「ヒューイ!」
「サットン!」
わあああ、と謎の声を上げながらラー・カイラムのタラップを駆け降りて来た男に羽交い締めにされ……ヒューイは軽く息が出来なくなる。
宇宙世紀0092、九月十五日。フォンブラウン第五ゲート、アナハイムエレクトロニクス社所有、リバモア工場側出入り口。
アムロが苦い顔で艦を出て行ったその直後、久しぶりの上陸に浮かれるサットンは早々とタラップに姿を現した。そして、港に待ちわびた顔を見つけて嬉しくなる。
「ヒューイ、ヒューイ、ヒューイ! 元気だったか、相変わらず難しい事ばっかり考えて、考え過ぎて頭にカビ生やしてんじゃねぇの……!」
「や、プログラムとかソフトのこと考えるの、俺仕事だからね……ほら、サットンと違って頭いいし」
「ぬかせ!」
「事実じゃん」
サットンは妙に陽気で、ヒューイは常にずり落ちがちな眼鏡をずり上げつつ、そんな若い二人がゲラゲラ笑いながら港を出て、フォン・ブラウンの市街地に向かう。
「で! 俺フォン・ブラウン初めてなんだけど! 休暇は明々後日までな」
「マジ? へぇ、じゃあベタベタな観光地とか行く? アームストロング広場……とかは、あ、駄目だな五年前にテロで吹っ飛んだ」
「笑えない」
「その上サットンが明々後日まで休暇でも俺は仕事だ。っていうかプロトのテストは? その為に来たんだろ」
「それがさあ、ここまで来ておいて直ぐには出来ないからって。ブライト艦長とアムロ大尉が言うには、どうしても明日の朝からだって」
「あ、そうか。そう言えばそんな連絡来てたな……」
軍人であるサットンにそう言われて、アナハイムのエンジニアであるヒューイもスケジュールを思い出したようだ。
「うーん。じゃ、どうする。とりあえず今日は、ヒューイも非番なんだろ」
「軍人じゃないから『非番』じゃなくて『休み』な。どうする?」
二人は顔を見合わせる。ラー・カイラムが入港した時刻は月的には夕刻で、どんなタイミングだったのだろうか二人が顔を合わせたまさにその瞬間に、クレーターの中に作られたその街は一気に日中の光を落とし、夜景に煌めき始めた。
「……うわ。今の、なに。……すげぇ……!」
一瞬にして切り替わった周囲の光景に、サットンが驚いて足を止める。
「ああ、見た事無いのか?」
「無い。……コロニーだって、ミラーの角度を徐々に変えて、夕暮れを演出してから夜になるぞ。なんだよ今の」
「月面都市はどこもこうだけど……一瞬で夜に切り替わるんだ。クレーターの中に何層にも渡って街が作られている。だから自然光は殆ど入って来ない。コロニーよりもだ。各層の天井にある人工灯が季節ごとに日の入りを察知して……って、あー、でもサットンて地球生まれだっけ」
「あ、今、俺のこと馬鹿にしただろヒューイ!」
歩道の際でドツキ合う。そんな若者二人と、その服装をやや訝しげに見ながら、街行く人々は流れていく。
「……すげえ」
「そう?」
「うん、綺麗だ。一瞬で昼から夜に生まれ変わる、そしてその事に慣れてる街ってのも凄いな」
「……そう」
大きな眼鏡の下から、ヒューイがそれは嬉しそうににこにこと笑うので、サットンは右の腹あたりがムズカユくてしょうがなくなった。
「……ようし、決めた!」
「はあ、何を」
ヒューイはメガネを一生懸命ずり上げ、そして聞いた。
「俺、着替えるわ」
「はぁ?」
確かに、サットンは着岸直後に艦を飛び出した連邦軍の軍人よろしく、軍服を身に着けていた。しかもそれが半地球、半宇宙の月ではあまり受け入れ難い事を、さっき通りを歩いて知った。だからすれ違う人々に訝しげに見られたのだ。
「着替える。……だからヒューイ、おまえんち連れてって」
「えー……はぁー?」
「んだよ文句あんのかよ! 俺は明後日まで非番なんだよ!」
「でも俺は明日の朝から仕事だよ!?」
「……」
「……」
「……」
「……分かったよ! でもなんで俺んち!」
サットン・ウェイン少尉は面白かった。ついにそう叫んだヒューイと、そのずり落ちそうな眼鏡と、それから洋服を買ってでもヒューイんちに行きたい自分が面白かった。
「で、おすすめのショップとかってどこ」
「……」
「あ、無いんだ? ……やっぱなあ、絶対ヒューイとかってそうだと思ったよ。洋服興味ないなとか……」
「あ、今、俺のこと馬鹿にしただろサットン!」
ヒューイがもう一回大声でそう叫んで、結局二人はおあいこになった。
ラー・カイラムに、定期輸送艦で意味深な小包が届いたのは……一昨日のことだった。
「……」
念を入れて手に持って出た私服に着替え、適当に取ったホテルをアムロが飛び出した頃には街は夜に切り替わっていた。
ーーー9/15、フォン・ブラウン、第三層、E21ブロック、公園ーーー
意味深な小包は小包だったにも関わらず……爆発物の検査をしてから中を開いてみたら入っていたのは一枚の紙切れだった。宛名を確認する。自分宛で間違いない。そしてこういう中途半端なアナログ手段を……自分はもう何度も目にしている。そしてこの書き文字も。
「ブライト」
アムロは迷わず小包を抱えたまま艦長室に飛び込んだ。胃の当りがキリキリする。時間が無い。明後日の自分の予定に合わせた、むちゃくちゃな待ち合わせ場所の指定。
「……シャアか」
「ほぼ間違いなく」
「行くのか」
「……行かせてもらえるなら」
「泣かないか」
「……」
下手なネットワークを経由して足跡を残すよりは、配送ルートを誤摩化しやすいアナログの小包の方が連絡を取るには確かに確実だ。しかしまあブライトの質問もどうなのだろう。
「泣くわけがないだろう」
「どうだかな」
「泣かない」
「なら、行け」
「……恩に着る」
「それはこっちの台詞だ。あちらはおそらく我々よりコロニーの動向に関して詳しい筈だ。どうしても会わなければならないというのなら、それなりに理由がある筈だ。手渡したいデータがあるとか」
「……」
「寝てでも取って来い」
「……それ、なんか前にも言われたような気をするな」
「そうだな、去年の今頃にもお前に同じ台詞を言った記憶がある。『寝てでも確かめて来い』」
「……」
「……だが、同じ台詞を返さないんだな、アムロは」
……返さないんじゃないくて、返せないんだ。
自分を優しく見つめたままのブライトを見て、言ったばかりなのにアムロは泣きたくなる。それと同時に心の奥から湧き上がるのは、やるせなさだ。悲しいんじゃない、切ないんだ。
そこまで思い出してアムロは軽く首を振る。そして、夜に切り替わったフォン・ブラウンの街をゆっくりと歩き出した……あの走り書きには時間が指定されていなかった。長丁場になることだろう。
念のために、胸に忍ばせたM-71A1にそっと手をやった。大丈夫だ、きっと会える。
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2008.11.20.
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