「どうだった」
「実に苦々しいのだが。……お前の言う通りだった」
「そうか」
「……」
アムロがブライトに調べてもらっていたのは、地球圏ではさほど珍しくも無い『廃棄コロニー』の、ここ数ヶ月の動向である。
厳密には、コロニーを管理しているのはコロニー公社という名の独立行政法人で連邦政府そのものではない。しかしまあそこは言葉のアヤというもので、現実には連邦政府の思うがままに移民もその管理も行われているのが実情だった。
「把握出来ただけで八つだ。八つの廃棄コロニーがここ三ヶ月程の間に……『回転を止め始めている』。コロニー・ノヴァと同じ状態だな」
「で」
「このコロニーが一番最近に動きを止め始めたものだ」
ブライトが艦橋前部の正面モニターに向き直りながらそう言った。
「サイド1、コロニー・ブライトン。ロンデニオンからも近いし、細かい調査にはもってこいだと思った。破損の程度はコロニー・ノヴァとほぼ同程度」
「……比較的再生が容易いコロニーだったということだな」
「そこは重要か」
「ああ、それなりに」
アムロとブライトはそこで一回視線を合わせた。……コロニーのやや崩れかけた宇宙港に、今しもラー・カイラムは着艦しようとしている。
「似たような条件のコロニーはあと幾つくらいあるんだ?」
アムロが聞くと、ブライトは手元の報告書に目をやった。
「調べる事の出来た限りでは四十八基。……回転軸が破損しておらず、重力は地球の六分の一程度で、コントロールルームの生きている廃棄コロニー……というのが四十八基だ」
「……」
「さっき言った通り、そのうちの八基がこの数ヶ月で不自然にその回転を止めた。それ以上の調査は金がかかり過ぎて艦隊の予算では無理だった。実際にはもっと多いのかもしれない。……おい、いい加減に話せ。こんな戦闘と全く無関係な調査依頼を出したからには、お前は何かに気づいているんだろう?」
「……ああ」
アムロは軽く溜め息をつくと、ブライトの目の前に二枚のディスクを掲げてみせた。
ーーー黒くて、小さくて平凡なディスク。
「……」
アムロの指に挟まれたその二枚のディスクを、ブライトは睨む様に凝視する。
「一枚はブライトも知ってるだろう、この艦から降りる時にアナハイムのヒューイ・ムライから受け取ったディスク。紙袋に入ってた。中にはあの時演習を行っていたコロニー・ノヴァの気象データを考察したファイルでも入ってる……と、俺は思っていたんだが、ヒューイは凄いな。それを一足飛びで飛び越して、重力に変化が出るなんてコロニーのコントロールルーム自体をおかしいと思ったらしい。それで、コロニー・ノヴァを動かしている制御基本プログラムを全部コピーして俺に渡して来たんだよ」
「……」
「そしてもう一枚。こっちも貰い物だが、出所の説明がちょっと難しい……後で話す。中身はやはりプログラム。それも起動プログラムだな。しかも、読めない」
「読めない?」
ブライトが器用に片側だけ眉を上げた。モンゴロイド系には決して出来ない表情だ。その血が混じるアムロにももちろん出来ない。しかしシャアなら出来そうだな、などと関係のないことを考えながら、アムロは続けた。
「起動プログラムであることは確かなんだが、なんの起動プログラムなのか、暗号で書かれていて判別出来ないんだ」
「なるほど」
ブライトは今度は腕を組んだ。それから、艦橋の中を見渡し……少し考えてから通信兵にこう言った。
「艦隊は、一時この場で待機。全艦に伝えろ、艦隊は一時この場で待機」
「アイサー」
「第三種警戒配置。全艦に半舷休息。少し込み入った話をするので私とアムロは艦長室に……いや、第一ブリーフィングルームに移る。各艦の作戦士官は招集の可能性もあるのでその旨も通達」
「アイサー」
的確に指示を出すブライトの背中を眺めながら、アムロはその向こうのモニターに映るコロニー・ブライトンを眺めていた。
