「……おっかしーよな……」
 ガコン、とシュミレーターのドアが開き、暗い色の毛髪に同じような焦げ茶の瞳を持った年若い士官が中から飛び出して来た。
「……ウェイン少尉! ヒマだからって、シュミレーター使い過ぎ!」
「えー、いいだろシュミレーターくらい! 俺は練習熱心なんだよ!」
「大尉の無重力戦闘訓練に参加した方が、よっぽど為になるんじゃねぇの……!」
 定時メンテナンスの時間を過ぎても中から出て来ない新米士官に、予定を狂わされたベテランの整備兵が毒づいていたがサットン・ウェイン少尉は気にも止めない風で通路に出る。
「……大尉はどこだ?」
「そんなの俺に聞くなよ!」
 サットンは首を竦めてハンドグリップを握り、格納庫へと向かう。
 ラー・カイラムは珍しく、サイド1宙域での演習では無く地球周回軌道上への長旅に出ていた。



「……定時メンテナンスは」
「終了。出してみるか?」
 アストナージがそう聞いて来る。
「いや、いつもより多く艦の推進材を使ってる。無駄にモビルスーツを出してエネルギーを消費したって誰も喜びやしない」
「だろうな。……また何で今回はこんなに無駄に宇宙を飛ぶことになったのかな」
「それはブライトに聞いてくれ」
 アムロはそれだけを答えると、無重力の格納庫を斜めに飛んでキャットウォークから通路に出ようとする。そこへ、逆にサットンが飛び込んで来た。
「……あ、大尉。捕まえた!」
「ウェイン少尉。……待機任務中の筈だ、何をうろうろしている」
「だって大尉! 俺には納得行かないんですよ」
「何が」
 アムロがリフトに向かうとサットンも後をついてくる。……ため息をつきながらアムロはサットンと一緒にリフトに乗った。
「……シュミレーションの事だろう」
「そうです。……なんで分かったのかな!」
「あれだけ何度もやり直していれば誰でも気づく」
 階数表示を示すランプが上に上昇してゆく。……アムロは艦橋に顔を出そうと思っていた。おや、それではサットンもついて来るのだろうか。
「俺がおかしいと思うのは……」
「『百三機の謎』なんだろう?」
「……そうです! ……なんで分かったのかな!」
 アムロはもう一回ため息をつくと、愛すべき強気な新人パイロットの顔をもう一回だけ見た。
「……どこに行くんですか?」
「ブリッジだ。……ついて来るな、お前は待機任務中だ」
「でも……」
 そんな話をしている間に艦橋に着いてしまった。
「……ブライト」
「アムロ」
 ブリッジのど真ん中に、珍しく仁王立ちになっていたブライトが振り返る。
「……ちょうど良かった。今、呼ぼうかと思っていたところだ」
「へえ。……何故?」
「それより大尉、『百三機の謎』の事なんですが……!」
 アムロの背中の向こうで、サットンが喚き立てる。ブライトはそれをチラリ、と見てから「何でこんなうるさい奴連れて来たんだ」という顔をした。
「……いや、勝手に付いて来たんだ」
「見事な言い訳だ。……これを見ろ」
 ブライトの脇まで来て、アムロとサットンは足を止めた。メインモニターに画面全体を覆うような巨大な船体が映っている。
「輸送船だ」
「……へえ」
 コロニーの移送かと見まごうような巨大な黒い陰が、モニターの画面を覆っていた。
「全長千メートル程。……オバノン級『シュバリエ』だ」
「戦艦のサイズで説明してくれ」
 アムロが眉根を寄せながら聞く。
「……バーミンガム級の約四倍」
「それは凄いな」
 輸送船にはあまり詳しく無いのでこれまでこんな巨大な艦が宇宙に有る事も知らなかった。もっとも、地上で飛ばすには大きすぎるサイズである。
「木星船団の艦なのか?」
「いや、公社のものじゃない。軍に属している」
「何を運んでいる」
 軍に属している、と聞いて少し訝しく思いながらアムロはそう聞いた。
「実を言うとそこまで詳しくこちらに報告は来ていない。分かっているのは、行き先がサイド7近海のアナハイム社関連施設という事だけだ」
「……」
 「軍に属している」艦が「アナハイム社」に運ぶ物資となったら、間違いなく中身は兵器、もしくはその原料の類いだ。アムロはちらり、とブライトを見上げた。
「……私もそう思う」
 ブライトもアムロに少しだけ目線を送って、そう答えた。……そんな艦が護送の船団も付けずに、輸送船単体だけで宇宙を横切るのは非常に危険だ。
「……今回の長い航海の理由はこれか」
「まあな。私は心配性だからな。……このまま月の脇を抜け、サイド7に直進するとなったらかなり地球の近くを通ることになる。……近すぎる」
「月軌道上を回ってゆくとは考えられないのか」
「既に直進コースに入っている」
「……それで大尉」
 そんなブライトとアムロの謎めいた会話を断ち切る様に、側でうろうろしていたサットンが口を挟んだ。
「『百三機の謎』のことなんですが……!」
 ブライトは少し呆れた顔で年若い士官を見た。それからアムロに向かってこう言った。
「……艦長命令だ、アムロ。この子どもをブリッジから放り出せ」
「了解」
「誰が子どもですか……!」
 まだ何か叫んでいるサットンの後ろ頭をアムロはひっぱたく。
「……行くぞ。そんなに知りたきゃ教えてやる」
「本当ですか!」
 アムロとサットンが出てゆき、ブリッジには静寂が戻った。……ブライトは軽くため息をつくと艦長席に座り直す。
「……このまま監視。距離一万程を保って、艦隊は『シュバリエ』に追走」
「アイサー」
 モニターの画面には、先ほどより少し小さくなった輸送艦の黒い陰が相変わらず映っていた。












2006.12.22.




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