『動きを見せた……!?』
『そんな筈は無い、こちらの計算では……!』
 カイとカムリが似た様な声を上げ、ああボギーはこういう声のヤツが好みなのか? 何気にマニアックだな……などとアムロはまた見当違いなことを思った。
「Xデー……つまりプログラムを仕掛けられたコロニーが一斉に動き出す日が分かった、と先ほどカムリには聞いたが、それはもう少し先ではないのか」
 それでは、自分が艦橋に来た時していたのは、そのXデーの話だったのか。
『それは間違っていないのだろうな。しかし宇宙の現状に対して、私は連邦軍の諸君ほど能天気ではないよ』
 シャアは真面目な顔でそういうと、一つの画面を広げた。
 ……大体なあ。
 シャアに連絡を取る方法がいつもの小包で送られて来たのだって、つい半日ほど前の事なんだ。中途半端な暗号で書かれたそれを自分が解読し、指定時間を割り出し、そして……これだけのメンバーをここに集めるのにどれだけ苦労したと思っているんだ。
「……」
 アムロの小さなため息に気づいたらしく、シャアが画面越しに自分を見る。
「……いや、済まない。続けてくれ、ちょっと立て続けにいろいろ起こって疲れてるんだ」
『……それでは続けよう。動きを見せた、とは言ったがそれは実際に地球に向け落ち始めた訳では無い。画面を見てくれ。面白いくらいに全地球圏に渡って、まんべんなく配置されている。……ここだ』
「どこ」
『ここだ。後、こことこことここ。……サイド1で一つ、サイド5で二つ、サイド4で一つ。止まっていた廃棄コロニーが勝手にミラーの角度を調整し始めた』
「……範囲が広すぎる……」
 ブライトが唸る様な声を上げた。全てのコロニー群はラグランジュ・ポイントに位置しているが、ラグランジュ・ポイントがそもそも地球の周囲全てに存在するのだ。今シャアが指摘したコロニーの場所は、見事なくらいその全方向を網羅している。
『その通りだ。我々に余分な時間を与える気は全く無いらしい。動きを見せたコロニーは、地球に向かうに充分な電力を、推進力を蓄えたとでもいうのか。それで自身が方向転換だ。……見事だ。見事なまでの作戦だ。これが戦闘だったら、の話だが。……私の手持ちの兵隊は、この状況を観察する為に地球圏の全てに今散っているよ。おかげで私は丸裸だ。連邦の諸君が私を殺したいなら今だな』
「シャア……」
 軽口を叩く画面の中のシャアを、アムロは何とも言えない思いで見つめた。
 それほどまでに、宇宙に住む人々の大地を失いたくないのか。
 単純に考えたら、自分の替わりに地球を潰してくれる『緩慢なコロニー落し』など歓迎して構わないものだろうに。
 それほどまでに。
「……今じゃないよ。あなたを殺すのは俺だ」
『知ってる』
 なにやら睦言に突入してしまいそうなシャアとアムロの会話を切ったのはカムリだった。
『じゃあ、こちらで構造解析をして出た結果を話します。……ほぼ一ヶ月前に言った通り、解析はまだ中途だ。しかし、プログラムを書いている暗号の、半分ほどは解読出来ました』
 そう説明するカムリの後ろで、苦い顔のまま端末を覗き込んでいたボギーが、ふと顔をあげた。
 自分にか。
 何故か直感でブライトはそう思った。軽く顎を引くと、ボギーが指を四本立てた。
 ……諜報三課がプライドをかけてジャミングをかけ、他者に聞かれない様にしたこの通信が、その気密性が破られるまであと四分。
「時間が無い、カムリ。かいつまんでくれ。……どうしようもならなくなったときは、ボギー」
『あァ分かってるよ。いつも貧乏くじだ、俺は』
 ―――ボギーは『最後の手段』を持っている。
 そう先ほどブライトが呟いた事をアムロは憶えていた。
 最後の手段って、あぁ、そういうことか。
『それでは簡単に事実だけを言います。今現在「起動プログラム」で動きを止められているコロニーが一斉に動き出す日は「十月十四日」』
『一週間しかねぇじゃねぇか……!』
 カイが毒づいた。
『現在把握出来ている停止コロニーは七十二基』
 シャアが冷静に言った。
「やっぱり四十八基より多かったんだな?」
 アムロがそれに返した。
『場所は地球圏中に広がっているけど、一番早く引力圏に到達しそうなのか……サイド2方面の十六基』
 オペレーター! とブライトが鋭く叫んだ。サイド2は月のすぐ脇だ。上手く行けば月で補給し、サイド1のロンデニオンに留まっている艦隊を呼び寄せ……間に合う筈だ。第一波くらいは。
 しかしその先はお先真っ暗だ。
 絶対に間に合わない。
 間に合う筈が無いのだ、実働隊がロンド・ベルの艦隻、僅か五艦では!
「ボギー!」
 続けてブライトがその名を呼んだ。ボギーが淡々と負っていた指は、二本にまで減っていた。
『あぁ、分かったよ……他に方法は無いようだ。泣きを入れる。艦長は絶対ヒューイ某を締め上げろ』
『方法は? カムリ。構造解析と解読がある程度進んだのなら、このプログラム本体をなんとかする方法も分かったのではないのか』
 やけに冷静にシャアがカムリに対してそう聞いて、カムリが慌てた様に顔を上げた。
『はい。……絶対に、書き直す事は無理です。無理な様にプログラムがそもそも作られています。だから……可能性があるとしたら……物理的にコロニーのコントロールルームを破壊する以外の方法があるとしたら、』
「……そのプログラムを作った本人、もしくはそれ以上の天才に、アンチを送り込んでもらう……のみなんだな?」
 カムリが言い淀んだ言葉を、アムロが繋いだ。
『はい』
『……タイムリミットだ。「最後の手段」を使うぞ。この通信はもう、三課のジャミングじゃ維持出来ない』
「使ってくれ」
 冷静にそう言い放つ艦長席のブライトの脇で、アムロは画面を見上げた。
「シャア!」
『アムロ』
『ヒューイ某以上の天才って……結局カミーユ・ビダンしか居ないじゃねぇかよ……!』
『ちょっと、最後の手段ってなんですか! まだ自分に隠し事があるんですか?』
『うるせえな! 男は秘密ごとが多い方がカッコいいんだよ!』
「シャア……」
『……アムロ』
 会いたい。
 ただそれだけだ。
 混乱した通信の末期、飛び交う会話の中でお互いしか見えていなかった。
 泣きそうな顔のアムロを見て、シャアは少し困った様な顔になる。
『そんな顔をするな。私はいつも……』
 そこで三課の張り巡らしたジャミングの限界が来たらしい。
 先ほどまで他の三方向と繋がっていた画面が突如砂嵐に見舞われ、もう誰とも話が出来なくなった。
「……」
「アムロ」
 落ち着いたブライトの声がした。
「……アムロ。少し休め。……ボギーの『最後の手段』とは、提督とのホットラインのことだ。……我々の中でボギーだけが、それを持っている」
「……」
 ブライトの言葉はどこまでも優しかったが、疲れ果てたアムロはとても言葉を返す気にならなかった。
「最後まで諦めない」
「……ああ」
 ようやっとそれだけを返すと、アムロは重い足を引きずって艦橋を出た。
 出た瞬間に、涙が溢れて止まらなくなる。
 ……馬鹿。
 馬鹿、ばかだ、シャアのばか。
 ……自分をこんな思いにさせるシャアなど、この世から居なくなってしまえば良いのに!