緩く回転するその姿は、確かに手直しすれば使える、再生可能なコロニーに見える。まだ死んではいない、コロニーに。
「アムロ。三十分で足りるか?」
「おそらく」
自分の為に時間を作ってくれたブライトに声を掛けられ、アムロは我に返った。「では、移動だ」
二枚のディスクとブライトとアムロは、艦橋を出てブリーフィングルームに向かった。
カイは焦っていた。
闇雲に探しまわった所でカミーユが見つかる訳はないのだが、それにしたって手がかりがなさ過ぎるのだ。
「……」
宇宙世紀0092、八月二日。
最後にカミーユ・ビダンが連邦軍の手に寄って隔離されていた街は、旧イングランド南東部のライという街だった。もともとは漁村だったのだろうか、海からせり上がる傾斜地に貼り付くように家々の建てられた小さな街で、当然のように街の何処からでも海がよく見える。しかし意外に歴史があって、エリザベス一世が泊まったという曰く付きのホテルなどが有るのだった。
「……」
結論から言うと、カイはまたそこに戻って来てしまっていた。
自分はジャーナリストだ、刑事やら探偵じゃない。しかし、現場百回、というやつだ。
四月にカミーユは、旧オランダのナイメーヘン郊外にいた。カイが嗅ぎ付ける度に軍が……というよりはボギーが転院を繰り返させ、五月には旧ロシアのソチに、六月には旧イタリアのコモにいた。そして最後がここ、旧イングランドのライだ。
……水辺ばかりだな。
ふとそんな事を思った。そしてドーバーが、英仏海峡がよく見える高台の公園で今、カイはぼんやりと海を見て考え込んでいる。
思えばこれまでカミーユ・ビダンの居所を把握出来ていたのも、軍が動いていたからだったんだな。つい、顔に皮肉な笑いが浮かんでしまった。
自分はジャーナリストで、いくら顔が広いと言っても連絡を付けたり探りを入れるには個人の限界がある。カミーユ・ビダンを軍が隠している間は、その軍の動きを追っていれば良かった。それだけのことだ。分かってしまうとなんてあっけない。そしてきっと追う事が出来たのは、ボギーの方も本気で隠そうとはしていなかったからだ。
「……」
カイは海に背を向けると、街へと向かう細い下り坂を歩き始めた。たいした大きさではないこの街で一番大きな建物が、おそらくカミーユが隔離されていた病院だ。
今回は軍が全く動いていない。ということは、軍もおそらくカミーユの居所を把握出来ていないのだ。だから、カイにはカミーユを探す方法が無い。大体、今回のことをカイの仕業だと勘違いしているボギーとはあれから連絡もとっていない。
……違うんだがなぁ。
通常の人探しならば、親類、女の線からあたる。しかし、カミーユに家族は居なかったし、唯一の親近者、そして縁があった女であろうファ・ユイリィも一緒に消えていた。
もう地球上には居ないのだろうか。
そこまで考えて、カイは病院のドアを潜った。受け付けの男がまたあんたか、という顔をする。
「……よお」
「飽きないですね、あなたも。彼女なら三階にいますよ」
「どーも」
カミーユを担当していた看護士だったという女性には、もう何十回も同じ話を聞いていた。失踪する直前のカミーユに異変はなかったか、何か思い出したことはないか。返事はいつも同じだ。とくに思い至る事はありません、あなたもあの年配の方も一体何なんですか。
ボギーはカミーユ失踪の当日、一回ここを訪れただけで、その後は現れていないらしい。つまり、ここにはもう見切りをつけているって事だよな。
でも、自分は他に手がかりがないからここを訪れるしか無い。
軽く頭を振りながら、階段を登っていった。
ーーーカイは焦っていた。
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2008.10.29.
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