ちょっとしたものが買いたくて家を出た。コンビニにゆくために、だ。出掛けに部屋の中を振り返ると、いつに無く真剣な顔で、シャアがゲームをやっているのが見える・・・・アレ、なんだっけな。なんのゲームだっけ?・・・・・ああ、この間ネット通販で買ったエロゲーだ。かなり昔のヤツ。あえて昔のゲームを買って、あえて昔ののOS(例えばFMVとか)でプレイしてみる・・・という『理工系オタク的楽しみ』に関してはアムロも分らないではないが、いかんせんエロゲー、というのがどうも納得いかなかった。大体シャアは理系じゃないだろ。アムロは軽く頭を振りつつも、近所にあるコンビニに向かった。
外は天気が悪かった。空には低く雲が垂れ込め、今にも雨が降りそうだ。蒸し暑く重く湿った空気の中で、民家の庭木さえも息苦しそうに見える。
もっとも、アムロは傘を持ち歩くような性格の人間では無いから、気にせずにそのままだらだら歩いて、ほどなくコンビニに辿り着いた。・・・・ああ、コンビニの中、涼しい。ドアを開いた瞬間にそう思った。そしてまっすぐ飲み物の棚に向かう。
「いらッシャいませー」
と、少しイントネーションのおかしな声が聞こえてアムロが思わず店員の方を見ると、驚いたことに店員が日本人ではなかった。・・・・・これは珍しい。つまるところ外国人なのだが、コンビニで働いている外国人、というのはあまり見たことがないからだ。それからすぐに気付いた、いや、俺知ってるわ。こいつ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
見ると、相手もそう思ったらしく、チラっとアムロを見た。・・・・・どこで見たんだっけなー。アムロは飲み物の棚の中に手をつっこみながら、考える。ペットボトルを一本取り出した。六条麦茶。麦茶くらい自分で作れって?いや、いいんだ、六条麦茶のペットボトル。俺は京都在住(島根出身だけど)。それで俺的に正しい。それから、飲み物の棚を端の方に移動して、アイスの前に辿り着いたあたりで気付いた。
「・・・・・あー。大学だあ。」
思わず店員の方を振り返る。すると、店員も気付いたようで、あー、と言った。その、中途半端な時間の午後、店内にはアムロとその店員しかいなかった。黒髪の店員である。大学で見たことがあったのだ。てことは、留学生か?すると、相手が驚いたことにこう言った。
「きょう、ハヤト・・・いない。」
それでアムロは更に思い出した。・・・・そうだ!!ハヤトの友達だ、確かにこのコンビニは、竹田駅近くにあるこのコンビニは、大学の友人であるハヤトの家がやっているコンビニだったので、それもあってアムロはちょくちょく顔を出していたのだが、別にここに来たからといって毎回ハヤトに会うわけでもないので、アムロはとうにそんなことは忘れていたのだった。
「いや、だいじょうぶ・・・・今日、ハヤトに用事ないし。」
「そうかですか。」
その留学生の日本語はちょっとおかしかったが、気にせずにアムロはアイスの棚から大きなレディ・ボーデンのアイスクリームの容器を取る。・・・・一パイント入り。ちなみに、味はチョコレートで、これは珍しくアムロもシャアも、共通して好きな味だった。と、いうよりレディ・ボーデンのアイスクリーム自体が、今では売っているところを探すのが難しい。そんな珍しいものが『好みの味』というアムロとシャアが不運なのだと思わざるを得なかった。
「んじゃコレ・・・・と、ちょっと待てよ。」
六条麦茶のペットボトルと、それからレディ・ボーデンの容器を持ってレジに向かいかけ・・・アムロはふと気付く。そこで、レジに一回商品を置いたあとで、もういっかい棚に戻って、ハコを掴んで引き返した。
「・・・・・・・」
最後に持ってこられたハコを見て、その店員は何とも言えない顔をする。・・・・あー。どうなんだろうなー、インドネシアとかトルコとか、ともかくイスラム圏の人には見えるなー、このひと。・・・・こういうの、ダメなのかなー。
「・・・・にせんさんびゃくきゅうじゅうヨ円になります・・・・・」
「・・・・・うん。」
とりあえずアムロはお金を払って、へら〜、っと笑った。すると、面白いことに相手もへら〜、っと笑って見せたのだった。コンビニで、今、ちいさな友情が発生した。
