大学生という生き物は、何かと全力疾走だ・・・と、アムロは常日頃思っていた。まあ、全力疾走というか、だが中途半端にやる気は無いというか、親の金をはたいて四年間の天国を買ったというか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナニコレ。」
 それにしたって、無茶をやるにも限界はある。そんなわけで、友人達と開いた『鍋飲み会』の次の朝、自分の部屋のベットの中で目を覚ましたアムロは(つーか、どーやって自分ちに戻ったかも覚えてねぇ!)とりあえずそう言った。
「・・・・・・・・・・・・・ナニコレ。」
 ありがちな、ベットの中で自分の隣に他人の頭、である。ま、そんなこともあるだろう、大学生というのは。なにかと羽目も外しがちだ・・・しかし。
「・・・・・・・・・・・・」
 目が覚めてゆくに従って、そのあまりの異常事態にアムロは頭が真っ白になっていった。まず、自分の体中に有るこの痣はなんだ。・・・ま、どう考えてもキスマークだろう。しかしさ。相手の身体にならともかく、男の自分の身体になんでこんなについてんだよ。さらに、ベットから出てシャワーを浴びようと二日酔いでガンガンに痛い頭を振りながら立ち上がったら・・・・なにかがケツの穴から垂れた。
「・・・・・・・・・・・」
 もう、こうなると恐ろしくて、頭だけふとんから出ている寝ている人物が誰か、確認する気にもならない。っていうか、マジでなんも覚えて無い。
「・・・・なに俺・・・・・・」
 アムロは大急ぎでシャワーを浴びた。それから、まだ寝ているその人物を放ったままで、取るものもとりあえず家を飛び出した!
「なに俺、男と寝てんだよ・・・・!っていうかさ・・・・」
 竹田の駅から近鉄奈良線に飛び乗って大学に向かう。急行の扉が閉まる瞬間に、アムロは掛け布団からはみ出ていたメデタイ色の金髪を思い出した。・・・・本当に心当たりが無い。





「・・・・・・・・誰、あれ?」









追いかけても追いかけても
逃げて行く月のように
指と指の間をすり抜ける
バラ色の日々よ














イッポンメノバラ
2000.05.21.












「コウ!」
 大学に着くなり、だだっ広い前庭で同じ学部の浦木孝の姿を見つけたアムロはその学友に軽くラリアットをかました。
「はよ、ナミエチャン・・・昨日は無事家に帰れたかぁ?」
「ナミエチャンて呼ぶな!」
 ナミエチャンというのは、アムロの名字が某有名女性シンガーと同じであることから付けられたなかなかに楽しく無いあだ名である。確かに、自分は一目でそれと分かるルックスをしているし、名字も同じだってことは何代か前には沖縄に住んでたんだろう・・・・しかし、アムロの出身地は島根であった。・・・・ともかくだ。
「昨日!昨日の飲み会の事なんだけどさ・・・」
 コウに、事態を説明しようとしてアムロはそこではっ、と気付いた。・・・男と寝ちまったなんて言えるか!!
「ああ?飲み会がなに?つーか、アムロどの辺まで覚えてる?ヤバかったよ、あの時さあ、シャアさんが送ってってくれるって言わなきゃ・・・・」
「・・・それ!それだよ、まさにそれ!!それ・・・・誰だ?・・・『シャア』って。」
「はい?」
 コウとアムロは、今、この大学の敷地内のもっとも奥にある工学部の校舎に向かって坂道を歩いている所であった・・・冗談じゃ無いな、なんで一つの山が丸々大学なんだよ。
「だからさあ・・・昨日の飲み会は、ほら、留学生学生会館の連中呼んでやったんじゃないか。・・・何?まさか、あの『シャア・アズナブル』を知らないとか言わないよな・・・・?」
「・・・・知らない。」
 アムロは正直に言った。・・・マジで誰か分からない。
「うっそだろー!?フランス人でさ、学部は違うけど、めちゃくちゃ目立つ・・・」
「コウ!」
 その時、後ろからコウを呼ぶ声がした。振り返ると、今まさに話題になっていた『留学生学生会館』の住人の一人、アナベル・ガトーが近付いて来る所であった。
「あー・・・ども、ガトーさん。」
 アムロは随分と背の高いガトーを見上げながらそう言った。
「おはよう、ガトー。」
 そう言って、コウも軽く手を上げる。・・・・この人は知ってる・・・と、アムロは思った。コウと仲が良いからだ。実際、今日もガトーはコウと仲が良い理由の、『共通点』である竹刀を持っていた。
「ガトー、今日は負けないぞ!」
 コウが、大袈裟にそう言った・・・コウとガトーは、体育会系の剣道部に所属しているのだ。
「貴様に私は倒せん。」
 ガトーもそう言った・・・まっぴるまの大学の敷地内だというのに、二人の間には小さく火花が散った。・・・あーあ。アムロは思った。ガトーは、誰に習ったのか知らないが、流暢なのは確かだが『面白い日本語』を話す。時代劇じゃ無いんだからさ、全く。
「・・・あの、二人が戦うなら、俺行くけど・・・」
「また後でな、アムロ!」
 コウがそう言った。アムロが遠ざかった後ろでは、『なんで外人のくせして俺より剣道強いんだよー!!!』と、コウがガトーに向かって絶叫している声が聞こえた。
「ええと・・・名前だけは分かったな。・・・シャア・アズナブル?・・・誰だよ、それ・・・」
 アムロは、とりあえず一般教養の『生命と宇宙の神秘』という良く分からない名前の授業に向かった。










