扉一枚隔てただけだというのに、建物の中は驚く程静かだった。
昼なお薄暗く、そして永遠に埃っぽいのだろうその場所に、アムロは足を踏み出す。
相手は、存外に静かな顔をしてそこにいた。
……丸腰だ。それから護衛もたった一人。ただし、その人物が自分に向かって銃をしっかり構えている。
外で吹き荒れる砂嵐の音だけが妙に耳につく。
「……やあ」
アムロはテキサスコロニーを思い出した。テキサスコロニー。やはり砂の吹き荒れ続けるコロニーだった。十三年も前のことだ。
「久しぶりだな、四ヶ月程になるか」
「……そうだな」
相手は農家の居間らしき場所で、何故かのんびりと椅子に座っていた。さすがにノーマルスーツを着込んではいるが、ヘルメットのバイザーは上げている。それに気づいてアムロも同じ様に上げた。ただし、銃は構えたままで。
「何故ここに居る?」
「それはもちろん、入り口から入って。建物の裏手に回ればエレカがある」
「中央港にはラー・カイラムが接岸しているはずだ」
「君ね。……コロニーには通常前と後ろ、両方に港があるものだよ」
それはそうだ。
……アムロは自分の失言に気づいた、シャアはともかくもう一人の男にまで自分がラー・カイラムのクルーであることを露呈してしまった。いや、それ以前にブライトは前部宇宙港の索敵もせずにこのコロニーに着けたのか? そんな筈は無い。
「ラー・カイラムって何」
ところが、会話を繋いだのは銃を構える若い男の、そんな台詞だった。
「ギュネイ、敵の艦隊の旗艦の名前くらいは憶えておくものだ……まあいい。それより言うべきだったのは『ラー・カイラムとは何でしょうか』だ。また敬語を忘れているぞ」
「『ラー・カイラムとはなんでしょうか』」
ギュネイと呼ばれたシャアの脇に立ち、そして銃を構える若い男が……苦々しげに、しかし真面目にそう言い直す。
「よし、それでいい。……あまり彼の前で出来の悪いところを見せてくれるな。私の方が恥ずかしくなるだろう」
「……イエス・サー」
その返事すらも適当だ。
……なんだ、これは。
何なんだ、この状況は。
アムロは取りあえずもう一回、聞いてみた。
「だから、シャアは、何故ここに?」
「……ああ、それはだな」
シャアは薄く微笑むと、アムロに向かって説明を始めた。素直にここに居る理由を教えてくれるらしい。それなのにアムロと来たら、言葉を紡ぐシャアの唇に見とれ、ヘルメットの脇から少しだけ見える金の髪を全て見たい、いや触れたいなどと考え始めてしまって慌てて頭を軽く振った。
……なんだ、これは。
何なんだ、この状況は。
「何を考えてる、あの馬鹿……!」
インカムがわざと切られたと知ったブライトの激高は凄まじいものだった。
「モビルスーツ隊! 左舷デッキ、モビルスーツ隊、待機中の隊は!」
『アイサー、ケーラ・スゥ以下第二小隊三名』
「聞いていたか」
『はい』
「状況は分からないがともかく現状へ向かえ!」
『アイサー。……でも艦長、いくら何でも過保護過ぎじゃないですか? 大尉は休憩中なんですし、少しくらい好きにさせてあげても……』
「あいつの『好き勝手』が自分の是だった記憶がかつて無い!」
『……了解。ケーラ・スゥ以下第二小隊、出ます!』
しばらく経って、ケーラからまた通信があった。
『あのう……艦長、それで哨戒の『理由』は……アムロ・レイ大尉が心配で心配で仕方ないからですか?』
ブライトは艦橋でこめかみを押さえると、一言こう返した。
「……ああ何とでも言うがいい、それでも私はアムロが大事だ!」
その返事に脇で聞いていた通信兵が耐え切れないようにブッと吹き出した。
「このコロニーに何故私がいるのかというと……うん、そうだな。強いて言えば調査の為だ」
「調査?」
「そうだ」
「護衛も付けずに、あなたが? たった一人で?」
シャアは面白そうに首を竦めた。
「護衛ならギュネイがいる。……それに私がたった一人で行動して何処が悪い? まるで幹部連中の様な小言を言うな、君は」
「……」
そう言われてアムロは言葉に詰まった。
確かに、大の大人が一人で行動した所で悪い事は何も無いよな。
「……分かった、質問を変えよう」
「頼む」
すると脇に立って銃を構え続けていた男の方が、驚いた顔で目を見張った。縁取りの濃い、意志の強そうな瞳だ。
