・・・・・・・・・・生きたい。生きていたい。
初期衝動:前編(「Like A Angel」第2幕)
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「冗談じゃねぇ!放っときゃいいんだ、あんなクソガキ!」
『白』のアジトの病院跡では、モンシアが一人でいきり立っていた。怒りのあまりに、近くにあった潰れ掛けの石油の缶を思いきり蹴飛ばす。
「あいつぁな、自分だけとっとと喧嘩の最中に逃げやしやがったんだぜ!?その結果待ち伏せしてた『緑』の連中に連れ去られようがなんだろうが、こっちの知ったこっちゃねえ!」
モンシアの言う事も最もであった。コウは、そりゃあ見事に逃げたのだった。結果、『白』の仲間は苦しい撤退を余儀無くさせれたのである。
「だがな・・・・・・・モンシア。」
そこまで黙って話を聞いていた『白』のリーダーであるバニングが、その時やっと口を開いた。部屋には、バニングとモンシアの他に、『白』の中核をなすベイトとアデルと言う二人の男、それからコウが連れ去られた事を報告しに来たキースが居た。
「おめぇはよ。もし、コウが逃げなかったらどうしてた?」
「そりゃ、親父さん・・・死ぬまで戦ったさ!俺は腰抜けじゃねぇ!」
「それが問題なんだ。」
まだ湯気を立てそうなイキオイのモンシアに、バニングは諭すように言った。
「今まで、そうは言っても『白』と『緑』はここまで本気で激突してきやしなかった・・・が、今回は向こうのノリが違ったんだろ?でなきゃ、ほぼ同じ数の兵隊でこっちが負けっこねえ。五分五分だったんだ。」
「そりゃ親父さん、指揮官がコウだったからだ!だから負けたんだ!親父さんなら負けなかった!」
モンシアはまだそう言った。他の二人・・・ベイトとアデルは何も言わない。キースに至っては、どうしたらこの恐いメンバーの中から逃げ出だるかと、そればかりを考えるのに必死だった。・・・ああ、便所に行きてぇ。
「・・・違うな。向こうが違ったんだ。俺が指揮しててもきっと負けた。だから、コウは逃げたのさ。・・・俺は勝って来い、とは言ったが『死ぬまで戦え』とは言わなかった。」
「そりゃないですぜ、親父さん・・・!」
遂にモンシアが情けない声を上げた。
「それじゃ、コウのする事は何でもかんでも正しいみてぇじゃないっすか!」
「・・・その通りだろ。」
そのとき、ずっと黙っていたベイトが言った。
「実際、さっさと逃げたせいで死人は思ったほど出なかった。・・・・帰って来てよくよく見たら十分の一くらいだ。・・・が、戦い続けたらもっと死人は出てたさ。なんていうか、あの坊やは・・・」
「コウは、本能で好き勝手やってる。」
その続きをバニングが繋いだ。
「好き勝手やってるだけだが、確実に生き延びられる、コウに付いて行けばな。・・・他の連中もそう思ってる。だから、この組織にコウは必要なんだ。そのコウを助けに行く。・・・何か文句があるのか。」
「だがよ・・・もう死んでるかもしれねぇ!どうしてみんなそうは考えねぇんだ!」
モンシアはまだ悔しそうにそう言った。
「死んじゃあいねぇ。今回の『緑』は今までと少し動きが違う。」
バニングがそう答えた時、ちょうど部屋のドアが開いて、二人の長老が入って来た。
「・・・それに、どっちみちコウが死ねば『白』は終わりだ。・・・俺の後を継ぐやつがいねぇ。」
二人の長老は、黙ってバニングに一枚の紙を見せる。・・・それを見てバニングは頷いた。
「・・・・明日の朝、もう一回仕掛けてみよう。・・・『緑』の本拠地に。」
それで話は終った。・・・ずっと小さい思いをしていたキースは、大人達の話が終った事に心からほっとした。そうして、トイレに向かって部屋を飛び出した。
せめて認める事を恥じなかったその後
「・・・・・・っ、があああああああ!」
あまりの頭痛にコウは目を覚ました。・・・ベットの上に飛び起きてからふと気付く。・・・何処だ、ここ。
「・・・・ってぇ・・・・」
酒瓶を探して右手をばたばたさせてから、やっと自分がどういう状況に置かれているか思い出し始めた。・・・確か、暗がりに引っ張り込まれて、それで・・・・・。
「・・・酒がねぇ。・・・ってことは、これは二日酔いか・・・何年ぶりだよ・・・」