「……アンタか? あぁん、俺だよ。うっせぇな、俺は俺で忙しいんだよ」
 ジャミングが解かれ、通信が途切れた瞬間にラサに居るだろう地球連邦軍総司令官と会話を始めたハンフリー・ボガート大佐を、カムリは呆然と……やや呆然と見守っていた。
 自分の分からないレベルで、だがしかしこの上司は有り得ないコネを持っている。
「……だからさあ。……はいはい、分かってるって。でも、絶対無理だ。カミーユ・ビダンを探し出すか、もしくはプログラムを組んだ本人にお出まし願わないと今回は解決しねぇよ。あ? だからさー、俺は精一杯頑張ったってー。聞けよ人の話!」
「……」
 いや、提督相手にその軽口を叩けるあなたが冗談じゃないですよ。
 カムリが恐る恐る部屋を出て行こうとすると、とたんにボギーから声が掛る。
「ここに居ろ、ロイ・ウィクロフト」
「……」
 フルネームで呼ばれてカムリはまた固まった。
「……ここに居て、全てを見届けろ。……それも仕事だ。諜報の」
「……はい」
 仕事と言われては、そう答えざるを得なかった。
 自分はただ。
 ……自分はただ、去年言えなかったシミュレーションソフトのお礼を、それをアムロ・レイに伝えたかっただけだった筈なのだが。
 思えばどれだけ大きな事件に巻き込まれてしまっている事だろう……!












2008.12.21.




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