もうこれ以上壊れるものなんて何も無いのに。



 やさしい悲劇:前編(「Like A Angel」第3幕)
















「最初に言っとこう。・・・今回の喧嘩、行きたくねえ奴は行かなくていいぞ。」
 バニングはそう言うと目の前に広がる病院のロビーを見渡した。・・・誰も彼もが疲れた顔だった。そうして、ケガをしていない人間もほとんど居なかった。
「皆知ってるとは思うが、昨日の喧嘩でコウが『緑』にサラわれた。・・・・俺は、助けに行こうかと思う。」
 ロビーは少しざわつく。誰もが、それは知っていた・・・が、2日続けての喧嘩ってのはムチャだ。死ににいくようなモノである。
「・・・まあ聞け。考えても見ろよ、おめぇら。いつもは、この階段の踊り場にコウが立ってた。それで、酒瓶を揺らしながら歌うような調子で怒鳴ってたはずだ・・・『戦争だぜ!』ってな。」
 そう言いながら、バニングは階段に座り込む。・・・俺も年をとった。・・・こんな無茶苦茶な生活もいつまで続くやら。
「・・・寂しいと思わねぇか?」
 バニングの言葉に、皆が頷かずにはいられなかった・・・・飲んだくれのコウ。いつも口笛吹きながら、誰かをぶん殴ってるコウ。
「・・・じゃ、俺は一人でも行くぜ。・・・実はな。今回『緑』の連中がおかしいのは何か理由があるらしいと思ってたんだが・・・やっと理由が分かりやがった。・・・この『世界』には、まだこの街以外にも『外』があるらしい。」
 そう言って、バニングは長老達が持って来た一枚の紙を皆に見せた。
「ま、誰も字なんか読めねえだろうがな・・・こう書いてある。『ニューヨーク西7番街シェルターの住人へ。・・・過去の戦争から20年あまり、世界は相変わらず混乱してはいるが、合衆国は新たなる政府を立ち上げた。諸君らが居る7番街シェルターは、何らかの手違いにより戦争終結後にもオープンされなかったシェルターである。もし、シェルター内部にまだ人間が生きているのなら、これを持って来た政府の工作員と共に即刻外へ出るように。7番街シェルターは非常に堅固な為、何度も試みたがどうやら外部からは解放出来ない。このままだと、システムの設計上外部ウラン濃度が通常に戻る200年後まで、そこは閉ざされたままである。・・・工作員が無事中まで辿り着ける事を神に祈る。』・・・おめぇら、ニューヨークって知ってるか?」
 ここで、バニングは面白そうにロビーを見渡した。・・・殆どの者が首を振る。そうだろう。文字が読めないのと同じ理由だ。殆どの人間が物心付いてから、ここで育った者ばかりだ。・・・神だってよ。そんな台詞も久々に聞いた。・・・・ここには、神も文字も無い。
「・・・平たくいうと、『緑』を倒せばどうやら外に出られるらしいって事だ。・・・この紙を持って来た奴はここに入って来れたんだからな。そうして、そいつは『緑』にいるらしい。・・・・じゃ、俺は行くぜ。」
 バニングはそれだけ言うとゆらりと立ち上がる。・・・そうして、近くにあった鉄パイプを一本掴むと、明るい光の射す外へ病院の玄関から出て行った。誰もがそれを、静かに見守っていた・・・が、やがて、誰からともなく立ち上がると、静かにその後を追って外へと歩み出す。
 『白』は最後の決戦を『緑』に挑もうとしていた。










