さて、そうと判ったらコウをどうひやかしてやろう、とかお祝いを贈った方がいいのか? などと考えているうちに、新型機の開発は申し送りを受けた人々に引き継がれ、一回目の試作機が出来上がるまでになった。
そこでアナハイムから出向いて来たのが先ほども言ったヒューイで、
「アムロ!」
……出た。もう一人プロジェクトに加わった人間が、たった今目の前に飛び出して来た女性士官……チェーン・アギである。
「どうでした、どうでしたアムロ! 文句は沢山言ってもらった方が仕事ははかどります!」
「えっ、俺はやだけど……」
ニナ・パープルトンから引き継いだらしい資料を両手一杯に抱えて戻って来たヒューイがそう言ったが、チェーンは聞いていない。
「ちゃんと! ちゃんとアムロの言う通りにしますからね!」
「それはありがとう」
アムロは苦笑いしながら片手を上げた。その手に、黒髪、ショートカットで可愛い系……と言うんだろうな。その彼女が、面白そうにハイタッチを返す。
ヒューイはアナハイムからの出向だが、チェーンは軍籍で、しかもこれまでは海事戦略研究所に居たのだそうだ。優秀なのは確かだろう。
彼女はこのプロジェクトの為にアナハイムに逆出向している。確かにもう一人くらい新型機開発専属の人間が欲しく思っていた所だし、それに異存はないのだが、最終的に彼女を選んだのがメカニック・チーフのアストナージだと知ってアムロは驚いた。
黒髪の可愛い系なんて、全くアストナージの好みではない筈なのに。
ともかく技術士官のチェーン・アギ准尉はこうして、ラー・カイラムに殆ど居ない、しかしラー・カイラムのクルーとなった。
微妙に困ったのはアムロの方だ。
「それでアムロ……」
「ああ、いや。設定についてはさっきヒューイに話したよ。一時間後にはテスト項目の消化に移る。だから彼と一緒に調整をしてくれ」
「はい」
そう応える彼女はとても真摯だ。しかし、アムロに向ける好意を隠そうともしないし、積極的に声も掛けて来るし、返事をすればとても喜ぶ。
ーーー二十歳そこそこの女の子って、こんなものだったかなあ。
アムロは苦笑いしながら、今度こそ格納庫を抜けて自分の部屋に向かった。
約一時間弱しかない休息だ。
……おまけに恋とかって、面倒くさいんだよな。
チェーン・アギが可愛く無いとは言わないけど。
……面倒くさいんだよな。
ハンドグリップを握り、格納庫の状態を思い出してまた苦笑いした。
悪い気はしない、悪い気はしないんだけど若い女の子に声をかけられるより、機械好きのヒューイと話している方が気が安まる自分もどうなのか。
「……」
どうもあんまり考えない方が良さそうだな。
辿り着いた自分の部屋の扉の前で、アムロは軽く首を竦めた。
一時間弱の休息の後、調整された機体と共にもう一回砂嵐の舞うコロニーに出た。
「基本OSオールグリーン……おい、調整が右膝だけマイナス6だ。希望と違うが」
『あ、大尉は右膝に重心を掛ける癖があるでしょう……重力の無い宇宙空間でも、それを軸にして回る癖があるでしょう? それにνはフィンファンネルが左肩に装備されているから、どうしても重心が左に偏りがちなんです。なので勝手に右膝を弄りました……動き辛いですか?』
「……いや」
メガネのエンジニア、ヒューイ・ムライの説明は非常に分かりやすいものだった。やはり彼は好感が持てる。
「問題ない、このまま行こう」
『了解です! それでは、基本駆動のテストから始めます。マニュアルの基本動作1から12までを……』
気を利かせてくれたのはヒューイだというのに、何故かチェーンが元気に返事をしてテスト項目の消化が始まった。
アムロはもう一回苦笑いせざるを得なかった。
『駆動系はこれでほぼ完璧ですね。残りは社のテストパイロットでも調整出来るでしょう。このまま反応系のテストに移りますか? それとも……』
