・・・諦めていた方がいい、もう、何もかも。

 ピストル(「Like A Angel」オープニング)










 水不足はいつもの事である。・・・で、おかげさまでジャリジャリにざらついた口に、仕方ないので上手くも無い酒を流し込みながらコウは目の前に転がった男に向かってこう言った。
「・・・で、さあ。俺の親父の口癖ってのがこれだ・・・よく聞けよ。『夢を見ている奴には近付くな!』・・・イイ言葉だろ?」
「・・・っ・・・・ギャアアアアアアアアア!」
 コウが歌うように言葉を言う度に、仲間のキースがその床に放り出された男の指を一本一本潰してゆく。道具は壊れたミシンの部品だった。ミシンのどの部分かは分からない。・・・本当はミシンかどうかもよく分からない。多分ミシンだと思う。
「何でかって言うとな。・・・おい、誰も気ぃ失っていいなんて言ってねーよ。」
 あまりの痛みに男が気を失いかけたので、コウは座っていた窓辺の木箱から飛び下りると男の近くに近付いていった。そうして、底の厚いブーツで男の顔を蹴りあげる。ガツンと鈍い音がした。
「・・・何でかって言うとな。夢さえ見なければ、無用な絶望をしなくて済むからだ・・・・オイ、聞けったら。」
 が、男は気を失ってしまったらしかった。床の上に、無気味に潰された指とそこから滲み出た血が不思議な模様を作っている。
「・・・しょうがねぇ。終わりにしよう。」
 コウが扉に向かいかけるとキースが後ろから声をかけた。
「おい、コウ。指はもう二本残ってるぜ?」
「ほっとけよ。」
 コウは答えて、さっさと血の臭いのする部屋から出ていこうとする。
「でも・・・・」
「二本ぐらい残しといてやれよ。どうせもう、こいつはあの楽器を弾けねぇ。そしたら飢えて死ぬだけだ。」
 コウの言葉に、キースは部屋の隅のぼろぼろのバイオリンに目をやった。それは、気を失っている男の物だった。
「でも・・・・」
 キースはまだ動こうとしない。キースにとってコウは自分の身の安全を守る大切な上官だった。が、コウより更に上官に逆らう事になるのがキースは恐いのだ。・・・例えば、このバイオリン弾きを片付けろと言った、コウの親父とか。
「ほっとけって。二本は残さないとダメだ。」
「何でだよ?」
 キースの問いにコウはドアの向こうから振り返って答えた。・・・ドアは赤錆だらけだ。
「二本無いとマスがかけねぇ。・・・可哀想だろ、ここには女は居ねぇのに。」
「・・・そりゃそうだな。」
 遂にキースも納得すると、コウに続いて部屋を出た。





