アナベル・ガトーは次の授業が無かったので、さてどうしよう、と腕を組んで考え込んでいた。・・・昼にはまだ早い。大体、その時間にはどこからともなくコウが飛んで来て、一緒に飯を食べる事になるのだろう。コウは、自分の事を一時も離れず見張っていたいらしい節がある・・・そこまで考えて、ガトーはあまりにコウが自分に付きまとうので、自分まですっかりコウの授業のスケジュールを覚えてしまっている事に気付いた。・・・なんてことだ。ともかく、次の時間コウは授業があるはずだ。
「・・・下らん。」
 ガトーがそう呟いた時、ガタンと音がして教室の後ろのドアが開かれた。・・・この教室も、次は空き教室のはずだが。そう思いながらガトーが振り返ると、ドアの向こうから顔を出したのは見知った顔だった。
「あれー・・・?ガトー・・・?・・・次、ここって工学基礎理論概説じゃ・・・?あれー?」
 部屋に入って来たのはアムロである。普段から巻き毛のぼさぼさの髪が、寝起きなのかなんなのか知らないが更に逆立っていた。
「あれーー・・・・?今って、一限だよな?」
 アムロはガトーの脇まで歩いて来ると、あくびをしながらガトーの目の前の椅子に後ろ向きに座る。つまり、ガトーとは向い合せで
座った訳だった。
「・・・今は二限が始る前だ。それに、ここは知真館2号館ではなくて1号館だぞ。」
 アムロの言う授業がたまたまコウの取っている授業と同じものだったので、間違いに気付いたガトーは訂正した。
「! !」
 言うと、アムロは目を見開いてガトーを見る。・・・凄い瞳だな。まるで、ネコみたいだ。ガトーは思った。・・・ともかくアムロは、そのままパタリと机につっぷす。
「・・・なんだ・・・慌てて来てバカみたいだよ・・・俺、寝る・・・・後ヨロシク・・・」
 ヨロシクと言われても。・・・恐ろしい事に、アムロは本当に眠りこんだらしい。
「・・・・・・・・・・」
 その、陽気に跳ね上がった後ろ頭を見ながら、ガトーは初めてアムロと会った時の事を思い出していた。









『バラ色の日々』ガトーとアムロの番外編(笑)。












「ガトー!」
 そう叫びながら、コウが中庭を駆けて来る。・・・まだ九月の、コウと知り合って間も無い頃の事だった。
「・・・何だ?」
「用は無い!」
 ガトーに追い付くなりコウは息を切らしてそう言った・・・コウは変わった男だ。ガトーは出会って数日にも関わらず、そう思い始めていた。
「用は無いんだけどさ、ガトーが見えたもんで!元気!?」
 元気も何も、剣道部の朝練で2時間ほど前に会ったばかりじゃ無いか。ガトーはそう思ったが言わないでおいた・・・と。
「・・・コウ?なんだ、その後ろの・・・・」
 コウの後ろに、やはり息を切らして誰かが必死に付いて来ている事に気付いたガトーは言った。誰かがいる。・・・っていうか、隠れてる。
「・・・ああ!そうか、忘れてた!俺の友達!」
 そう言うと、コウは後ろを振り返ってその隠れている友人とやらの腕を引っ張った。・・・こりゃまあ。ガトーは呆れてその男を見る。
「・・・・・・・」
 息が切れているせいもあるのだが、その引っぱり出された男はしばらく口をきかなかった。しかし。日本人は若く見えると聞いていたが、これはまた別次元で若いな。・・・まるで中学生じゃ無いか。大学にいるからには、19位のはずなんだが。
「友達の安室!安室 玲!・・・アムロ、これ、ガトーな。剣道部の友達。」
「・・・・・・」
 どうも、の一言も言わずにアムロはガトーを見る。・・・後で知ったのだが、アムロは『大きい』ものはなんでも『恐い』らしい。
・・・ともかくアムロが何も言わないので、ガトーも黙ってアムロを見ていた。・・・ネコみだいだ。唐突にガトーはそう思った。なんだか、いつも盛大に登場するコウとは毛色が違う。すると、アムロはコウの後ろからするっと出て来て驚いた事に大きさを確認するかのようにガトーの回りをひとまわりした。・・・まさに、ネコが水たまりを避けてその周囲を一周するがごとく。
「・・・・触っていい?」
 すると、その時アムロが初めて口を聞いた。
「・・・別に。」
 その言葉に、ガトーはかなり面喰らった。・・・日本人に物珍しがられるのには大分慣れた。しかし・・・ある意味、ここまで直接的に珍しがられたのは初めてだぞ?
「・・・大きいね。」
 その言葉に安心したかのように、アムロはガトーのお腹あたりをペタっと触った。・・・アムロの身長だと、ちょうど手を上げた時その辺りに触る事になるのだ。そして、直ぐに手をひっこめる。もう一回、ペタっ。そして、手を引っ込める。・・・三回ほどそれをくり返してから、やっとアムロは納得したらしい。
「ええと・・・俺、アムロっていうんだ。コウの友達。」
「・・・・それはコウに聞いた。」
「ああ!そうかあ・・・えっと、うん、じゃあいい。初めまして、ガトー。・・・おいしそうな名前だなあ。」
 その間中、コウは二人の隣でニコニコ笑っていた。
 ・・・日本人って言うのは、何かどこか信じられん・・・。
 ガトーは、少し目眩を起こしながらそう思った。










