数分後、後部港湾部から駆けつけたアムロ・レイ率いるラー・カイラムのモビルスーツ隊に泣き止まないサットン・ウェイン少尉を託した『テスト機部隊』は、集結して来るロンド・ベル艦隊を避けるようにその宙域を離脱した。
「……」
『……』
 最後に、本当に最後にちらりと目が合う。ノーマルスーツ越し。バイザー越しだった。
 ―――言いたいことは、伝えたいことは互いに山とある。しかし、音を伴わず二人ともが口の形で伝えたのは同じ言葉だった。



 じゃあ また



事後報告:補足
 宇宙世紀0092、十月十四日午前九時二分、サットン・ウェイン少尉をラー・カイラムのモビルスーツ隊に引き渡した『黄色いテスト機部隊』、該当宙域を離脱。
 同、午前九時十四分、アムロ・レイ大尉率いるラー・カイラムモビルスーツ部隊、母艦に帰投。
 同、午前九時十六分、地球連邦軍総司令本部、ラサより緊急発表。内容は『コロニー制御プログラム連続ウィルス汚染事故』に関して。
 同、午前九時二十八分、ラー・カイラムとの通信の合間に、地球連邦地上軍第三特務部隊所属諜報部第三課、ロイ・ウィクロフト(コードネーム:カムリ)、アムロ・レイ大尉に一年越しのお礼を言う事に成功。直後、上司に対して辞表を提出。理由は一身上の都合。地球連邦地上軍第三特務部隊所属諜報部第三課課長、ハンフリー・ボガート(コードネーム:同じ)、その辞表を受け取る。
 同、午前九時四十二分、フリージャーナリストのカイ・シデン、旧ヨーロッパ地区イングランド、南東部の街バトルでカミーユ・ビダンと別れる。その後のカミーユ・ビダンの消息は不明。
 同、午前九時四十三分、地球連邦宇宙軍外殻新興部隊所属、ロンド・ベル隊旗艦ラー・カイラムパイロットのサットン・ウェイン少尉、辞表を艦長に提出。説得が有るも、頑なに拒否。地球連邦宇宙軍外殻新興部隊所属、ロンド・ベル隊旗艦ラー・カイラム艦長ブライト・ノア大佐、それを受け取る。
 同、午前九時五十九分、補給艦『サクラジマ』、サイド2コロニー・アドリア宙域のラー・カイラムに接岸。
 同、午後一時二分、補給を終えたラー・カイラム、月に向かって出立。尚、軍籍を抜ける事を宣言したサットン・ウェインは自室にて待機。
 同、午後十一時五十二分、ラー・カイラム、及び途上で合流した艦隊の他の四艦も含めたロンド・ベル隊全艦が月、フォン・ブラウン宙空に到着。
 翌、宇宙世紀0092、十月十五日午前零時十五分、全艦着艦。
 同、午前零時三十二分、サットン・ウェイン元少尉ラー・カイラムを離艦。
 同、午前二時四十一分、地球連邦軍総司令本部、ラサが追加動向を発表。『コロニー制御プログラム連続ウィルス汚染事故』は、ネオ・ジオンがその画策を行った気配もあり、あくまで事故とも考えられるが、地球連邦軍としてはより一層の注意をこれから配る所存で……



 宇宙世紀0092、十月十五日午後二十二時二十三分。
「……出掛け損ですね」
「まあそう言うな、ナナイ」
 そうは言われても納得出来ないものがある。
 どうにかこうにかコロニーを止めて、そして戻って来てみれば後に残っていたのは、面白いくらいの『濡れ衣』である。
「ギュネイは?」
「機嫌が直らないようです。……連れて行ってあげれば良かったのに」
「断る。……あれは、ギュネイは今回の様なことは非常に嫌がる男だよ」
「……それだけ分かっているのなら、やはり連れて行ってあげれば良かったのに」
 怒っているナナイは実に美しい。シャアはそんな彼女が嫌いではない。
「……時に頼みたいんだが。手紙を一通出したいんだ」
「今回のことで使った『ルート』は既に全て隠蔽済みです。……もう直接連絡を取る事は叶いませんよ」
「通信は、だろう。私出したいと言っているのは手紙だよ?」
「……大佐はご存じないかもしれませんが……」
 スィート・ウォーターのシャアの執務室は、常に一定の温度に保たれ、警備も万全でその空気が揺らぐ様なことはない。周囲は密閉型のコロニーらしく寸部無きまでに夜で、光満ち、魂が爆ぜるようなこともない。
 ―――戦場の様には。
「怒っている大佐は、」
「……怒っている? 私が?」
「ええ。怒っている大佐は……本当に美しいですね」
 シャアは返事をしなかった。代わりに、デスクの上のペンと便箋を手に取ると、静かに手紙を書き始めた。