「大佐? いいんですか、そんなに簡単に質問に答えて……さっきこいつのこと敵とか言ってたのに……」
「いい。これは私達の会話の基本なんだよ。彼が質問して私が答える。……そうだな?」
「……」
シャアの目がすっと細められる。ああ、チベットを思い出しているんだろうなとアムロは思った。確かにあの時、俺はシャアに質問をし続けた。なので、銃を構えたまましかたなく頷く。
「質問をどうぞ」
まるで問われれば何でも答える識者か聖人か預言者のように、シャアは鷹揚にそう言った。そう言う口元さえ優雅だった。仕草さえ甘美だった。そんなことは当の昔から知っている。だからアムロはその相手の雰囲気に飲まれない様にこう聞いた。聞いた所で本当に肝心な所はどうせコイツは話さない。話したって構わないことしか話さないのだ。分かってる。
「このコロニーで何の調査をしていたっていうんだ……廃棄コロニーだぞ。砂嵐の吹き荒れる不毛のコロニーだ」
「そうだな」
するとシャアはさも意外だ、と言わんばかりに手を振った。
「サイド2、コロニー・ノヴァ、一週間戦争で破壊される前は農業中心のコロニーだった。だから平地が多く、北米の穀倉地帯のような光景だ。もっとも回転が中途半端に止まったあとは干涸びて、あちこちから空気も抜けているものだからそのまま放置されている」
「……」
全く同じような説明を、つい昨日ブライトから聞いたばかりのような気がする。
ブライト。
はっ、と気づいたアムロは思わずインカムのスイッチに手を触れそうになった。その動作のおかげで構えた銃が少し揺れ、とたんにシャアの脇に立ったギュネイと呼ばれた男が身を堅くする。気のせいではなく相手はここに居たのだ、連絡を入れても間違いは無いのに。
「……待て。滅多にこうして会える訳ではないんだ、もう少しだけ我慢したまえ」
「何を……」
妙に声が上ずってしまった。
「君に会えて嬉しいよ。もう少しだけ一緒に居たい。心から愛する君と」
「……」
そのあまりにあけすけな言葉に、またギュネイが目を剥いた。三度目だ。驚き過ぎてどうにもできないという表情だ。
「戯れ言はいい」
「本気だよ?」
「分かってる。でもいいったらいい。貴重な時間は有効に使え」
「いやしかし今ここで君を押し倒すわけにも行かないし」
「……」
脇に立つ護衛はもう本気で硬直している。アムロは舌打ちをすると銃を構え直した。
「俺もあなたに会いたくて会いたくて仕方なかったよ。……で」
説明の続きを求めると、アムロの返事に満足したらしい男は深く頷いた。
「君、あのね。私は宇宙で人が、真の意味で生きていけるようにしたい人間なのだよ」
「知ってる」
「そういう私にとって、廃棄コロニーの実態を確認するのはどこも無意味な調査では無いよ」
「……」
「最初の質問の答えになるのかもしれないが、私は再活用出来そうなコロニーの調査にいとまを惜しまない。ただし今回はイレギュラーなオマケがあった。廃棄コロニーの調査をする時は、いつも少人数だし組織を動かす事は元からしない。人は大地がないと生きて行けない。それが例え偽りの大地だったとしても必要なものは必要だ。だから自分が赴いて使えそうなコロニーを探す。人の住めそうな、少し直せば使えそうなコロニーを探す。それが様々な意味で一番に、自分の足下を支える大地になると思っているからだ。なのに幹部連中は交戦して大地を増やす事しか考えていない。そんな部下しか周囲しか居ないから大抵は、自分自身であちこちのコロニーを見て回る事になる」
「……」
「今回のイレギュラーなオマケというのはね。たまたまそんな風に訪れた廃棄コロニーの中で、急に模擬戦闘が始まってしまった事だよ」
「……」
「それも喉元から手が出る程見たかった隊の、見たかった相手の模擬戦闘だ。そりゃ、長居もしてしまうというものだろう」
シャアがそこまで言った時に、古くて埃っぽい農家の窓を掠める様にいきなり外に閃光が満ちた。
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2008.10.14.
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