 今日も世界は暑い−−−−−−−−−−・・・・。










窓から手を伸ばす 少年の 夜には










 世界がいつぶっ壊れたのかは知らない。何故なら、コウやキースが生まれた時には世界はもうぶっ壊れていたからだ・・・いや。本当は生まれた頃にぶっ壊れたのかも知れない。しかし、コウやキースは壊れる前の世界を知らなかった。だから、どっちでも構わないのだった。とにかく今、世界はぶっ壊れている。
 ・・・そしてこれからも壊れたままだろう。
「キース!スコット!・・・おっせーよ!」
 コウは半壊したビルから出て来ると後ろを振り返ってそう言った・・・後ろからは、キースと、それから扉の外で見張りをしていた
スコットが出て来る所だった。
「今日も暑ぃなあ・・・」
 キースが、空を見上げてそう言った。・・・もっとも、この街で見える空は、大人の話しによると『ホンモノ』では無いらしかったが。
「・・・コウ・・・僕、気持ち悪・・・」
 更に遅れてスコットが出て来るなり、コウに向かってそう言った。どうやら、わざわざ指を潰す有り様を見せないように気を使ってやったにもかかわらず、スコットは血の臭いだけで吐き気がしてきたらしい。コウはそんなスコットに苦い顔を向けながら、小さく舌打ちをすると持っていた空の酒瓶を近くの廃材の山に向かって放り投げた。
「・・・くっそ!テメーが俺のチームって事自体が貧乏クジだよ!」
 そう言ってコウは仲間であるスコットに飛びかかりそうになる。・・・それを、辛うじてキースが止めた。
「早く帰んなきゃ親父さんに怒られるぜ、コウ!キレんなよ!」
 この世界は戦争だかなんだかで壊れ果てて・・・いや、案外戦争のせいじゃ無いのかも知れない、だって世界は容易く壊れそうだ、別の原因でも・・・そうして、世界には今やこの街しか無かった。街の周囲には高い壁があって外には出られない。ただ、人々はその小さな街の中で、チカラだけを信じて暮らしている・・・秩序無き後の世界に残るのはチカラだけらしかった。それが、こんな日々を生き抜くコツだと、コウの親父はそう言っていた。そんな崩れたゴミの塊のような街で育ったコウやキ−スやスコットには、元の世界がどんなものかなんて想像も付かなかったが。
「ああ〜・・・年々暑くなるよな、この街。俺らが二十歳になる頃には、きっと町中がひからびるぜ。」
 キースが言った。それは、キースの口癖だった。『俺らが二十歳になる頃には』。・・・実はとっくに二十歳になってるかも知れないのだが。なにしろ、コウ達は自分の年もよく知らなかった。
「気候調節機能がおかしいんだよ・・・元はシェルターだからね、この街。」
 そう口を挟んだスコットを、遂にコウは殴りつけた。
「知らねーよ、そんなの!聞いてねーよ!とにかく、急いで帰るぞ!・・・ここは、『緑』の陣地に近いんだよ!」
 そのコウの言葉に、思わずキースとスコットも青ざめる。・・・その通りだった。世界は壊れていて。もはや、この街一つしか残っていなくて。
「・・・・・・・・チッ。見ろよ、遅かった。・・・囲まれたぞ!」
 コウが瓦礫の山を見上げながらそう呟く。・・・逆光でよく見えないが、コウ達三人はジワジワと迫る何者かに追い詰められたようだった。
「『緑』の連中か?」
「分かり切ってる事言うんじゃねーよ!」
 コウはキースの台詞にケチを付けながらベルトに下げてあるカラビナから、一本のナイフを抜いた。
「・・・来るぞ!」
 ・・・・そうして、この街は二手に別れていつも争っていた。生き抜いてゆくにはへつらわなきゃダメだ。そうして、群れていなけりゃダメだ。その結果としてこの街には、二つの勢力が生まれたのだった。










触るもの全てに興味を示してた










「・・・名前は!」
 瓦礫の山の上に出て来た『緑』のリ−ダーらしき男が、コウ達に向かってそう言った。・・・見下ろされる事がそもそもムカつく。ここは暑苦しい、確かにゴミ溜めのような街だが、とにかく自分が見下ろされる理由は無いはずだ・・・コウは叫んだ。
「『白』のコウだ!・・・親父は『白』のリーダーのバニングだ!」
 もちろん、親父の名前を言う事も忘れなかった。セコい?・・・そんな事を言ってたらこの街じゃあ生きていられない。
「・・・分かった!」
 瓦礫の上の男が叫び返した。
「バニングの息子なら手出しはしない!・・・本気でぶつかったら『緑』も『白』も全滅するからな!ただ、ここで見のがしたとバレたらまずい!誰か1人出せ!・・・俺は、『緑』のカリウスだ!」
 その返事に、コウは振り返ってキースとスコットの二人を見た。・・・どちらの方が役に立つか?そりゃ、キースだ。
「分かった、一人出す!・・・好きに殴れ!」
 言うのもそこそこに、コウは怯えるスコットの首を掴んで自分の前に放り出した。とたんに、『緑』の連中が蜘蛛のように瓦礫の間から這い出して来る。・・・そうして、声も出ないスコットをボコボコに殴りつけた。
「・・・死ぬかな。」
 コウの隣でキースが言う。
「・・・黙ってろ。・・・っていうか、気張ってろ。気ぃ抜いたらやられる。俺達までな。」
 しばらくスコットを殴ると、一応『緑』側の格好は付いた事になったらしかった。・・・潮が引けるように、人の輪が解けて『緑』の連中は現れた時と同じように何処かに消えてしまう。
「・・・・・・・・・スコット。」
 『緑』の連中が引けてから、コウとキースは倒れたまま動かないスコットに近付いていった。
「スコット、生きているなら返事をしろ。」
 しかし、スコットは地べたに倒れたまま返事をしない。鼻の骨も折れ、腕も変な方向にひんまがっていた。・・・死んだか?
「・・・コウ、こりゃダメだぜ。」
 キースが早々に諦めてそう言う。しかし、コウはもう一回だけ声をかけた。
「・・・スコット。・・・『生き延びたいなら』、返事をしろ。」
 その時、スコットのひん曲がっていない方の腕の指先が辛うじて動いた。・・・宙を掴む仕種をする。
「よし。・・・おまえ、担げよ、キース。」
「えええ!?何で俺が・・・!」
 そのコウの言葉に、キースは思いっきり不服そうな顔をした。すると、コウは眉根を寄せたままもう一回瓦礫の山の方を見る。そこには、リーダーと名乗ったカリウスという男だけがシルエットのように立っていた。
「・・・怪我人担いで動けない人間を、一人で守る方が大変だからだ。・・・分かったらとっとと担げよ!」
 コウがそう怒鳴る。キースは、しぶしぶスコットを担ぎ上げた。・・・その時。










細かなプライドで髪を伸ばしはじめる










 コウは、今まで見た事も無い人間のシルエットをカリウスの脇に見た。・・・カリウスは知ってる。いままで、何度も小競り合いをした。・・・・でも、あれは誰だ?カリウスの隣に現れて立った、あのめちゃくちゃデカい人影は? 










