵だったんだ・・・だから、戦争の終った後に三ヶ月ばかり形式的に士官学校を出たきりさ。」
「それで21で中尉か!?連邦も適当な人事だな・・・」
端から聞こえてくる軽口は、アムロにも聞こえていない訳ではなかったが、その声に睨みを返したのはコウの方だった。・・・現場のパイロットの気持ちなど、所詮上の人間には分かるまい。
「レイ中尉。・・・いいですか?この機体について何か質問は?」
コウは複雑な気持ちで、モビルスーツに向かいながらアムロにそう声をかけた。しかし、このモビルスーツについては自分の方が確かに詳しい。すると、アムロは説明書から顔を上げたった一言こう言った。
「・・・乗り心地がよさそうだ。」
「え?」
「乗り心地がよさそうだと言ったんだ。下半身のトランスミッションがすごくいいから。パイロットが酔わないだろうなって事だよ、重力下で。だが、逆にその下半身のクッションの良さが一番の弱点だ。・・・スラスターの推力が切れたら、着地した瞬間に壊れるな、足が。」
コウは、言葉を失った。・・・その通りだ。自分も全く同じ事を考えていた。これでも一応は、実戦を経験したパイロットだ。乗り心地というその発想は良く分かる。・・・しかしまだ、説明書すら読みかけじゃ無いか!もっともアムロはそんなコウの様子には全く気づかない様でこう続けた。
「散歩が出来そうだな。どこまでも、てくてく歩いてさ。・・・ところで、この二機にはお互いだけで会話できる直接回線があるんだな。」
「・・・ええ、実験機ですし、指揮車だけでなくお互いに連絡がとれないと困りますからね・・・あ、レイ中尉、ヘルメットは・・・!」
アムロが、妙に頷くと制服のままでジム・クロスの手のひらに乗るのを見て、我に返ったコウは声をかけた。自分ももちろん制服のままだが、小脇にヘルメットは抱えている。
「要らないよ・・・言っただろう、乗り心地が良さそうだって。お手柔らかに頼むよ、ウラキ少尉。」
滑走路の中央に展示してあっただけのモビルスーツに、昇降リフトのある訳が無い。アムロが手のひらの上で搭乗用のスイッチを押すのを見て、コウも慌ててもう一機のジム・クロスに飛び乗った。・・・何だか、話の合わせづらい人だな!
『では、戦闘はできるだけ基地内で無く・・・』
基地司令が言った。
『金網の外の、演習地でやってくれたまえ。以上だ!』
アムロ・レイはなかなかコクピットのハッチを閉める事が出来なかった。
「・・・レイ中尉。中尉?いいですか?」
かろうじて声の聞こえる程度の距離離れた、向いのジム・クロスのコックピットのから身を乗り出して、それに気づいたコウが叫ぶ。
「・・・ああ。」
アムロのつぶやきは、コウには聞こえなかった事だろう。アムロはうつむき、深く息を吸い込んだ。・・・シートに座り、ベルトを回す。そして、顔を上げた。
「ああ。いいよ。」
ハッチを閉める。それを見て、コウも自分のハッチを閉めた。・・・ブゥンという低い音と共に、コクピットに火が入ってゆく。
「・・・乗れるのかな、僕・・・」
そのアムロの声は、指揮車でも音声が拾えないほど小さかった。
二機のジム・クロスは、急きょ用意されたビームライフルを掴むと、中央滑走路すぐ脇の金網を乗り越えて演習地に向かって歩き出した。・・・確かに、基地内はもちろんの事、あまり近くでモビルスーツ同士の戦闘を行う訳にはいくまい。
『・・・エネルギーが必要以上に入ってる。何故だ?ただお披露目する為に並べておく機体なら、こんなには必要無いはずだが。』
コクピットの中に無線で聞こえてくるアムロの声に、コウは答えた。
『技術士官のバシット中尉の癖です。・・・唐突に敵が攻めてくると、テスト機だろうがテスト用パイロットだろうが、戦闘状態に陥る事を彼女は身を持って知っているので。』
『・・・ああ・・・0083のトリントンに居た人間か・・・』
その会話は、パーティ会場中にスピーカーで流されていた。そこで、連邦の最上層部の人間がやっと何かに気づいた。軍の極秘情報を知るほど上層部で、抹消された歴史を知るわずかな人間達だ。アムロ・レイの相手をすると言うあのテストパイロット。・・・彼は、デラーズ・フリートの抗争の時にガンダム試作一号機に乗った人間では無いのか?・・・コウ・ウラキ。確か、そんな名前では無かったか?