Don't close my eyes. Don't close my sky.
ベットに隠してある










 コウとガトーとか言う男は、最初にコウが目覚めた部屋に戻って来ていた。・・・首輪が痛ぇ。コウは思った。首輪と、その下の包帯の巻かれた首に付いた傷が正確には痛い。ともかくこの部屋が、『緑』がガトーに与えた部屋らしかった。
「・・・オイ、あんた。」
 ガトーに向かってコウはそう言った。
「何だ。」
 ガトーが答える。・・・コウはついてゆきたく無いのだが、鎖の長さが1メートル半ほどしか無いのでガトーが動く度にコウも引きずられて後をついて歩く事になる。
「教えてやりゃあいいじゃねーか。・・・外への出口っての。そうすりゃ、別に本気の喧嘩なんか、『白』も『緑』もしねーよ。」
 コウのその台詞に、ガトーは面白そうな顔をした。
「・・・お前は外に出たいか。」
 そして、唐突にコウにそう言う。・・・コウは本気で面食らった。・・・外?これまでの人生で一度も考えた事も無いような事をいきなり言われても困る。・・・とにかく、サイアクな事に酒は完全に抜けてしまったらしかった。もう、頭も痛く無い。
「・・・んなもん、本当に有るかどうかも分からねぇだろ!・・・だから・・・知らねぇよ!」
 ガトーは、今度は声を上げて笑った。・・・そして、腰のベルトから繋がった、コウの首輪の鎖を思いきり引く。があ、というような呻き声を上げてコウはガトーの懐に飛び込んだ。・・・首が。
「なんだかなあ・・・ここへ来て最初に『緑』の連中に会ったからこっちに入ってみたはいいが、どいつもこいつも気に入らねぇ。・・・私はな、探していたんだ。」
 ガトーは、面白そうにコウの頬を撫でながらそう言う。
「・・・何を。・・・腕ほどけよチクショウ、俺に触んな!」
 コウはまだ自分のベルトにナイフが下がったままなのを覚えていた。・・・試しにすばやく抜いてガトーに向かってそれを腕を突き出しててみる・・・が、もちろんダメだった。
「・・・マトモな奴をな。健康な奴をだ。」
 逆に、返事の様に思いきり腕を捩り上げられてコウは悲鳴をあげかけた。
「・・・っ、なんだぁ、そりゃあ!」
「私が何でお前を抱いたか分かるか?」
「男が好きな変態だったから!」
「違う。・・・それで怒り狂うようなマトモな目の奴か確かめたかったからだ。」
 ガトーは結局笑いながらコウ抱き締める腕をほどいた。・・・チックショウ!コウは思った。悔しい!ふざけんな!絶対殺す、こいつ!コウは直ぐにガトーから飛び退いた・・・1メートル50センチ以上は離れられなかったが。
「・・・お前になら、『外』への出口と、そこの鍵を渡してやってもいい。」
「・・・あぁ?」
 その台詞に、コウは一瞬耳を疑った。・・・その鍵とやらのせいで、『白』と『緑』は殺しあう羽目になってんじゃねーのか!?
「な・・・」
「・・・ああ、それから、初恋は確かに男だったな。」
 ガトーが、更に面白そうにそう続けた。
「名前を教えてやろうか?」
「別に知りたかねーよ!」
 コウはそう叫んだが、男はもう笑いが止まらないといった調子でこう続けた。・・・こいつ絶対、狂ってやがる。
「・・・イエス・キリストっていうのさ。」
「・・・知らねぇよ、だから!」
 そう呟いたコウに、ガトーはまだ笑い続ける。
 −−−−そして、部屋のドアの裏からは、聞き耳を立てていた1人の人間が立ち去ろうとしていた。










