宇宙世紀0092、七月六日。
「……」
モビルスーツの足下に降り立ったアムロは、苦々しい思いで脇の機体を見上げた。
νガンダムプロト。
昨年の十二月あたりから、アナハイムと協力して製作することになった正真正銘のアムロ・レイ専用機……すなわち、自分のカスタム機である。テスト機独特のイエローでペイントされたそれの足を一瞬殴りつけそうになり……あまりに子供っぽいかと思いさすがにやめた。
『ν』という名称になった理由は簡単で、アナハイムが制作するガンダムで十一番目の機体だから、ということらしい。
「最悪ですか……」
そう応えてヘルメットを受け取ったのは、まだ年若いエンジニアだった。
「ヒューイ」
「そんなに駄目ですか、こいつ」
「ああ、駄目っていうか……」
ヒューイ・ムライはアナハイム社からこのプロジェクトに指名され、出向して来ている人間で年の頃はサットン・ウェイン少尉と同じくらい。さして目立った特徴も無い彼だが、サットンと仲良くなるだろうなあと思っていたら案の定、あっという間に仲良くなった。まだ十代だというのにエンジニアとしての腕も確かで、何よりマシンが大好きだと言うのが言わずとも知れる人間で、アムロもすぐに好感を持った。
「……ヒューイ! 見たか、俺、大尉を撃墜しちゃったよさっき!」
と、件のサットン・ウェインが自分のジェガンから飛び下りて、二人の間に割り込んで来る。
「ああ、見た見た! でもまぐれっていうか……俺の設定が悪かったからっぽいけどなあ……」
「かーっ、そんな事言うなよ!」
眼鏡越しにニヤニヤ笑うヒューイに、サットンがヘッドロックをきめている。アムロは軽く首を竦めて、格納庫の出口に向かおうとした……たとえ演習、模擬戦とは言え、ペイント弾でめちゃくちゃにされた自分の機体を見るのは辛い。
「……どうだ」
と、アムロが格納庫から出る前に、会いに行こうとしていた人物が現れた。
ブライト・ノア。この艦の艦長である。
「じゃじゃ馬か?」
「じゃじゃ馬っていうよりなぁ……」
「お前でも乗りこなせないのか?」
「違う、乗りこなせない訳じゃない。ただ単に、アンバランス過ぎる」
「どういう風に。……ちょっと待て、私でも解る様に説明しろよ」
ニヤニヤと笑いながら、恐らくは『非常に珍しく撃墜された自分』を見にわざわざ格納庫に出向いたのであろうブライトに、アムロは首を竦めてみせた。
「……アナハイムとしても気は使ってくれたんだろ。反応は早いんだが、それに合わせて機体を動かす為に、駆動部を柔らかく設定し過ぎている。平たく言うと……グニャグニャすぎる。そのおかげで却って上手く立ち回れない。六分の一の重力でこれだ。地球の重力下だと膝が折れて立ち上がれないだろうし……宇宙じゃピエロのパントマイムみたいな動きになるだろう」
そのアムロの言いようにブライトは吹き出したのだが、サットンとふざけ合っていたヒューイが急に眼鏡を押し上げてこう言った。
「……凄い。パープルトン女史が言ってたのと全く一緒だ」
パープルトン女史。あぁ。
「な、ヒューイ! 祝ってくれるだろ、ビールの一杯くらいおごってくれてもさあ……」
「待てよサットン! すいませんアムロ・レイ大尉、次の設定は……」
「全ての駆動部をマイナス5」
「……はぁ! そんな設定じゃ普通あっという間にムチウチになりますよ!? 堅すぎる! 遊びがまるで無い!」
「ここまで感応の方を良くしてもらったんだ。機体を堅くして思う通りに動かせるって言うなら言う事無しだろ」
「アムロは休息一時間、その間に機体の調整、続いてテスト項目消化、だからな」
それだけ言うとブライトはさっさと手を振って格納庫を出て行く。
……っていうか何しに来たんだ、やっぱり撃墜された俺を面白がって見に来ただけか!?
「振られます! 絶対に機体に振られます!」
「なあ、ヒューイ。それを振られずにきちっとミリ単位で止められるからこそ、だからこそ『アムロ・レイ』大尉なんだぜ?」
すると何故かしたり顔でうんうんと頷いて、サットンがそう言った。というかミリ単位はさすがに無いだろう。
「……こら。俺の台詞を取るな」
「あ、大尉! ねえ、撃墜したんだから夕飯くらいおごってくれますよね! ね、ね!」
「お前はそこらで腕立て伏せでもしてろ」
「えぇ〜っ、どうして!」
「模擬戦闘中に俺にセクハラを働いた罪。上司に色っぽいとか言っていいと思っているのか?」
「えぇ〜っ……」
「俺、パープルトン女史から貰った資料、取って来ます」
一人、ヒューイだけが真面目だった。
ああそう、パープルトン女史。
ついこの間まで、このプロジェクトのチームリーダーだった彼女のことを、それでアムロも思い起こした。
彼女は実に話の解る良きチームリーダーだったのだが。
『……ごきげんよう。あの、私今度このチームから外れる事になって』
「……はあ」
アナハイム社第一企画開発部主任、ニナ・パープルトン……とはこのカスタム機のプロジェクトが始まってから、半年程の付き合いだったが、久々に直接回線の通信を受け取ってみればそんな内容で、アムロは少なからず驚いた。
『途中で投げ出す事になって申し訳ないとは思っています。でもね……部署が移動になっちゃったのよねぇ』
「ははぁ……」
『後はサランが……あ、オクトバー・サランと言ってね。大丈夫、きちんと仕事の出来る人間よ。彼が継ぐわ』
「出世?」
『まあね』
これほど砕けた会話になる理由はアレだ……彼女、ニナ・パープルトンの旦那が、自分と同い年の、それも仲の良い連邦軍人だだからだ。
「どうしたんだ、何かあったの」
『どうってことはないんだけど。……あ、コウにはまだ内緒にしておいてね』
「……」
ちなみにコウ・ウラキという名の北米オークリー基地所属の大尉が、彼女の旦那だ。
『子供が出来たの』
「……」
『で、私、ついに本部総務課所属になったの。いや、それはともかくよ? あのね、カスタム機ね。みんな気合いが入ってるんだかなんだか知らないけど、ニュータイプが乗るんだからってサイコミュにばっか集中しちゃって、モビルスーツとしてはどうかっていうか………バランス悪いのが気になるわ』
子供。……あぁ、それじゃウラキ大尉には、念願の四人目が出来たってことだ! 残るはあと一人だな。
『頭は凄く良い子なの。でも頭でっかちすぎて、きっと乗ったらレイ大尉は気に入らないわ、あのモビルスーツ。それだけは分かる』
「四人目だから……『アナベル』か?」
アムロが苦笑いしながらそう応えると、ニナ・パープルトンは本当に驚いた顔をした。ちょっと抜けてるだろ、うちの嫁さん、と面白そうに話したウラキの顔が頭を過る。
『やだ! そんなことまでコウは話したの?』
「まあね、親友だから。……本当におめでとう」
『まあね、それじゃしかたないわね。……最後までカスタム機の面倒を見れなくてごめんなさい。私はこれからデスクワークに勤しむわよ』
「嬉しそうだね」
『実際嬉しいのよ』
それで、彼女との通信は終わった。
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2008.10.11.
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