「お〜・・・・・・・」
ラーネッド図書館の窓からは、校門から延々と広がる芝生が見える。それを眼下に眺めながら、アムロは何とも言えない感嘆の声を上げた。
「・・・何?」
一緒に図書館に来ているコウは・・・というか元々図書館にはコウがアムロを引っ張って来たのだが・・・書架の合間にはまり込んで声はするものの全く出て来る気配は無い。アムロはコウの居るはずの書架の方を少し振り返ってから、もう一回窓の外に目を戻した。
「・・・・すげえ。」
大学の門から一直線に抜ける芝生の中のタイルのひかれた道を、今二人の人物が歩いて来る所であった。・・・十二月も末。京都は寒い。寒風にコートをひるがえしながら、その二人は凄い勢いで歩いていた。・・・とにかく目立つ。めちゃくちゃ目立つ。良く見れば、すれ違う学生の殆どが、いや、女子学生だけでなく男子学生ですらもその二人を振り返っているのだった。
「マジで『金と銀』だ・・・コウったら。シャアとガトーが来たぞ?いつまでつまらねぇ本探してんの。」
「うーん・・・確かにつまらないけど必要だし・・・・」
そのアムロの言葉に、遂にコウは書架の向こうから顔を出した。
「あー・・・ホントだ、目立つなあ。」
窓際に来たコウは、アムロと全く同じ感想を漏らす。そのコウの言葉に、アムロは思わず笑った。あまり仲の良く無い二人のフランス人留学生は珍しくひどく話し込みながら歩いて来る。そうして、自分達が回り中の注目の的になっているのも全く構わない風で芝生の中程にあるベンチに座り込んだ。
「行く?」
「うーん・・・」
そのアムロの言葉に、コウが妙な間を持ってから答えた。
「・・・『お似合い』だからもうちょっと見てからにしないか?」
「へ・・・?」
あまり男の二人連れを見て言う言葉では無いその台詞に、アムロは一瞬面喰らったが、窓の外を見てから考え直して頷いた。
「うん、見てよう。・・・お似合いだ。っていうか・・・・世界がチガウ。」
そんなアムロとコウをつゆ知らず、金と銀の二人は話し続けて居た・・・。
アマナさんのイラストに寄せて。 |
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「・・・だから、貴様と一緒に学校に来るのは嫌だったんだ。」
アナベル・ガトーは心から苦々しげにそう言った・・・そうして、隣に座ったシャアが煙草に火を付けるのを横目で見る。
「ほー・・・『見られている』自覚はある訳だ。・・・私なんかちっとも気にならないがね。」
シャア・アズナブルはそう答えると、全くマイペースに煙りを吐き出した。・・・空が高い。日本の冬は、フランス人にとってはそんなに辛いものでは無かった。特に、シャアやガトーのようなフランス北部の出身者にとっては。そうは言ってもここは温暖な島国だ。ヨーロッパ大陸の一部であるフランスの、内地的冷え込み方に比べたらたいした事は無い。
「大体、同じ部屋に住んでいるんだから一緒に学校に来たって悪い事は何もあるまい?それに、見られているのは私のせいじゃ無くて半分は君のせいだ、ガトー。」
「殆ど部屋に戻っても来ないくせによく言う・・・・」
二人は、フランス語で会話を交わしていた。別の国からの留学生が居るならまだしも、本当に二人だけなら至極当たり前の事だ。
「まあ聞け。私は、『金髪碧眼』といういかにも日本人がイメージしそうな『外国人』から少しでも遠ざかる為に色付きの眼鏡をかけているし・・・」
「それなら頭の方を黒く染めろ。」
「日本のサブカルチャーを理解する為日々努力を続けている。」
「いらんテレビ番組ばかり見ているおかげでこっちが死にそうだ。ああ、気紛れで部屋に時々戻ってこようと思わなければ貴様も少しはいい奴なんだが。」
「・・・君とは理解し合えそうに無い。」
押しても引いても全く岩のように動きそうも無いガトーの思想に、シャアの方が遂に根を上げてそう言った。
「理解しあおうとも思わん。」
そうガトーが答えて、そこで会話はぷっつり途切れた。・・・シャアのふかす煙草の煙りだけが、高い冬の空に消えていった。
「後ろから近寄ってみようって?」
「うん!面白そうだろ、何を二人が話しているのか知りたく無いか?」
コウとアムロの二人は、わざわざガトーとシャアの後ろに回り込む為に正面では無い出入り口から図書館を出た所であった。
「・・・フランス語を話していると思う。」
そう庭に駆け出しながら呟くアムロに、思わずコウは足が止まりかけた。・・・そうか!