不安ばかりなのに気持ちはときめいたね










 ・・・ピストルを持っていた気がする。初めてだな、そんな奴。その人影が見えたのはほんの一瞬で、あっという間にそれは見えなくなった。・・・あんな奴、『緑』に居たか?・・・コウは、その人物がやけに気になったが直ぐに思い直して気にしない事に決めた。・・・今日も暑い。世界は砂でじゃりじゃりしてる。ブーツの先まで溶けそうだ。





 ・・・・諦めていた方がいい、何もかも。
 コウは、スコットを担ぎ上げたせいでヨロヨロしているキースの方を向き直ると、『さっさと動かねぇと殺すぞ』と言った。




















 だからこの街が狂ってるのか俺が狂ってるのかっていう単純で明解なそれだけの問題。

 自閉症(「Like A Angel」第1幕)










 コウとキースが死に損ないのスコットを担いで『白』のアジトの戻って来ると、(ちなみにアジトはかつて病院だった所らしかった。おかげで注射器やらベットに事欠かない・・・イカしてる。)アジトにはちょうど『長老』のシナプスとコーウェンのじーさん達が来ていた。
「あ・・・じーさん。」
「コウ、久しぶりだな。・・・なんだその担いでるのは?」
 シナプスが入り口のホールでコウ達に気付いてそう声をかける。ホールには汚いゴミと淀んだ空気がいつも満ちていて、おまけに組織の一番下っ端の連中はここで寝起きをしているのだから、まあ、ヒドい有り様だった。
「スコットだ。・・・かつてスコットだった死体、に近々なるかも知れねぇ。・・・・親父か?」
 コウはそう答えるとキースを追い払う。上手くいけばスコットは助かるだろう。
「ちょっと深刻な話だ。」
 コーウェンがそう言って皺だらけの額に更に皺を寄せたので、コウは軽く首をすくめて二人のじーさんを親父のバニングの所に案内する事にした。
 『長老』というのは戦力にはならないので『白』も『緑』も仲間に入れないが、食い物が勿体無いから殺してしまうには惜しい程度の知識を持った連中の事である。コウと二人の長老はえんえんと続く階段を登っていった。電気が無いからもちろんエレベーターは使えない。そのくせ、バニングの部屋は最上階にあるのだった。・・・そういえば、エレベーターには誰かが住んでいたような気がする。
「・・・親父。今戻った。」
 コウはそう言うと扉を開けた。
「ギコギコうるさいバイオリン弾きは潰したぜ?」
「おう、コウか。」
 『白』のリーダーであるバニングは、窓辺で外を見ていた。・・・何が見えるって言うんだ。コウは思った。確かにこの建物は高かったが、街の周りにはどの建物よりもさらい高い壁が取り巻いていてそれより先は何も見えない。ちなみに、この街は5キロ四方ほどしか無かった。
「客だ。・・・じゃ、俺いくぜ。」
 そのコウの台詞にバニングはやっと振り返ると言う。
「シナプスとコーウェンか。・・・待てコウ、お前もここにいろ。」
「・・・・・・・・」
 コウはあまりこの部屋に残りたくは無かったが、親父の命令は絶対だ。それで、しぶしぶシナプスとコーウェンと一緒に足の折れそうな椅子に座り込む事にした。
「・・・・さてと。仕入れて来た情報だが、バニング。」
 シナプスが腕を組んで話を始めた・・・そこで、コウはある事に気付いて立ち上がると壁際まで歩いていって親父の戸棚を勝手に開ける。そうして、一本酒瓶を出すと戻って来てもう一回座った。・・・酒が切れたら俺がキレちまうよ。コウはそう思いながら酒の蓋を開ける。
「『緑』がこのところやけに人を集めてるっていうのは本当だな。・・・どうやら、今回は本気らしいぞ。」
「ばかな。そんな事をしたら『白』も『緑』も共倒れだ。奴らは何をしたいんだ。」
 そんな大人達の会話を、コウはつまらない顔で聞いていた・・・ああ、暑ぃよ。
「飽きたんじゃ無いのか。・・・この世界に。」
 その時、やはりジッと黙りこくってバニングとシナプスの話を聞いていたコーウェンがそう言った。
「・・・・・・・やり切れなくなったんだろうよ。」
「そんなふざけた理由で自殺するなら、こっちを巻き込まないで欲しいもんだな。」
 バニングが答えて言う。・・・ホントだよ。コウもそう思った。やり切れなくなるくらいでこの世界から逃げだせるなら、みんなとっくに逃げ出してる。
「で?まあ、向こうさんが戦争をやりてぇならしょうがねぇ。今ならまだ、間に合うのか?うちの兵隊の数でも。いつ向こうの準備は整っちまうんだ。」
「明後日くらいには。」
 バニングの問いにシナプスが答えた。
「・・・・じゃ、『明日』こっちが先に仕掛けりゃあいい。」
 コウは歌うように酒瓶を弄びながら口を挟んだ。
「・・・俺にやれって言うんだろ?それで、ここに残ってろって言ったんだろ。」
 その言葉に、バニングは腕組みをほどいてしばらく考える振りをする。・・・・しかし、返事は最初から決まってるようなものだった。
「・・・よし、コウ、全部連れてって構わないぞ。勝って来い。」
 コウはそれだけ聞くと返事もせずに床を蹴って椅子から立ち上がった。バニングが自ら『白』の兵隊を動かすなんて滅多に無い。それは、3年も前からコウの仕事だった。聞くだけ無駄だ。
「・・・・コウ。」
 バニングの部屋から出ていこうとしたコウに、後ろからコーウェンが声をかけた。
「・・・なんだ?じーさん。」
 じーさんが二人いると不便だ、とコウは少し思う。どっちに話し掛けてるか分かりゃしねぇ。
「・・・この街は自閉症に罹(かか)っているんだ。・・・それを忘れるな。」
 コウは口笛を吹きながら部屋を出た。・・・自閉症って言葉が気に入った。