もう何年も、酒が抜ける状況になった事がなかったから気付かなかった。コウはガンガンに痛む頭を振りながら、ベットから立ち上がった・・・別に拘束されてもいなかったからだ。
当然だが、見慣れない部屋だった。窓は一つも無い。汚い壁に、通気穴らしい小さな穴だけが申し訳程度に空いている。しかし、上を見上げてコウは驚いた。
「・・・電気だ・・・・」
天井からは、小さな電球が一つぶら下がっていた。・・・明るくなったり暗くなったりしながら、それでもそれは点っている。コウは、物心付いてからマトモに電気を見るのは初めてだった。思わず、下までいってよくよく見てみる。『白』には電気は無かった・・・と。
「・・・・・・・・・」
その時、部屋の隅にあるドアの向こうから誰かの近付いて来る音が聞こえた。コウは、そっと扉に近付いて腰に手をやる。・・・なんて事だ。ナイフも取られていなかった・・・バカにされたもんだ。静かにドアが開くのを待ったコウは、それが開くなり思いきりナイフを突き出した。
「正気の僕じゃ無い」心にそう言った
「・・・元気がいいな。」
コウが突き出したナイフは、確かに人に突き刺さった・・・・が、それはドアを開けた人間が、まるで人形か何かの様に自分の手前に突き出していた見張りか何かの下っ端の男だった。開けた本人は、全く平然とその下っ端を脇に放り投げて、後ろから出て来る。コウのナイフは放り投げられたその下っ端に思いきり刺さったままだったので、投げられる反動でコウも体勢を崩した。そうして、自分が息の根を止めたせいで歪んだその顔と思わぬ至近距離になって気分の悪い思いをしたので・・・舌打ちしながら急いでナイフを引き抜いた。もっとも、その時には味方を盾にしたその男は絶対的優位を保って部屋の中に入って来た後だったが。・・・ナイフを抜いた後からは、血では無く脂肪が滲みだしてきた。そうなんだ、ナイフの戦いって。
「くっそ・・・」
コウが呟くと、入って来た男はもう一回言った。
「・・・元気がいいな。」
それは、コウがカリウスとの小競り合いの時に見たバカデカい男だった。・・・・そうして二人は一瞬睨み合ってから互いの息の根をとめる為に激突した。
Open my eyes. Open my sky.
ふさぎ込む君を見て
争いの結果はあっという間に付いた。元から、コウを殴ってここまで引きずって来るような男だ。デカい体躯からは想像も付かないすばやさで、数秒後にはコウの腕は後ろに捩り上げられて居た。
「・・・くっそ・・・・」
コウはもう一回そう言った。
「何か言いたい事は。」
大男が面白そうにそう言った。・・・やっぱ知らねえ。こんなやつ、この間まで『緑』に居なかった。コウは、そう思いながら取り合えず言った。
「・・・酒が欲しい。」
すると男は、コウの腕を変な方向に引っ張ったまま、自分の方向を無理矢理向かせた。
「っがああ!痛ぇよ!」
「そうしてるんだから当たり前だ。」
言いながら、コウの腕を掴んでいない片手で小さなライトを取り出す。そうして、それをコウの瞳に当てた。
「・・・・・!?なんだよ、さっさと殺しゃあいいだろ!ふざけんな!」
「ビョーキは無し・・・・ふん、本当に飲んだくれなだけか。・・・元気だが、今は随分不機嫌だな。」
「酒がねーからだ!」
コウはそう言って、腕を振りほどこうとした・・・・もちろん無駄だったが。
「酒は『緑』にはほとんど無いぞ。かわりに煙草ならある。」
「吸わねえ!『白』には煙草がほとんどねえからな!」
コウは男の台詞に答えた・・・・すると、何が面白いのか男は笑い出した。コウの腕をほどく。思わず、コウは逃げるのも忘れて腕をぶんぶん振り回して確かめた。・・・折れて無い。
「・・・本当にここは、面白い世界だな。」
「なにがおかしいんだよ。」
男が笑い続けるので、コウはそう言った。
「大体、なんだよてめぇ、ビストルなんか持って。・・・そりゃ、『使っちゃいけない』武器なんだぞ?キレた野郎だな。」
「そんな事は知らん。」
男は、コウが逃げるはずも無いと言わんばかりにさっきまでコウが寝て居たベットに座り込んだ。
「・・・・・・・・私は、『外』から来たんだからな。」
「・・・・・・・ウソだ。」
コウは思わず信じられずにそう言った。・・・ああクソ。酒をよこせ。
「・・・・・そんなもんはねぇ。」
Open my eyes. Open my sky.