Don't close my eyes. Don't close my sky.
ナイフをかざして窓を削るから










 おそらく、昼過ぎくらいの頃だったろうか。なにしろ、『緑』のアジトときたら地下に在ったので、コウは時間の感覚が全く無くなっていた。・・・遠くから、叫び声のようなモノが聞こえる。
「・・・始ったな。」
 ガトーはそう言うとベットから立ち上がり、床に座り込んでいたコウも首輪のおかげでひっぱり上げられた。・・・首、痛ぇ。
「・・・喧嘩か・・・」
 コウも言った・・・にわかには信じられなかったが。2日続けての喧嘩なんてめちゃくちゃだ。親父は気が狂ったのか?殺風景な部屋の、外の廊下も急にばたばたと人の足音で満ち始めている・・・と、かなり乱暴に扉が開かれた。
「ガトーさん!始りましたよ、あなたも出て下さい!」
 またカリウスだ。そのカリウスに向かって、ガトーは言った。
「コレをぶら下げたままでか?」
 そうして、コウを繋いだ鎖を引っ張る。カリウスは2回ほど、ガトーの顔とコウの顔を見比べた。・・・そして言った。
「・・・盾になるでしょう!『白』の攻撃からの!」
 そういうと、自分は先に走っていってしまう。ふん、とガトーはその返事に満足したように笑うと、コウを引きずって歩き出した。
「・・・酒は抜けたな?」
「何だよ。」
 コウは答えた。
「・・・正気でよくよく、この世界のオカシサを見るといい。・・・しかし、仲間みんなでお前1人をを助けにくるだなんて泣けるじゃ無いか。」
 コウは、ガトーの背中に向かって唾を吐きかけた。ガトーはそれを全く無視して続ける。
「・・・お前は何故暗所恐怖症なんだ。」
「ブリキのゴミバコのせいだ。」
 その問いに、コウは即答する。・・・分からない、という顔で立ち止まって振り返ったガトーに、コウは気分が良かった。通路の中程で立ち止まった二人を尻目に、『緑』の連中は手に手に鉄パイプを持って駆け出してゆく。
「親父が俺を見つけたのが、ブリキのゴミバコの中なんだ。道ばたに女が死んでいた。その女は何故かゴミバコに覆いかぶさっていた。そのゴミバコからはうんともすんとも声はしなかったが・・・親父が開けてみたら、中に俺が固まっていたんだと。・・・発作で。」
「・・・そりゃ、年期の入った病気だ。」
 ガトーはそれだけ答えると、またコウを引きずって歩き始める。
「・・・『外』への道は暗いぞ。」
「・・・んなとこ、行かねぇよ!」
 答えたコウをガトーは軽くぶん殴った。









天使の羽を広げ そびえる夢 飛び越えたい










 二人は戦いの有り様の良く見える、駅の廃虚の脇の瓦礫の山の上に立っていた。
「・・・・・・・・・・」
 『白』の仲間が戦う有り様を、さすがにコウは苦々しく見つめた・・・・ヤメロって。だが、二手の人間達は延々と戦いを繰り広げている。
「・・・1人死んだ。・・・ああ、また1人死んだな。・・・凄いモンだな、この世界は。なにか足りないものの寄せ集めで、それを更にイビツなもので補ってる感じだ。・・・ある意味、究極だな。」
「・・・親父・・・・!」
 その時、コウは小さく叫び声を上げた。・・・親父だ。戦いの最前列の、ど真ん中で腕を振り回していたバニングが、急に倒れるのが見えた。
「・・・親父!親父、親父!!」
 そして、倒れたバニングの周りに、あっという間に人が集った。・・・もう、親父の姿は見えない。・・・コウの声も聞こえなかった事だろう。
「・・・あれがお前の親父か。・・・いや、既に親父だった、の方が正しいかな。」
 そのガトーの言葉に、コウは思いきり鎖を引っ張った。・・・切れねぇ。切れねぇ、チクショウ!
「・・・殺す・・・お前、ぶっ殺す!離せ!俺をほどけ!」
 コウはめちゃくちゃ頭に血を登らせて叫んだ。酒を飲んでいないせいで、いつもなら気にならない血の匂いが、下の争いの、血とほこりと汗の匂いがコウの鼻を突く。・・・暑い。・・・・もう嫌だ、こんなの!
「・・・この世界から出たくなったか。」
 と、掴み掛かってくるコウを笑ってかわしながらニヤリと笑っていたガトーの体から・・・急にコウは妙な衝撃と共に吹っ飛ばされた。
「!?」
 ・・・見ると、鎖が切れている。コウの首輪から十センチほどの所で。一瞬、何が起こったのか本当に分からなくてコウは辺りを見渡す。すると、目の前ではガトーが苦しそうに右腕を押さえていて、その後ろからは『緑』のリーダー、デラーズと一緒にいた・・・・シーマとかいう女が瓦礫を登って姿を現す所だった。
「おやまあ・・・ちょっと外したかい。・・・まあいい。・・・ピストルを持ってるのが自分だけだなんて思わない事だねぇ・・・」
 そう言うと、シーマはもう一回檄鉄を起こす。・・・そうか、さっきピストルから弾が撃たれたんだ。それで、鎖も吹っ飛ばされたんだ。コウは、やっとその事が分かった。
「そのガキに、『外』への道を教えるだって?・・・冗談じゃ無いよ!誰だって、こんな世界はもうこりごりなのさ!私が、どれだけの事をやってここまで生き延びて来たか!」
 シーマはもう随分近くまで歩いて来ている・・・次は外さないだろう。
「・・・デラーズはどうした?」
 ガトーが言った。その台詞に、シーマは鼻で笑って答えた。
「さっき殺したよ。あんなジイサンに使われるのはもう沢山だからね!さあ、鍵をよこしな!」
 コウは、シーマの更に後ろを確認した。・・・連れて来ているのは、3人だ。すると、ガトーが右腕からぼたぼた血を垂らしながらそれでも笑ってシーマに向かって言った。
「・・・外に出たいのか。」
「・・・当たり前だろう!さあ!」
 シーマは痺れを切らしたらしくそう叫ぶ。
「・・・『外』も、ここと大して変わらんぞ。」
 ガトーが更に言う。
「それに、貴様のような腐った人間に出口を教えるくらいなら・・・・」
 そこまで行った時、一発の銃声が響いた。・・・今度はコウにも銃声が聞こえた。シーマが、ガトーを撃ったのだった。
 ・・・それと同時に、コウはシーマに向かってナイフを投げていた。






