 アムロが目の前で眠ってしまったのでどうにもしようがなく、ガトーはしばらくぼおっとしていたが、やがて我に返った。
「・・・・行くか。」
 何も、自分までここで時間を潰す事は無い。図書館にでも行こう。そう思ってガトーが椅子から立ち上がると・・・アムロが急にがばっと身を起こした。
「・・・・・・なに?」
「・・・・・・それはこっちの台詞だ・・・・・・・」
 ガトーは言った。・・・本当にネコだな。動きが、ネコそのものだ。賭けてもいい、アムロは縁側で昼寝をするだろう。・・・フランス人にもかかわらず、ガトーはそんな事を考えた。アムロは、自分が何処にいるのか一瞬分からない様子で辺りを見渡していたが、やっと思い出したらしく自分も椅子から立ち上がる。
「私は図書館に行くが。」
「うー・・・じゃ、俺も行く・・・・」
 ガトーがそう言うとアムロが後ろから付いてこようとした。断る理由も無い。アムロは友達だったので、ガトーがとりあえず後ろを向いて出口に向かいかけると、なんの加減を間違えたのかアムロが背中に顔を突っ込んできた。
「・・・わあ。ごめん、右手と右足が一緒に出ちゃったよ・・・俺、まだ眠いかも。」
「・・・・別に構わんが。ここで寝てた方がいいんじゃないのか?」
「そうかもー・・・・」
 と、振り返ったガトーの顔を見てアムロは何を思ったのか急に言った。
「ガトーって・・・大きいよな。」
「良く言われる。」
 ガトーは、だんだんアムロのペースに慣れて来てそう答えた。ガトーは190センチの上、アムロは174センチしか身長が無いので
二人は二十センチ近く身長が違う事になる。
「ガトーって・・・大きくて・・・それだけ大きいと、世界はどんなふうに見えるんだろうなぁ。俺の身長もそれくらい伸びるかな?」
 伸びないだろう、とガトーは思ったが、アムロのその言葉が面白かったので少し考え込んだ。
「・・・・えっと、たとえばあの、窓の向こうのとかさ。」
 ガトーが返事をしないので、アムロは空き教室のがらんとした窓際を指差す。・・・・それでもガトーは考え込んでいた。・・・それから、唐突に肩から鞄を外す。
「・・・・うわあ!」
 そして、ガトーはアムロの脇の下に腕を回すと軽々と抱き上げた。