水を得たように胸が想い出す
その時、バチンと大きな音がして急に部屋の電気が消えた。
「ちっ、またか・・・・どうしようもないな、ここの発電機は。年中ぶっ壊れてやがる。」
男はそう言うと、しかし暗闇の中でもコウに負けるはずは無いと言わんばかりにほとんど身動きもしなかった・・・数秒後、また電球がまたたき出す。
「・・・・おい?」
しかし、明るくなった室内で男が見たのは、奇妙に突っ立っているコウの姿だった。いや、電気が消える前とそっくり同じ格好で立っては居た。・・・しかし、様子がおかしい。
「・・・・・・・・」
男はコウに近寄ると、目の前に二三度手をかざす。・・・しかし、コウは動かなかった。目を見開いて汗を吹き出し、小さく体を痙攣させたままだ。
「・・・・・・・・・・ああ。」
男が言った。
天使の羽を広げ そびえる夢 飛び越えたい
「お前、暗所恐怖症なのか・・・・・?」
そうして、固まったまま動かないコウの回りを歩き回る。
「ほお・・・・発作が起きたのか。」
そうして恐ろしい事に面白そうに笑うと、コウをベットに突き飛ばした。
男同士が愛し合うのは殴り合いの喧嘩に似ている。
初期衝動:後編(「Like A Angel」第2幕)
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「・・・聞こえてるし、見えてるんだろう。・・・動けないだけだな。・・・辛かろうな。」
「−−−−−−−−−−・・・・・」
男は、そう言いながらコウの上に馬乗りになるとさっさとコウの服を剥いでゆく。・・・その通りだった。精神系の発作と言うのは、本人がどんなに認識していても行動に不都合が出る。コウは、相変わらず小さく痙攣を起こしながら見開いた目で男を下から見上げていた。声は出ない。出せないのだ。
「こんな子供一人始末出来なかった今までの『緑』が不様だな・・・」
男は言いながら、相変わらず顔には薄ら笑いを浮かべている。声に出せないのでコウは心の中で思った。・・・クソッタレ。こんな敵地のど真ん中でこの病気の事を知られたのがそもそも最悪だ。
コウ自身がこの病気の事に気付いたのはかなり昔だった。しかし、『白』のアジトは地上にあったし、夜中に行動するにしても松明一つ持って出ないという事はめったに無かったので、そう苦にもしていなかったのだった。本当に真っ暗やみにならないとこの発作は起きない。鋭角恐怖症なんかよりよっぽどいい。・・・ナイフを向けられる度に発作を起こしていたら喧嘩には勝てない。その点、『緑』のこのアジトが地下鉄の駅の跡だったのは不幸としか言い様が無かった。
「こんな病気があったんじゃ、知ってる奴に好きにヤラれたい放題じゃねぇか。・・・大体、バニングの息子になる前は間違い無くバニングの『女』だったんだろう、お前?」
男は、楽しそうにコウのジーンズを引きずり下ろすと、足を広げた。・・・・クソッタレ。もう一回コウは思った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・さ・・・・」
「あぁ?声が出るようになったのか?」
「さんねん・・・まえ・・・・おれがけんかにかつまではな・・・・それからは・・・んなこたねぇ・・・・ちもつながってねえ、し・・・」
コウはまだ脂汗を流しながらそれでも辛うじて声を絞り出した。・・・誰かにヤラれんのはもう沢山だ。
「・・・・聞こえないな。」
男は、コウが少し持ち直したと見て思いきりコウの顔を殴った。・・・・口の中が切れた。
「ちょっと黙ってヤラせろ。・・・お前、自分がどんな顔か鏡を見た事が有るか?カケてもいい、お前の組織の半分はお前をペットに毎晩抜いてるに違い無いぞ、お姫様。」
「・・・クソッタレ・・・・・・・」
今度はコウは、声に出してそう言った。血の味が口の中に満ちる。
「黙ってろって言ってるだろうが。」
男がもう一回コウの顔を殴った時、かなり勢いよく部屋のドアが開けられた。