「ああ・・・そうしたら何を話しているのかチンプンカンプンだな!」
「ひっひ。」
「でも行こう。・・・やっぱ面白そうだし!」
何故か、『見ただけで女が孕む』と言われる全男子学生の敵、最強の金と銀の二人と仲が良いこの何のとりえも無い日本人学生達は・・・そうして前庭に向かって転がるように二人で駆けて行った。
「・・・まあ、こうやって貴様としみじみ話ができるのも珍しい。斯くなる上はこの際ハッキリ言っておこう・・・・アムロの事なんだが。」
長い沈黙の後、意外な事に話の口火を切ったのはガトーの方だった。
「・・・アンファンティヤージュ(お遊びだよ)・・・・いやあ、あれは私も意外だった。」
シャアが全くだらりとしたままそう答えたのでガトーは少し怒ったらしかった。・・・眉根を寄せ、辺りに妙な緊張感がただよう。
「それで済む話か。・・・全く、貴様は人間の屑だな。」
「いや・・・だって、どうしろと言うんだ?男同士で、そんな、本気になってもだな・・・・向こうも構わないらしいし・・・」
二人が今話しているのは、シャアが何故か深い仲になってしまっている友人の話であった・・・・こういう話を堂々とするにはほとんど誰も理解しないフランス語は向いていたかもしれない。なにしろ、『男』のシャアがつきあっている相手もまた『男』なのだった。しかも、それはガトーも知っている友人だ。
「楽しいので放っておいてくれたまえ。」
「男なら責任の取れないような行動はするな。」
「男なので責任の取り様が無いんだが・・・アナベル・ガトー君。遊びでいいじゃ無いか。」
シャアも、ガトーに説教を食らうのに少し腹を立てて来たらしかった。それなりに噴気が滲み出してくる。・・・柔らかいフランス語で交わされるその会話の意味が分からない女子学生達は、相変わらず呑気にひそひそ話をしながら目の前を通り過ぎていった。
「良く無い。」
「ケル・ドマージュ(それじゃダメか)?あ、そ・・・・」
質の違う二人の間に火花が散って、今にも血を見る争いが起きそうな気配だ・・・回りには、おそらく二人は見つめあっているようにしか見えなかっただろうが。フランス語とは、そんな風に思わせる所のある不思議な言語だった。
「う〜ん・・・案の定何を話しているのか・・・」
「さっぱり分かんないな!」
まさか、自分の事が話題にされているとは思いもしないアムロと、図書館から借りた本を抱えたままのコウは二人に後ろから・・・つまり、庭に置かれたベンチの後ろの茂みから二人の様子を覗き込んでいた。
「えっと・・・辞書、辞書。」
と、何を思い付いたのかコウが鞄の中をごそごそ物色し始める。
「辞書って?」
アムロが言うとコウは顔を上げて答えた。
「フランス語の辞書だよ。」
「何でそんなモン持ってるんだ?・・・コウ、俺と一緒で第2外語チャン語(中国語)だったよな・・・・?」
「あー、それね・・・・」
コウは苦笑いして答えながら、アムロに悪戯っぽい目を向ける。辞書は見つかったらしかった。
「辞めた!」
「辞めたって・・・だって、年明けりゃすぐ後期試験だぞ!?何、落とす気か!?」
「落とすって言うか・・・今年は辞めて、来年フランス語の授業を取る事にした。もう、頼み込んで授業には出させてもらってる。」
そこでアムロは、初めてコウが図書館で借りて来た本がフランス語の基礎学習の本だと気付いた・・・・オイオイ。
「なんで・・・・」
聞くだけ無駄とは思いつつ、それでもアムロは一応コウにそう聞く。すると、案の定コウは満面の笑顔で答えた。
「ガトーとフランス語で話がしたいから!向こうが日本語話せるのに、俺が話せないの悔しいだろ?」
俺だったら悔しく無いです・・・全然・・・自分と口がききたきゃ、シャアの方が日本語を話せばいい。そう思ったアムロは思わず空を仰いだ。
「・・・信じらんねぇ。」
二人のフランス人は、頭に血が登っているせいかそんなアムロとコウにつゆとも気付かず見つめあって・・・いや、睨み合っていた。
「・・・じゃ、君のいう通りに仮に私がアムロとこれから『本気』でつきあう事にしてだな・・・星の数ほどいる女をみんな泣かせたとしてだな・・・そう、それから人並みにヤキモチとか焼いたとしてだな・・・やってみようか?・・・そうだな、そうなったら君に最初に言いたい事がある。・・・ガトー、君はこの間知真館三号棟の教室で、アムロを抱き上げていたな?私は庭から見たぞ?」
そのシャアの台詞に、ガトーは面喰らったようだった。しばらく考えてからこう答える。
「ああ・・・確かに抱え上げてやったな。窓の外が見たいというものだから。」
「いくらアムロが小さくても窓の外くらい自力で見れるはずだ!人の男に何をする貴様!・・・と、こんな事を私が言ったら何だか女が嫉妬してるみたいで気持ち悪いだろう。・・・だから、私達はこれからもこんな調子でいいんだ。分かったか。」
シャアはそう言うと吸い終った煙草をそこらへんに投げ捨てた。
「・・・・・・」
ガトーは思わず考え込んだようだった。・・・確かに気色が悪い。いや、本気でつき合うのではなくて、だから、別れてくれたらスッキリするのでは?それがマトモな発想だ。・・・それに煙草は灰皿に捨てろ。