『なるほ・・・うわっ。』
その時、まだ平原に向けて歩いてゆく二体のガンダムは基地から300メートルと離れていなかったが、アムロの乗る方のグレーの機体がくぼみに躓いて大きくよろけた。それを、単純に見ていた人間は笑いを押さえ切れなかった。やはり、あの一年戦争の伝説は伝説に過ぎないらしい。アムロ・レイはただの5年間モビルスーツに乗らなかっただけの役立たずのパイロットだ。・・・ニュータイプなど、人々の生み出した幻想だ。
しかし、次に何かに気づいたのはオーガスタ基地の指令部の中でジム・クロスのコクピット内の画像をモニタ出来ていたオペレーター達だった。
「おい・・・」
「ああ・・・」
彼等は、信じられないものをモニタの中に見ていた。・・・アムロ・レイはまだ説明書を読んでいる!!彼は、ほとんど前を見ずにモビルスーツを動かしていた。そうしてさも当然、と言わんばかりに、よろけた機体を見事に持ち直した。
『大丈夫ですか、レイ中尉!』
『ああ・・・なんとか。やっぱり乗り心地がいいね、この機体。コア・ブロック・システムがないとコクピットも広いし。』
そんなスピーカーから流れるコウとアムロの会話に、状況を読めない人々はまだ笑っていた。しかし、わずかの人々ではあったが・・・この模擬戦の異常さに気づき始めた者も居た。
「待てよ、コウ!!」
少し遅れて、オーガスタ基地の門から飛び出したキースの運転するジム・クロスの指揮車は、砂煙りを上げながら二機のモビルスーツを追っていた。
「・・・そういや昔さ、似たような事があったねえ。」
隣ではモーラが呑気にそんな事を言っていた。
「ええ!?そうだっけ!?」
「あんたねえ・・・女の過去の事は、どんな些細な事でも覚えとくもんだよ、まったく。」
「う・・・精進します・・・。」
キースは小さな声でそう言ったが、モーラは優しい顔でキースを見つめていた。
「ほら、モンシア中尉がさ・・・前!!前見て運転!!」
その時指揮車は、おもいきり障害物に乗り上げて北米の草むらの中を派手にバウンドした。
「運転替わんな!まったく、いくつ命があっても足りないよ!こんな奴ばっかりかい、あたしの回りは!」
「モンシア中尉か・・・居たなあ、そう言えば、元気かなあ・・・。」
つぶやきながらもキースは、モーラに無理矢理運転を替わってもらった。二体のジム・クロスは今まさに足を止めて向かい合ったところだった。
「・・・始まるよ・・・・!!」
『・・・いいですか?レイ中尉。始めますよ。』
『・・・ああ、うん。』
オーガスタ基地から1キロほど離れた草むらの真ん中で、二体のグレーのジム・クロスは歩みを止めた。コウが、空に向けて一発ライフルを発射する。それが合図だった。離れた基地に要る人々にも、今模擬戦が始まったと分かった事だろう。
『・・・本当にいきますよ。いいんですか!』
コウは、向い合せに立っているアムロの乗るジム・クロスに向けてライフルを向けた。・・・しかし、アムロは微動だにしない。オーガスタ基地の回りはほとんどが見渡す限りの平原で、軍用地だ。こんなところで、ライフルを撃ち合っても楽しくも無かろうに。コウは、妙な怒りを覚えた。結局、射撃命中率の高い方が勝つだけの話じゃ無いか!
