今が、冬で良かった・・・と、アムロは思った。何故なら、一日中マフラーを巻いていても誰も気にしないからだ。
「アムロー。なんだっけ、カフェオレで良かったっけか?」
「うん。」
アムロは今、大学の敷地内の中庭で、コウとガトーと一緒に授業の合間の空き時間を潰そうとしているところだった。
「あち・・・あちちちち・・・!」
叫びつつ、それでもコウが器用に三つの紙コップを持って自販機の前から戻って来る。コウのピーコートに少しお茶がこぼれたのを、二人分の竹刀を持ってアムロと一緒に待っていたガトーは見のがさなかった。
「シミになる。」
ガトーは、なんだかデカイ割には細かい男であった。ハンカチを取り出してコウのコートを拭き出すのを、コウの方が遠慮した。
「あーもう、いいって!ダイジョブだろ、目立たないよ。」
「しかしなあ・・・」
そんな二人を見ながら、アムロはふと思った。
「・・・コウとガトーって仲が良いよな。」
「え?ああうん、なんせ戦ってるからな。」
コウが分けの分からない返事をしながら、アムロに持ってきたカフェオレを手渡す。
「でもさあ・・・あのほら、やっぱ、二人でセックスしようとは思わないよな?やっぱ。」
その瞬間、コウとガトーが飲んでいたお茶を同時に吹き出した。・・・そしてしばし沈黙。
「・・・・・・・何だと?」
随分経ってからガトーが辛うじてそう言った。
「え・・・?いーや!なんでもねえよ、ちょっと聞いてみただけ。」
「なんでもって・・・ナミエチャン、頭大丈夫・・・?」
コウがそう言うと、本当に心配そうにアムロを覗き込んだ。
「大丈夫だって。・・・ナミエチャンて言うな。・・・今の無し。聞かなかったことにして。」
「・・・・・。」
コウとガトーは顔を見合わせた。
今が冬で、本当に良かった。・・・アムロはもう一回そう思った。マフラーを外せないのは、キスマークが消えないからだ。もう3日経つのに。・・・彼女に付けられたのだったらいっそ構わないんだが。よりによって『男に』付けられたらしいキスマークがだ!
・・・・・仲が良い相手とだって、普通男同士じゃセックスしねえよ。
アムロは、なんだかむちゃくちゃ切なくなって、冬空を見上げた。
バラ色の日々を君と探しているのさ
たとえ世界が行き場所を見失っても
ニホンメノバラ
2000.05.21.(二回目)
汚してしまったスパンコールを集めて
真冬の星空みたいに輝かせよう
ヒトハキレイナママデハイキテユケマセン・・・それは俺も知っている、女とだって寝たことくらいは有る・・・と、ここ数日アムロは自分を慰め続けてきた。だから、一回間違いで男と寝ちゃったくらいなんだってんだ。
「あー・・・次の授業なんだっけ?」
「・・・アムロ、お前ほんと大丈夫か?変だよ、えっと・・・何日か前からさ。」
ついにコウがそう言った。O型が服着て歩いてるようなコウにまでそう言われるんだから、自分はいいかげんおかしいんだろう。
「マジでなんでもねえって。うん。」
有り難いことに、まだ『シャア・アズナブル』という留学生とはあれから顔を合わさずに済んでいた。ま、それが普通だろう。この私立の総合大学には、一学年5000人、全学合わせて二万人を越える学生が居る。
「そうかぁー?」
コウは、まだ解せない顔をしている。えーい、ほっとけってんだ。アムロはコウを無視して煙草に火を付けることにした。この三人の中で煙草を吸うのはアムロだけだ。コウもガトーも、スポーツをやっているだけあって全く煙草は吸わなかった。
「・・・ああ、シャアだ。」
その時、ガトーがとんでもないことを言うので思わずアムロは持っていた百円ライター(黄緑色)を落としそうになった。・・・何だって!!
「−−−−・・・」
一瞬だけ顔を上げて中庭の入り口に目をやる。あのメデタイ色の金髪が、ちらっと見えた。
「シャアさん!!どもー!!!ひさしぶりー!!!!この間の飲み会、面白かったねえ!」
コウが、そう言ってわざわざシャアに向かって手を振った。・・・・なんて事しやがる、テメエ!!!アムロはそう思った。・・・何でだろう。煙草になかなか火が付かない。
「・・・やあ、どうも。・・・皆さんお揃いで。」
その声だって、初めて聞くような気がアムロにはした。もう、シャアは間近まで来ているらしい。・・・モンクストラップのベージュの靴のつま先だけが、下を向いているアムロにも辛うじて見える。・・・エエイ、どうしよう。アムロはとりあえず、コウがベンチの隣に座っているのをいい事に、その背中に隠れてみた。アムロよりコウの方が一回り大きいのだ。
「そうだアムロ、この間シャアさんに送ってってもらったんだろ?」
その時コウがまた、クソムカツクくらい余計なことを言った・・・!!アムロは遂に立ち上がった。そうして、校舎の壁際に歩いていった。・・・煙草の火が付かないのは、中庭の風が強いせいだ!!