「……あなたが、アムロ・レイ大尉?」
「はい?」
 宇宙世紀0092、十月十六日午後四時五十一分。
 ロンド・ベル隊からサットン・ウェインが、そしてアナハイムエレクトロニクスからヒューイ・ムライが居なくなった事に因る混乱はそれなりにあったが、νガンダムのプロジェクトチームはそれなりに元の業務に、仕事に戻りつつあった。
「どこかで?」
「いえ、初めてお会いします。ところで、不躾で申し訳ないが、昔の友人に頼まれたもので……これを」
 アナハイム社リバモア工場の通路ですれ違い様に、そう言ってアムロに一通の封書を手渡して来た男は、かなり年配の温和そうな男だった。スーツの胸にあるバッヂを見れば、アナハイム社の重役である事が見て取れる。
「はあ……」
 アムロは解せない思いだったがその封書を受け取った。隣に立つブライトも似た様な顔をしている。
 プロジェクトチームの混乱は、最悪の想定をして動いていたロンド・ベル側より、当たり前だがアナハイム側の方が大きかった。オクトバー・サランはヒューイ・ムライの組んだ基本OSを全て見直すと言って聞かなくなったし、出向中のチェーン・アギ准尉は弟の様だった男が連邦に害を成したのだと言われても暫くは信じられない様に呆然としていた。……その様子は非常に女性らしく、また小生意気でもなかったのでむしろアムロは好感を憶えたくらいだ。
「では失礼します」
 アムロが封書を受け取ったのを確認すると、その年配の男はまた通路を行ってしまう。
「……」
「……」
 アムロとブライトは暫く顔を見合わせていたが、表面から触って紙以外のものが入っていない、と判断したアムロがその場で封を切ろうとすると、急にブライトが言った。
「……今のが」
 封書の表面には何も書かれていない。
「……今のが、リストの三番目、の人物ではないのか?」
 そう言われて、アムロの手が止まった。
「ヴィルヘルム・カラヤ。元ジオニクス社の幹部で……シャアも既知のようなことを言っていたような気がするのだが……違うか?」
「……あぁ……」
 アムロは完全に手を止めた。そして、ブライトを見上げる。
「おそらく、間違いないだろう。私の前で読むな。泣き出されてはたまらん」
「……誰が泣くか」
「いいから一人で読め。……きっと大事な手紙だ」
 そう言ってブライトがアムロの肩を押して来る。促されては、アムロも素直に従う事にした。
 怒っているだろうなあ、と思う。
 特に地球連邦軍の、最後の発表は無いだろう、と。
 『コロニー制御プログラム連続ウィルス汚染事故』は、ネオ・ジオンがその画策を行った気配もあり―――
 ……そんな訳があるか。
 そんな訳があるかと思う。
 あれは、自然に生まれたものだった。自然に生まれた、人々の想いが、引き起こした事件だった。
 ヒューイ・ムライでさえその発露の一部に過ぎない。
 カミーユ・ビダンが言った通り、これからもあの手の事件は起こり続けるのだろう、無名の人々が、それでも必死に生きて行く限り。
 月に逗留中、アナハイム社が提供してくれている部屋に戻ると、そこでやっと封を切り、アムロは中身に目を通す。
 そうして、カミーユ・ノートとやらよりよっぽど詩的で、少なくともアムロにとっては重要で、感情的なその手紙を読んで……少し泣いた。
 ……シャアは、決して俺達を許さないのだろうな、と思った。












2009.01.03.




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