「メインサーバ?」
同時刻。……宇宙世紀0092、八月三日。
カイ・シデンも別ルートで、奇しくも地球連邦地上軍第三特務部対所属諜報三課が総力を上げて辿り着いたのと同じ結論に辿り着いていた。
『ああ、そう呼ばれるものがある。カミーユ・ノートってのは日々書き加えられたり削られたりしてカタチを変えてんだ。それは知ってるだろ?』
「ああ」
カイは音声込みの通信で、地上にあるとあるテロ組織の幹部と話をしていた。日付は先ほど変わった。病院から取って返して、結局半日以上端末の前に座り込んでしまった。
『でな、カミーユ・ノートと呼ばれるものは多々あっても、日々書き加えられたそれらが増えるにしても、「そこ」を経由してるヤツは特別だ』
「……とくべつ、」
他の幾つかの既知からも、同じ様な返事が返って来ていた。既知というのは、カイが懇意にしているテロリスト達のことである。
カミーユ・ノートには『コア』となっているサーバがある。
そして、そのサーバを通った文章だけが、まるで『本物のカミーユ・ノート』になる。
「……そのサーバってのは、カミーユ・ビダン本人が用意したものなんだろうか」
『さあ、どうかな』
「どうかなってのは」
『「サーバ」を通ったものが「公式」になるのは確かだ。……だけどカミーユ・ビダン本人がやってるかってなるとどうだろうな。地上にいる大概のセクトの指導者連中はこのサーバのパスを知ってる。有象無象にアクセスしてくる連中とは別にだ。勝手に詩を書き加える連中とは別に』
「……」
『だけどそれが本人が用意したものかって言われると……分からねぇな』
「そうか。……まぁそうだよな。ネットなんてそんなもんだ」
『あんた、カミーユ・ビダンに辿り着きたいのかい? そりゃあ無理だよ。俺達の誰もがそう思ってた、でも気配だけで誰も永遠に本人には辿り着けない』
「……」
『それが、カミーユ・ビダンだよ』
その瞬間、けたたましくアラート音が響き渡ってテロリストとの通信は途絶えた……カイは思わず端末を凝視した。
……誰だ。
誰だ、いきなりこの深度の通信に割り込んで来やがったのは!
「ブロック4から6をパージ……再インストール部分に切り替え」
『アムロ・レイ大尉!』
叫び声の様に入って来た叫び声に、アムロは思わず眉を顰めた。場所はコロニー・ブライトンの中央制御室。
「何だ!」
『バグった……いいえ、区切った筈のパーティションが侵攻されています、無理です、無理、これ以上は無理です! 書き換えようとするとこのコロニーの回転が、確実に実害を及ぼすスピードで止まります!』
「全員、作業停止! 待て、何だ! どう頑張ったって書き換えは出来ないってことかよ……!」
『……残念ながら』
『……そう思えますね』
各方向に散った特別スタッフからの返事を受けて、アムロは深くため息をついた。
ラー・カイラム艦隊中から集めたプログラムに強い人間で組んだチームは、コロニーの制御プログラムの書き換えに挑戦していた。大した準備も出来ない中で、それでも良くメンバーは動いた。軍人らしく、臨機応変に、というか。どこか手順を間違えたとは思えない。書き換えというよりは移植に近い作業を行っていたメンバー達からも、アムロにつられるように溜め息が漏れた。
『何だコレ……何なんだコレ! 大尉、有り得ないくらい綿密なプログラムです。外部から書き換えようとすると絶対にコロニーが瞬時に止まり、辺り構わず崩壊する様に仕掛けられてます。何だコレ……本当に何なんだこれ!』
『見た事有りません、どれだけ天才が組んだんだこのプログラム!』
『たかがコロニーを止めようとしているだけの単純なプログラムだってのに……!』
「落ち着け」
そういう自分の声も落ち着いているとは到底言えなかったが。
………これで一つの真実が明らかになった。
というより、こんな程度の努力はシャアもかつてしたのだろうし、それが叶わなかったからこそ自分にプログラムを託したのだろうし、分かっていた事ではあるのだが。