 授業は面白く無い上に、全くアムロの耳に入って来なかった・・・なんだか、身体がおかしい。腰痛いし。
「・・・くっそぉ・・・」
 誰だか分からないものの、その『シャア・アズナブル』とかいう人物に向かってとりあえず腹が立った。寝るか!?普通、男と!!
「・・・アムロ?」
 机の上に突っ伏していたアムロに、後ろから誰かが声をかけた。・・・この声はコウだ。
「・・・コウ。喧嘩は?授業は終ったぞ?来るの遅すぎ。」
「喧嘩は終った。でも、今日こそは俺が勝つ!!」
 コウは、不思議に脳天気な男であった。大学の入学式で知り合って、もう一年程つきあっているが、コウが前向きでなかったのを見たことが無い。冬の風が吹くようになった、十一月の空を、アムロは窓の外に見つめた。・・・それに比べて、俺のセイシュンは乾いてんな。
「・・・・『シャア・アズナブル』のことなんだけど。」
「え?ああ。ほら、何度か会ったことあるはずだぜ?アムロもさ。ガトーと同じフランス人だからさ、一緒に来たことあったじゃんか。」
 そう言われて、やっとアムロは何となくその人物を思い出した。
「・・・ひょっとして、シャアって眼鏡かけてる?」
「そうそう!・・・って、ほんとに覚えて無いのかー!?めちゃくちゃ目立つルックスなんだって!ガトーと二人で歩いてた日にゃあ、見ただけで女が妊娠するってウワサだぜ。」
「・・・そりゃすげえ・・・」
 その人と、どうやら昨日寝ちゃったみたいなんです・・・とは、さすがにアムロもコウには言えなかった。
「ええっと・・・それから、髪の毛は妙に目出たいキンパツの。」
「そうそう。で、なんだか日本語はすっげー上手い。小さい頃、親が大使館員だったんで、何年か日本に住んでたことがあるって聞いたぞ?」
 ・・・なんでコウがこれだけ覚えている人物を、自分は全く覚えて無いのだろうとアムロは思った。
「・・・・帰る・・・・」
「え?まだ授業あるじゃんか!どーすんだ?」
「出来るやつは代弁頼むわ・・・」
 アムロは、もうめっちゃくちゃ家に帰りたくなっていた。・・・ほんとにカラダがおかしい。オカシイ、オカシイ。
「・・・・って、アムロー!」
 何だか呼んでいるコウを無視して、アムロは電車の駅に向かった。










バラ色の日々を君と探しているのさ
たとえ世界が行き場所を見失っても










 アムロは、恐る恐る自分のワンルームマンションの扉を押した・・・・中を覗く。
「・・・・・・・・・良かった・・・・」
 有り難いことに、今朝部屋を出ていく時にはベットにあった人陰は消えていた。・・・それどころか、ベットの上は妙に綺麗に整頓されてまるで何ごとも無かったかのようだ。
「・・・・帰ったのか。」
 アムロが学校に行っている間に、『シャア・アズナブルとかいうフランス人留学生らしい』人物はこの部屋から出ていったようだ。アムロは、妙に拍子抜けして部屋の中に入った。思わず、ベットに倒れ込む。
「・・・マジでツラい・・・・」
 まだ、男と寝てしまったという実感は無かった。キモチは悪かったが、きっと女程のショックじゃ無いと思う。女はこんな目に合ったら大変だろう。妊娠とかするかも知れないしな。
「ていうか、俺、男・・・」
 当たり前のことを、しみじみとアムロは呟いてみた。・・・覚えて無い。どんなに考えても、本当に何がどうして男と寝ることになったのか覚えて無い。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
 その時、初めてアムロはまくらの脇に一個の指輪が落ちていることに気付いた。シルバーの、どちらかというと太めの、まあ何処から見ても『男物』だった。
 それを見た瞬間、急にアムロは恥ずかしくなってきた。・・・・ヤベエじゃん。・・・・本当にヤベエじゃん。
「・・・・俺、こんなの返さないぞ?・・・だって、返す時に会わなきゃならねえじゃん。」
 自分は、自主性とかプライドとか無さ過ぎだ。・・・・男と寝ちゃったらしいんだ、もうちょっと抵抗しろ。この現状に。アムロは小さくため息をついた。それから、まだ顔もよく確認出来ていない『シャア・アズナブル』の事を考えた。忘れ物らしいその指輪を、自分の指に嵌めてみる。どの指にもそれはぶっかぶかだった。・・・『シャア・アズナブル』というのは自分より大きな人間なんだろう。
「あ〜あ・・・・」
 ベットから見える窓のそとに、冬の乾いた風が舞っていた。・・・・知らないうちにアムロは寝入っていた。














ニホンメノバラヲモラウ?















2000/05/21










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