コウは、ライフルを発射した。・・・そこからは、ペイント弾が発射されたはずだった。・・・一発。さらにもう一発。二発、三発、続けて。
・・・しかし、アムロは避(よ)けなかった。避けなかったと見えたのは基地からオペラグラスを覗いていた人々にだけだろうか。とにかく、アムロの乗るジム・クロスは全く動かなかったように思われた・・・しかし。コウの撃った弾は当たらなかった。わずか数百メートルと言う距離から、これだけしっかり狙いをつけて撃っているにもかかわらずだ。
『・・・人をっ、』
コウは、そう叫ぶとアムロの乗るジム・クロスに向かってライフルを構えたまま急に走り出した。
『人をバカにして!』
そう、実際にはアムロは避けていた。・・・最低限にしか動かずに、だが。それは、人間で言ったら少し首を振る、程度の動きでしかなかった。しかし、コウの的確な標準を、それだけの動きでアムロもまた的確に避けたのだ。
『・・・ウラキ少尉。』
恐ろしい事に、その時初めてアムロは説明書を閉じた。そして、アクセルを踏み込みバーニアをふかした。グリップを握った。
『ウラキ少尉、直接回線を開け!』
コウの、走り込みながらのライフル射撃をすべるようにかわしながら、アムロはそう叫んだ。
・・・次の瞬間から、二機のジム・クロスの音声はオーガスタ基地では全く拾えなくなった。
地平線の見えるような、北米のただの野原の真ん中で銃を撃ち合おうというのだ。あっという間に、どちらかの機体の上でペイント弾が弾け、決着は着いてもおかしくなかった。しかし、どちらの機体にも色は着かないままに、もう数分が経過していた。
『・・・レイ中尉!!あなた、本当に俺と戦う気があるんですか!』
言われた通りに直接回線を開き、かなりの至近距離まで近寄って銃を撃ち続けるコウがそう叫ぶのも無理はなかった。アムロは、まだ一発も銃を撃っていない。ただひたすら、コウの射撃を避けているだけだった。
『戦っている。』
『ただ逃げているだけじゃないですか!・・・銃を撃ったらいいでしょう!あっという間に決着は着きますよ、これだけの銃撃を一発も受けずにかわす事が出来るなら!俺の機体に一発色をつけるくらい容易いでしょうが!』
『それはしたくないんだ。』
『何を・・・!』
その瞬間、あまりに近寄り過ぎた為銃撃できる距離がないと判断したコウは、試しに構えた銃を側面からアムロのジム・クロスの肩あたりにぶつけてみようと試みた。・・・が、それもかわされた。それよりも一瞬早く、アムロは軽くバーニアをふかして後ろに飛び退いていた。・・・この人は、後ろに下がってばかりいる!!妙な苛立ちを感じながら、コウも一旦後ろに機体を引いた。・・・あまり強くはないジム・クロスの下半身が悲鳴をあげる。ライフルのカートリッジが切れたのだ。・・・アムロが一発も弾を撃たないままに、コウは最初の弾倉を使い果たしていた。
「ははは、アムロ・レイは逃げてばかりいるじゃないか・・・。」
「無様だな。あのオークリー基地の少尉は、なかなかやるな。」
オーガスタ基地では、モビルスーツ戦の事など全く分かっていない上級士官達が、オペラグラスを片手にまだそんな呑気な事を話していた。1キロほど離れたところで行われている戦闘は、小さな土煙の中で一機のモビルスーツが、もう一機をひたすら追い詰めているようにしか見えない。しかし、その時オーガスタ基地司令の元には、1人の伝令が走っていた。『モビルスーツと全く交信不可能』という状況報告を持って。・・・基地司令の顔色がわずかに変わった。・・・すぐ近くに居たティターンズの制服を着た男は、自分の側近に何かを舌打ちした。
そうして、一度でもモビルスーツに乗った事の有るものは、ある種の感動すら覚えていた。・・・そうだ。攻めるより、受け流す方が難しい。モビルスーツの操縦では!