「……ブライト」
『聞こえている』
「書き換えは無理だ」
『……そうか』
コロニーに仕掛けられている『起動プログラム』は解除出来ない。残念ながら廃棄コロニーの幾つかは、仕掛けられた起動プログラムの命令そのままに、動きを止める事になるだろう。そうしてその先は、自分にも想像がつかない。
いや、想像ともかく、予想はつく。
そういう話をブライトとした。
コロニーは、落ちるのだ。緩やかに、今まで誰も試みなかったスピードより量を重視した『集団コロニー落し』の手順に従って。
再生出来るのだろう幾つものコロニーが、ラグランジュ・ポイントを離れてゆったりと地球に向かうのだ。
「……ブライト」
アムロはコロニー・ブライトンの中央制御室で天井を見上げて大きく息を吐いた。
「連絡を取ってくれ。カイかボギー、もしくは両方にだ。……宇宙だけじゃあもうどうにも出来ない。しかし軍上層部が俺達の話を聞くとも思えない。そうだろう?」
『……そうだな』
ラー・カイラムの環境で苦い顔をしているだろうブライトの声はひどく落ち着いていて、アムロは何度か深い呼吸を繰り返した。
「……お手上げなんだ」
『とりあえず戻れ』
「アイサー」
そのブライトの指示を聞いて、アムロは特別チームの面々にその指示を繰り返す。
「総員一回、母艦に戻る。……繰り返す、総員一度母艦に帰還しろ。……無駄足になってしまって悪かったな」
『何が起こってるんですか……』
そう呟いたラー・ザイムの通信兵の呟きを、アムロは聞いて聞かないふりをした。
『カイ?』
『……ボギー?』
馬鹿かお前等は、とブライトは思った。
アムロに言われたままに連絡を取った。通常なら地上にいるはずの、二人にである。しかし連絡を取ってから分かった。
……喧嘩でもしているのかこの二人。カイとボギーの二人の間に流れる空気がどこかおかしい。二方向同時に通信を開いたのはマズかったかもしれない。しかし、今ラー・カイラムに向けて帰投途中であろうアムロの意見を最優先した。
「そちらの事情は良く分からんが。とりあえず宇宙の『現状』を話す。謎のウィルスに寄って『廃棄コロニー』の制御プログラムが犯され、次々と回転を止めつつある。ここ一ヶ月程の出来事だ。ついさっき、アムロ・レイ大尉がその中の一つの制御プログラム書き換えを試みたがそれも失敗に終わった」
『……』
『……』
「……何か知っているなら、何故話さないのか!』
ボギーとカイの二人が今現在仲違いをしているとか、そんなの本当にどうでもいい。
自分の知りたい事実を話さない二人に怒りを憶えた。絶対に何か知っている筈だ。そこで思いきり言ってやった。
「このままだと確実に、コロニーが止まる。しかも止まるのは、ある程度回転していた……つまりミラーが生きていて、ゆっくりなら自走可能なコロニーばかりだ。止まったコロニーが何処へ向かうか、分からない筈もないだろう! 止まるのは何十という数のコロニーだ。とてもロンドベルだけでは止められない!」
『……あー、それがよ』
言いにくそうに、最初に口を開いたのはボギーの方だった。
『分からねぇんだ。確かに今地上でも、ちょっとした騒動が起きてる。だがよ……それと宇宙の現状がどう繋がるのか、そもそも関係があるのか、そこがまず分かんねぇんだ、艦長』
「どういう意味だ?」
会話を交わしている間にアムロの乗ったランチが帰還したらしく、直ぐに艦橋に上がるから、というような報告が届く。ブライトは煮え切らないボギーの台詞に苛立ちを憶えつつも通信を続けた。
「どういう意味だ。……もうすぐアムロが戻って来る。地上で起こったトラブルとは何だ?」
『……』
ボギーが黙り込むと、今度はカイが続けた。
『消えたんだよ』
「何が」
『……誰が、だ。……軟禁状態だったカミーユ・ビダンが……病院から消え失せたんだよ』
「それはいつ」
ブライトは一瞬ポカンとしたが、慌てて聞き直した。
『一ヶ月程前』
『てめぇで連れ出したんだろ!』
