「ガンダリウムγ……」
「そう、ガンダリウムγ。それも200tだ」
「……」
 艦に帰投したラー・カイラムのMS小隊は左舷格納庫近くの小部屋でミーティングを行っていた。時間短縮の為にブライトがブリッジから出向き、全員にこれまでの状況を説明していたのだが、積み荷の正体に誰もが声を失う。
「それってガンダムタイプを何機作れますか」
 分かっているような分かっていないような間の手がサットンから入る。緊迫した場面なのだが、若い人間の無邪気な発言に少し空気が和んだ。
「そうだなあ、中身までガンダリウムで作る訳じゃないから……外装だけだったら五、六機分、ってとこか?」
「わざわざ答えるなアストナージ」
 ブライトがアストナージを睨み、諭された彼は首を竦めた。
「そりゃ、即時撃墜命令も出るってもんですよね……」
 サットンはしたり顔で頷いている。呑気なのはいいが、状況は深刻だ。
「ヤバいだろ、それは」
 アムロが唸るようにそう言うと、ブライトも頷いた。
「そうだな。……というより、そこまで重要な物資を護衛も付けずに極秘にアナハイムに納入しようとしていた地球連邦軍の政治的体質が見まごう事無くヤバい」
「……」
 アムロはノーマルスーツのまま、腕を組んで考え込んだ。
 積み荷がガンダリウムの塊だと分かった以上、仮に追いつけてもこの艦の装備だけでは撃墜出来ない可能性が高い。この艦の主砲の威力と、それから砲撃手達を信用していないわけでは無いが、戦艦の主砲というものはそもそも艦隊戦で広範囲の敵を殲滅するのに向いて設えられた装備であってピンポイントで純度の高い物質を消滅させるには向いていない。
「一応、カイさんに連絡を……」
「もうした」
 険しい表情のままブライトが頷く。
「……」
 そうだ、きっと正攻法では『シュバリエ』は墜とせない。必ず裏に何かある。情報を集めないとこっちが追いつめられる。……重要な物資を、護衛も付けずに運ぼうとしていた連邦軍本部。躊躇う事なく出された撃墜命令。ミノフスキー粒子の濃さに紛れて伝わって来ない情報……怪しすぎる。
「ちなみに、現時点での落着予想箇所だが」
 ブライトが無表情に近い顔のままブリーフィングルームのモニターを差した。
「……現地時刻で十二月二十四日午後二時五十八分、場所は北米、地上方面軍所属のオークリー基地」
「!」
 アムロは驚きのあまりブライトを凝視した。ブライトも頷く。
「確かに事故にしてはピンポイント過ぎだな、落下場所が連邦軍の基地とは」
 そんなことを言っているんじゃない。そこは……そこは、ウラキ大尉のいる基地じゃないのか?
「カイさんに連絡を……」
「もうした。……MS隊はもう一回『シュバリエ』に向かえ。主な行動目的は生存者の確認。その間にこの艦は出来るだけ追いつき、主砲の発射準備をしておく。……これでいいんだな、アムロ?」
「……悪いな」
「構わん。……以上!」
 ―――0091、十二月二十四日、宇宙時間午後十五時時五十八分。



「出ました! アナハイムエレクトロニクス、第一企画開発部主任、ニナ・パープルトン女史です」
『……あら』
 モニターの向こうに現れたニナは、ひどく意外そうな顔でオークリー基地の会議室に詰める面々を見渡した。
『皆様、ごきげんよう。……いつも弊社がお世話になっております。何事かしら』
 宇宙世紀0091、十二月二十四日、地球現地時間では午前十時五十八分。
「時間がないんだ。あのさあ、突然で申し訳ないんだけど、今から三十分以内にこの基地……オークリーまで運んで来れる、超長距離狙撃用ライフル、みたいなのって無いか?」
 しかしウラキは淡々と、何の前触れもなくそう話し出す。会議室にいた幕僚長達はギョッとした。
『狙撃対象をどうぞ?』
「ガンダリウムγを200t。しかも、現在衛星軌道上にあって、今しも重力圏に落ちて来そう、っていうやつだ」
『……』
「それを、大気圏突入しちゃってからでも地上から吹っ飛ばせるような強力なヤツな」
『……』
 画面の向こうでニナ・パープルトンは黙り込んだ。カチカチと小さな音が響いて来るのは、手元の端末で何かを確認しているからだろうか。
「希望出力としては、ZZのハイメガキャノン砲の三倍くらいの……」
『あのねぇ、艦隊クラスのメガ粒子砲が必要なのはよく分かったわ! でも、ZZのハイメガキャノンでもコロニーレーザーの20%、50MWはあるのよ!? その三倍とか、贅沢もいい加減にしなさい!』
「……悪かったよ」
 呆れて言葉も出ない基地上層部に対して、ボギーが非常にのんびりとこう告げた。
「説明するとな。ありゃ、ウラキ大尉の嫁さんだ。だからまあ……別にアナハイムと連邦の関係にヒビが入る訳でも、冗談で言ってる訳でも無いから安心しろ」
「……」
 そんな事を言われても心配事の絶えないのが中間管理職、というものである。
「で、結論から言うと……」
 一人の幕僚長、つまり中間管理職の一人がそう呟いたとき、ニナ・パープルトンが顔を上げた。
『……あったわよ』
「何処だ。間に合うか?」
『ちょうど北米カリフォルニア基地で重力下テストを終えて、宇宙に上げる寸前だった100MWの超長距離試作メガ粒子砲があるわ。モビルアーマー用なんだけどね』
 むしろそんな巨砲の重力下テストが何故必要だったのか、そちらの方をを疑問に思うが、さっさと会話は続いてゆく。
『三十分は無理ねぇ……』
「どれくらい」
『宇宙に上げる直前で貨物用シャトルには積んであるから、四十五分もあれば届けられるわ。そちらの時間で午後十二時ちょい前、ってところ?』
「セッティングは」
『大きいのよ。システム全部を遠隔操作に切り替えるのは短時間じゃ無理ね。モビルアーマー用の設定をモビルスーツ用の手動トリガーに変更するのが一番簡単かしら。それだったら三十分くらいで済むわ』
「十分だ。元から遠隔操作なんて期待してない。ミノフスキー粒子を撒かれたらコンピューターによるオート標準なんて使えっこないのは分かってる。ここに運んで来れる兵器、ってところが重要なんだ。目標はこの基地に向かって降って来ている。ここから狙うのが短距離で効率的なんだよ」
『誰かが生身でモビルスーツに乗ってトリガーを引かなきゃならない、って事なのよ?』
「やるつもりだ」
『……』
 会議室に沈黙が満ちた。……この二人、夫婦だとか言って無かったか?
「何発撃てる?」
『一回が限界ね、消費電力が多過ぎるもの。滑走路一本、全てセッティングに使うくらい大きいわよコレ』
「セッティング用の資料も一緒に回してくれ。準備する」
『……ちょっと! 私、まだ未亡人になりたくはありませんからね!』
「あ、いいですよ、切ってもらって」
 ウラキが顔を上げたので通信兵は思わず反射的に通信を切った。
「武器は手に入りました。何度も言いますが、逃げたい方はさっさと逃げて下さい……俺は残りますよ」
 ……落着まで、あと四時間少し。












2007.12.20.




HOME