「・・・ガトーさん!・・・・・・・・あ。」
入って来たのはカリウスだった。・・・ああ、こんな奴に見られたかねぇ。コウは思った。
「今忙しい。」
「すいません・・・デラーズさんが・・・」
「今忙しい。」
男はもう一回くり返した。・・・カリウスは、面白いものを見たとでも言いたげな顔でじろじろコウを見ながら部屋を出ていく。
「すいません・・・早めにお願いします。」
「・・・やめ・・・・・」
コウがそれでもそう言うと、男は楽しそうに笑った。
「止めない。・・・お前は、いいかげんバニングとやらに大事にされたらしいな。お前みたいな顔の奴が誰かに押し倒されずに済む方法はただ二つ、権力者の『女』だから他の誰にも手を出せなくするか、物理的に強くなって組織の上位になるかだけだ。・・・その両方ともをバニングって奴はやってくれてる。まあ、感謝するんだな。・・・ここじゃ通用しないが。」
「・・・・っ、ひ・・・・!」
それだけ言うと、男は容赦無く行為を始めた。・・・名前はガトーというらしかった。
幼き時を浮かべ 息を止めて 泳いでいたい
「う・・・あっ・・・」
コウはまだ体がきちんと動かなかった。そうでなくても、久々に受け入れるその行為自体がツライ。
「・・・ああ、ガタガタうるさいな。・・・負けた奴はこんな運命なんだと思い知れ。」
「・・・・っ・・・」
冗談じゃ無い。こんなにヒドい勢いで突っ込まれたのは初めてだ。まあ元々、こんな男同士の行為自体がマトモじゃ無いが。もちろんこの街にも女はいた。・・・しかし、数があまりに少ないので、弱者としてあまりの被害を受けないように権力者が囲っているのが普通だった。そして、アブれた男共が喧嘩で飽き足らない場合抱き合うのも・・・まあ、割と多い事だった。しかし、コウはあまりの辛さにさっきガトーの言った事を思わず思い出した。・・・『いいかげんバニングとやらに大事にされたらしいな』。・・・その通りだ。親父は、俺を傷つけようとは決してしなかった。守る為にいろいろ気を配ってたんだ。
「・・・そうだな。お前が面白いジョークの一つも言ったら許してやろう。」
その時、ガトーがコウの足を抱え上げ、突っ込んだままでそう言った。思わずコウは必死で考えた。
「・・・昔・・・・ニューヨークって街があって・・・・っ!」
「それで?」
必死なコウが面白いらしく、『許してやろう』と言いつつガトーは腰を突き上げて来る。
「ある時・・・・大停電になった・・・っ、そうしたら・・・・!」
「そうしたら?」
「・・・十月十日後にボロボロ子供が生まれ、た・・・・・やる事が無かったらしい・・・・」
「・・・面白く無いぞ。」
そう言って、ガトーはコウの顔をしみじみ見つめた。・・・それから思い出したように腰を動かす。
「・・・・っあ・・・やめろぉ・・・っ・・・・!」
「面白く無い。だってここが・・・・・・・・・昔ニューヨークと呼ばれた街だ。」
そう言うとガトーは、脇に落ちて居たナイフを一本、コウの首筋から数センチと離れていない所に突き立てた。
天使の羽を広げ 遥かな夢 追い越せたら
「・・・・・なんだって・・・・・・・・・・・?」
コウはガトーの台詞に思わずそう言ったが、ガトーはあまり聞いていないようだった。
「うるさい。・・・動くな。そうだ・・・・。」
そうして思い付いたように脱がせたコウのジーンズ拾い上げる。そのベルトホルダーのカラビナには、まだナイフが何本か付いていた。
「動けないようにしてやろう・・・」
そう言うと、そのナイフを次々抜いてコウの体の脇のベットに突き立ててゆく。
「・・・な・・・」
「動くと死ぬぞ。・・・体が切れてな。」
首筋、脇腹、それから顔の脇。ガトーはナイフを突き立て終ると満足したようにまた動き出した。
「・・・・な・・・・ん・・・・っあああ!」
めちゃくちゃだ!こいつ、絶対気が狂ってやがる・・・・!!コウは思った。身動きもしねぇでセックスが出来るか!・・・死にたく無い。死にたく無い、死にたく無い、死にたく無い!
