「……他に発言のあるものは」
オークリーの基地司令が議場に集まった五十人近い士官達にそう聞く。特に誰からも発言は無かった。
「分かった。では、私はこれから幕僚長達と会議に入る。別命あるまで待機。三十分後にこの基地全体としての方針を決め発表する。一時散会」
豊かな髭をたたえた基地司令がそう言い、ウラキも他の士官達と一緒に議場を出ようとしたその時だった。
「なお、諜報三課のハンフリー・ボガート大佐と試験評価第一小隊隊長のコウ・ウラキ大尉は残るように」
ウラキは議場の扉の手前で立ち止まった。それから、実に苦々しい思いで後ろを振り返った……ボギーの奴、やってくれたな。
『出れるか』
「ああ」
ブリッジからの通信をアムロはリガズィの中で聞いていた。
「MS小隊は通常装備で出る。『シュバリエ』周囲を哨戒した後、一度帰艦する。……この作戦で問題無いな?」
『行け。シュバリエは輸送船のくせにやたら足が速い……気をつけろ』
「分かった」
それだけ答えるとアムロはブライトからの通信を切った。左舷デッキに火が灯り、見る間に滑走路が出来上がって行く。アムロはグリップを引いた。
「……アムロ・レイ、リガズィ出る!」
オークリー基地の会議は、小さいブリーフィングルームに場所を移しまだ続いていた。
「住民の避難は」
「既に開始しました。……この基地より周囲百キロ圏内に居住する一般市民には避難勧告を発令、」
「五時間程度で何とかなるのか」
ウラキはつい不安になって、発言の許可を得ないままにそう言ってしまった。
「大丈夫だろう……『二度目』だからな」
「……」
基地司令が思ったよりも冷静な口調でそう返し、ウラキは黙り込む。……そうだ、ここにはかつてコロニーが落ちている。そういう場所だ、だから住民も確かに『避難』には慣れているのだった。
「さて、諸君。住民の避難が成功したとして、問題はこの基地としてどういう選択を選ぶべきかだが、」
「分からない事が多い」
ウラキがまた発言の許可を得ないままそう言った。幕僚長達は少し眉を潜めた。
「……まぁまぁ、お偉方の不満も分かるけどよ、ここはウラキ大尉の意見も聞いておいた方がいいぜ? なにしろ『星の屑』の当事者で……経験者なんだからさ」
何故かヘラっとした笑顔で助け舟を出したのはボギーだった。
「発言を許可する」
ボギーの台詞があまりにあけすけでウラキは少し面食らったのだが、幕僚長達は気にしていないらしい。
……『星の屑』か。俺も久々に聞いたな。
「まず第一に、軌道艦隊が撃墜を諦めるのが早すぎる。全長千メートルの艦は確かに巨大だが、コロニーに比べたら格段に小さい。戦艦が五隻も追っているというのなら落とせないサイズじゃない」
「……落とせない理由があるのだよ」
とんとんとん、と基地司令が机を指で打った。
「何ですって?」
「画像を」
ウラキが聞き直すと、基地司令が脇に立った副官にモニターを操作するよう指示を出した。副官はすぐにモニターを立ち上げ、皆は画像に注視する。
「これが『シュバリエ』だ。全長が千メートル以上あるのは先に説明したが、この艦は六つのコンテナが合体したような構造をしている。コロニー建設の際のモジュールを思い出して貰うと分かりやすい」
画面にはシュバリエの画像が映っていた。地上で言う長距離輸送トラックのような構造をしている。機動部が、後ろに連なるコンテナを引っ張って航行しているそんな状態だ。
「この艦がアナハイム社関連施設に向かっていることも先に説明した通りだ。運んでいるのは当然軍物資なのだが今回は実に運悪く……」
基地司令が立ち上がると、モニターの前に行き中央あたりにある二つのコンテナを指差した。
「この二つが、EFIS規格LTX300系資源を運んでいた。コンテナ二つで計200t……ガンダリウムγ(ガンマ)だ」
「……」
ウラキは目眩を憶えた。
それはルナチタニウムを素としたガンダムの装甲にも使われるような原料だ。それが塊で200t。確かに落とせる訳が無い……それどころか、大気圏突入でも到底燃え尽きないだろうと思われた。