『・・・やっぱり俺を・・・』
コウは、すばやくカートリッジを付け替えると、再度アムロの機体の方に駆け込んだ。すると、アムロは今度は上に逃げた。思いきりバックパックをふかし、上に飛び上がったのだ。コウは下から二・三発撃っては見たが、すぐに拉致があかないと判断して自分も飛んだ。
『バカにしているのか!?』
『違う。』
『じゃあ、何故戦わない!!』
『だから、戦っている!・・・このモビルスーツは真上にどれくらい上がれる。』
『データでは、100メートルちょっと・・・何を!』
その時、唐突にアムロはバックパックをふかすのを止め、自由落下に任せてコウの真横まで滑り落ちてきた。そして、蹴った。
『・・・!』
蹴り飛ばした。ライフルを。
『・・・すぐに落ちる。1秒無いな。』
アムロは呟くと、地上直前で再度バックパックと足下に着いているバーニアをふかして降り立った。コウは、銃を蹴り飛ばされたはずみで少し体勢を崩したが、それでも少し離れた場所に辛うじて着陸した。
『・・・100メートルではね。ジュニアハイで物理の時間に習いませんでしたか?最低でも200メートルくらいは上がらないと、自由落下には1秒もかからないですよ。』
変な事を気にする人だ。思わずコウはそう答えてから、落ちた銃の行方を探した。見えた。が、銃を拾いに行っている時間は無さそうだった。
『!!』
間髪を入れずに、アムロも自分の銃を捨てると、すごい勢いでコウの機体に向かって切り込んできたからだ。・・・そう。切り込んできた。ビームサーベルを抜いて!
『ジュニアハイの授業で?・・・分からないな、僕は小学校しか出ていない。』
『・・・っ、なんだって?』
それを受け止められたのは、コウだったからだろう。彼はかなり苦しい体勢ながらも、自分もビームサーベルを抜きアムロの切り込みを受け止めた。
『小学校しか出ていないと言ったんだよ!』
『くっ・・・!』
コウはサーベルの出力を瞬間的に最大にすると、なんとかアムロの機体を跳ね飛ばした。・・・むちゃくちゃだ。基地司令はサーベルを使うなと言った。それに、こんな戦い方をしてたんじゃ、あっという間に機がオーバーヒートする!
『あなたが何を考えていて・・・』
コウとアムロは凄まじい勢いで粒子の粉をまき散らしながら打ち合っていた。
『何を言いたいのか俺には全く分からない!』
それは、コウの本音だった。この勢いでビームサーベルを打ち合っていたら、あっという間にジェネレーターが焼き切れる!模擬戦だろうが!
『・・・君には、友達がいるな。そう、キース少尉と言ったっけ。』
だが、全く答えにならない言葉を、やはりアムロは答えた。アムロが柔らかく切り込み続ける。コウは、それを弾き続けた。・・・そうして、やっと自分の感じている苛立ちの正体に気づいた。
『・・・あなたが。』
アムロが上に飛ぶ。コウは実際、モビルスーツの操縦が上手かった。ほとんど遅れをとらず自分も舞い上がる。付いて行ってみせると言わんばかりに。
『・・・あなたがあのガンダムに乗れば良かったんだ!・・・そうすれば、コロニーの落下を防げたかも知れないのに!!』
それは、ほとんど叫び声に近かった。
『・・・それは違う。僕の役回りじゃ無かった。』
二人は空中で機を互いに止めた。そうして、今度は切り合いながらバーニアをふかしつつゆっくりと降りてくる。まるで空中戦だった。そのあまりの見事さに、見ていた基地の人々は我を忘れた。・・・モビルスーツは、あんな動きの出来るものだったのか?
