ラー・カイラム内の通路を歩いて来たアムロは、途中でやけに顔色の悪いサットン・ウェイン少尉とすれ違った。
「……サットン。なんだお前、どうした」
「大尉。……平気なんですね、凄ぇなあ……さっきの通信聞いてなかったんですか」
「いや、聞いていたどころか……俺は直接カミーユに話しかけられていた訳だが」
宇宙世紀0092、八月四日、日付が変わってからもう一時間近く。
「……」
珍しく、あの元気だけがとりえのようなサットンが沈んでいる。そう判断したアムロは、サットンを近くの休憩ブースに誘う事にした。
「今、休息中か?」
「はい。明日、このコロニーを出立するまでは。全モビルスーツ要員は休んで良し、だそうです」
ブライトは、そんな命令を出していたのか。確かに、今の混乱を沈めるのは通信兵の仕事で、パイロットは出番無しだな。軽く伸びをしながら続ける。
「じゃ、コーヒーでも飲むか?」
「はい……」
サットンは、やはりひどく沈んでいる。
しかし中間管理職としては、ここは一つ。
……沈んでいる若者を、励まさないと。
「……あ? アンタ誰だ」
『そういう事は自分の名前を名乗ってから言って下さいよ。……あなた、カイ・シデンでしょう?』
「これ、ボギーの端末じゃねぇの?」
『ホガート大佐の端末です……間違ってませんよ。だけど今、出れるような状態だと思います?』
「無理だろうな」
『無理です』
「……」
カイが無理を承知で試してみた『アクセスキー』は……ボギーに繋がるキーだった。元々が違法な回線を経由しているのでこのルートだけはどれだけ通信が混乱していても何とか繋がる。もっとも、互いに鍵と鍵穴を持っていないと繋げないので一般の通信には不向きだが。
「……で、アンタ結局誰?」
『自分は地球連邦地上軍第三特務部隊所属諜報部第三課所属の……』
「うぜぇな、それ、軍人じゃない俺にとっては凄くどうでもいいことなんだがよ。急いでんだが」
『ああ。カムリです。コードネームはカムリ』
「ちょい待て。……アンタ去年の九月にチベットに居たか?」
『居ましたよ。そう、ウスダの下に。その頃は四課でした』
「あー……なんか分かるかも。っつーかアンタ幾つ、年」
『二十九』
「そうか、じゃ年下だな。このままの調子で行くわ」
『はぁ……』
ボギーが忙しくネットワークの再構築に飛び回っている頃、カイとカムリはそんな会話を交わしていた。
ボギーも面白い所から人間を引っ張って来たもんだな。カイは純粋に感動していた。なるほど、去年の九月を知る人間なら、手駒としてはうってつけだろう。
「忙しいからお前と一緒に作戦を立てる事にする。お前、さっきの通信聞いてただろ」
『カミーユの?』
「違う、その前」
『ああ、宇宙からの。驚きました、直接ロンドベル隊に繋がるなんて』
「そう、それでな、ブライトが……」
『ああ、思い出した! 自分、またアムロ・レイ大尉にお礼を言いそこねて……』
「……オイ。俺はそれなりに急いでんだよ。だから話飛ばすな」
『すいません』
「ブライトが、宇宙で奇妙な現象が起こっている、しかもそれはカミーユ・ビダンの失踪と同時期に始まった、って言ってただろ」
『言ってましたね、ブライト・ノア大佐が』
「……『コア』には辿り着いてるか」
『辿り着いてます』
驚いた事にカムリの返事は即答だった。……おまけに、言い淀んでも居なければ自信無さ気でもなかった。こう言って良ければ非常に落ち着いている。
カイは少し口笛を吹きたくなった。……いいぞ、こいつ中々仕事が出来るじゃねぇか。三課は三課で、組織力を持ってカミーユの居場所を探した結果、カミーユ・ノートのコアにまでは自力で辿り着いていたということだ。一年程前に自分で調べてアムロに手渡してやった諜報四課に関する報告書に、こいつの本名も載っていた気がするのだがどうにもそれが思い出せない。
「分かってりゃ話は早い。そっちは引き続き俺が洗う。今ヨーロッパにいるし、テロリスト達とのパイプは俺の方が太い。正確な場所は何処まで分かってる」
『イントラ欧州3のポジションb−2。……それでこちらはどうしたらいいですか』
更に迷う事無くカムリは自分達の持っている情報を手渡して来た。オイオイ、俺信用されちゃってんなぁ……と思いながらも、出来の良い弟がいたらこんな感じだろうかとカイは苦笑いする。
「軍内のネットワークの混乱が落ち着き次第、ブライトの方と連絡を取れ。廃棄コロニーにはウィルスのようなものが仕掛けられている、っていう話だったよな? そのウィルスを手に入れて、構造解析してくれ。そういうのは、俺は苦手だ。お前等の方がスムーズに出来るだろうが」
『了解。……だた……かなり混乱しているからボガート大佐はしばらくこっちに戻って来れないような気がしますが』
「あー! お前の本名思い出したぞ、俺! ロイだ。ロイ・ウィクロフト。……違ったか?」
『いやそうだけど……ボガート大佐はその名前はちょっとどうもな、って言ってた』
「はぁ? なんで?」
『……カイとロイだと、呼び間違えそうで混乱するからって』
「……」
カイは唐突にコーヒーが飲みたくなって来た。それも凄く濃いやつだ。そして熱いやつ。
「……あのだな。言っとくけど俺とボギーは喧嘩してた訳じゃないからな?」
『知ってますよ……痴話げんかなんでしょう?』
「いや、だいぶ違うぜ!? ……答え合わせは一ヶ月後だ。それまでに互いの仕事をきっちりやろうぜ。コロニーがすぐに動き出す訳じゃねぇんだろ」
『多分。了解。ボガート大佐にはそう伝えます』
「伝えなくて構わねぇの。だけどお前はちゃんと仕事しろよ」
『了解。……あなた思ったよりいい人ですね』
「はぁ!? ちっくしょう、俺はコーヒーが飲みてぇんだよ、今……」
すると何故か、アクセスキーの向こうでごそごそとカムリの動く音がする。
カイはもちろん知る由も無かったが、カムリは避難していたデスクの下から這い出すと、オークリー基地の地下にある三課の本部で、備え付けのベンダーに目をやっていたのだった。
『熱いコーヒー、有りますよ。この部屋には。届けられないのが残念です』
「……ばぁか。切るぞ」
それだけ言うとカイはアクセスキーの通信を切った。
窓辺に向かう。潮風が入って来る。ドーバーから吹いて来る真夜中の潮風。
……何故か笑顔が止まらない。
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2008.11.15.
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