「ロンド・ベル隊が動き始めました」
「何処だ」
「サイド1……コロニー・ブライトンです」
「我々が異変に気づいた、四つ目のコロニーだな」
シャアは満足した様に深く頷いた。
宇宙世紀0092、八月二日。
サイド4、スイート・ウォーターのネオ・ジオン本拠地。シャアの執務室に入って来たナナイの報告は、非常にそっけないものだった。
……怒っているな。
その事実に少し愉快になって、シャアは笑う。シャアの笑顔をどう捉えたのか、ナナイの不機嫌は更に顕著になった。
「放っておけばいいんです、廃棄コロニーの異変なんか」
「そう無下な扱いをするな。……私はそうは思わない」
「どうして……!」
「君は、私が目指すところをそんなにも理解していないのかな?」
優しく聞き直すと、ナナイは少し狼狽えた表情になる。
「……そんなことはありません」
「だろう? だったら放っておく訳にはいかないじゃないか。……ロンド・ベル隊はサイド2、コロニー・ノヴァ以降、初めての廃棄コロニーへの寄港だな? 月のアナハイムに寄る、本拠地に戻る、演習航海……これ以外の行動は、この一ヶ月とっていない筈だ」
「えぇ」
そのナナイの返事に、満足そうにシャアは頷いた。そうとなったら、意味はただ一つ。ただ一つだ、アムロに託したあのファイルは、無駄にはならなかったということだ。
アムロは気づいたのだろう。あの起動プログラムの意味に。
そしてそれが一筋縄ではいかないプログラムであることにも……我々がまだ解読出来ていないことにも。条件に適した廃棄コロニーへの今回の寄港が、その良い証拠だ。
ひとつ大きく呼吸を吐き出してから、シャアはナナイに聞いた。
「それで。……同じ条件下で『セクエンツィア』の仕掛けられているコロニーは全部で幾つになった?」
「今日までで二十三基。……ただし、おおよそ仕掛けられるコロニーの条件が分かって来ましたから、この先はもう少し早く解明が出来る筈です」
「頼む。非常に重要なことなのだよ、これはーーー」
「イエスサー」
おや、意外に素直に引いたな。怒らせ過ぎたのかな?
……そう思いつつシャアはナナイの出て行った扉を見つめ続けていた。
「ナンセンスだ、当たり前の事だが、コロニーは『自走』出来ない。回転を止めたところでそれを動かすには膨大なエネルギーが必要だ。動かす、というより移動させるには、か。だから一つのコロニーをどうこうするならまだ分かるが、幾つものコロニーを一度にというのは……」
ブライトが言葉を紡ぐと、すぐにアムロが言い返して来る。
「確かに、それがこれまでの『コロニー落とし』の常識だな。しかし、今回は少し条件が違うと思う。コロニー落しを目的に廃棄コロニーの回転を止めているのかどうかもまだ分からない。あくまで俺の予想だ」
「……」
「確かにコロニーを移動させる事は非常に難しい……特に素早く移動させる事は」
そう言いながらアムロは今度は平均的なコロニーの基本構造画面をモニターに映して見せた。
「だから公社も、回転の止まったコロニーを移送する時には長い時間をかけて牽引という手段を使う。ただし、あんなにも巨大な物体であるのに牽引は数隻の艦で事足りる。それが何故か分かるか?」
ブライトは少し落ち着きを取り戻し、静かにアムロの話を聞いていた。
「宇宙には重力が無いからだ。どんなに大きくても、回転を止めた巨大なシリンダーには『重さ』が無い。コロニーは確かに大きい、だが最初にわずか動かしたい方向に押してさえやれば、あとは時間がかかるだけで確実に宇宙空間を移動し続ける。慣性の法則だな。特に、地球の引力圏に向かって背中を押してやれば、より簡単に移動し続ける。……思うんだが、コロニー落としに大量の戦艦とモビルスーツが必要だと俺達が思い込んでいるのは……それが、素早くやらなければならない事だったからだじゃないのか?」
「……」
「ジオンのブリティッシュ作戦にしても、デラーズ・フリートの星の屑作戦にしても、コロニーを数日のうちに地球に落とせなければ意味が無かった。奇襲だからな。だからだよ。だから膨大な推進材が必要になったし、敵に妨害されない為にも軍隊も必要だった。……ところがだ」
「……」
「ひどく気の長い話だったらどうする。これらのコロニーは……つまり条件に合う四十八基は、廃棄コロニーとは言っても回転を止めてはいない、ミラーがある程度無事なコロニーだ。ミラーがあるということは太陽光発電が出来るということなんだよ。おまけにコントロールルームも生きている。そんな再生が可能な、条件の良い廃棄コロニーばかりが選ばれているのは偶然か?」