 ・・・行こう。



 優しい悲劇:後編(「Like A Angel」第3幕)
















 目の前で、ガトーの頭の一部が、確かに吹っ飛んでゆくのをコウは見た。
「・・・おい!」
 自分が投げたナイフがシーマを倒したのかもどうかも確認せずにコウはガトーに駆け寄った。・・・ああ、無い、右側がちょっと!コウは思わず吹っ飛んだ頭を探した。そして、破片を見つけると手を伸ばしてそれを拾い、急いでくっつけてみた・・・しかし、それはただ生暖かくグチャっとした感触をコウの手のひらに残しただけで、もちろん元通りにはならなかった。
「・・・おい、クソッタレ!」
 コウは呼んだ。が、ガトーは返事をしない。と、その時少し離れたところで、シーマが屈み込むのが見えた。
「抜かったねえ・・・」
 シーマの左胸に、きちんと狙った通りに、コウの投げたナイフが突き刺さっていた。しかし、もう一回シーマはピストルを構えるとコウに向けて撃とうとする。しかし、それより先に、コウがガトーのベルトからピストルを抜いて、そしてシーマに向けて撃った方が早かった。
「・・・うわっ!」
 ピストルを撃つ事から来る思ったよりの反動で、コウの体は後ろにもんどりうつ。・・・首が痛ぇ。コウが慌てて身を起こすと、シーマは今度こそ事切れていた。・・・ガトーは頭が一部無くなっていたが、シーマは頭に穴が空いていたからだ。
「・・・クソッタレ!」
 コウはもう一回叫ぶと、ガトーに駆け寄った。・・・・死んだか?こいつも、死んだのか?
「・・・か・・・・」
 と、その時恐ろしい事に頭が少し無くなっているにも関わらず、ガトーが目を開いた。・・・コウは、人は頭がちょっと無くなっても死なないのだと知った。
「鍵は・・・ポケットに・・・お前の首輪のと同じやつだ・・・それから・・・ジッポーも持ってけ・・・暗いから・・・」
「俺は行かねぇよ!外になんか!」
 コウはそう叫んだが、ガトーには聞こえていないようだった。・・・耳がねぇしな。片方。
「場所は・・・・」
 ガトーの声が次第に小さくなるので、コウは思わずガトーの側に耳を寄せた。・・・場所は、確かに聞いた。
「・・・行かねぇったら!」
 しかし、ガトーはもう返事をしそうに無かった。・・・顔中の、穴と言う穴から血が吹き出して来ている。当然咽からも。
「・・・クソッタレ!」
 コウは叫ぶとガトーのポケットに手を突っ込んで鍵とジッポーを取った。そして立ち上がる。・・・瓦礫の山の近くには、まだシーマの部下が3人どうすれば良いやら分からない風で立っていた。その3人は無視して、コウは眼下の戦いを見つめる。
 ・・・もう、ぐしゃぐしゃだ、何もかも。例え争いの決着が着いたとしても、『白』も『緑』も元には戻らないだろう。・・・この世界は終わりだ。コウはそう思った。・・・このたった1人の男のせいで!
「・・・・」
 その時、コウの目の端にキースが映った。・・・生きてやがる。ヘッピリ腰でまだ鉄パイプを振り回してる。争いのど真ん中でだ。次の瞬間、コウは身を翻すとシーマの部下をあっという間に叩きのめしながら、瓦礫を転げおりて戦いの中に駆け込んだ。