『あなたは何を俺に言いたいんだ!』
コウがもう一回そう叫んだ。
『・・・あなたは何故・・・モビルスーツに乗らないんだ!こんなにも乗れるのに!!』
『・・・昔同じような事を言われた事がある。「こんなにも戦えるのに」と。・・・だって、僕には、』
落着寸前にアムロが右サイドからコウの機体の腹部に切り込んだ。やられる!コウは思った。弱い下半身を守る為、バーニアを地上寸前でふかす事に気をとられて受け手が少し遅れたからだ。
『僕には誰も居なくなってしまったからだ!最初から、僕には何も無かった!!』
しかし、機体まで後わずか30cmというところで、アムロは見事にサーベルを寸止めにした。・・・粒子の炎で、コウのジム・クロスは少し焦げた。
オーガスタ基地では、基地司令ではなくその副官が、凄まじい勢いで叫んでいた。
「ええい、戦いを止めさせろ!今すぐ、ジム・クロスの指揮車と連絡を取れ!音声が拾えているはずだ!」
その横では、基地司令が苦虫を噛み潰したような相変わらず四角い顔で押し黙っていた。
「誰がサーベルを抜いていいと許可を出した!これは模擬戦だぞ!?」
「アムロ・レイ、君は・・・」
「指揮車と繋がりました!」
基地司令の小さなつぶやきは、通信兵の叫び声にかき消された。
「・・・どっちがウラキ少尉だい。」
空に舞い上がっては切り合い、また空に舞い上がる全く同じ作りの二体のジム・クロスを、下から見上げていたモーラはそう言った。キースは、指揮車の中に入ってイヤホンを耳に当てっぱなしだった。ジム・クロス同士の会話が聞き取れるのはここだけだ。ちらり、と空を見上げたキースは即答した。
「右がコウのだ。」
「良く分かるね。・・・ともかく、エネルギーを満タンにしといて良かったよ。」
「何年コウのバックアップをやってると思ってんだ?」
その時、指揮車のスピーカーの一つに、思いきりうるさい怒鳴り声が入ってきた。
『ジム・クロス指揮車!指揮車!聞こえるか!!??こちら、オーガスタ基地!!』
「いいとこだってのに・・・!!!」
キースは、悔しそうにイヤホンを投げ出すとマイクをとった。
「こちらジム・クロス指揮車!オークリー基地所属!チャック・キース少尉です!」
キースが投げ出したイヤホンからは、ちょうどアムロの叫び声が・・・『僕には誰も居なくなってしまったからだ!』という叫び声が聞こえてきたところだった。
『だから・・・言っているだろう・・・あなたの話している事の半分も俺には分からないって!』
アムロのサーベルの寸止めから、コウは辛うじて抜け出していた。・・・少しでもチャンスがあるなら、自分は最後まで戦いを諦めるものか!そう思った。
『くっそおおおおおお!!!』
必死でアムロのサーベルから逃れ、言葉を発しながら、コウはある事に気が付いていた。・・・違う。この人は、違う。今まで戦ってきた誰1人とも違う戦い方をする。コウは、アムロのジム・クロスの踵という、この際重要でもなんでも無い部分にフェイントでサーベルを打ち込んでみた。・・・避けた。こんなところに、誰もサーベルを打ち込むとは思わないだろうに!だが、アムロは避けた。・・・何故だ?何故この人は避けられる?
『だから、僕には誰も居ないんだ・・・!!分かりあえる人が!もう、モビルスーツに乗ったって・・・ただ、恐いだけなんだ・・・自分がたった1人なのを知って!!恐いだけなんだよ!そんな孤独を・・・そんな孤独を確認する為に、僕はモビルスーツになんて乗りたく無い!!』
『・・・じゃ、なんで今日は乗ったんだ!!!』
コウは言った、何度目になるか知れないジャンプをしながら。・・・この人は・・・まるで悪意のない戦い方をする。模擬戦だから?違う。キースと戦っていたってもうちょっとは闘志を感じる。実戦ともなれば尚更だ。あのデラーズ・フリートの敵はすべて・・・コウにとって特別な敵であったアナベル・ガトーは特の事、皆一様に何かをぶつけてくるような戦い方をした。それが『信念』だともガトーは言った。・・・しかし、この人は違う。・・・きっと信念も、何も無い。無いのに出来てしまうのか?この人自身が何かの為に戦っているわけでは無いのに。動けてしまうと言うのか?・・・それがニュータイプなのか?