「・・・・・うわ。」
ドアを開いて外に出ると、雨が降り出していた。・・・・絞め殺されるような湿気に比べたら雨の方がマシなのかもしれないが、傘を持って来なかったアムロは舌打ちをする。・・・・ズブ濡れ決定かよー。
「・・・・・・・やあ、君、私もコンビニで買いたいものがあったというのに、出かけるなら誘いたまえよ。」
次の瞬間、コンビニの戸口あたりに立っていた人物に急に話しかけられて、アムロは焦った。・・・・ビニール袋を抱え直して、横を向くとそこには、傘をさしたシャアが立っていた。
「・・・・・うわ。・・・・・・こんにちは。」
「はい、こんにちは。」
シャアは傘を・・・・・それも、安っぽい、それこそコンビニで買ったんじゃねーの?・・・というような透明の500円傘をさしていて、それをアムロの方に傾けてくる。
「・・・・つーか、あんたなんでこんなところにいんの。」
「えぇ?言っただろう、私もコンビニで買いたいものがあったので、それで出掛けてきたんだ。・・・・雨が降り出したものだからね。」
「・・・・・・いや、良く分らねぇし。・・・・・俺を迎えに来たのか?だったら素直にそう言えよ。」
「もちろん違うとも!・・・・・・・・・ただ、詩を思い出したんだ。」
「はぁ!?」
・・・・・・・ざあざあと綺麗に降り出した雨の中で、どうにも二人の会話は繋がらない。
「・・・・・だから、部屋にいて、雨の降ってくる音が聞こえた時に、詩を思い出したんだ。とてもロマンチックな、雨の日の詩だよ。日本語に訳して、君に聞かせてやってもいいが、どうせ分らないに決まってる。・・・・それでも聞くかい?」
アムロはそのシャアの台詞にさすがにムッとした。
「そりゃあまあね!・・・・・そこまで言われたからにはね!!」
そうして、レディー・ボーデンと六条麦茶と、それからハコの入っているビニール袋を掲げて身構えた。・・・・見ると、コンビニの中から、例の店員がそんな二人に気付いたらしく、不審気な顔で見ているのが分る。・・・・いいよもう、構うもんか、誰が見ていても!
「絶対そう言うと思った。」
シャアは楽し気にそう答えて、それでもアムロが濡れないように、透明のビニール傘を傾けつつ、こう言った。
「こんな詩なんだ。たった一行の。フランスじゃあ、有名な詩だよ。・・・・・・・『傘をもってむかえにきたぼくを』・・・・・・・・・・」
・・・・・・・ざあざあざあ。
「『傘をもってむかえにきたぼくを 愛おしくなるまで 雨の中にきみを 放っておけばよかった』」
・・・・・・アムロはしばらく固まっていた。・・・・シャアがここに来た本当の理由が分かったからである。・・・・・どうしようかな。・・・・・どうしようかな。・・・・・・殴ろうかな。
「・・・・・・・・・・恥ずかしい男だな、アンタ!」
「聞き飽きたな。」
シャアはめげる風でもなくそう言った。・・・・ああ時々、こんな台詞を吐くので無ければ、随分いい男だことだろうと、本当にそう思うのだが!!
傘をもってむかえにきたぼくを 愛おしくなるまで 雨の中にきみを 放っておけばよかった
「俺、一緒に帰らないから!」
「勝手にしたまえ、これは相合い傘に失敗する詩なんだ。・・・・・だからモチロン、予想の範囲内だよ。」
「ムカツク!」
「勝手にムカツきたまえ、私は自分の買い物をして・・・・うお、」
そう言ってコンビニに入りかけるシャアの陽気なストライプの袖を、アムロはひっぱって止める。
「・・・・・・なんだ。まだ何か言いたいことでも?」
雨の中で、いまやまったく二人は、相合い傘であった。
「・・・・・・・・・・・いや、あの・・・・コンドームならさっき・・・・・・・ひと箱買ったんだけど・・・・」
・・・・・・・・・ああ、まったく!!ひどく降る雨の中を、
君といっしょに、うちに帰ろう?
ギュネイ・ガスはちょっとため息をつきながら、何故か一つの傘で帰ってゆく二人の背中を見送った。・・・・この世には、この国には・・・・・・・・・・・・ちょっと分らないことが多すぎる。そう、思った。
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