「じゃあ、行って来る。とにかく内部を一回確認しないと」
「……無駄足だとは思うがな」
「手順を踏まないとこっちの方が後で軍事裁判にかけられるんじゃないか、って話をしているんだよ」
「シージャックされた友軍を見殺しにしたからって? まさか」
 『シュバリエ』へ二度目の索敵に向かうMS隊を、ブライトは見送ろうとしていた。アムロ以外のメンバーは既に機体に乗り込んでいる。
「……まさかあの艦に味方の居るはずが無い、っていうその自信はなんだ」
「……まさかこの騒動がネオジオンの陰謀のはずが無い、っていうその自信はなんだ」
 決して仲が悪い訳では無いのだが、今回の件に関して、作戦士官と艦長の意見はどうしても合わないらしい。
『……大尉、早く出ましょうよ!』
 目の前に浮かぶジェガンの外部スピーカーから、サットンの気の急いた声が響いて来て二人とも我に返る。
「装備確認! ……白兵用、H2!」
 アムロはヘルメットを被ると、率いる小隊に向かってそう叫んだ。
『アイサー!』
『アイサー! 完璧です!』
『行きましょう!』
「……我が儘を言って悪かったな」
 呟きながらリガズィに乗り込むアムロの後ろ姿を、エアブロックからブライトは無言で見つめていた。



「三十分後には基地としての方針を発表するんじゃなかったんですか?」
 アナハイム本社との通信を終えた後、まだぼうっとしている幕僚長達に向かってウラキはそう言った。
「あ……あぁ」
「そうだった。……そう言われればそうだったな」
 さてどうしよう。ウラキは凄まじい勢いで計算していた……武器は手に入った。しかし、たった一人では何も出来ない。外部と連絡を取るには通信兵が必要だし、運んで来られた超長距離試作メガ粒子砲を自分のモビルスーツと連動させるにはもちろん整備兵が必要だ。……どうする。
 慌ただしく幕僚長達のは会議室を出て行こうとしている。これからもう一度議場に戻り、基地としての方針……つまるところ全面撤退だが……を発表する事になるのだろう。
「……おー、遅かったじゃねーの」
 ふと顔を見上げると、ボギーがなにやら自分の端末で誰かと話をしていた。
「あ? あーだからよぉ、俺もこんなのは予想外だったんだって! こっち? こっちはウラキ大尉が残って支えるってよ……え、ウラキ大尉を知らねぇのか、お前?」
「……誰と話しをしてるんですか。聞いてるとムカつくんですが」
 閑散とした会議室で、ウラキがボギーにそう話しかけたとき、基地中に放送が響き渡った。
『地球連邦地上軍、北米オークリー基地、基地司令のベン・ベンジャミン中将である。……先ほど、幕僚長達との会議により決定した事項を皆に通達する』
 いきなり基地司令本人が話し出して皆驚いた。……どういう事だ。
『尉官レベルのミーティングでは説明した通りだが、現在当基地に向かって、宇宙にてシージャックされた貨物輸送艦が落着コースをとっている。予想される落着時刻は地球時間午後三時前後。現在は宇宙で阻止作戦が行われているが、基地周辺の住民には念のため、既に避難勧告が出されている。そして当基地全隊としての方針だが……』
「……おい、オークリーは放棄されるぜ。急いで宇宙に伝えてくれ」
「だからアンタ、誰と話してるんだよ!」
 ウラキはたまらずもう一回、ボギーに向かってそう叫んだ。
『現時刻、イチイチイチマルをもって全面的に基地を放棄。全要員は避難行動に移れ。そして一時間以内に滑走路を綺麗に空けろ』
「……え?」
 その基地司令の言葉に、ウラキは驚いて顔を上げた。
『当基地所属、MS評価試験第一小隊のコウ・ウラキ大尉が単身、落下物の阻止を目指して基地に残る。……その阻止行動を手伝いたい通信兵、整備兵などは基地に残ってもらっても構わない。私はそれを、自分の命令に対する反逆行為とは認識しない。繰り返す。現時刻を持って、基地を全面的に放棄。全要員は即刻避難行動に移れ。一時間以内に滑走路を綺麗に空けろ、ウラキ大尉の為に。責任は全て私がとる。……以上』
「……」
「……」
 思わずウラキとボギーは顔を見合わせていた。
「あ、悪い、また後で連絡する。……じゃあな、カイ」
 ボギーが呆然としつつも端末を閉じた。ウラキはまだ固まっている。
「……聞いたか、今の」
「聞きたく無かった」
 何だっけ俺、ああそうだ基地に残ったっていいけど、一人っきりじゃセッティングも通信も不可能だってことを考えてて……、
「……っ」
「何だよ。……らしくねぇなあ、大尉?」
「……嫌なんだよっ」
 面白そうに声を掛けて来るボギーの傍らで、ウラキは頭を抱えてずるずると壁際にしゃがみ込んでいた。そして叫んだ。
「嫌なんだよっ、上司に責任とってもらって、死なれるのとかっ……一番嫌なんだよ!」
 ウラキのせいで、その命令違反の責任を取ってペガサス級七番艦の艦長だったエイパー・シナプス大佐が死刑になったのはもう八年も前の事だ。……ひでぇ話だな。ずっと気に病んでいるのか、こいつは。そうやって生きて来たのか。
 しゃがみ込んだままのウラキを横目に眺めながら、ボギーは司令棟の建物内では本来禁止されているはずの煙草にゆっくりと火を点ける……まあ、俺は付き合うぜ、この茶番劇に。カイ・シデン、お前はどうする。



『落着予想箇所の北米オークリー基地だが』
「おい、随分単刀直入だな」
『世間話してる余裕はあるのか?』
「……」
 カイ・シデンからの半ば強引とも言える直接回線を、ブライトはラー・カイラム艦橋で受けていた。ミノフスキー粒子や妨害電波も多く出ているだろうに、それをモノともしないクリアな音声に恐れ入る。カイはどれだけのアクセスルートを世界に張り巡らせているのだろう。
「艦長……」
「続けろ」
 いきなり繋がった通信画面に驚き、焦ったように艦長を仰ぎ見るオペレーターにそれだけ言って、ブライトは画面に顔を戻す。
『現状を報告する。現地時間イチイチイチマル、午前十一時十分をもってオークリー基地は全面放棄が決定。総員退避に入った……って、これくらいはラサから連絡入ってねぇの?』
「ラサどころか、第四軌道艦隊本部とすら全く通信が繋がらない状態でな」
 どこで何が起こっているのやら……と思いつつブライトは続けた。
「で?」
『総員退避……のはずなんだが、何故かボギーの話によると、一人だけそれに反対した士官がいたらしい』
「コウ・ウラキ大尉」
『ビンゴ』
 画面の向こうでカイが口笛を吹いた。
『なんだ、知り合いかよ。そいつが志願兵と一緒にオークリーに残る事になった。コンテナが降って来る場所に、だ。これ以上は今は分からん。……っていうかウラキ某って誰だ』
「説明しづらいな」
 ブライトは目の前のモニターを半分だけアムロ率いるMS小隊の画面に切り替えてから、ゆっくりとこう言った。
「ウラキ大尉は……アムロと同い年の……」
『はあ? 同い年とか、それ重要か?』
 画面の向こうでカイは首を傾げている。
「……ガンダム乗りだ。以上、通信を終わる」
『ちょっ……』
 小隊が『シュバリエ』に取り付いたのが、画面で確認出来る。
 ……どうするアムロ、ウラキ大尉は地上でやる気らしいぞ。












2007.12.21.




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