Just close my eyes. Just close my sky.
気付けばいつの日か










「さっきのが『白』のコウです。」
 『緑』のアジトに戻る途中で、カリウスは自分よりよほど大きい男に向かってそう説明していた。
「・・・嘘だろう。」
「ホントです!」
 男が信じないので、カリウスは必死に言い返した。
「あれがコウです!・・・『白』で一番強い!バニングの息子の!いつも飲んだくれてる!」
 その時、男のベルトに挟んであったピストルががちゃり、と嫌な音をたてて金網に引っ掛かった。二人はちょうど、遠く見守る
『緑』の兵隊達に囲まれながら、金網をくぐり抜けようとしている所だった。
「・・・・・・・邪魔だな。」
 大男がそういって、金網の方をねじ曲げた。・・・それは恐ろしい事に小さく引きちぎられた。
「・・・コウがですか?」
 カリウスの問いに男はニヤリと笑う。
「金網がだ。・・・・息子と言うより、娘みたいな顔をしていたぞ。」
 そうして、二人は『緑』のアジトの地下鉄の駅の跡に辿り着いた。









Just close my eyes. Just close my sky.
窓の無い部屋で膝を抱えてる










 病院のロビーの上の踊り場までコウは一気に駆け降りて来ると、大声で両腕を広げて叫んだ。
「レディース・・・じゃ無かった、ジェントルメン&ジェントルメン!・・・・ここに女は居ねぇからな!」
 握った酒瓶がチャポチャポ音をたてる。
「集まれ!・・・・・・明日は戦争だ!」
 その叫び声に、ロビーの隅に陣取っている下っ端から、吹き抜けの空間を通して声が聞こえた上の階に暮らしている男達まで皆が顔を覗かせてコウに注目した。
「『緑』の連中は気が狂ったらしい!全面戦争だ!」
「コウ!生意気な事言ってんじゃねぇ、そんなことバニングの親父さんが許しっこねぇぜ!」
 コウの台詞に、上の階から組織でも上の身分に属するモンシアが怒鳴り返す。こいつもチームをいくつかまとめていた。
「なら親父に聞いて来いよ!ホントに戦争だ!」
 コウがそう答えるとモンシアは苦い顔をする。
「くっそガキがよぉ・・・・!てめーなんざそこらでカマでも掘られてろ!」
「じゃ、てめぇは行かねぇんだな!?親父の命令を無視するんだな!?」
 すると、モンシアは更に苦い顔をした。
「だから・・・それが一番気に入らねぇんだよ!なんでおめーばっか可愛がるんだかよ!親父さんは!」
 しかしコウはその時、ロビーの奥からキースが出て来たのに気付いたのでモンシアのことはさっぱり忘れてキースに向かってこう言った。
「キース。・・・スコットは?」
 キースは首を振って返事をした。
「死んでる。主に、右腕の辺りが。」
 その返事にコウは満足した。とりあえずまだ生きているらしい。
「・・・ってことだから、明日は早起きしろ、てめえら!」
 『白』の連中はこぞって叫び声を上げた。









