「ちっ……!」
あまりの反応の悪さに、アムロは思わず舌打ちをした。と言っても本当に苛立っているのは反応の悪さより、むしろそのアンバランスさにだ。目の前のモニターには先ほどから砂嵐しか映っていない。モニターが壊れている訳では無い。実際に砂嵐の中にいるのだ。
「3、2、1……そこっ!」
諦めてCG合成モニタに切り替えたが、さほど違いは無かった。実映像ではぼやけた塊に過ぎなかった敵が、カラフルな光の線で表示されるだけだ。
……敵の数が減らせない。
撃墜出来ないのだ、アムロの腕を持ってしても。
そんな苛立ちを如実に示すかの様に、アムロの放ったビームライフルは僅か敵の右横に逸れてコロニーの大地に着弾した。
大きな火力を誇るそれはコロニーに幾許かの穴を空けたらしく、おかげでそこから空気が吸い出され、目の前の砂嵐が多少薄くなる。
「やってられないな!」
それだけ呟くと、アムロは遂にターゲット機能すらもオフにした。こんな状況で機械を頼って何になる。勝手にターゲットを狙い定め、アラート音を引き起こすそんな機能をオンにしていて何になる。もう無理だ。小一時間こうして戦っているのに、一機も落とせていない。自身が被弾しないだけで必死だ。むしろ、モニターの画面すらも全て落として自分の『感』だけに頼った方が良いような気がしていた。いや、もうそうしよう。
『……なにしてるんです! 大尉! 大尉!』
真っ暗になったコックピットの中に焦ったようなアストナージからの通信が入る。何してるんですか、だって?
……だから、苛立って、いるんだよ!
そのコロニーに向かう事になったのは全くの偶然で、それもブライトの説明に因ると「実に平凡なコロニーだから」ということだった。
「平凡なコロニー?」
「平凡なコロニーだ……廃棄コロニーとしては」
「……」
過去の戦争……特に一年戦争と呼ばれた十三年前の戦争で、地球周辺に浮かぶコロニー群の幾つかは壊滅的な被害を受けた。
特に、一週間戦争(ブリティッシュ作戦)の舞台となったサイド2、ルウム戦役の舞台となったサイド5周辺はその色が濃く、戦争終結から十年以上が経過しているのに復興の兆しすら見えない。
そもそもコロニー群というのがラグランジュ・ポイントと呼ばれる地球周辺で重力の安定した場所に、まとまって作られたものだ。そして、過去の戦争でサイド1と4は半壊。2と5は全滅、3は敵国(ジオン)で6は中立を表明。まともに地球連邦下で機能しているのはサイド7のみ、という有様になっていた。
さすがは、地球圏の人口の半分を死に至らしめた戦い、というべきか。
「平凡な、廃棄コロニーってどういう意味だよ……」
アムロの呟きにブライトは僅か眉根を寄せた。
「そのままの意味だが。……回転軸を破壊されているから充分な重力を作り出せない。それでも惰性で回っているから、重力は地球上の六分の一ほど。ほぼ月と同等の重力だな。更に、大概にして空気が残っている。空気抵抗に関しては、問題が無いわけだ。しかし、殆どの場合ミラーが破壊されている。そうなると極寒化、もしくは砂漠化のどちらかしか選べる道はない。この廃棄コロニー、すなわちサイド2のコロニー・ノヴァは……」
「もういい」
アムロはブライトの台詞を遮った。
「……もういい」
「感傷的になるな」
ブライトの言いたい事は痛い程分かった。そんなコロニーが山ほどあるのだ、宇宙には。
「感傷的になんてなってない」
「そうか? 傷ついたような顔だ」
「なってない」
だがしかし、そこに行かなければならないとブライトが言うならば、アムロは従わざるをえないのだろう。
「……それで、ブライト」
「ああ、作戦は明日、イチサンフタマルから」
「分かった」
それで、今現在のこの有様だ。
「……サイコミュの反応だけ……」
初めて敵が落とせた。このコロニー内部に侵入してから一時間少々、それもモビルスーツが信じられずに全ての外部索敵機能を落として、初めてだ。ひどい有様だ。
「こんなにも良くして……っ」
一機、二機。
もはや人間で言ったら目も見えないであろう「座頭市」のような状態になって、それでもアムロは戦っていた。
「どうするんだよ! 意味がないだろうが!」
三機、四機。そこまでは振りかざすビームサーベルでなんとか落とせたのだが、次の一機は動きが違った。
『……大尉! そんなにも逃げ回るのが趣味なんですか!』
「違う、この機体じゃどうにも落とせないからだ!」
聞こえて来た敵の叫び声に対して自分も同じよう叫び返していた。……もっとも、その声が相手にきちんと届いていたかどうかははなはだ不安だが。
『でも、逃げ回る大尉も色っぽいですね!』
「意味不明だぞ、お前っ」
言いながらビームサーベルを構えた。やられる! と思った直後には、相手のビームサーベルに袈裟掛けに切られ、自身のモビルスーツは宙に散った後だった。
『……そこまで!』
やけにクリアに響き渡るブライトの声を聞きながら、アムロは光の落ちたコックピット内で荒く息を付いていた。
……最悪だ!
そこへ、妙に陽気な若者の声がインカムから響き渡って来る。
『あれっ、今、俺……大尉を撃墜出来ちゃった!?』
叫ぶなサットン! そんなことは分かってる。自分はこの『演習』で、まともに一機も落とせなかった挙げ句にたった今、サットン・ウェインの乗るジェガンに撃墜されたのだ。
『……現時刻を持って、ラーカイラム艦隊第十二回軍事演習を終了とする……繰り返す、現時刻を持って、ラーカイラム艦隊第十二回軍事演習を……』
「……っ」
アムロは何とも言えない表情のまま、自分の機をコロニー・ノヴァの中央ドッグに繋留されているラーカイラムに近づけた。一旦全ての光が落ちた機体だが、所詮戦闘は演習だったのだし、それが終われば機能は元通りだ。
「……どうですか!」
格納庫に機体を収納し、ハッチを開け外に顔を出すと、待ってましたと言わんばかりにアナハイムからこのプロトタイプと共にやって来たエンジニアに声を掛けられる。
「……」
アムロはノーマルスーツのヘルメットだけを脱ぎ、脇に放るとこれだけ言った。
「最悪だ」
あぁ、本当に最悪だ。……νガンダムプロトは。
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2008.10.10.
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