―――0091、十二月二十四日、地球時間午後十五時時直前。



 サンタもかくや、というスピードで地上に向けて一機のモビルスーツが落下して来ていた。厳密には戦闘機形態を保った『Re-GZ(リガズィ)』という機体である。搭乗している人間が意識を失っている訳でも無いのだが、いかんせんコントロールが利かない。限界に近い無理な運用をしたからだ。スピードは一向に治まりそうに無い。
「……おい、ひでぇ角度だな。……助かるのか」
「『助かるのか』じゃなくて『助ける』んだよ!」
 ウラキが放った超長距離試作メガ粒子砲の炎は、落下して来る輸送艦シュバリエ残骸の右側を見事表面を擦るように通過。その衝撃でガンダリウム製で非常に堅固だったコンテナはその外装が剥がれ、幾つかに割れ、恐らく……恐らく地上に辿り着く前にはどの欠片も燃え尽きてくれる事だろう。運悪く数センチの破片が落ちたとしても、地上に穿つ穴は数十センチというレベルだ。落着予定箇所であるこの北米オークリー基地周辺、百キロ範囲内から既に人々は避難し終えている。
「……アムロ! おい聞こえるか、アムロ!」
 アムロから返事は無い。それでもウラキはインカムに向かって叫び続けていた。理論上は、大気圏突入後ある程度の高度になると、モビルスーツは勝手にブレーキがかかるようになっている。自動車のエアバックのようなものだ。しかし今回は角度がきつすぎる。正常にその安全システムが起動しているのかも分からない。ジープに乗ったウラキとボギー、更に幾台かのオークリー基地所属の訓練用指揮車などは……白い軌跡を残しながら落下して来るリガズィを追いかけてかなりの悪路を突っ走っていた。基地の外に広がる広大な演習用地だ。
『……最終落下予定地点、出ましたあ! 穴の縁です、穴の縁! 距離二千……北北東、ポイント3:6:7!』
「分かった!」
 ゴテゴテとしたアンテナを大量に上に乗せた指揮車からそう連絡が入り、ウラキは凄い勢いでハンドルを切る。舌を噛みそうだ。ボギーは歯を噛み締めた。
 シュバリエが基地に落下して来ないと分かり……地下300メートルのシェルターに避難していた一般兵達は、地上に登って喜びの雄叫びを上げた。すぐに滑走路に突っ立っているウラキ大尉に駆け寄り、次々にその射撃に対する賛辞の言葉を投げかけたのだが、それに対するウラキの返事は立った一言……「どうしよう、アムロが落ちて来る!」だった。射撃は成功したのだ。ウラキはアムロの乗るリガズィを一緒に撃ち落とさなくて済んだ……が、それは同時に、コントロールを失ったリガズィが今凄まじい勢いで地上に落下して来ている途中、という事を意味していた。
 もちろん、オークリーに残った立った数十人の人々は一斉に救助体勢に入った。ボギーもそれに加わった。最高位の佐官とも思えぬ「ラサへの連絡なんか、てめえらで適当にやっとけ!」という言葉を残して。
 しかしそれを、ボギーはちょっと後悔し始めていた……ウラキ大尉のジープの運転ったら生半可無い。宇宙からの落下物より、普通に交通事故で死ねそうだ。
「見えたっ……」
 83年に、デラーズ・フリートに寄るテロ行為で「アイランド・イーズ」というコロニーが落とされた、巨大な穴の縁がやっと見えて来る。もちろん、リガズィの描く白線の軌道もどんどん低くなって来ていた。
「……死ぬなよ!」
 ウラキはそれだけ叫んでジープを止めた。もう、肉眼でもよく見える。アムロはひょっとしたら意識がないのかもしれない。大破はしないかもしれないが、半壊くらいはしそうなというスピードで斜めにリガズィが突っ込んで来た。
 息を詰める皆の前で、横滑りに着陸(?)したリガズィが二、三度縦に回転する。それでも勢いは止まらずにザザザーッ……と砂埃を上げてまだ滑る。
「アムロ!」
 その機体に向かって、ノーマルスーツのままだったウラキ大尉が駆け出す。
 ……死ぬなよ!
 あれだけの苦労をして、『シュバリエ』を止めたのだ。ここでアムロに死なれたら、後味が悪くてしかたない!
 更に数回横に回転してからやっと止まった機体に、ノーマルスーツのグローブが焼けるのも構わずにウラキは取り入付いた。……死ぬなよ! ……そうだ死ぬんじゃない、こんなことで死ぬなんて本当に馬鹿みたいだから!!
「……っ、冷却剤散布! それから周囲に消化剤も!」
「アイサー!」