『俺じゃネェよ!』
三点を中継する通信の画面の中で、何故かボギーとカイがそう言って怒鳴り合う。
……ああ、それか。それで二人は仲違いをして。
『俺じゃネェよ、俺が連れ出したと思ってたんだろボギー! それで』
『お前じゃないってんならカミーユ・ビダンは何処へ消えたんだよ!』
『それが分かんねぇからこっちも泡食って探してんだっての……!』
『それはこっちも同じだ! 馬鹿! なんでそれ先に言わねぇ! てか、なんで俺からの通信に出ねぇ!』
「……ブライト?」
痴話喧嘩さながらになっている画面を頭の痛い思いで見つめていたブライトの背後に、艦橋に飛び込んで来たアムロが静かに立った。
「修羅場だ」
「そうなのか」
「ああ、関わるな。……地上ではカミーユが消えたそうだ、アムロ」
「それって……」
通信には乗らないくらいの小声で、二人は会話を交わす。
ーーーどれだけ天才が組んだんだこのプログラム!ーーー
そうコロニーの制御室で叫んだ、確かラー・エルムの通信兵の言葉が蘇る。
カミーユが消えた。
コロニーが止まった。
……何かが始まろうとしている。
『……アムロ? アムロって、アムロ・レイか?』
ところが、何故かカイとボギーの二人が痴話げんかをしている背景から、そんな声が響いて来る。そしてその人物は、ボギーを押しのけると急に通信画面に姿を表した。
「……カムリ? ……カムリじゃないか!」
『アムロ・レイ! アムロ・レイだ!』
画面に映っているのは十一ヶ月程前毎日の様に顔を合わせていた……懐かしい顔だった。
「カムリ! 元気か?」
『ああ、アムロも……』
カムリが何かを言いかけた時、全ての通信機器類がブラック・アウトした。
「……状況! 状況知らせ! なんだ!」
「わ……分かりませんおそらくハッキングだと思われますが……」
サイド1のコロニー・ブライトンに係留中だったラー・カイラムの艦橋でブライトが叫んだ。
アムロはポカンとした顔で画面を見つめ続けている。
「状況! 何が起こった!」
北米、オークリー基地の諜報三課本部でも同じ現象が起こっており、ボギーは『逃げた女房』との口喧嘩を止めて煙草を床に投げ捨てた。その脇では、カムリが苦い顔をして「ああっ、だから何やってんですか、やっとレイ大尉にソフトのお礼言えそうだったのに……!」とその吸い殻を拾い上げている。
「……って、何事だよ!」
欧州、旧イングランド南東部、港町ライでは……カイが急に途切れた通信の画面を覗き込んでいた。
真っ暗だ。……落ちてるぞ、全てのイントラが、おそらく違法ブイ経由の宇宙との通信も!
「……始まったな」
スイートウォーターのネオジオン本拠地。その執務室で、シャアは突如ブラックアウトした端末の画面を見つめて低く笑った。
「『本物』対『偽物』か。……どちらが勝つのかな。それより、おそらく忙しくなるな」
「大佐!」
そう言った瞬間、執務室の扉をノックもせずに開いてナナイが駆け込んで来た。
「今、いま全ての……全ての通信が……」
「分かっているよ、ナナイ」
シャアは微笑みながら真っ黒に染まった端末に目をやった。
『こんにちは。……お久しぶり、って言える人も、中には居るのかな』
ブラックアウトから突如復活した画面……その画面に、おそらく見目の良い部類に入るのだろう男が、満面の笑顔で映っている。
『大の大人が、幾人も揃ってなにやってんです。これだから、こんな世界だから俺がまた口とか出さなきゃならなくなっちゃうんじゃあないですか。何やってんです、本当に』
圧倒的な通信の侵攻は続いた。
かつてデラーズ・フリートが試みたどころではない、地球圏の電波全てのハッキングが。
乗っ取りが。
カミーユ・ビダンの笑顔と共に。
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2008.11.11.
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