―――戦闘。
 そのたった一つの言葉に、どれだけの意味が込められている事だろう。
 ただ一つ確実なのは、これまで自分はこんな状態で戦う日が自分の人生には無いだろうと思っていた事だ。
「……ブリッジ、全艦放送の準備を。指揮は全て自分に回せ。モビルスーツの中から直接出す。ブライトは地球との通信に集中したい筈だ」
『アイサー。……準備出来ました、どうぞ』
「全艦に告ぐ。作戦士官のアムロ・レイ大尉である。都合によりしばらくブライト・ノア艦長は指揮が執れない。これより自分がラー・カイラムの指揮を執る」
 アムロとシャアは艦橋を出ると、無言で通路を進みエレベーターに乗った。一言も会話は無かった。しかし、シャアは当然のようにアムロの脇に寄り添って歩いて来た。アムロは手に持ったヘルメットを口元に当て、そのインカムから指示を出している。
「第一種戦闘配置。非常に危険な状態となった。目の前にあるコロニー・アドリアだが、いつ爆発してもおかしく無いことが判明した。これからそれを阻止、阻止出来なかった場合は爆発の影響を最小限に抑える為の作戦行動を開始する。全ての要員は現時刻をもって現状を破棄。今後は自分の指示に従え。……まず機関部。艦を最大戦速でコロニー・アドリア側面中央部へ移動」
 アイサー、という返事を聞きながら、アムロは脇に立つシャアを見上げた。彼が頷く。
「次に砲列甲板。主砲発射、及び艦砲射撃の準備。タイミングはこちらで指示を出す。一弾も残すな。前後港湾部以外のシリンダーを、綺麗に壊したい。誘爆する前にだ」
『派手だな、久々に!』
 アリスが口笛を吹いていたが、現実にはそれほど簡単な作業ではない。
「モビルスーツ隊は準備が出来次第出撃。二手に分ける。自分とこの艦のモビルスーツ部隊がコロニー後部、テスト機の部隊が前部の港湾部の切り離しに向かう」
 ここでもう一回、シャアを見上げた。もう、エレベーターは格納庫のあるフロアに辿り着いてしまう。シャアは、無言で、そして真面目な顔でもう一回頷いた。
 最後はシャアに判断させた方が良いのではないかと思った。
 ……ヒューイに自爆してもらってでも、他の廃棄コロニー全てを救うのか、それともカミーユの言葉を信じて、コントロール・ルームを制圧してでもヒューイの命を救うのか。時間稼ぎをするのか。
「……それから、サットン。サットン・ウェイン少尉、聞こえてるか。お前は即座にコロニー前部港湾部に向かえ。コントロールルームでヒューイ・ムライの説得をしろ。彼は『他の方法』があることを知らないはずだ。……以上。健闘を祈る」
 アムロは最後にそう言うと一旦通信を切り……そして二人はエレベーターの扉が開く前に、ヘルメットを被る前に、短いキスを交わした。
「……自信が無いな。我々は、カミーユに嫌われているようだから」
「だな」
「今回はここまでのようだ……生身の君と話せるのも」
 そう言ってシャアが少しだけ笑う。
 扉が開き、格納庫に飛び込む。直ぐにそれぞれのモビルスーツに飛びつき、そのハッチが閉められる。火が入る。
 ―――戦闘。
 そのたった一つの言葉に、どれだけの意味が込められている事だろう。
 ただ一つ確実なのは、これまで自分はこんな状態で戦う日が自分の人生には無いだろうと思っていた事だ。
 ……シャアと、一つの目的の為に共闘する日が来ようとは。



 言われなくても……! と思いながらサットン・ウェイン少尉は格納庫で自分の機体に飛びついた。
 ヒューイを止めなくては。それ以外頭には無い。なんて馬鹿なんだあいつ! なんてどうしようもないんだあいつ!
「サットン! お前大丈夫か、出撃出来る様な状態……」
 アムロ・レイ大尉がリガズィを使って既に出撃しているので、回された機体はジェガンだ。なんでもいい。何でも良かった、目の前のコロニーに辿り着けるのなら。キャットウォークでアストナージが何か叫んでいるが、相手をしている余裕もない。
「出るぞ!」
 それだけ叫ぶとサットンは右舷格納庫から出撃した。



