―――お前最近ほとんど寝て無くね?
―――え、普通に寝てるよ
―――じゃなんで、当直明けの俺とメール出来るんだよ
―――……そう言われればそうだなぁ
―――自分で分かってないのかよ!
「相変わらずどうしようもない生活送ってんなー……!」
シャワーもそこそこに飛び込んだ自室で、さっそく端末に向かっていたロンド・ベル隊のサットン・ウェイン少尉は、ほぼリアルタイムで返されて来る返事に思わず笑った。
以前から思っていたが、やはり自分とヒューイのメールはメールというよりチャットに近い。
宇宙世紀0092、十月七日。
ロンド・ベル隊は現在本拠地から月に向かって移動中で、それはまたしても旗艦作戦士官のアムロ・レイ大尉専用機の調整の為だった。ちなみに今回は艦隊丸ごとの遠征ではなく、月に向かっているのはラー・カイラムのみである。
―――俺が着く頃には寝てたりして
―――ないない、それはない! なんだよコロニー時間も月時間も同じだろ、今午前四時前くらいじゃないの?
―――その時間が問題だっての! まあ俺は今回もヒューイんち行くから
―――えー、またかよー!
一ヶ月程前の月への寄港は……本当に楽しかった。サットンはこれ以上面白い友人には出会えないだろうとヒューイのことを思ったし、ヒューイもきっとそれは同じだろうと思った。十年来の友達だろうかというくらい、二人は仲良くなってしまったのだ。あの、数日間の同居生活で。
久々の上陸で、軍人の男がしけこむ先が男友達の家というのはちょっと微妙だ……と、サットン自身も思わないでは無かったが、ともかく『気が合う』ってのはこういうことを言うんだろう。
―――じゃあ半日後にな! 俺、なんか腹減ったから食堂行ってくる
―――はあ、これから!? 胃袋おかしくないかサットンて
―――おかしくないよ、当直の後はいつもこうだよ
―――絶対おかしいよセロリ食えないし
―――切るぞ! じゃ!
「……んだよ!」
ヒューイにまでセロリが食べられないことをからかわれたサットンはやや焦りながら、さっさと端末を切ると自室から飛び出す。
「……わっ、と……」
「悪い」
と、自室を出たとたんに居住区の通路を移動していたアムロ・レイ大尉と鉢合わせになった。
「あぁ、大尉。……どうかしたんですか?」
「いや、別に。……お前はこれから飯か」
「はい。さっき上がったとこなんで」
「……セロリも食えよ」
それだけ行ってニヤリと笑うと、しかし常より顔色の悪く見えるアムロがエレベーターに向かって流れて行く。
何だってんだ。……エレベーターに向かってるってことは、艦橋に行くのかな。
サットンはやや首を傾げたが、だがそれだけだった……そして、みんなしてセロリのことを言いやがって……! と呟きながら、士官食堂に向かった。
「Xデー?」
『Xデーです……まあ、今、適当に名付けただけなんですけど』
「遅くなった」
艦橋にアムロが飛び込んだ時、ブライトは画面に映る北米オークリー基地諜報三課本部のカムリと会話を交わしていた。
正確にはカムリと、その後ろで難しい顔をして端末を睨み込むボギーと。
『アムロ・レイ!』
「……カムリ」
急に息せき切って呼びかけられ、アムロの方が驚いて顔を上げた。
『アムロ・レイ、良かった自分は、ソフトのお礼を……』
『待たせた』
そこまでカムリが言いかけた時、もう一つ通信画面にウィンドウが開いた。
……カイ・シデンだ。
『……あん? 俺遅刻か?』
微妙な空気に気づいたカイがそう言うと、カムリが答える。
『遅刻じゃないですけど……!』
彼が文句を言いかけた時、時計が宇宙時間の午前四時を指し、その瞬間……もう一つのウィンドウが画面に開いた。
『……皆、揃っているだろうか』
「ああ、あなたが最後だ、重役出勤だな」
アムロが画面に向かってそう微笑みかける。
最後に開いた画面には、シャア・アズナブルの顔が映っていた。もちろんアムロの笑顔に、シャアも微笑みを返した。画面は三つ。四箇所を繋ぐ通信。それがジグソーの四隅。
「では、状況報告と分析と……それから対応を話し合おう」
