「……はぁ!? だって、宇宙用のブースターとか色々もう付けちゃってるし……それを今から変更しろぉ!?
輸送先はオークリー基地!? 何なんですか、それっ……」
悲鳴を上げたチームリーダーの横顔を、アナハイムエレクトロニクスから出向して来ている仲間達は冷静に見つめていた。モビルアーマー用試作超長距離砲のテストチームの面々である。
―――0091、十二月二十四日、地球連邦軍北米カリフォルニア基地。
「通信、何ですって?」
「パープルトン女史だ」
「そりゃ分かってますよ。主任に悲鳴を上げさせる女なんて、そうざらに居やしませんからね」
「いやいやいや。今回のはマジすげぇぞ。……このシャトルを今から進路変更して、何がなんでも今すぐ連邦軍のオークリー基地に届けろって言うんだ。何考えてんだ、あの人は!?」
「……意外に何も考えてないんじゃないですかね」
空を見上げる。……綺麗だな。北半球は冬なのだが、カリフォルニアはそんなことには関係無く通年通して穏やかな気候だ。
「怖いから、従いましょうよ。……宇宙用燃料、今から抜くの面倒くさいけど」
「シャトルは耐G仕様ッスからそりゃ早いですよー。同じ北米大陸なんて十分で着くんじゃないッスか」
「いやだから、宇宙用燃料で飛んでくわけじゃないからさ。地面に激突して死ぬ気かよ、お前等! ……ブースター外せ! 重力下仕様に燃料変更!」
文句を言いつつも、手際良く装備変更の支持を出すチームリーダーに一人の仲間が話しかける。
「何があるんですか。何が起こってるんですか」
今日はいい天気だな。滑走路の脇で青空を見上げながら、チーム全員がそう思う。今だ片手に通信機を持ったままだったチームリーダーが苦々しげに呟いた。
「パープルトン女史の旦那がいるんだとよ。……オークリーに」
「あぁ、なるほど……」
と、その瞬間またチームリーダーの持った通信機の呼び出し音が鳴る。
「はい、もう! だから何ですか! ……あぁはいはい、そんなの分かってますよ!」
「何ですって。どうしろですって」
「チーム丸ごとオークリーまで付いて行って、超長距離砲のセッティングに付き合えってさ……」
「うわあ。きっとパープルトン女史はこれからますます出世しますね。職権乱用もいいところだなぁ……」
……今日は本当にいい天気だな。
『繰り返す! 総員即刻現状を放棄! 避難行動に入れ!』
「……俺は残れ、なんて言ってないぞ」
馴染みの格納庫に……MS評価試験第一小隊で使用しているジェガンのある格納庫に会議練から戻って来た瞬間ウラキはそう言った。ちょっと驚いていた。
「やだなあ、大尉。いくら大尉でも、運ばれて来た『超長距離試作メガ粒子砲』なんてシロモノを、たった一人でセッティングしてぶっ放せるなんて思ってんじゃないでしょうね」
「……」
確かにそれは思って無いけど。思って無かったけど。
全隊避難命令が出されたオークリーには今も第一種警戒態勢のサイレンが響き渡ったままで、基地の人員は既にほぼ全員が避難し終わっている。だが、普段通り……むしろそれ以上の人々がウラキを格納庫で待ち構えていて、どうしたものかと思った……こんなに人が残るなんて予定外だった。
「確かに一人じゃ無理だけど、」
「絶対無理っスよ」
「無理です。無理無理」
「この基地、シェルターがあったよなぁ、地下に。深度300mだ。……セッティングだけしたら、そこ行ってもらえばいいんじゃねぇの、諸君には」
「……なんでアンタまでいる」
ウラキは実に苦々しげにボギーを見た。ボギーは面白そうに、煙草を地面に吐き出す。
「そりゃあ、俺はウラキ大尉を信用しているからな」
「……」
「指示を頼むよ、大尉。大見栄を切って……ここに残ったんだろ」
馴染みの整備兵の一人がそう言った。……ウラキは改めてしみじみと、目の前に残った二十余名の面々を見渡した。
「……分かった。ではこれから作戦の概要を説明する。まず、今作戦の本部を地下シェルター内に設置……他方面、特に宇宙軍第四軌道艦隊との連携に必ず必要な部署だ。通信兵は準備にかかれ!」
「イエスサー!」
「次! 整備兵は地下シェルターからの回線を地上に上げ、俺のジェガンと繋ぐ用意をしろ。超長距離砲が届くまではその作業に専念、おそらくミノフスキー粒子の濃度が高くて電子モニターは使えない。成層圏の目標を補足出来る光学モニターを準備。それがないと狙撃は不可能だ、装備が届いたらすぐそのセッティングに入るように」
「イエスサー!」
「……あのな」
ここでウラキは深く息を吸い込むと、ゆっくりこう言った。皆の顔を一人一人確認しながら。
「あのな。これだけは言っておく。こんなことに付き合わせる事になってしまって……ごめんな?」
「……」
誰一人、なにも返事を返さない。昨日まで……いやそれどころか今朝まで、この場所は凄まじく平和な、どちらかと言えば閑職の、一モビルスーツ評価試験小隊の格納庫だった。いや、今もだ。今もきっと、ここは連邦軍の中で見たら大した部署じゃない。ウラキは少し首を傾げると困ったように二、三度頭を掻き……そしてこう言った。
「ごめんな。でもこれだけは言っておく。俺は、もう二度と……地球に何かが墜ちるのを見たく無いんだ」
―――それは恐らく彼の真実の言葉なのだろうと、聞いていた誰もが思った。
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2007.12.24.
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