「……様子がおかしい」
『シュバリエ』に取り付いたアムロは、ブリッジを覗き込んで呟いた。
『大尉! どうしますか、一旦帰艦しますか?』
そのアムロのリガズィに、さらに取り付いたサットンが話掛けて来る。
「編隊を散会! ……ブライトに連絡して、それから考える」
アムロはそう答えてサットンのジェガンを振り払った。行く筋もの光の帯を引いて、モビルスーツが輸送艦の周りを一重二重と周回する。
「……こちら哨戒中のR1。……ブリッジ!」
『なだ、アムロ』
通信状態がひどい。……ミノフスキー粒子を、ラー・カイラムかシュバリエのどちらかが撒いた様だった。
「シュバリエ艦橋部に現着。……様子がおかしい、火が灯っていないし、中には誰も見えない」
実際、辿り着いてみたシュバリエの艦橋は真っ暗で、無人の様に外からは見えた。
『無人だと? いっん戻れ。こちらも状況が変わた。積み荷が分かた』
「何だって?」
母艦からの中途半端な通信に、アムロは苛立ちを憶えた。
「……戻っているヒマなんてあるのか! このまま取り付いて内部を制圧するという選択肢もある」
『いから戻れ! ラサの決定だ!』
ラサ、と来た! アムロはついフットペダルを思い切り蹴り付けた。
「小隊全機に告ぐ! 全機、一時帰艦!」
『えええっ、』
サットンの驚いた声が通信に飛び込んで来たが、アムロはシュバリエの周囲をもう一周すると、さっさとラー・カイラムへの帰路に着く。見る間に、灯る光も少ない輸送艦は後方に小さくなってゆく。
……その巨体を眺め、まるで棺桶だなとアムロは思った。
「宇宙で艦隊五隻をもって攻撃をしても『シュバリエ』を完全に破壊する事は不可能……とまあ、つまりはそういうことですよね?」
「そうだ」
―――0091、十二月二十四日地球、午前十時半。
「仮にある程度破壊は出来たとしても、恐らくガンダリウムを積んだコンテナ二つは最後まで壊せまい」
「その通りだ」
「大気圏に突入してからは、もちろん迎撃しようが無い」
「ミノフスキー粒子が運用されるようになってから、地球上に迎撃ミサイルのシステムが殆ど無くなったのは知っての通りだ。……当たらないミサイルなど幾ら装備しても無駄だからな」
「……」
ウラキと基地司令の会話は、そこで一回止まった……同席している本来会議を進めるべき幕僚長達からは、一言の言葉も発せられない。ボギーだけがやや面白そうに、そのやりとりを見つめていた。
「……だから尻尾をまいて逃げる、と」
「!」
「いい加減にしたまえ、大尉!」
そこでやっと一人の幕僚長が口を挟んだ。
「無駄死にするべきではありません、司令! 打つ手が無いのなら、落着物を破壊出来る兵器がこの基地に無いというのなら、自分達も住民と一緒に即刻避難を開始すべきです!」
「そうだな……他に選択の余地は無し、か……」
基地司令がそう言いかけた時、ウラキが椅子を鳴らして立ち上がった。
「では皆さんは勝手に逃げて下さい。命令違反になろうとも、自分はここに残ります」
「君には何か案が有るとでもいうのか、ウラキ大尉!」
「……」
ウラキは部屋の中に居る全員をゆっくりと見渡してからこう言った。
「案はあります。……が、成功する可能性は非常に低いでしょう。」
「対抗し得る武器も無いのにどうやって……!」
「連邦軍に装備が無いと言うのなら、在る所からちょっと借りればいいんですよ」
戸口を振り返ると、彼はそこに立っていた通信兵に一言声をかける。
「アナハイムエレクトロニクスの本社に繋いでくれないか。大至急で。相手は……」
通信兵はどうしたものかと思ったらしく、基地司令の顔を仰ぐ。司令は、静かに手を振った。
「至急繋ぎます」
「……」
その様子を眺めていたボギーが、「ほらな、だからウラキ大尉を呼べば面白くなるって言っただろ?」と基地司令に陽気に声をかけた。
>
2006.12.28.
HOME