ブライトがそう言って、話し合いが始まった。
カムリはまたしてもシミュレーションソフトのお礼をアムロに言い損ねたのだが、それはもうお約束というものだった。
『ジャミングとかルート確保とか慣れねぇことやらせやがって……!』
最初にぐちぐちと呟き出したのはボギーだ。彼は画面の正面に立つカムリの後ろで、ずっと凄い顔で端末を睨んでいた。
『何言ってるんですか。シャア・アズナブルとアムロ・レイが一緒に映ってるような通信画面、他の三課員に見せるわけにいかないでしょう。腐っても諜報でしょう?』
『ならお前がこっちやれよ!』
『そうしたら構造解析の報告の方は誰がやるんです。暗号鍵の説明なんて出来ないでしょう、ボガート大佐』
おお、すごい尻に敷かれっぷりだ、とアムロは思ったものの言葉には出さなかった。ボギーは好んでか好まざるか、恐妻ばかりを選ぶ傾向にあるな。
「それに、ボギーは『最後の手段』を持っている」
ブライトがそう言って、次にカイ、と声をかけた。
『分かった、俺から話す。……カミーユ・ビダン本人だが、間違いなくこの周辺……つまりイングランド南東部にいる』
「その根拠は?」
アムロが聞くとカイが答えた。
『基本に戻ってみたわけよ。……カミーユの転地療養先が水辺ばかりだった理由を連邦軍の方から聞き出した。ボギーとは別ルートだ。そうしたらそれはカミーユ側の希望だったって言うじゃねぇか。と言っても、カミーユは失踪するまでほぼ自分で意思表示なんかする状態じゃなかった。会ったことのある人間は皆知ってるだろう』
その言葉にブライトもボギーも頷く。
『……ということは』
繋いだのはシャアとアムロだった。
「身近に居た人間、か。ファ・ユイリィの希望だったのではないかということか?」
『その通りだ』
カイも頷き、一つの地図を画面に広げてみせた。
『ここが俺の今居る街。旧イングランド南東部、ライという港町だ。最後にカミーユが収容されていた療養所のある街でもある。迷ったときは基本に戻れ、人間が失踪した場合は金と女、だ。……カミーユが辿れないならファ・ユイリィを辿れば良い。別々に行動している可能性もあるが、あの二人のこれまでの関係を考えるとその方向は薄い。とにかくファ・ユイリィはカミーユ・ビダンにべったりだ。この世に他に男はいません、くらいの感じでな』
「……で」
ブライトが促すとカイが続けた。
『迷ったときは基本に戻れ、そして困ったときは現場百回、だ。……旧イングランドから出る全てのルート……空路、海路、第三次世界大戦の時にぶっ壊れた英仏トンネル周辺、つまり陸路まで探ったが……ファ・ユイリィらしき女が外に出た形跡はなかった。だから、逆にライ周辺に絞った。港町系を全部』
『成果はあったんですね』
『この辺でそれらしい女を見かけた奴がいる。俺は後数時間もしたらこっちに移動する』
『……ヘイスティングスか』
カイがぐりぐりと画面上で印をつけた箇所に、何故かシャアが感嘆したような声を上げた。
奇妙に現実感を伴わない、信じられない四方向を繋いでの会議は続く。
『ヘイスティングスからバトルにかけて、だ。……ヘイスティングスであることが何か重要か?』
シャアの返事を訝しく思ったらしいカイが聞くと、シャアは少し笑ってみせた。
『世界で一番有名な古戦場のある街だな。「戦闘」という言葉の語源がその街だよ』
―――バトル。
アムロは画面に映る地図の上のその名をぼんやりと見つめた。
『カミーユが選びそうな場所だ』
頷くシャアとブライトは、自分が知る以上にカミーユ・ビダンという男を知っているのだろう。
『アドバイスありがとう。……んじゃこのヘイスティングス-バトルルートで、主にバトルの方を……俺はこれから洗う』
「分かった」
ブライトがそう答え、一つの報告が終わった。
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2008.12.13.
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