「・・・これが大体、私の視線の高さだな。」
 そういうとガトーはアムロをぶら下げたまま歩いていって窓の外を見せる。『どんな風に世界が見えるのか?』という質問は、ある意味抽象的すぎて、この説明方法が一番いいのでは、という気がガトーにはした。
「・・・お、重くねぇ?俺。」
「軽いな。」
 ガトーの頭の真横にアムロの頭がある・・・だから、これがちょうどガトーの視線のはずだった。
「そっか・・・おお、すげえ。香揚館の方まで見える・・・・」
 窓際に吊るしてもらって見える世界を、アムロは思いきり眺めた。十二月の寒空の元で、それでも中庭を横切ってゆく学生達。ここそこで数人ずつカタマリながら、彼等はこの敷地の中でそれぞれの青春を送っているはずだ。左手に図書館。右手に事務棟と校門。・・・その向こうに鐘を鳴らす、ニイジマ記念館の高い塔。
「・・・これがガトーの世界かぁ・・・・・なあ、シャアだとどれくらいだ?」
 ガトーはその台詞に少し考えてから、十センチ弱ほどアムロを下ろした。
「これくらいだと思うな。」
「うーん・・・じゃ、コウは?」
 ガトーは更に数センチ、アムロを下ろす。
「・・・ああ、大分俺の世界に近い!」
 アムロは笑って喜んだ。・・・・ネコを抱き上げているのと本当に変わらん・・・・ガトーはそう思った。
「・・・じゃ、下ろしてくれよガトー・・・お礼にイイモン見せるから!」
 アムロは言った。ガトーがアムロを床に下ろすと、アムロはちょいちょい、と手招きした。そうされると、ガトーは腰をかがめざるを得ない。・・・なにしろ、そうしないとアムロの目の高さにならないからだ。
「・・・これが俺の世界な!・・・俺、絶対ガトー持ち上げられねーし!」
 アムロは笑って窓の外を指差した・・・・ああ。ガトーは思った。・・・そうか。これがアムロの世界か。遠くまではあまり見えない。しかし、近くの物がもっとハッキリと、本当の色合いで見えるような気がした。
「なあ・・・世界には何億人も人がいてさ・・・・」
 急にアムロがそう言うと腕を組んだので、ガトーは何ごとかと思った。
「本当に沢山居てさ。・・・・そういう何億人も居る人の中で、たかが一生で出会える人の数って、凄まじく少ないと思うんだ・・・」
 ガトーは身をかがめているのが辛くなって来たので腰を起こす。
「だからさ。シャアやガトーやコウと出会えて良かった。・・・ほんと良かったな、俺。」
 最後の方は小さく、アムロが呟くのをガトーは黙って聞いていた。・・・アムロはふいに顔を上げるとガトーの目を見る。
「えっと。・・・・もうすぐ昼だよな?コウと食べるんじゃねーの?・・・ああ、ガトーと話してると首が痛くなる。」
 そう言って、アムロはまた笑った。・・・ネコの目だ。ガトーはもう一回そう思った。










 それから、ガトーはアムロとコウと三人で昼食を食べた。















 シャア・アズナブルは、中庭のベンチで帽子を目深に被って昼寝を決め込んでいた・・・自主休講だ、自主休講。通称さぼり。
「・・・・・・・?」
 ふいに、シャアは目の端によく知った物がよぎったような気がして顔をあげる。辺りを見る。・・・・校門の方。左手の図書館。それから・・・・目の前の校舎。
「・・・・・・!」
 その、校舎の窓にとんでもないモノを発見してシャアは仰け反りかけた。・・・アムロだ。それだけならまだいい。・・・・アムロがガトーに抱き上げられている!?
「・・・・・何ごとだ?」
 楽しそうに話をする二人を横目に見ながら、シャアは思わず隠れようかと思った・・・いや、隠れるったってどこへ。それから、思い直して行動を止める。自分は帽子を被っている。この頭の色が見えなければ、遠目には自分だと分かるまい。・・・しかし!
「・・・・あの野郎・・・人の男になにしやがる・・・・!」
 シャアがそんな事を思わず呟いている間に、ガトーとアムロは窓辺から消えてしまった。・・・シャアは唐突に気付いた。・・・・何を男相手に嫉妬してるんだ、私は!?
「・・・・・・・・落ち着け。」
 自分自身に言い聞かせてから、足早にベンチを立つ。・・・いや、だから落ち着け。みっともない。・・・星の数ほど恋人のいるシャア・アズナブルともあろう人間がだ!
「・・・・・あの野郎・・・決着を着けてやる・・・・じゃなかった・・・ええい!」
 シャアは決心した。今日は久々に、女の家じゃ無くて留学生会館に、ガトーと一緒の部屋に戻ろう。めっちゃくちゃガトーは嫌がるだろうが、それだけでいい気味だ!
「くっそ・・・!」
 まったく思考と行動の一致しないまま、シャアは学食に向かった・・・そういえば、どっかの女と昼を一緒に食べる約束をしていたのだった。
















終り!だけど、そして、話は『ばらいろのパ・デュ・トゥ』に続く・・・(笑)。















2000/07/01










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