「・・・・アムロ?」
コウ程には鈍感で無いガトーが遂にそう言った。そうして、シャアに目をやる。・・・シャアという留学生は、いつもそうなのだが妙に皮肉めいた笑顔を浮かべていた。そうして、訝しげに自分を見つめるコウとガトーに小さく首を竦めてみせる。それから、これまたベージュのダッフルコートをひるがえしつつ壁際のアムロに向かって歩き出した。・・・アムロは、その時やっと煙草に火を付けるのに成功した所であった・・・と。
「・・・・・・・・」
急に目の前が暗くなった、とアムロは感じた。・・・何だ?と思って振り返って見ると。・・・目の前にシャアが立っていた。ダンっ、とアムロの後ろにある壁に手を押しつける音がする。
「・・・火を貰えるかな?」
そういった時には、シャアは既にアムロを腕に挟んで壁に押し付けた体勢で自分の口にくわえた煙草に、アムロの煙草の火を移している所だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アムロは、あまりの事態に身動きが出来ず固まっていた。・・・ライターなら貸すぞ。・・・そんな事をぼんやり思った。いい匂いがする。・・・なんだろ、コレ。
「・・・どうも。」
そう言うと、もらい火の付いた煙草をくわえたままシャアがニヤリ、と笑った。アムロは、そこで初めてシャアの顔に焦点が合った。・・・やっぱ、知らねえ。少しだけ色の入った眼鏡の向こうの目の色も良く分からなかった。っていうか、近すぎる。お願い、離れて。
「・・・いえ、どういたしまして。」
アムロは思わずそんな事を答えた。シャアは、ふいっと手を離すとコウとガトーの方に戻ってゆく。
「次の授業は一緒かな、ガトー。」
「うむ・・・そうだな、行くか。」
シャアがそう言った言葉にガトーが答えた時、前の授業の終業の鐘が鳴った。
「・・・アムロ?」
思わず、壁際に座り込んだアムロにコウが声をかけた。
「知らないって・・・ほんと・・・・」
アムロがそう呟いて頭を抱えるのを、コウは分からないという顔で見ていたが、やがて言った。
「次の授業、知真館だぞ!!?遠いんだって!!・・・行くぞ、アムロ!」
コウは、アムロの手を引っ張ると走り出した。
雨の中をかさもささずに走るのは
過去の悲しい思い出のように大事なような・・・
まあ、ツキが無い時というのはこんなものだろう。・・・アムロは、その日のうちに学校からの帰り道でまたシャアに会ってしまった。今回はコウは居ない。ガトーも。二人は今頃、デイヴィス記念館の道場で、戦闘状態で竹刀を振り回していることだろう。
「・・・やあ。」
学校に一番近い、興戸の駅の寸前でアムロはシャアと向き合っていた。違う道を歩いてきたのだが、たまたま狭い路地で顔を合わせたのだ。
「・・・ども・・・この間は、送っていただいたようで。」
やんわりと笑いながら言うシャアに、アムロはそう答えた。他に返事のしようが無い。・・・アムロは思った。だって、覚えて無いんだから。
「いや・・・別に。」
そう言いながら、シャアはアムロの近くに歩いてきた。アムロは思わず後ずさった。
「・・・・・・・どうした?アムロ君。」
シャアって人は、確かに日本語が上手いな。雲行きの怪しくなった冬の初めの空のもと、いぶかしがるシャアにアムロはぼんやりとそんな事を思った。・・・っていうか。あんた、俺と寝たらしいんだよ?なのによく平気な顔で声かけられるね。ヘンタイか?
「この間は・・・その、あの・・・・」
あんた、俺と寝た?・・・という台詞は、質問としてはマヌケすぎる。アムロがそんな事を思い悩んでいる間に、遂に雨が降り出した。
「あの晩?・・・ああ、雨だ。早く、駅に入った方がいい。」
シャアは自分の鞄から定期を出しながらそう言った。駅は目の前だ。そうして、自然とアムロの肩を後ろから押し掛けた・・・と。
「・・・覚えて無いんだって!!」
遂に、我慢が出来なくなってアムロはその手を振払った。
「俺、なんにも覚えて無いの!それで・・・!!」
「・・・・−−−−−−−−−−−−−−−。」
シャアは、しばらくぽかんとした顔でアムロを見つめていた。
「・・・覚えて無い?」
冷たい冷たい、冬の雨。それが降り出してからまだしばらくたった後、シャアがポツンとそう言った。
「覚えて無いです!っていうか、今日会うまであんたの顔も知りませんでした、俺!!」
アムロは思わず吐き出すようにそう言った。とても顔は見れない。・・・やっぱ、寝たのか、俺。この人と。そうなのか。・・・女じゃあるまいし、こういう時どう言う反応をすればいいのやら。
「・・・・・そう。」
さらに随分経ってから、シャアがそう言ったその声が、それまでとトーンがあまりに違うので、アムロは顔を上げた。・・・うわ、びしょびしょだ、この人。俺もだろうな。二人して、濡れ鼠か、今。幸い、雨がふってきたせいで辺りには人気が無くなっていた。
「そう。それじゃ、軽はずみに君に触っては悪いな。」
それだけ言うと、シャアは雨の中、さっさと一人で駅に入っていってしまった。
「え・・・」
アムロは思わず、呆然とその背中を見送る。・・・乗ろうとしていた電車がやって来る。そうして、それは出ていってしまった。・・・シャアは、きっと今の電車に乗ったのだろう。
「・・・・何だよ。」
まだ、降りしきる冬の雨の中に立ちすくみながら、アムロはそう呟いた。
「・・・・・何だってんだよ!!!」
辺りに、妙な残り香がする。・・・ああ、これ、シャアの匂いだったんだ。あの日、自主休講にして帰った家で、ベットの中でおや、と思ったあの香り。アムロは、ポケットに手を突っ込んだ。・・・何かが指に触れた。それは、会いたく無いと思いつつも返さなきゃと思って持ち歩いていたシャアの指輪だった。
だけど茨が絡みついて運命は悪戯
乾いてしまうのは寂しいね
とりあえず、シャアが誰かは分かったな、目の色は知らないけれど。・・・アムロはぼんやりとそう思った。次の電車までまだ十五分もある。・・・頭が痛かった。
2000/05/21 二回目