ベラ・ラベラ哨戒区というのはソロモン近海にある一つの海の名前である。
 もともと「ソロモン」という名が地球上に存在する諸島の名から名付けられたことを思えば「ベラ・ラベラ」という地名がまた、地球上に存在する事も想像に難く無い。旧ジオン公国の呼んだ「ソロモン」とは月とサイド3との間に存在した軍事要塞の名だが「ベラ・ラベラ」と呼ばれる海は更に月軌道に近い場所に在る。……地球上の「ベラ・ラベラ」は旧アジア地区、フィリピン諸島に属する小島の名前だった。そしてそれは数百年の時を経て、宇宙の一区画を示す言葉となった。
 旧世紀、1942年の十月六日に旧日本軍は中部ソロモン諸島の放棄を決めて一つの撤退作戦を行った。ベラ・ラベラ島に向かった帝国海軍は米駆逐艦部隊をすり抜け、五千三百有余名の人員の撤収に成功した。後にこの作戦は「ベラ・ラベラ夜戦」と呼ばれる事になる。
 既にこの時点で、日本帝国海軍の衰退は明白だった。彼らはソロモン諸島を奪われ、撤退以外に道は無かった。



 「撤退以外に道は無かった」……それは、軍事要塞ソロモンを失ったジオン軍が、ア・バオア・クーへの撤退を余儀なくされたのと全く同じ様に。



 因果な名である。さて、そのソロモン近海のベラ・ラベラ哨戒区を、今一隻の巨大な艦が横切ろうとしていた。進路は地球方面。輸送船だろうか、灯す光は少なく、黒く大きな船体が月の上に大きな陰を落としている。不気味な質量を伴って、その輸送船は静かにベラ・ラベラ海を横切って行った。
 ―――時に、0091、十二月二十四日。












2006.12.21




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