雨が降ってきた。
日本の梅雨は6月というのが定説だが、何故か京都の梅雨は6月中頃から始まって7月半ば・・・ちょうど祇園祭の頃に梅雨明けする。従って、この時期雨に降られても誰にも―――そう、気象庁にさえ文句は言えないのだ。
「傘ならあるけど・・・」
そう言ってコウが差し出して見せたのは、コンビニなんかで売っていそうな安物のビニール傘。実はこの間の雨の日に遊びに来たアムロが忘れていった物で(帰りには雨がやんでいた)、この時期傘がなかったら困るだろうと思ったコウがアムロに返してやるため大学へ持ってきていたのだ。突然の雨に降られた自分たちが取り敢えず借りておいたとしても、アムロは文句を言ったりしないだろう。しかし、だ。
「その傘一本で何の役に立つと?」
言われてコウは手の中の傘を見つめ、その視線をガトーに移すと上から下までを眺めた。
相変わらずデカイ。無駄なものが付いている訳でない事は、日々戦っているコウが一番良く知っているが、それが筋肉であろうが脂肪であろうが安物の小さな傘で覆い隠せない体積を持っている事は確かだ。まして二人で一本では・・・
「私は良いから取り敢えずお前はその傘を差せ」
どうしたものかと考え込む間にもどんどん濡れていくコウにガトーが言う。平坦で、聞きようによっては命令にも聞こえる口調だが、そんな時のガトーの瞳がとても優しい事をコウは知っていた。
「でも・・・」
ガトーが濡れている横で自分だけ傘を差す―――傘を持ってきたのは自分だとは言え、何だか理不尽な気がしてコウはまたもや考え込む。その間にも雨脚はどんどん強まって、ガトーの髪は重そうな色に変色し、コウの短い髪からは滴が垂れそうになっていた。
この傘を二人で差した所できっと二人とも濡れるだろう。第一、既に二人とも随分濡れている―――
「じゃあ、勝負しようっ!」
何やら考え込んでいたかと思うと突然脈絡のない事を言い出したコウに、何事かとガトーが眉を寄せる。
「どうせ雨で濡れたらシャワー浴びなきゃならなくなるんだし、それなら汗を掻いた方が気持ち良いじゃないか」
嬉々として言い放ったコウの台詞を耳にして今度はガトーが考え込んだが、少しして、それもそうかと納得してしまった。こうなったらコウは意地でも自分だけ傘を差そうとはしないだろうし、だいたい既に随分濡れてしまっている。
「防具を濡らすと困るから、このままでやるぞ?」
「望む所っ!」
元気なコウの返事を合図に二人は竹刀を取り出し、持っていた防具が濡れないよう近くの木の陰に運んだ。
大学構内での出来事。通りかかる学生達は雨の中で戦う二人に何事かと足を止め、二人の事を知っている者は何となく納得して立ち去り、知らない者も何故だかその風景がキャンパスに違和感なく溶け込んでいるような気になりながら暫く二人の戦いを眺め、やがて立ち去っていく。
「・・・・・何で二人がずぶ濡れなのに、傘は濡れてねえの?」
一時間後。コウに「この間、忘れて行っただろう?」とビニール傘を差し出されたアムロが、不思議そうに問い掛けた。
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