「……ほら見ろ、言っただろ」
「いや、何も言わなかったじゃないか、アムロ」
「……」
 ブライトとアムロの二人はしばし無言で見つめ合い……それから、モニターの片隅に映る巨大輸送艦の船影に視線を戻した。輸送船と、それから艦隊司令の画像に。
「どうしますか、ワイアー少将。命令を」
『撃墜を。……「シュバリエ」を監視し、地球に落ちる前に可能な限り全ての手段をもって、撃墜を。他の艦隊がその宙域に辿り着くにはあまりに時間がかかる。君たちに頼むしかない。また連絡する』
 艦隊司令はそれだけ答えて通信を切った。



「……で、用は何ですか」
 同刻、地球、北米オークリー基地。
「ま、用って程でもねぇんだけどよ。……ちょっと俺の組織が情報を掴んでな……」
 ウラキとボギーは、格納庫の裏でやる気無さそうに佇みながら、まだ会話を交わしていた。
「あんたが持って来る話は大抵、碌な事じゃない」
「そりゃ『焼け野が原事件』のことを言ってるのか?」
 ボギーが苦笑いしながら吸い殻を爪の先で飛ばす。ウラキは空虚な瞳で、その吸い殻の描く放物線を見た。
「それがな。……つい先日の事なんだが、とあるテロ集団が地球軌道上を航行する巨大輸送艦をシージャックしようとしている……という情報を得た」
「……だから? 俺には関係ないでしょ、」
 ウラキがボギーの飛ばした吸い殻を几帳面に踏みつぶした瞬間に、基地のサイレンがけたたましく鳴り響き始める。
「……関係無いといいがな」
 ボギーが首を竦めて司令棟に踵を返す。ウラキもその後を追った。第一種警戒態勢。この北米の片田舎の基地に、サイレンが響き渡る事自体が滅多に無い。
 ……何かが起きている。



「即座に撃墜命令とはどういうことだ」
「よほどヤバい物を積んでいるんだろう、だがまあ目視出来る宙域に居るのだし、艦を沈めるのに大した手間はかからない」
「仮にも味方だぞ! ……軍の所属だと言ったじゃないか、それを……」
「報告!」
 アムロとブライトのやり取りを通信兵が遮った。
「シュバリエより入電! 『ワレ航行フノウ、ブリッジヲ占拠サレタ。テロリストハショゾクヲ”ジユウコロニードウメイ”トナノリ』……以上です、以上で電信が途絶えました。かなり古い連邦軍の暗号コードを使っています。恐らくブリッジからの発信では有りません」
「……」
 アムロとブライトは顔を見合わせた。
「……撃墜だ」
「いや、その前に人員の保護だ。……今の通信を聞いてなかったのか、乗っ取られたとしても味方の生存者が居るかもしれないんだぞ!」
「罠の可能性だってある。ロンド・ベル隊は白兵の専門部隊ではない。お前はあの巨大な艦に取り付いて、内部を制圧する自信が有るのか?」
 ブライトがそう言った時、見るからに分かりやすくモニターに最大望遠で映った巨大輸送艦の進路が変わった。
「報告! オノバン級『シュバリエ』、進路を変更しました!」
「依然地球周回軌道上を直進、ただし落着コースに進行しています」
「……一番近い他の連邦艦は」
 ブライトが聞いた。……アムロは艦橋を出ようとしている。
「一番近い場所に居るのは第三軌道艦隊コンペイトウ所属のベル・ベモア隊です。即時に出撃しても現場に到着するのは二時間四十六分後!」
「今のままの航路を保った場合『シュバリエ』が阻止限界点を突破するのは」
「計算では一時間五十四分後……」
「……出ろ」
 ブライトがメインモニターから全く目を離さずに、出口付近にいるアムロに向かってそう言った。
「……ああ行くさ、他に選択肢は無さそうだからな」
 アムロはそう答えてブリッジを出た。
「落着までの時間とコースを計算しろ。……落着予想地点も合わせて出せ」
「アイサー!」
 ブライトはオペレーターに指示を出し、軽く頭を振った。……見ろ、予想し得る最悪の事態になったじゃあないか。



「……宇宙軍、軌道艦隊総本部からの報告である。宇宙時間の十二月二十四日、午後三時を持ってオノバン級輸送艦『シュバリエ』からの通信が途切れた。テロリストによりシージャックされたらしい」
 北米オークリー基地の司令棟には思ったよりも大きな会議室が用意されていた。第一種警戒態勢となるとここまでやるらしい。尉官以上の人間は全て居る。……作戦会議なんてのはお偉い人間だけが集まって、もっと極秘裏にするものかと思っていた。おおっぴらで公平な会議形式にウラキは少し好感を憶えた。オークリーの基地司令はリベラルな人間のようだ。会議室のモニターには巨大な輸送船の姿が映し出されている。ウラキは席には座らず、後ろのの壁に寄りかかって腕を組んでいた。会議室まで一緒に来たボギーとは入り口で別れた。
「皆に集まってもらったのは他でもない」
 基地司令が立ち上がってそう言った。
「第四軌道艦隊が現在『シュバリエ』のもっとも近くに居るが、報告によるとオノバン級輸送艦は全長が千メートル程、」
 ため息とも驚きとも付かないざわめきが会議室に広がる。
「宇宙で仕留め損ねた場合、つまり大気圏に突入した場合、全てが燃え尽きない可能性が高い」
 そこで基地司令は一息ついて続けた。
「しかも軌道を計算した結果、ここ北米大陸、しかもこの基地に向かって降って来る可能性がもっとも高い」
 会議室のざわめきがまたひときわ高くなった。
「皆に提案したいのは基地を放棄するのか……それとも、何らかの迎撃策に出るのか、ということだ。皆の意見を聞いてから私は判断を下したい。それで皆に来てもらった」
「……輸送艦を追っている部隊はどこですか」
 唐突に、許可無くウラキは発言した。会議場に居る全ての人間の視線がウラキに集まる。
「階級と所属を」
 基地司令は冷静にそう聞いてきた。ウラキは腕組みを解き、敬礼をしながら続けた。
「MS評価試験第一小隊所属の、コウ・ウラキ大尉であります」
「追っている艦は第四軌道艦隊所属、ロンド・ベル隊の五隻だ」
 つい最近自分が訪れたばかりの隊の名前が出て少し驚いた。
「アムロ・レイ大尉が所属している隊だ」
 ウラキは続けて発言した。
「彼らなら止められるんじゃないですか? 落着を。その仮定の元に発言して構わないのなら、自分には全面撤退は憚られます。必要最低限の人員を残して基地を引き払うのは構わない。しかし、最後まで諦めるべきじゃない」
「……報告!」
 実にアナログな紙媒体の報告書を持って、その時一人の通信兵が議場に飛び込んで来た。
「発言を許可する」
 基地司令が答えた。
「イエスサー! ……『シュバリエ』の進路が確実に変わりました。地球突入角に侵入。ロンド・ベル隊からはモビルスーツ部隊が出ました。最新の落着予想地点は当基地南南西1キロ。落着予想時間は四時間四十九分後……以上です!」
 議場にはまた大きなざわめきが満ちた。……基地司令に向かって、ボギーが何かを舌打ちしている光景がウラキには見えた。












2006.12.25.




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