多少慌てた様にシャアがヘルメットのバイザーを上げた。それに習って自分もバイザーを上げる……今のは近いだろう。っていうか近過ぎだろう!
「お迎えが来たみたいだ。……そんな訳でね」
「ちっとも分からない」
「嘘を言え、君には分かっている筈だ」
 ああそうだよ、本当は分かってる。
 ……分かってる。
 コイツが廃棄コロニーを見て歩く意味も、その趣旨も目的も!
 分かってる。分かってるけどどうしようもない。
 それどころか魂の向かう場所、その全てを分かってる、だけど『どうしようもない』。どうしようもないから自分は質問を続けている、
「大佐……!」
護衛だと言う若い男の方がよっぽど怯えた様子でそう叫んで、砂煙の舞う古い農家の中でアムロはついにインカムのスイッチを入れた。
「……ブライト! 今の狙撃はなんだ、俺が機を降りて休憩中なのは知っているだろう! 近すぎる! 俺を酸素欠乏症にする気か!」
『ああ悪い。今のはケーラ・スゥ中尉誤射で……』
「そんな事聞いてない!」
 目の前でバイザーを上げたシャアが、声に出さずに微笑みながら口元だけを動かした。
 じゃあ また
「ちょっと待て、おい……!?」
『アムロ? 何かあったのか、アムロ! 会話が不明瞭だ、現状を説明しろ!』
『アムロ! 今の射撃は何なんですか!? びっくりしたぁ……』
『大尉、すいません! 指揮車やプロトからはかなり外れているので大丈夫かと思ったんですが……!』
 様々なところから一気に通信が飛び込んで来て収拾がつかなくなった。アムロがどうしようかと戸惑う間に、シャアと護衛の男は農家の裏口へ向かったのだろう、その二人の身体を吸い込んで、奥の扉が閉められてしまう。
「……」
 銃を構えたまままだしばらく呆然と立っていた。
『アムロ! 答えないかアムロ!』
 ブライトが酷くやかましく喚いているが知るものか。
「……?」
 と、やがてアムロは目の前の床に何かが落ちている事に気づいた。埃っぽく、古びた農家の居間に、不釣り合いな黒光りする物体。爆発物などには見えない。かつての戦争で置き去られたものにも見えない。
「……」
 アムロは慎重に身を屈めると、つま先でそれを蹴り上げて目の前でキャッチした。ディスク?
 ディスクだ。ごくありふれた一般に出回っている端末用ディスク。裏を返す。
 するとそこには、小さな文字で走り書きがしてあった。
『プレゼントだ。君は違和感に気づいたか』
 見間違えようも無い……バースデーカードや引っ越し案内と同じ、シャアの文字だった。



 同時刻、0092、七月六日、地球。
「……」
 来るべき時が来たというべきか、それとも自分の首もここまでと思うべきか。
 感慨深げに男は目の前の病室を見渡していた。見渡したところで、そこに誰かが臥せっている訳でも無かったが。
 目の前の病室はもぬけの殻だった。
 ……落ち着け。冷静になれ。取るべき行動はなんだ。
 とりあえず病室という、到底許される筈のない場所でボギーは煙草に火をつけてみた。
 ……落ち着け。
 地球連邦地上軍第三特務部隊所属諜報部第三課課長、ハンフリー・ボガート。彼は窓際の椅子に腰掛けて、巡回に来た看護士がこの場所では決して許されざる喫煙という行為に悲鳴を上げ……それから病人が居なくなっている事実にも気づいてさらに悲鳴を上げるまで……のうのうと煙草を吹かし、それからようやっと立ち上がった。
「……しょうがねぇ」
 取りあえず、一番の心当たりに連絡を取ってみる。後ろでは看護士がまだぎゃあぎゃあと喚いていたが、聞く耳は持っていなかった。
「……」
 繋がらない。……カイに、繋がらない。あいつ、怒ってたもんなあ。連邦軍の一存でカミーユを隔離した事に。繋がらないとなったらビンゴ、ってことなんだろう。
「……あぁ! 振られるってのはこんなにもツラいことだったのかよ!!」
 ボギーは七月頭だというのに、いつも通りの薄汚いトレンチコートのまま大げさに頭を抱えた。いや、戯れ言はともかくのっぴきならない事態なのは確かだ。
「畜生……」
「いい加減にして下さい! ここは禁煙です、病室です! それから患者さんは何処に行ったんです!」
 そんなのは俺が知りてぇよ! と叫び返したい所だがボギーはニコチンのおかげでやや冷静さを取り戻していた。そこで、次の連絡先にすぐさま連絡を入れた。その前に、厚かましくも次の煙草に火を点けることも忘れなかったが。
「あなたね! 私の話を聞いて……」
「……俺だ。ハンフリー・ボガートだ。提督に繋いでくれ」
 話を聞いている余裕などあるものか。カミーユ・ビダンが、シャア・アズナブル並みの『カリスマ』を地上では誇る人間がたった今、姿を消したんだぞ!
「……はいよ、俺だ。至急頼みたい事がある。ナイメーヘンに繋がれている奴を一人出してくれ。手駒が足りねぇ。あ? 逃げられたんだよ、前の男には! ちっくしょう、笑いてぇんなら笑え! ともかく早急に後が必要なんだよ。名前は……」
 ボギーの会話を聞いた女性看護士がドン引きしている。
 いやまあな、確かにいい年した親父が『前の男』もねぇわな。しかし他に表現しようもない。
「……コードネームはカムリ。本名はロイ・ウィクロフト。階級は大尉。シャア・アズナブルとアムロ・レイの両方に会った事のある人間だ。ただならぬ執着も抱いてる。……アイツ以上の適任は居ない」



「大尉、本当にすいません……!」
 結局、テストを切り上げて早々に艦に戻る事になった。目の前のケーラ・スゥ中尉は平謝りしていたが、自分も同じような現状に出くわしたら同じような行動を取る事だろう。だから無碍にも出来ない。
「ああ、いいよ。構わないよ。俺もあの状態なら、確認をしたいが為に一発は撃ってただろうな」
 苦笑いしながら手を振って、格納庫を後にした……と、そのとたんにレベル4の通路でチェーン・アギに出くわす。
「アムロ!」
「やあ、チェーン」
「結局テストの後半、明日になってしまいましたね」
「済まないな、そんなこともあるよ」
「いいえ、自分がもっと気をつけて大尉の位置を報告しておけば良かった」
 これ以上粘着質的にチェーンに付きまとわれると言うのか?
 それはさすがに勘弁してくれよ……と思いつつもアムロは笑顔で返した。
「いや……そこまではさすがに技術士官の仕事じゃないだろ。機を降りて所在不明に、コロニーの中を出歩いた自分が悪かったんだ」
「アムロは……優しいんですね」
「……」
 いや、ちょっと違うけど。どっちかと言うとシャアと話をする時間を削られて腹立たしくすらあるんだけど。
「……まあ、チェーンが気にする事ではないよ、俺は俺でブライトに謝って来るから」
 そう。本当に難敵なのはブライトだ。
「アムロ……」
 勘違いの多いチェーンにもう一回笑顔を向けて、アムロは艦橋に向かった。
 さて、ブライトにどう言い訳したら良いだろう。
 ……まさかシャアに会いました、とも素直には言えまい。
 難敵を前に、アムロの頭は言い訳で一杯だった……きっと怒られる。












2008.10.15.




HOME