例えばそう君が泣き崩れたとしても










 辺りに、鉄パイプで殴り合う音とグシャっと生物の潰れる嫌な音がこだまする。もちろん、次の日も街は暑かった。暑くて、砂だらけで、建物はみんなステキに壊れかけで、世界に救いなど何一つ無いように見えた。・・・いつも通りだ。
「やべぇじゃん・・・・」
 『白』と『緑』の二手の群衆は、その日の早朝から互いの陣地の中程あたりで戦いを始めた。そこは、不思議な空き地になっている場所だった・・・元は広場か何かだったのだろうか。何もかもが壊れ掛けなのに、この場所には瓦礫が無いのだった。
「これ・・・負けるぜ、俺らが。」
「引くか。」
 コウと腰ぎんちゃくのキースは、両軍の争いを少し高い瓦礫の山の上から見つめていた。・・・そうだ、『白』の方が圧されてる。
「そうだな。・・・ちったあダメージ与えられたろ。向こうが兵を増やすのを引き止められりゃあ親父も文句は言わねぇだろうしな。」
 コウは目下で繰り広げられる戦いの有り様を見ながら・・・逃げる事に決めた。セコい?だから、命あってのモノダネなんだよ。
「・・・よおし、引け!皆!」
 もちろん、引くったって敵に後ろを見せる訳だから味方の被害は甚大だろう・・・ひょっとして、めちゃくちゃ負けか?しかし、そんなことより、コウは自分の身を守る事の方が大事だと考えた。
「何でもいいから逃げろっつーの!」
 味方に向かって言うにはあまりにあまりの捨て台詞を吐きながら、コウはやっぱりキースより早く身をひるがえした。
「待てよ、コウ!」
 もちろんキースも後を追う。コウは、酒瓶を振り回しながらなんだか笑い出したいくらいの勢いで走っていた。逃げ足なら仲間で一番だ。・・それでこれまで生き延びて来たんだ。文句あるか。
 コウが逃げた事で、『白』の連中はあっという間に陣を崩されていた。・・・アリのようにちりぢりに、後は三々五々男達が逃げてゆく。
「・・・そういや・・・・」
 ちょっと離れた場所まで来たところでコウが少し逃げる足を緩めてそう呟いたので、キースは聞いた。
「何?」
「そういや、あのデカい男居なかったな。」
 昨日見た、カリウスの隣に居たデカい男。カリウスは今日も居たが、そうしてコウとは違ってちゃんと戦いの最中で鉄パイプを振り回していたが・・・あいつは居なかった。
「へ?」
 キ−スは何の話か分からなかったらしい。そして、二人がゲラゲラ笑いながらとあるビルの角を曲がりかけた時・・・先を走っていたコウが、急に脇から伸びて来た腕に掴まれて姿を消した。
「・・・コウ!?」
 恐怖のあまり、キースが悲鳴に近い声でそう呼ぶ。そうして、コウが消えた辺りのビルの暗がりをそのまま走って通り抜けそうになったが、辛うじて戻って来るとその暗がりに向かって声をかけた。
「・・・・コウ?」
 と、その時。
「・・・失せろ。」
 とんでもなくデカい男がその暗がりから出て来ると、キースに向かって凄みを利かせる。・・・すげえ重量感。・・・恐い。
「−−−−−−−−−−−っ・・・・」
 キースは思わず恐怖のあまり、声も出なかった・・・・何よりその男の腕に、腹でも殴られたのか気を失ったコウがぶら下がってる!
「う・・・・・うわああああああ!」
 キースは遂に盛大にそう叫ぶと、もちろん凄い勢いで逃げ出した。・・・キースも逃げるのにはコウ並みに自信があった。










空気変えるようなジョークも吐き出せない










 こうしてコウは『緑』の捕虜になった・・・もっとも、『白』には碌な戦力は残っていなかったが。
 だからこの街が狂ってるのか俺が狂ってるのかっていう単純で明解なそれだけの問題。
 ・・・・『白』と『緑』の争いは、今までに無い勢いで色合いを小競り合いから殺し合いに変えつつあった。













「初期衝動」に続く。


00/06/22 06/23 初出 以後、随時加筆修正。