「ちょっと待ってくれ」
テスト項目の消化を始めてから一時間程。アムロは何とも言えない違和感を感じて戸惑っていた。
「……待ってくれ」
『どうしたんですか。休憩を入れますか』
すぐに脇の指揮車に居るヒューイから返事が返る。
「いや、その……」
『何かあったか』
傍観を決め込んでいた艦橋のブライトからも通信が入った。試作機のテストドライブなどパイロット本人とエンジニアが居れば事足りる。ラー・カイラムはコロニー後部の中央ドッグ内に、艦隊の他の艦はさらにそのコロニーの周囲に居るはずで、皆休息に近い状態だった。アムロと指揮車だけが全長六キロのコロニーの中央部でテストを繰り返している。
アムロは軽く目の前のパネルを叩いて、それからモビルスーツに搭載された計器類では確認出来るはずもない、と思い直した。
「その……気のせいかもしれないんだが……」
というよりむしろ気のせいの可能性の方が高い。しかしテストドライブを始めた一時間前、その前の休憩を入れた二時間前、そして模擬戦闘を開始した四時間前と比べて明らかに。
「……やはり気のせいかな。一回休憩を貰ってもいいか」
『それは構わないが。……何だ? 気になる事があるなら言え』
「説明しづらい」
それだけ言うとアムロは機体を止めてハッチを開けた。
『おい、アムロ!』
ブライトが何か叫んでいるが、まあ構うものか。
『大尉、指揮車で休みますか?』
すかさずチェーンが声を掛けて来る。しかし丁重に断った。
「いや、ちょっと歩きたい。……ブライト、構わないか?」
目の前には、相変わらず砂嵐が吹き荒れている。
『ああ。しかし、生身の人間が確実に補足出来る程コロニーは狭く無い。νの見える場所から離れるんじゃない』
「アイサー」
調子の良い返事をしてアムロは大地に降り立った。重力はともかく、大気には不安があるのでノーマルスーツのバイザーは下げたままだ。
『えぇー、大尉、来ないんですかー』
『ちょっとチェーン……』
チェーンとヒューイが交わしているそんな会話が耳に入って来る。
しかし、モビルスーツから降りて大地に立った瞬間、アムロは全く別の意味で驚愕を憶えた。
……居る。……おいちょっと待て、なんだこの感覚は。
最初、モビルスーツの中で感じていた違和感すらもこの感覚の取り違えだったのかと思った程だ。
しかし違うだろう。違和感の根底が違う。身体の中身をぞっくり持って行かれるような感じ方が違う。
「……ブライト」
『だからなんだ』
声が上ずってしまっている気がする。アムロは自信が無かった。
「インカムは届いているんだよな。通信はいつでも出来るのかということだ」
『ああ、クリアに聞こえてる』
アムロは二、三回とんとん、と六分の一の重力下で飛び上がって大地を確認し、それから足にあるホルダーに手をやり銃を手に取った。M-71A1。愛用の銃だ。
「分かった。それならいい」
『アムロ……おい、アムロ!?』
それだけ言って、アムロはインカムをオフにした。つまり、通信を切ったという事だ。
それから、慎重に銃を構えて目の前の砂嵐の向こうの、建物らしき黒い影に向かって歩き始めた。
テストドライブの演習地になったこの場所はおそらく昔は穀倉地帯だった平原だ。黒い影はこの辺りで家業を営んでいた農家の建物だろう。
居る。
有り得ない話なのだが、間違いなくあの場所に居る。
大丈夫だ、通信はいつでも復活出来る。……自分にとって都合の良い時に。
「……シャア!」
それだけ叫ぶと、アムロは埃まみれの農家の扉を蹴り飛ばした……銃を構えたまま。
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2008.10.13.
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