幼き時を浮かべ もがくように 泳いでいたい










「キース!」
 そのコウの叫び声に、キースはやっと正気を取り戻したらしい・・・このごちゃごちゃの中でメクラメッポウ鉄パイプを振り回していただけで生き残れたというなら、キースもかなり悪運が強い。
「コウ!」
 キースが自分に飛びかかって来た男を、そうとは知らずに振り返る反動で1人ぶっ倒してからこう言った。
「親父さんが・・・!おめぇ、何処にいた!」
「いいから来い!」
 コウはキースの腕を掴むと、その場から凄い勢いで抜け出した。もちろん、ボコボコに人を殴ったり刺したり蹴飛ばしたりしながら。
「何処行くんだ・・・!?・・・っていうか、なんだ、そのキレたネックレスは!」
 キースは、首輪の事を言いたかったらしい。言われて、コウもやっと思い出した。確か、手に持っている鍵でそれは外せるはずだった。一瞬立ち止まって外しかける・・・しかし、直ぐに気が変わって止めた。
「・・・イカシてるだろ!?」
「あー!?聞こえねぇよ!」
 キースが走りながら怒鳴り返す。二人は、『緑』のアジトとは違う地下鉄の跡に向かって蹴ったり殴ったりしながら走っていた。
「・・・『外』だ!」
 コウが言った。
「・・・『外』へ行く!」
 もう、町中が原形をとどめていない。有りとあらゆる所で混乱が生じ、人々は泣いたり叫んだりわめいたり殺しあったりしていた。
「・・・何だって!?」
 キースがそう叫んだが、コウは立ち止まらない。そうして、その腕を掴んだまま『緑』のアジトとは違う廃駅の、そしてそのもっとも地下の小さな扉に飛び込んだ。






















 夢を見ている奴には近付くな。・・・その夢に引っ張られるから。
 そうして諦められなくなるから。



 後遺症(「Like A Angel」エンディング)
