『・・・何で今日は乗ったかなんて・・・そんなの・・・!僕にも分かるもんか!!』
アムロが言った。それと同時に軋むようなビームサーベルの一撃、二撃。コウは受けた。
『本当に分かりあえたたった1人の人を、僕はこの手で殺してしまったんだ!・・・もう僕には、戦う意味が無い。分からない。自分がこれからどうすればいいのか。これからどうしたいのか。・・・どうして僕がこんなに世界でたった一人なのか!!』
着地。そしてまた飛翔。エネルギーの残りを、コウは横目で確認しながらもう一回つられる様に飛んだ。
『・・・あなたは、』
・・・分かってしまうんだ。自然にきっと出来てしまうんだ、やっぱり。すべての動きが。前もって。だから、全てを受け入れるような戦い方をするんだ、この人は。自分をぶつけるのでは無くて。相手の攻撃を柔らかく受け止めるような戦い方を。 ・・・ああ、それでか。それで、自分にはこの人がまるで戦っていないように思えてたんだ。
『本当にどうしたかったんだ!こんなにも回りの事が分かるのに、自分自身はどうしたいか分からないなんて!!』
コウは言った。唐突に、何もかもの前提を乗り越えて、コウには目の前の機体に乗るアムロが、泣叫ぶただの子供に思えてきた。・・・そうだ、実際。ニュータイプがなんだかなんて自分には良く分からないし、この人がそうなのかも分からない。・・・本当に、何もかもが分かるのだとしたら、それは戦いに使うのは惜しいような才能だ。むしろ、戦うには苦しいような才能なんだろう。
『レイ中尉!!』
『・・・分からないよ!』
アムロはもう一回叫んだ。・・・その叫び声を聞いて、コウは唐突に思い付いた。
『・・・俺は分かった。』
そうしてアムロのジム・クロスの懐に、切られるの覚悟で肩から思いっきり突っ込んだ。・・・飛び込めた!そうして右手でサーベルを受け止めたまま、左手でアムロの機体の肩を掴んだ。
『友達になろう。・・・あなたが今日モビルスーツに乗ったのは、友達が欲しかったからだ!』
ギギギ、とコクピットのかなり至近距離で、サーベルの弾けあう嫌な音がする。地上から、50メートルばかり離れた上空で、二体のジム・クロスはサーベルを打ち合わせたまま一瞬動きを止めた。
『・・・なんだって?』
アムロは聞き直した。・・・コウは今、なんと言った?
『友達になろう、アムロ!そうすれば一人じゃなくなる!!俺達、同い年なんだよ。・・・アムロが言っている「分かりあえる人」にはなれないと思う。でも・・・っ!!』
そのまま二体のジム.クロスはもつれたまま地上に落ちてきた。直前で互いを突き飛ばすと少し離れた場所に着地した。
『でも、普通はそんな風に分かりあえなくても、人は友達同士になったりするんだ。そういうものなんだよ!!握手したり、挨拶したりしてさ!模擬戦なんかやらなくてもだ!もっと簡単に!!』
アムロが、その言葉を聞いているのかいないのかともかく、先に地を蹴ってまた舞い上がった。コウは残りのジェネレーターの推力ギリギリで、それでもアムロに付いていこうと同じく地を蹴った。
『・・・アムロ!俺が友達になるよ。・・・もちろんキースもだ。モーラも。俺の彼女も紹介する、とられるとやだから、そのうちにな!!』
アムロが斬り付けてきた。しかし、それをマトモに受け止められるほど、コウのジム・クロスには推力が残っていなかった。
『・・・簡単に言うな!!』
『こんな事難しく言ってどうするんだ!!』
遂に頭に来て叫んだコウを振払って更に上昇してゆくアムロのジム・クロスを、本当はもう少しコウは追い掛けたかった。・・・しかし、足りなかった。着地の時にバーニアをふかすだけのエネルギーしか、もう自分のモビルスーツには残っていない。コウは、それ以上アムロを追う事を諦めた。失速する。
『・・・もう一人、』
アムロの呟きがコウのコクピットに届いた。
『もう一人分かり合えたかも知れない人間は居たんだ・・・でも、「仲間になれ」という彼の誘いを僕は断った。』