 後続の特殊車両からリガズィの周辺に向けて思いきり粉が撒かれる。機体の上に駆け上がったウラキは、何度も何度も溶けかかったコックピットのハッチを叩いた。……機体があまりに熱いので、ウラキの掌も、足の底も今にも溶けて抜け落ちそうだ。くっそ、ゼータタイプの強制解放ボタンってどこだよ!
「開けよ!」
 がむしゃらに周辺を叩き付けていたウラキの目の前で、急にガコン、ハッチが持ち上がる。ウラキは必死で蒸気の立ち上るコックピットに顔を突っ込むと、横たわる身体に向かって手を伸ばした。シートベルトを外して引き上げる。アムロの身体をコックピットから引きずり出し、溶けかけた靴底で機体を蹴って離れると、その身体を小脇に抱えたまま脇の大地に転がり落ちた。
「アムロ! ……アムロったら、くっそ……!」
「……」
 アムロから返事は無い。やはり意識が無いんだ。大急ぎてメットを外した。宇宙用のノーマルスーツのジッパーってどこにあったっけ。ああ思い出せねぇ、もういいやと思いながらノーマルスーツ越しに心臓マッサージを始めた。
「ウラキ大尉! ……おいコレ、生きてんのか」
「無駄口叩いてるヒマがあるなら手伝ってくださいよ!」
 ウラキがそう叫ぶと、彼よりはよほど冷静らしいボギーがノーマルスーツのジッパーを見つけて降ろす。そして自分のトレンチコートを脱ぐと、アムロの首の下にそれを当てた。ウラキはアムロの顎を上げる。
「おい!」
 心臓マッサージを何回か。……それから鼻をつまんで人工呼吸。二人は必死な思いでアムロを介抱し続けた、死ぬなよ、ともかく死ぬんじゃない!
「……っく、」
「……アムロ!」
「……くるし……」
 と、ゲホゲホと咳き込みアムロの意識が戻る。
「……『シュバリエ』、は……」
「落とした」
 ウラキはアムロの上に屈んだままそう答えた。……空を見上げる。地上からの射撃の名残である、大きな雲の軌道がまだ空に見えている。
「ああそう。そりゃ良かった……」
 横たわったままのアムロは安心したような顔になって右手を上げた。……その手を、ウラキは握り返した。溶けかけたノーマルスーツの掌で。
「良くやった、ウラキ大尉」
「自分でもそう思う。……石ころみたいな俺にしては良くやった」
「……あぁそれだ」
 と、急にアムロが面白そうに笑い出す。何事だと思ってウラキとボギーは顔を見合わせた。
「さっき『石ころ』の話……続きはあとで、って言っただろう」
「……あぁ。そう言えばそんな話したな?」
 肩に手を貸し起き上がらせる。どうやら大丈夫のようだ。早くラー・カイラムにも連絡しないとな。
「した。……なんでコウは、そんな風に思うんだよ。自分は石ころで、俺は真珠だなんてさ」
「……」
 返事が難しい。……ジープに向かいながらウラキは考え込んだ、だって誰だってそう思うだろ。アムロ・レイに比べたら、自分なんて本当に石ころだ、と。
「……馬鹿じゃねーの、コウって」
「何でだよ」
 今度の言い方にはちょっとムカついた。
「だって真珠だって……元々は真珠貝の中に入ったただの砂粒なんだぞ? それが核になって、真珠ってのは出来るんだ。だったら俺も元はコウと同じ……」
「……」
「『石ころ』じゃないか」
 脇で、ボギーが静かに煙草に火を点けていた。ニヤニヤと笑うその顔が憎たらしい。
 ……ああ。
 ああ、クソったれな俺の人生よ。
 いや……俺達の人生よ。
「……落ちなかったんだ。止められた」
「分かってる」
 嬉しそうに笑うウラキの顔を見て、アムロも同じくらい嬉しそうに笑った。
「……嬉しい」
「俺もだよ。……生きてて良かった」



「……生きていて、本当に良かった」



「さて、後始末が大変だなあ、こりゃ……」
 先にジープに乗り込んだボギーが、そう呟いてもう一回空を見上げる。
 ―――宇宙世紀0091、十二月二十四日、地球時間午後十五時八分。



 歴史にも残らないような小さな事件が、こうして幕を閉じた。










Biblia Hebrica Apocrypha 終り。

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2008.01.16.




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