 コウとキースはもう随分と長い事、真っ暗な穴の中を歩き続けていた・・・コウの手ではガトーが最後によこしたジッポーが、それでもまだ小さな灯りを点している。・・・ゆらゆらと、時々消え入りそうになりながら。
「・・・・・・・・」
 二人とも、一言も口を聞かなかった。こう暗くては、一体どれだけ時間が経ったのかも分からない。いや、本当はそんなに時間は経っていないのだろう。長い時間と感じているだけだ・・・たかがジッポーの火が、そんなに長く点り続ける訳は無いのだから。
「・・・っ、」
 時々コウが小さく息を飲む。キースは、それが気になってしかたなかった・・・何の事は無い、ジッポーの灯りが揺らめいて消えそうになるのだ。そうしたら、当然このベトベトと湿った臭い穴の通路は真っ暗だ・・・真っ暗になったら、コウは身動き出来なくなる。コウの『暗所恐怖症』の事は、キースも知っていた。それは、今のコウにとっては死を意味している。
「・・・なあ、コウ・・・ダイジョブか?」
 遂にキースがそう言った。コウは、時々止まりそうになる息に頭の中で悪態をつきながら目の前のまだ続く暗闇を睨んでいたのだが・・・やがて言った。
「『夢を見ている奴には近付くな。』・・・・」
 そのコウの呟きに、キースはなんとも言えない顔をした。
「・・・バニングの親父の口癖だ・・・・」
「ああ、そうだ。・・・だけど、親父は死んじまった。」
 文脈を全く無視した間接語を吐いたその瞬間、コウの足はベシャッ、と床に溜まっていた汚い水につっこむ。・・・コウは小さく舌打ちをすると続けた。
「理由はな。・・・『夢を見なければ余計な絶望をしなくて済むからだ』・・・ってのは、実を言うと親父の台詞じゃねぇ。」
「へ?」
 そのコウの台詞に、キースは思わず間抜けな返事をした。
「なんだぁ、そりゃあ。」
「本当に親父が言ったのはこういう台詞だ。『夢を見ている奴には近付くな。その夢に引っ張られるから。そうして、諦められなくなるから。』・・・さっきの台詞は、この親父の台詞を理解出来なかった俺の勝手な台詞だ。」
 キースは思わず考え込んだ。・・・ジッポーの灯りが、明らかにさっきより小さくなって来ている。・・・もう、ダメかも。
「・・・くっそ!やっと親父の言った意味が分かった!・・・あんな男に逢うんじゃ無かった!おかげで俺はこんなとこで死にそうだ!!」
 そりゃ多分、頭を半分吹っ飛ばされて死んだという、あのガトーとか言う男の事なんだろう。・・・しかし、キースは思った。
「そりゃおめぇ・・・俺の台詞だよ。」
「あぁ!?」
 キースの少し笑いを含んだ間の抜けた・・・いや、もともとキースの声は気が抜けているのだが・・・声に、コウは苛立たしげに振り返った。本当にジッポーはもう消えそうだ。
「・・・そりゃ、お前だ。俺にとってはお前だよ、コウ。」
「あぁ!?・・・くっそ、死にたくねぇ!」
 コウはもう一回そう言った。・・・・消える、ジッポーの火が。
「夢を見ているのはお前だ。・・・その夢に引っ張られてるのが俺だ。・・・お前が夢を見てんだよ。」
 火がまさに消える瞬間、二人はやっと通路の行き止まりに辿り着いた。










 「・・・・・『外』に出る、夢をさ。お前は自分じゃ気付かなかっただけで、きっと『全然諦めて無いヤツ』だったんだ。」
 きっと出ようとさえ思えば、いつだって人はこの世界から抜けだせたんだろう。・・・でも、これまで誰もそれをしようとしてこなかった。そうして、狭い世界の中で戦う日々だけを続けた。何もかもを諦めて。・・・その事を、きっとあの男は笑っていやがったんだ。」
 ・・・・二人は最後のチカラを振り絞って、思いきり目の前のドアを蹴り飛ばした。












 −−−−−−−−−−−−−−外が。・・・そこには『外』があった。












「・・・・ああ。スコットの奴を連れて来てやるんだったな。」
 キースがそう呟くと、コウはもう用の無くなったジッポーを、そこらに投げ捨て・・・・・・そして言った。
「・・・勝手に出て来るさ。『生き延びたければ』な。自閉症のあの街から。」
「そっか・・・・」
 そうして二人は、肩を並べて新しい世界に踏み出した。・・・首が痛ぇ。コウは思った。・・・きっとこれからも一生、痛いままだろう。しかし、酒はもういらねぇな、きっと。










天使の羽があれば 僕は歌い続けるだろう
次の夢 飛び越えていく












 外には、街の中には吹かなかった『風』が吹いていた。



















『Like A Angel.』おわり。


00/07/05 初出 以後、随時加筆修正。