それは本当に小さな呟きだった。上昇を止めたコウの機体は振り返らずに、まるで宇宙に届けと言わんばかりにアムロの機体は上昇を続けた。この地上から。何処までも遠い星が煌めく宇宙に、飛び出したいんだと言わんばかりに。限界までの飛翔。
・・・しかしやがて最後が訪れる。・・・落下。・・・そして宇宙には、届かぬままに。それが、コウの目には羽根をもがれた天使の姿の様に映った。
『・・・友達って?』
急に我に返った、と言った感じでアムロがそういうのが聞こえた。凄まじい勢いで速度を付け落下してくると、アムロはもう一本のビームサーベルを抜いた。そうして近付いてくるとその2本のサーベルで、コウのジム・クロスのバックパックだけをアムロは綺麗に挟んではじき飛ばした。
『・・・友達だよ。』
決着がついた。他に言い様が無い、友達の事なんて、友達以外と。コウは、言いながら思った。・・・この機体は、下半身が弱い。仮に着地出来ても足先のバーニアだけでは凄まじい衝撃になる事だろう。舌を噛まない為にコウは歯を食いしばった。自分の負けだ。防ぎ様がなかった。・・・が、何故か着地の衝撃は来なかった。
『・・・前半で、むやみにエネルギーを使い過ぎだ、コウ。』
自分の名前を、ごく自然にアムロがそう呼ぶと、彼はコウのジム・クロスの腕を取った。最後の最後でサーベルをもう一本抜き、二つの機体分の重みを支えるだけの余力を残しながら・・・アムロは方向を変え、オーガスタ基地の目前に2機のジム・クロスは着地した。コウの機体の方は、既に下半身が使い物にならなくなっていた。
オーガスタ基地は、蜂の巣をつついたような騒ぎに陥っていた。
「報道関係者に規制!!今日のお披露目は無しだ!!ええい、仕方が無いだろう!!」
基地司令の副官は、既に悲鳴のような声を上げていた。・・・模擬戦で、ジム・クロスの一体は思い切り破損だ。・・・お披露目もクソも無い。
「それから、模擬戦を見た者全てにこの事はいっさい他言しないようにと・・・!!」
無駄とは知りつつ、それでも副官は叫んでいた。・・・誰にも言うなと?さっきの戦いの事を?・・・ガンダムに乗った事の有る二人のパイロットが戦ったのだ!それを、誰にも言うなと!?
まだ、苦虫を噛み潰したような顔をしたオーガスタ基地司令の横に、座っていたティターンズの制服を着た男は、ゆっくりと立ち上がった。
「今の戦闘記録は撮れたか?・・・そうか。」
側近に確認をとる。そうして、基地司令に一応の挨拶をした。
「今しばらく・・・アムロ・レイは軟禁ですな。」
「・・・・。」
基地司令は何も言わなかった。
「私は、被験者No.7・・・そう、なんと言う名だったかな?ロザミア?そう、研究所のロザミア・バダムに寄って帰ろう。・・・まだ、我々には『ニュータイプを自力で作り出す』術は無い。」
そう言うと、横柄にジャミトフ・ハイマンは立ち去った・・・アムロ・レイの記録は有効に使わせてもらう、と言い残して。
「アムロ・レイ、君は・・・」
基地司令は呟いた。
「モビルスーツに乗れないフリをするだけで良かったんだ・・・そうすれば、自由になれたのに・・・!!」
喧噪に包まれる基地のゲート前では、一人の男が煙草をくわえたまま尋問を受けていた。
「だから。記録ディスクも音声ディスクも、何もかも没収されたって言ってるだろう?・・・おかげでこっちは商売上がったりだ。」
「・・・名前と職業を一応確認させていただきます。」
身分証明書と通行パスの顔を見比べながら、そう事務的に答えるゲートの若い兵士に男はため息をつきつつ答えた。
「カイ・シデン・・・フリージャーナリストだ。・・・出てもいいか?」
「・・・どうぞ。」
オーガスタ基地から一歩出た瞬間にカイ・シデンは口にくわえていた煙草を近くの草むらに吐き捨てた。空を見上げる。・・・相変わらず、天気は良かった。
「・・・セイラさんに教えてやるか・・・。」