「う・・・・ああっ・・・やめ・・・・!!」
コウは必死に体を突っ張らせて汚いベットの汚いシーツを掴んだ。・・・それでも、首筋に何度かナイフはあたり、そこに細い血の筋を作った。
初期衝動に 魅せられて 走り出した
事が終った後、コウはしばらくベトベトしたものを垂流しながら放心していた。・・・・生きてる。良かった。
「その首はひどい。」
ガトーがそう言いながら何処からともなく包帯を持って来るとコウの首にかなり適当にグルグル巻き付けた。首筋は、随分切れたらしい。良く生き延びれたものだ。包帯を巻く時に首をシめられるかもと心配する事も忘れていた。後半、コウは発作からは正気に戻ったものの別の意味で正気が吹っ飛んでいたからである。
「・・・ジョークなんだけどな。もう一個ある、聞くか?あんた。」
ガトーに向かって何故かコウはそんな事を言った・・・ガトーはその時、コウの首に包帯の上から鉄の首輪を(これまた何処から持って来たんだか!イカレてる。)付けている所だったが、返事はしてくれた。
「聞こう。」
そうして、首輪から繋がる鎖を自分のベルトに繋ぐ。その鍵がポケットに仕舞われるのを、コウはもはやどうでもいいという思いで見ていた。
「俺の友達に、『毛玉』ってあだ名の奴が居てさ・・・」
「それで?」
ガトーは、部屋から出ながら答える。もちろんコウも引きずられるように部屋を出た。
「いや。そいつ、しゃぶるのが好きなのな。そんで、ついでに毛も飲んじまうらしいのな。で、下の毛って胃の中で溶けねぇらしいじゃん。それで、ある時そいつが吐いたらでっけぇ毛玉が出て来たんだと。・・・それであだ名が『毛玉』。」
「面白く無い。」
またガトーは言った・・・二人は、地下鉄の跡で有るが故の狭い通路を、『緑』の連中の好奇の視線に視線に曝されながら歩いて言った。
「私の友達のあだ名の方が面白い・・・そいつは『輪ゴム』ってあだ名なんだ。マゾでな。必ずやる前に自分のモノの根元を縛る。」
「イケねぇじゃん・・・。」
「マゾだからな。それでいいらしい。・・・それであだ名が『輪ゴム』。」
・・・ああ。コウは、何故かは分からないが何となく思った。こいつが俺を鎖で繋いでおいてくれるのは、親父が他の人間に触らせない為に子供の俺を時々抱いていたのと同じ理由かも知れない。だって、面白いくらい『緑』の連中は自分に向かってひでぇ台詞を投げかけて来る。『イッパツやらせろ』だの。『女みたいな顔しやがって』だの。
「・・・遅くなった。」
ガトーは、一つの扉の前に辿り着くとそれを開けた。・・・ヒドい匂いだ。地下鉄の駅の跡ってのは、隠れ家には最高かもしれないが、とにかくニオイが最悪だ。コウは思った。
「・・・ガトーか。」
部屋の中では、禿頭の男が脇にカリウスを従えて待っていた。・・・それよりコウは、別の事に驚いた。
「・・・遅い出勤で。」
女だ。・・・・女が、まるで当然と言わんばかりに幾人かの男を従えて禿げた男の脇に立っている。いや、確かこの男は『緑』のリーダーでデラーズと言うんだ。コウは、やっとその男の名前を思い出した。
「女だって、まあ戦える・・・男より強ければな。」
ガトーが、独り言のようにそう言った・・・それは、多分コウが驚くのを見越しての言葉だったのだろう。
「それが、例のバニングの息子かい。随分と仲が宜しいようで。」
女は嫌みたっぷりにガトーに向かってそう言う。それを、デラーズが制してこう言った。
「黙れ、シーマよ。もう一度確認しておく・・・ガトー。この街を一つにまとめさえすれば、貴様は『外』への出口を教えるのだな?」
「・・・ああ。」
ガトーが答えた。
僕の感性 いつまでも 閉じたく無い
ぼんやりと、ガトーに繋がれたままでコウは思った・・・この男が外から来たというのは本当らしい。それで、『緑』の連中は急に態度が変わったのか。・・・なんでもいい。酒をよこせよ。
コウは、ヒドい頭痛で死にそうだった。・・・・酒。
「優しい悲劇」に続く。
00/06/25 06/26 初出 以後、随時加筆修正。