翌、十月十三日。午前一時四十三分。
想定されるXデーまで遂に二十四時間を切った。
「で」
『上手くねぇな』
「そうか」
ロンド・ベル隊は総力を挙げて、サイド2方面で方向転換を始めたコロニーの殲滅にあたっていたが、限界も良い所だった。「サイド」と一括りにされていると言っても宇宙は広い。一基を停止させ、次の一基に向かう間に他の一基が動き出す。艦は五艦しかない。補給にも限度がある。しかもかなりの火力が無いと吹き飛ばせないほど、コロニーの起動部は大きい。
―――最初の十六基を止めるだけでこの騒ぎか。
「……それで、提督はなんと」
アムロに呼び出しの連絡を入れたブライトは、画面に映るボギーに向き直った。
『補給ルートの確保と、報道規制。この二つが俺が取り付けられた約束の全てだ。補給艦の方は明後日にはその宙域に辿り着くことだろう』
「明後日にはこちらが既に、ここには居ないと思うがな」
『まあ、そう言いなさんな。言葉のアヤってもんよ。マスコミの方はどれくらい持つか……明日、一斉にコロニーが動き出したらもうアウトかもしれない。だがまあ、派手に動いちまった方がもう良くねぇか。そうしたらさすがに地球連邦政府も、軍も、無視するわけにはいかなくなる』
「確かにそうかもしれないが、大量のコロニーに狙われていると分かった地上はパニックに陥るだろうし、それを知った上層部の人間は我先に逃げ出して……より事態が悪化するだけのような気がする」
『冷静だねぇ、艦長……』
「慌てた所で事態は好転しないからな。……で、肝心の捜査の方は」
『はいはい。気が短いねぇ、艦長……フォン・ブラウンにあるヒューイ・ムライのマンションには至急三課員を向かわせた。三日ほど家宅捜索をして、オークリーに今日戻って来たが……無理だ』
「無理だ、とは?」
『艦長が知りてぇのは押収物の中に「セクエンツィア」を止める事の出来るソフトが入っていないか、ってことだろ?』
「そうだが」
『……押収物は自作のプログラム、ソフトだけで段ボール十箱分』
「……」
『無理だろ。起動プログラムの解読どころじゃない……中身の確認だけで半年はかかりそうだぜ! 一体何者なんだ、ヒューイ某ってのは。どんだけ頭の出来が違うんだよ!』
「……」
ブライトが黙り込んでいると、今日はじっくりと二人の会話を聞いていたらしいカムリが、遠慮がちに呼びかけて来た。
『ブライト・ノア大佐。……今日は、アムロ・レイは?』
「……ああ、済まないな。何しろ人手が足りないものだから、アムロは出撃しっぱなしだ。しばらく会話は出来ないと思うぞ」
『……そうですか』
その後、幾つか言葉を交わしてブライトはボギーとの通信を終わった。
……人手が足りない。実際、その一言に尽きると思う。
最初に動くと分かっていた廃棄コロニー十六基のうち、今の時点で破壊出来ているのはまだ九基。
移動と出撃を繰り返し、全艦隊のモビルスーツパイロットが疲労困憊している。中でも旗艦、ラー・カイラムのメンバーは明らかに働き過ぎだった。理由は簡単だ。
―――モビルスーツ隊の一員、サットン・ウェイン少尉が『ヒューイ・ムライ拘束』の一報を聞いたとたんに、使い物にならなくなったからである。
「……嘘だ」
つまり、サットンは信じなかった。
ブライトがどれだけ、今廃棄コロニーが異様な状態にあり、それを止めない限り地球圏に危機が訪れるのだと説明しても。
アムロがどれだけ、そのプログラムは天才にしか組めず、間違いなくヒューイの組んだソフトであり、本人もそれを認めている、と説明しても。
「うそだ、絶対嘘ですよ。……だってあいつ、ほんと生活能力とかないダメなやつで……ほんと、そんな凄いこととか出来るやつじゃないんですよ。いや、凄いことは出来るんだろうけど、悪いことしようとするやつじゃないっていうか」
それは分かっている。実際には『悪いこと』をしているのだが、本人にその自覚が無い。悪いと思っていない。それがパラノイアというものだ。
「それでも、ヒューイ・ムライが犯人である事には変わらない」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!」
……出来る事ならアムロも、サットンと一緒になって大声で否定したかった……だが出来ない!