『大体ねぇ……本当に、なんでこの程度のプログラムが解けないんですか。俺、ヒントまで出しましたよ、前回』
 ―――宇宙世紀0092、十月十四日午前六時四十九分。
 前回、というのはあのハッキングのことを意味しているのだろうか。八月の。
 ……あの演説の何処かにヒントがあると解った人間がいたら、その方が奇跡だよ。
 ブライトはそう言ってやりたかったが耐えた。そして軽くこめかみを押さえる。その背景で、アムロの指揮するラー・カイラムによるコロニー・アドリアの分解が着々と行われていた。
 この通信は、アムロの耳にも、シャアの耳にも届いているはずだ。
 しかしアムロは何処までも冷静だった。
『主砲はあと何発撃てる』
『エネルギー全部使っちまって構わねぇってんなら……三発だ』
『構わない。……やれ』
 はいよぉ、と相変わらず陽気な砲列甲板から返事が返り、艦橋のメインモニターには光の奔流が映る。……振動も感じた。
『先行した「テスト機部隊」だが。……前部港湾部、コントロール部の切り離しに今、成功』
『分かった。そのまま待機……いや、あなたの判断に任せる』
『そうする』
 異様なほどにアムロとシャアの連携は上手く行っている。
 当たり前か。
 ブライトはもう一回こめかみを押さえた、通常より分かり合っている二人だ。
 そんなアムロとシャアが共闘している。
 その画面を、これほどまでに苦々しく見つめなければならない自分の運命の皮肉に、ブライトはどこか高笑いしたくなって来た。
『……おい。提督が遂に、全軌道艦隊出撃の許可を出したぞ』
 ボギーから、今更のようにそんな通信が入る。
「……遅い……!」
 ついブライトは笑った。いや、笑わざるを得なかったのだ……どれだけどうしようもないというんだ、地球連邦軍というのは!



「いろんな名前で勝手に呼ばれるあなたは確かに不幸だし、不快なんでしょうね。そう言う意味で確かにあなたは、あなた方は唯一無二の聖書のようだ。……しかし馬鹿げてる。その部分が気に入らない。俺はねぇ、もう本当に呆れ果てているんですよ」
「……」
 目の前で崩れかけの修道院の建物に凭れ、端末を弄り続けるカミーユを、脇に立ったままカイ・シデンは成す術も無く見守っていた。
「この世に一番多いのはどんな人々だと思います。……それは『凄い』人々ではないですよ。『普通の』人々です」
『……』
 そのカミーユの言葉を聞いているのだろう宇宙から、明確な返事は無い。
「実を言うとね。……なんでこんな事になっちゃったんだろうなあと思いつつも、俺は『カミーユ・ノート』が嫌いではなかったですよ。へえ、こんなにもいろんなことを言いたい人って、この世にはいたんだ、って感じで」
『……』
 やはり宇宙から返事は無い。カミーユの端末を弄る手も止まらない。カイには既に理解し難いタイピング速度で、おそらくカミーユは宇宙に「停止パスワード」を流す作業を行っている……と、信じたい、取りあえずは。
「だれでも見れる。誰でも書き込める。そうして皆が作り上げて行くカミーユ・ノートを眺めていたら、今回の事件に発展した、くらいの感じで。……だけどそれこそが、本当に人々の言いたい事だったとは思いませんか」
『……すまないな、カミーユ。俺も、自分としては凡人のつもりだ。自分を凡人だと思っているからこそ……カミーユの言葉の意味が分からないな』
 すると、そこで初めて宇宙から返事が返った。アムロだ。その裏では「後部港湾部切り離しに成功した」というような通信が飛び交っている。
「うん、だからね……」
 カミーユがそこでようやっと顔を上げた。端末から手を放し、野外戦用のパラボラに引き出したコードを繋ぐ。
「最大のヒントは『セクエンツィア』っていう……このプログラムの名前だったんですよ」



「ヒューイ!」
 叫びながらサットンはコロニー・アドリアの前部港湾部の中を走っていた。後部港湾部切り離し、シリンダー部破壊の報告をそれぞれ聞きながら、意味不明なカミーユ・ビダンの言葉を聞きながら、叫んでばっかりだ。しかし、通信が届いていないだろう彼を呼ぶ手段は大声を張り上げるしか無い。
「ヒューイ!」
 一番大切な物はなんだ……と言われたら、それは友達の命に間違いなかった。他の人々がどう思おうと知らない。自分にとっては、それに間違いなかった。
「……ヒューイ……!」
 彼は遂にコロニー・アドリアのコントロールルームに辿り着いた。破損度の大きい廃棄コロニーだ、空気も希薄でひしゃげたその部屋のドアを、サットンは何度か蹴り上げ、しかし開かないことに気づいてまた電子錠を撃つ事になる。
「ヒューイ!」
「サットン……」
 中にはヒューイがいた。しかも、コントロールパネルに手をかけて、今しも何かをしようとする状態でそこにいる。
「……なんでこんな所にいるんだよ、サットン」
 彼は泣きそうな笑顔でそう言った。泣きそうな、困った様な笑顔で。つい数時間前、自分が言ったのと全く同じ台詞をヒューイ・ムライに返され、サットンは返事に詰まった。
『最大のヒントは『セクエンツィア』っていう……このプログラムの名前だったんですよ。……これは彼が、ヒューイ・ムライがつけた名前ですが……秀逸です』
 コロニー・アドリアのコントロール・ルームにカミーユ・ビダンの音声が流れ……サットン・ウェイン少尉は、ではヒューイ・ムライもこの通信をずっと聞いていたのだと、やっと気づいた。












2008.12.27.




HOME