「『メリー・クリスマス! プレゼントは気に入って貰えたかな? 愛を込めて。 C・A』



「状況!」
『大尉っ! なんですかこの音……!』
「状況だけ報告しろ!」
 次にどんなトラップが仕掛けられているか分からない。下手をすればこの輸送艦が、シュバリエが丸ごと吹き飛ぶかもしれない。……冗談じゃない! 最後にもう一回ブリッジのコントロールパネルに拳を叩き付けると、アムロは急いで身体を流しハッチに向かった。
『もうちょっとで合流……あ、今ウィンが見えました!』
『サットンと今、合流しました! 生存者は一人も確認出来ませんでした……この艦に人が乗っていた痕跡すらも発見出来ませんでした、大尉!』
「総員即刻退艦!」
『アイサー!』
 赤く光り輝くアラート音に包まれ、ラー・カイラムのモビルスーツ部隊の面々は近場にあった緊急用ハッチをこじ開け宙空に飛び出す。
「やってくれるじゃないか! ……『メリー・クリスマス』ってなんだよ!」
『大尉?』
 はらわたが煮えくり返る。……戦いがこういうモノだと言うのは分かってる。分かってるけど、シャア!
『大尉! どうしますか』
「……総員帰投! 今回のミッションは完全に失敗だ。これ以上この場に居ては主砲発射の迷惑になりかねない……最後に、全員で一気にあの頭部……輸送艦のブリッジは狙えるか?」
『アイサー』
 全員が機に移り、地球に向けて進み続けるその巨大な輸送艦を後にする。
「では狙え。カウントに入る。5、4、3、2、1……」
 時に宇宙世紀0091、十二月二十四日、宇宙時間十六時三十分。
『……ルまで、阻止限界点突破のイチナナフタマルまで三十分を切りました。……総員帰投を願…ます……』
 母艦から入って来る至極真っ当な内容の通信に苛立つ。これほどまで馬鹿にされたのも久しぶりだ。
「撃て!」
 ラー・カイラムのモビルスーツ小隊の四機は、隊長の命ずるままにそれぞれに『シュバリエ』頭部……つまりブリッジに向かいビームライフルを発射した。あっという間にそれはボコボコに潰れ、四散する。……が、それだけだ。一度地球落下に向けて速度を付けた巨大な輸送艦は、艦橋を失っても慣性の法則に従い、そのスピードを落とすことも無く目の前を通り過ぎて行く。
「……ブライト」
 苦々しげにアムロが呟いた。……頭の中に、不意に響き渡った真っ赤なアラートと、それから意味深な単語を思い出しながら。
『……んだ』
 ミノフスキー粒子に阻まれながらも、かすかに返事が返って来る。
 ……なんだよ、あのメッセージは。
「『クリスマス』って……なんだ?」



『メリー・クリスマス! プレゼントは気に入って貰えたかな? 愛を込めて。 C・A』



「『シュバリエ』、たった今主砲の射程圏内に入りました!」
「機関部から報告。これ以上スピードを出すと右舷エンジンが吹っ飛ぶ、だそうです」
「左舷エンジンもヤバくなってから、そう言う報告はしろと伝えろ」
「……本気ですか?」
「返事は」
「アイサー!」
 シュバリエ内部には誰も居なかった。アムロからの報告を聞いてブライトは艦長席で目を細めた。目の前を先行する巨大な貨物船の姿が、よりいっそう不気味に映る。
「砲列甲板の準備はどうだ?」
「今繋がります……どうぞ」
『よお、艦長。様子はどうだ?』
 スピーカーから聞こえて来たアリスの声は、呑気な事この上なかった。ブライトは一人舌打ちした。
「モビルスーツ隊が索敵したところ艦内には生存者はおろか、人っ子一人確認出来なかったそうだ」
『それはそれは』
「……たった今、主砲の射程圏内まで追いついた。発射の準備に入れ。一発しか撃てなくても構わない、少しでもあの艦を小さくしないと」
『はいよ、こっちは艦長が満足するまで、思う存分ブッ放ちますよ』
「……」
 阻止限界点突破まであと二十分弱。モビルスーツ部隊は今艦に向けて帰投している最中だ。ブライトは艦長席で思わず拳を握りしめた、ここまで敵の作戦にのせられ、そしてここまで馬鹿にされるとは!
「ところでアリス。お前は……『クリスマス』ってなんだか知ってるか」
『はあ? 艦長、冗談キツいですよ……オラァ、てめぇら! 『クリスマス』ってなんだか知ってるかぁ!」
 血の気盛んな中年であるアリスタイド・ヒューズ中尉が、砲列甲板の要員に向かって、そんな言葉を投げかけているのがインカム越しに聞こえて来る。
「……」
 その大声に、ブライトは思わずインカムから耳を離した。
『クリスマス……』
『クリスマスってのは、すげえ大昔にあったっていう、お祭りじゃないですかね!』
『そうですよ、昔のお祭りです!』
『まあどうでもいい話ですよね!』
「アムロ」
『聞こ…てるよ、不本意ながら』
「……この艦の連中は『クリスマスなんか知ったこっちゃねぇ』そうだ」
『いい返事…な』
 アムロの率いるモビルスーツ小隊が着艦する。……クリスマスが何だろうと、シャアが何を考えていようと、ともかく『あちら側』のテロと分かった以上なんとかこの事態を止めないと。



「この機が発進すると同時に、全面的にこの基地の放棄が確定する。少なくともラサはそう思うことだろう」
「異論はありません」
 ―――0091、十二月二十四日地球、北米大陸オークリー基地、現地時間午前十一時四十五分。
 最後まで残った基地司令専用機に乗り込もうとする相手は、やはり落ち着いていて、見送りに来たウラキは背筋を伸ばした。
「どうもすいません、自分が我が儘を言ったばっかりに、こんな大事になってしまって……」
「何を謝っている?」
 そう答えると基地司令は綺麗に制帽を正して、専用機に向かうタラップに足をかけた。
 ……諦められているのかな。到底阻止など無理だと思われて。そうかもしれない、そう考えるとふと皮肉な笑顔が横顔に浮かんでしまう。残る事を決めた兵達はたった今も必死に基地の中を走り回っていたし、逃げる事を決めた兵達はとっくの昔にこの滑走路から避難の為に飛び立っていた。
「……ウラキ大尉!」
「アイサー! ベンジャミン司令官!」
 基地司令は機に乗り込む直前になってタラップの最上段で振り返り、面白そうに自分に向かって手を降った。
「君を信じているよ! 君は上の指示など全く聞かない、君はやりたい事を貫き通す……そういう男だ!」
「司令!」
 命令違反か。……命令違反か、確かに慣れてるかもな、俺。
「しかも、自分はそう言うのが好きだ! ……たとえそれに、命を賭さなければならなくなったとしてもだ! 上の指示とは食い違うとしてもだ! 君は……君は非常に気持ちの良い若者だ!」
「……」
「死ぬなよ!」
 響き渡るエンジン音の中それだけ大声で叫ぶと、基地司令専は飛び立って行く。……敬礼しながら見送ったウラキは、何とも言えない気持ちに陥っていた。
 ―――そして基地司令専用機と入れ替わりに、カリフォルニア基地からやって来た、超長距離試作メガ粒子砲を積んだシャトルが静かに滑走路に着陸する。












2007.12.25.




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