「ともかく待機任務に入れ。予定を切り上げ、直ちに出航する事になった」
「嫌だ!」
「嫌だ、じゃない!」
……そう言えばこんな台詞、自分もついこの間シャアに向かって叫んだな。
そう思いながらアムロはサットン・ウェイン少尉を殴ろうかどうか迷い……出来なかった。
結局、出来なかった。あまりに泣ける台詞をサットンが叫び返したからだ。
「……あの家にいる! だって、今回も遊びに行くって約束したんです! だからヒューイはあの家にいます! フォン・ブラウンの自分のマンションに! 掴まったなんて嘘だ……!」
―――ともかくサットン・ウェイン少尉はその後出撃を拒否し、独房に居るヒューイ・ムライの真似でもあるまいに、自室からまったく出て来なくなった。
ブライトとアムロは潔くそれを諦めた。軽い自室軟禁に近い。もっとも、この場合は自主的に、なのだが。
そんなこともあって、人手が足りない。実際、その一言に尽きていた。特にラー・カイラムは。
「……撃墜、殲滅を確認。……ケーラ、あと何基コロニーは残ってる?」
『この…域は…四…の筈です』
「……分かった」
最初に動き出すだろう、そして動き出したなら、最初に地球に落下するだろうと思われたサイド2に属する廃棄コロニー、十六基。
たった今落としたコロニーで十二基目。ロンド・ベル隊に所属する艦隻は五艦。それぞれの艦に搭載可能なモビルスーツは五、六機づつ。計二十七機。全体を三班に分け波状に出撃させる。
「……」
その全てのモビルスーツ隊の指揮を、十月十日から三日間取り続けたアムロはさすがにリガズィの中でヘルメットを脱ぐとこめかみを押さえた。
「A班は一時各母艦へ帰投……待機中のC班、次のコロニー……『セントルイス』に向かって出撃。B班はそろそろ現場に到着するか?」
『大尉……大丈…ですか、一度休ん…方が……』
ケーラが何か言っているが、疲れているのは全員が一緒だ。戦闘のため、というよりマスコミを騙す為に撒いたミノフスキー粒子のおかげで通信も思うようにならなかった。
「焼け石に水だな……」
アムロが目を擦り、コントロールパネルに目をやったとき……殿を務めていた他の艦所属のパイロットから通信が入った。いや、その内容を聞く前に、アムロの目にもその光は映っていた。
『アムロ・レ…大尉! 所…不明の……このサイ……モビルスーツ編隊と思わ…ます、そ…が方位2:6:7より接近中……繰り返…ます、モビル…ーツ編隊と思…れる機影が……』
「―――」
見えている。
おそらく二十機に満たない数だろうが確かにモビルスーツ隊だ。慌てて外部レンズを最大望遠に設定する。
……なんだあの、かっこわるいモビルスーツ。
アムロは思わず笑いそうになった。笑いそうになったと聞いたら、本来のパイロットであるギュネイ・ガスはひどく機嫌を損ねた事だろうが。
『大尉! 大尉、どう……すか』
ケーラがまた叫んでいるが、アムロとしては笑えてしかたない。なにしろ、そのモビルスーツ達は揃いも揃って実に適当な『アナハイム社のテスト機』の偽装をしていたのだ。黄色の。目立つ事この上ない。
「いい……放っておけ……アレは俺の客……というか」
『……聞こえるか?』
言っている端から通信が届いた。しかもクリアだ。何かまた違法な手を使っているらしい。
『遅くなったな。しかもこの数が限界だった。補給もままならないしどこまで手伝えるかわからんが……』
「……」
名前を呼びたい。
名前を呼びたいのだが大声で叫ぶわけにもいかない。
『まあ、やってみるさ。……この借りは高く付くぞ』
「……分かってる。……ところでブライトに連絡を入れる前に、あなたのコードネームを決めないか。名無しのままじゃ呼びにくくてしょうがない」
『面倒くさいな』
この状況なのに、一刻の猶予もなくコロニーを止めなければならないような状態なのに、シャアはどこか楽しそうだった。それはアムロもだ。
『もう、クワトロ大尉、とかで良くないか』
「とか、ってあなたね……分かった。それじゃあ『クワトロ大尉』。こちらの識別コードを読み込んでくれ。……全軍! 先ほどの指示は取り消す! 現状は破棄! 引き続き指揮は自分が取る。A班には悪いが帰投せずに、このままテスト機部隊の半数と合流。指揮官はケーラ・スゥ中尉。コロニー『ニューファンドランド』へ向かってくれ。B班とC班は予定通りコロニー『セントルイス』に向かえ。俺とテスト機部隊の残りの半分は現状でしばらく待機。……ブライト!」
『……聞こえ…いる。久…ぶりだな、ク…トロ大尉』
『ああ全く』
ブライトの声までもが、どこか楽しげなのだった。
「報告する、見ての通りだ。援軍が到着した。サイド2に残るあと四基のコロニーくらいは、なんとか殲滅出来そうだ。地上はどうなっている? それから俺は……これから少しだけクワトロ大尉とミーティングする」
『……好きにしろ』
「好きにする」
呆れた様にブライトが返事をした時には、もうアムロはコックピットのハッチを開いていた。そして間近に寄っていたシャアの、その笑える黄色いテスト機のコックピットに飛び込む。……周り中を、同じ様に黄色いテスト機に囲まれながら。
「……会いたかった」
「私もだよ」
狭いコックピットの中でシャアの膝に乗り上げ、ヘルメットを脱ぎ頭を軽く振った。声には出さずに口の形だけでシャア、と呼ぶ。さすがにこの臨戦状態で通信は切れない。シャアは笑いながら自分もヘルメットを外すと、アムロの髪を撫でた。
「アムロ。……アムロ、アムロ。疲れているな?」
その三倍ほど、シャアが自分の名前を呼んでくれたのでそれで満足することにする。
「まあな」
「ではすぐに現状の確認に移ろう」
「ああ。これまでの所サイド2方面で動きを見せた十六基のうち……」
そして二人は実に色気のない現状の申し送りをしながら……その合間に何度もキスを交わしたのだった。
>
2008.12.23.
HOME