ブライトはついに、ブリーフィングルームの椅子に腰を落とした。
……落ち着け。有り得ない。そんなことは絶対にない。
「このプログラム……仕掛けられているプログラムだが、俺は『起動プログラム』だと言っただろう。コロニーの回転を止める事は、プログラムが指示する最初の司令に過ぎず、そこから先、更に地球に向かって動き出す司令も、中には含まれているかもしれない。あくまで予想だが。それも最悪の予想だが。暗号でプログラムが書かれていて、読めない以上、俺には想像しか出来ない」
「……」
「しかもこの条件の良い廃棄コロニーは、ひどくゆっくりなら自走が可能なんだよ」
「……なんだって」
ブライトは自分の声が上ずっていると感じた。
「方向転換して、ゆっくりと地球に向かうくらいならば。もともとのコロニー制御プログラムの中に、場所を維持する為の位置安定機能っていうのが含まれている。一定の方向に空気を吹き出し、身体を回す。ノーマルスーツのバーニアの巨大版、みたいなのだな。……地球にたどり着くまでには、数ヶ月、中には一年以上かかるコロニーもあるだろう。しかし、一度その方向に狙いを定めれば、地球に向かって進み出すことが可能なコロニーばかりなんだよ。……さっきも言っただろう。今までに行われたコロニー落しはどれも早さが重要だった。しかし今回はその必要が無い。突入角と方向さえ間違っていなければいつか地球にたどり着く、という気の長さだ」
「……いや、しかしそれだけ時間に余裕があるならば、きっと止められるのでは?」
「ああ」
ブライトの言葉に、何故か冷めた様にアムロは溜め息をついた。
「ああ、確かに止められると思うよ。……地球の周りにバラバラに廃棄されている、四十八基全てのコロニーに軍を差し向け、後ろから引っ張って止める、もしくは破壊する……という事を、地球連邦軍がする気になればな」
そこでブライトはアムロが危惧している本当の懸念に気づいた。
「……そうか」
「そうだ」
アムロは頷くと、話を続けた。
「これはおそらく、シャアが、ネオ・ジオンがやりたい事じゃない。犯人はきっと別にいる。シャアは、廃棄コロニーを無駄に地球に落としたいと思っている訳では決してない筈だ。むしろ宇宙で人が生きる為には、廃棄コロニーの再生が絶対に必要だと思っているはずだ」
「……」
「問題は、この解読不能のプログラムの存在を軍の上層部に説明して、宇宙艦隊全てを動かす事が出来るのかどうかということだ。宇宙軍の艦隊全てを動かしたって間に合うかどうか分からない。宇宙軍全てでも艦隊は十一しかない。それに対して、止めなきゃならないコロニーは最低で四十八基だ。しかも、これからもっと増えるかもしれない。この『緩慢なコロニー落し』が行われるのだとしたら、それに意味があるのだとしたら、最大の利点は早さではなくその量だ。そして『ある日いきなり、役にも立たない壊れかけのコロニーが一斉に動き出すかもしれません』って言って……」
「……」
「……一体誰が信じるっていうんだ。そんなことで連邦が正式に軍を出すと思うか? 解読不能のプログラムの、その内容の予測にすぎない、俺達の言葉で」
ブライトは頭を抱えた。一斉に。そうか、数か。
動きが遅いというのなら、廃棄コロニーに向かってその動きを引き止める事は出来なくもないと思った。しかし、確かに数が多すぎる。該当コロニーの所在地も地球圏全てに広がっている。一時に動き始めたら、いくらスピードが遅くても多くの人手がなければ引き止めるのは無理だろう。しかしこんな戯言を、地球連邦宇宙軍の上層部は決して信じはしないだろう。信じた所で最悪の事態になるまで無視を決め込むかもしれない。そういう組織だ。そういう体質だ。多くの人手、などと言うものは永遠に期待出来ないのだ。期待出来たらシャア・アズナブル一人追いかけるのにロンド・ベル隊が孤軍奮闘しなければならない理由などそもそもない。
……じゃあ。
……じゃあ自分達に出来る事は、一体何だって言うんだ。
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2008.10.29.
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