「そうそう、それから、一昨日の日曜たまたまコウ君と町中で会ったので買い物したり食事したりばっちりデートしておいたぞ。私が男としかつき合わない人間と言う事になったらそのうちアムロと別れてコウ君に手を出すかもしれん。それも気持ち悪いだろう。」
「・・・・それはやめろ。」
べらべら話し続けるシャアに、ガトーは思わずそう言った。
「見ろ、困るじゃ無いか。それは、君が友人としてコウ君を大事に思っているからだ。私だって、寝なくたってアムロの事がそれと同じように大事だ。・・・分かったら人の事に口を出さないでくれたまえ。」
「・・・・・・・」
ガトーはまた考え込む。そして、しばらくたってから、ゆっくりと小さくこう言った。
「・・・モン・デュー(さて、困ったな)・・・・私がいろいろ我慢せねばならないのか。」
と、その時誰かがガトーとシャアの首根っこに後ろから飛びついた。
「うーん・・・全然聞き取れないけど俺達の事話してるんじゃ無いかな?」
アムロが辞書を広げるコウに向かってそう言う。コウは、芝生にあぐらをかいて座り込み、まるでフランス語教本のデパートになったような有り様だった。
「そうか?何で?」
「名前を言われてる気がする。・・・あ、待ち合わせなのに遅れてるから怒ってるのかも知れないぜ!」
そのアムロの言葉に、コウは慌てて顔を上げた。
「えー!?じゃ、もういいやアムロ、行こう!」
そうして、二人は山ほどの本を手分けして抱えると、茂みを飛び出した。
「おまたせ!」
アムロとコウの二人が急に後ろから飛びついて来たので、シャアとガトーはかなり驚いたらしかった・・・そうして、首にぶら下がるそれぞれを引き剥がす。
「・・・アムロ、昼に学食で350円の竜田丼を食べたな?」
「おー。何で分かった、シャア?」
「カラアゲのにおいがするからだ。」
そう言いながら、アムロとシャアは笑って学食のあまり美味しく無いメニューの話をし始める。
「・・・コウ、重いぞ。」
「あ、悪い。」
苦い顔をしながらそう言うガトーに、コウは慌てて腕を離した。思わず、アムロに引きずられて自分まで後ろからガトーに飛びついてしまった。なにやってんだ、俺。・・・と。その時身を起こしたコウの回りからボトボトと大量の本が転げ落ちた。
「・・・なんだ、その本は?・・・・フランス語の基礎の基礎・・・・?」
「うっわあ、見ちゃダメだ、ガトー!」
コウはそう叫ぶと慌てて本を拾い集める。その騒ぎに、タヌキうどん160円は高いか安いかについて討論していたシャアとアムロも気付いてガトー達の方を向き直った。
「・・・フランス語を勉強するのか?」
ガトーが、少し不思議な顔でコウにそう言う。
「・・・するの!・・・あーもう、恥ずかしいから秘密にしとこうと思ったのに!いいか、ガトー!・・・俺は絶対フランス語を話せるようになってみせるぞ!分かったか!?」
そういうと、コウはビシっとガトーを指差す。・・・・その有り様に、ガトーでは無くシャアが最初に吹き出した。
「・・・だってさ。良かったな、ガトー。」
「・・・・・・・」
何がいいんだか、悪いんだか。しかし、コウは頭に血を登ったらしく更に続ける。
「くっそおおお、ガトー!絶対無理と思ってるだろ!思ってるだろー!!」
「・・・いや、思って無い。」
ガトーは辛うじてそう言った。・・・だって、なんだか。嬉しいものだな、こういうのは。・・・もし本当に自分がコウを大事なように、シャアがアムロを大事だというならまあ我慢してやろう。仕方が無い。・・・冬の風はいつの間にか止んでいた。かわりに、芝生の上は小春日和の太陽で暖められてくる。
「そうだよ、無理だなんて思っていない。」
シャアもそう言いながらコートを脱いだ。そうして、何故か二人のフランス人は顔を見合わせると小さく頷く・・・本当に互いが気に入らないが、まあ、ここは協力してやろう。・・・それくらいバチは当るまい。金と銀の二人は声をそろえるとこう言った。
『・・・パ・デュ・トゥ(出来るさ)。』
コウは、何故かその言葉の意味は分かったらしい。・・・いや、本当は分からなかったのかも。しかし、二人にそう言って貰えた事に機嫌を直し本を抱え直すと「さあ、行こうぜ!」と言った。
四人は校舎にむかって歩き出した。・・・・四人四様に。
2000/06/28
このお話のイラストは、アマナさんに頂いたもので、あまりに美しかったので
トップページに飾らせていただいたのを覚えています。
一生懸命、それにそぐう話を書こうとしましたが、やっぱ身に余る頂き物だったかな・・・(笑)。
本当にありがとうございます、アマナ母様!
それで、この話の後書きで、冗談でそのうちタイトルのネタがなくなって、
「ばらいろのプリングルスサワーオニオンあじ。」なんてタイトルが話に付く日が来るかもね・・・なんて言ってたんですよね。当時。
・・・・・・そうしたら、後日樹さんが書いてくださったんですよね(笑)。そのタイトルで(笑)。
今となっては、とてもステキなチームESLSの思い出です・・・(笑)。
01/12/25
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