「……最初に言っておきたいんだが」
「なんだ」
ブリーフィングルームに入ったとたんに、そう言ってアムロが足を止めるので、明りをつけようと壁際に向かっていたブライトは、訝しく思って立ち止まった。そして振り返る。
「実は、シャアに会った。……コロニー・ノヴァで。秘密にしておくつもりはなかった。済まない」
「……」
ブライトは何も答えずに、部屋の明りではなくモニターの電源だけを入れた。
「……モニターがいるんだろう」
「……ああ、頼む」
アムロが秘密にしておきたかったからには、きっとそれなりの理由があるのだ。そう判断したブライトは、シャアの事を問いつめる訳でもなくこの部屋に来た当初の目的である、二枚のディスクに話を向けた。
「まず、ヒューイ・ムライが落としてくれたコロニー・ノヴァの、十三年前の制御プログラムを分析していて分かったんだが……」
アムロが自分の端末にディスクを入れ、それをモニターに繋ぐ。薄暗いままの室内で、モニターだけが青白く浮かび上がった。
「分析してみた結果、ここがおかしい」
「どこだ」
「ここだ」
画面に現れたのはコロニー制御プログラムの中身、そのままだ。
当然、システムに詳しくなど無いブライトは眉を顰めた。だがアムロはプログラムの一部分を指差して勝手に続けた。
「コロニーの基本制御プログラムというのは、実をいうとかなりの昔から殆ど作りが変わっていない。古くて単純なプログラムということだな。当たり前と言えば当たり前が、この宇宙に浮いているコロニーの殆どが五十年以上前、コロニーの建造ラッシュだった時期に作られたものだからだ。」
「……それはまあ、そうだな」
「もちろん、ある程度のバージョンアップはされている。後に作られたコロニーほど付加機能も付け加えられた制御プログラムを使っている。しかし、基本構造が単純であることには変わりない。だから、」
「……」
「意外に、ハッキングや改造がしやすい。もちろん、そのコロニー上で暮らす人々の命に関わるプログラムだから、本来は厳重に管理されていて、潜り込もうとしても到底潜り込めるようなものでは無い。ただし、それは『生きている』コロニーの場合だ。生きて、現在も正常に回って人々がその上で生活しているコロニーの場合」
「……」
「廃棄コロニーとなったら話は別だ」
「……で」
ブライトが話を促した。さっさと結論を話して欲しい。
「結論からいうとコロニー・ノヴァの制御プログラムには、後から付け加えられた機能があったんだ……機能と言うか、追加プログラムだな。同じ時期に建造されたコロニーで一般的に使われていたはずの制御プログラムと比較してみたが、やはりそちらにはない機能だ。それが、このおかしい、と言った箇所だ」
「……」
「その付け加えられたプログラムの内容というのが……」
アムロがディスクを入れ替えた。また別の、そして少し異様な文字の羅列がモニターに移る。さすがにブライトも顔を顰めた。先ほどまでの画面と明らかに違うのは、読める文字が全くない点だ。知らない言語で書かれているのだ。
「このプログラムだ。おそらく何かの起動プログラムなんだが、俺にもそこまでしか分からない。見ての通り、暗号で書かれているからだ。そしてこの起動プログラムの方が……」
「方が?」
不自然なところでアムロが言葉を切ったので、ブライトはモニターから彼の方に視線を移した。アムロは、モニターが放つ青白い光に染まりながら、どこか苦々しげな顔をしている。
「コロニー・ノヴァでシャアから受け取ったものなんだ。いや、託されたと言った方がいいかな」
「……それはシャアが、ネオ・ジオンがこのプログラムをあちこちの廃棄コロニーに仕掛けている、という意味か」
「いや、それは違うと思う。俺の予想だと……おそらくシャアもこのプログラムをまだ、解読出来ていないんじゃないかな。ただし、相手は俺達よりも先に廃棄コロニーの異変には気づいていた。そして、原因がこのプログラムだという所までは突き止めた。突き止めたはいいが、内容が分からない。仕掛けた人間の、目的も理由も分からない。だからこそ俺に簡単に渡して寄越した。……だがブライト、俺が思うに……」
「……」
「これから調査する、目の前のコロニー・ブライトン、そのコントロールルームで基本制御プログラムを開いてみても……やっぱり確実に、この謎の起動プログラムがしかけられているような気がするよ」
ブライトが唸った。そうだな、確かにそんな気がする。
「そしてこのプログラムこそが、廃棄コロニーの回転を次々と止めているものだと思う」
「……分からん。何処の誰が、何を目的にやっているのか知らないが……廃棄コロニーの回転を止めた所で何になる。誰かそれで得をするか? 大変な親地球派の、全てのコロニーを使い物にならなくする事が目的のテロリストでも居るとでもいうのか?」
「俺の考えはちょっと違うな」
アムロはそう言って、少し端末を弄ると別の画面をモニターに写した。
「さっき、ブライトはコロニー・ノヴァやコロニー・ブライトンとほぼ同じ条件の廃棄コロニーは全地球圏で四十八基、と言っただろう」
「そうだな、廃棄コロニー全体の量は更に多いが、ほぼ同じ条件のものは」
「コロニーがその回転を止めると、それじゃコロニーは何になると思う?」
「質問の意味が不明だ」
「悪い、分かりづらい言い方をした」
画面には、地球とその周囲に浮かぶコロニーの、かなりおおざっぱではあるが地図らしきものが映し出されている。中央に地球があり、周りにコロニーが浮かんでいる光景。地球の周りに七つのサイド。一つのサイドはコロニー百基程で形成されているから、計七百にもなろうかというそのコロニーを示す光はまばゆい。
「コロニーがその回転を止めるとどうなるのか……答えは意外に簡単だ、『移動出来るようになる』んだよ」
「……」
「ラグランジュ・ポイントで回転しているコロニーは、重力を発生させる為だけではなく、その場所に留まる為にも回転している。そしてそれが止まるとなると……」
ブライトは背中に薄ら寒い汗が浮かぶのを感じた。
いやしかし。……そんなまさかな。
「……宇宙には『何処へでも移動出来る』、直径六千メートル、全長二十キロの隕石が浮かんでいるのと同じ状態になるんだよ。……それも、最低でも四十八基」
ブライトが呆然と見つめるモニターの中で、星が流れた。……いや、厳密にはアムロが端末を操作して、恐らくは適当にその現象を画面に再現して見せたのだ。コロニーを示す無数にも見える点の中から、おそらく五十程の光が、地球に向かって移動し始めた。それも一斉に。
「……ナンセンスだ」
それしかブライトには答える事が出来なかった。
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2008.10.29.
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