そう呟くと、カイは恐ろしい事にヒッチハイクをする為右腕を上げた。
戦闘直後の、嫌な匂いの蒸気を吹き上げる機体のコックピットハッチを開いて、アムロは外に飛び出した。・・・話したい事が。
「・・・話したい事が・・・あったんだ・・・誰かに、話したくて仕方のなかった事が・・・!!」
コウもコックピットから飛び出した。それは、基地の金網から十数メートルと離れていないところでの行動だったが、基地の人間誰一人としてもはや二人に感心を払っては居なかった。ひたすら信じられないものを見た興奮でざわめき、沸き立っている人々を尻目に、二人は駆け寄った。互いの手をとった。
「誰かに・・・話したくて・・・!!」
コウは、そう言ってしがみついてくるアムロが泣いているのでは無いかと思った。しかし、そうでは無かった。これから、二人は語り合うだろう。倒せなかった敵の事。愛した人の事。家族の話、自分のこれからの事。・・・そんなささいな、だが誰にも話せず心の中に秘めておいた事を。
「コウ〜!!良かった、生きてたなあ!!」
砂煙りを上げて、その時、キースの運転する指揮車が二人の脇に到着した。
「キース!」
コウのその台詞に、アムロは自分が何処にいるか思い出したらしかった。
「・・・ああそうだ。おもちゃのハロのことだけどね。」
「え?」
コウが答えた。・・・そういえば、そんな話をパーティの会場でしたんだった。・・・全然聞いてないような感じだったのに、やっぱりこの人、変わってるなあ・・・。
「音声チップ。確かにあれはどうしょうもないよ。・・・送るよ。僕の家に有るオリジナルのスペアを。」
そのアムロの台詞に、コウは笑った。
「ああ、でも、キースの為にハロをカスタムメイドしようと思ったのはもう四年も前の話で・・・。」
キースが、指揮車から飛び下りて二人の元に走ってきた。そうして、預かっていた帽子をそれぞれの頭に載せた。それが自分の任務と言わんばかりに。
「何の話だ?いやあ、楽しかったぜ!久々にわくわくしたなあ〜。俺、基地からの指揮車の無線、途中で切っちまったよ!!あー、俺もたまにはスリリングな目に遭ってみたいもんだなあ〜・・・」
そういうキースに、コウは答えた。
「ハロの話さ。ほら、士官学校の学生だった頃にさ、買ったじゃん。覚えて無いか?・・・おまけに、キースがリクエストした台詞は、『キース、アイシテルワ〜』っていう女の台詞でさ・・・ハロにそんな事言わせてどうする気だったんだ、キース?一回聞いてみたかったんだ。」
「・・・何の話?」
その瞬間、絶妙なタイミングでモーラがキースの後ろに立った。
「いや・・・だから、ほら、若気の至りって言うか・・・」
とたんにキースが口ごもる。・・・それから、脱兎のごとく大平原の中に逃げ出した!
「キース!!」
モーラが叫んで追いかけっこが始まる。
「・・・十分スリリングじゃないか。」
アムロが呟いた。そんなキースとモーラを、アムロとコウは顔を見合わせて大笑いをしながら見送った。
0085.5月、29日。
こうして、『連邦軍の新型モビルスーツ、ジム・クロス』は幻の機体となり・・・アムロは軍の監視下から抜け出す事は出来なかった。・・・ただ少し、モビルスーツに乗れないフリをすれば、それだけで良かっただけだったのに。自由になれたのに。
しかし、アムロは後悔していなかった。・・・オーガスタ基地司令の言葉の意味は分かった。・・・だが、アムロはこれからも続く不自由の代わりに・・・一人の友人を。一人の友人を手に入れたのだ。
こうして始まった、アムロ・レイとコウ・ウラキの友情は、0093.3月12日、アムロ・レイが、ラー・カイラムから出撃して戻らぬ人となるその直前に、コウに宛てて送った手紙まで、以後の八年間ずっと続く事となる・・・。
誰が為に星は輝く。
インターミッション[後編]おわり
2000.02.12.
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