『大尉! 聞こえてましたか、大尉!』
「……ああ」
『30、29、28、27……』
地下シェルターから叫び声のような通信が入る。読み方は冷静にカウントを続けていた。聞こえた。……ああ聞こえたとも!
「もう十分の二度、角度を変えろ。右に旋回だ」
『アイサー!』
睨み続ける光学スコープの向こうに、やはりシュバリエの残骸は点のようにしか映っていない。ピピピとなり続ける標準合わせのアラート音が痛い程だ。分かってるんだよ、十分に標準圏内だ。撃てば当たるとコンピューターは判断している。でも駄目なんだ。……それじゃ駄目なんだよ!
『20、21、22……』
ごく僅かにだが、目の前の超長距離砲が震える。その砲身には発射前の粒子の熱が籠って、青白い火花が全長30メートルのそれを包む。
擦ればいい。……擦りさえすればいいのだと分かった、アムロ・レイの反対側を。そうすれば装甲だけ妙に堅い史上最強のコンテナの表面が溶ける。装甲さえ溶ければ中身はガンダリウムでは無いのだ……地上に落着するまでに確実に摩擦で分解する。
『……15、14、13……』
読み方は続いている。
『……ウラキ大尉』
「なんだ?」
アムロから通信が入って、ウラキは答えた。……通信を切らないでくれと我が儘を言ったのは自分だ。
『さっきの石ころの話なんだけどさ』
『5、4、3……』
『ああ?』
『思った事がある……続きは『後で』、な」
ウラキはトリガーに手をかける。
『2、1……時間です!』
凄まじい光の奔流が、地上から一気に放たれた。
ビリビリと、震えるような振動が地下三百メートルのシェルターにも響いて来る。
「状況!」
ボギーはその場に居る最高位の士官として、状況の確認を皆に指示した。
驚いた事に、その光はラー・カイラムが留まる宇宙からも確認出来た。
「……凄いなこりゃ。戦艦用なんだっけ、モビルアーマー用なんだっけ?」
「欲しいのか、アリス? ……ラー・カイラムに配備可能かどうかアナハイムに問い合わせてみる」
ブライトはそう答え、オペレーターに次の指示を出した。
「状況! 特に地上方面軍オークリー基地、及び第四軌道艦隊本部との連絡を密に取れ!」
「アイサー!」
「……あ、そうか! 今日ってクリスマスだった」
保育所に息子達を迎えに行きながら、ニナは急にそんなことを思い出した。
「旧世紀のお祭りだし、コウがクリスマスなんて知ってるわけないわよねー。あ、でも今回は我が儘を聞いてあげたんだから、プレゼントとかねだってみようかしら。ヴィトンの新作バックで欲しいのあるし。あー、でも薄給だしなあ連邦軍って……」
そんなことを呟きながら保育所のドアを開く。……とたんに、母の出迎えを待ちわびていたエイパーとサウスとケリィが飛びついて来た。
「ママ!」
「はい、お待たせ! 三人とも、今日は家に帰ったら電話でパパとお話ししようか。いつもより長く」
「うん、する!」
三人の息子達を抱きしめながら、今日もコウが無事でありますように、と彼女は祈った。……上手く使えたのかしらね、あの超長距離試作メガ粒子砲。
「……やったか」
そう呟くと、カイは端末の電源を落とした。地球の裏側であるここからは見えないが、各所からの通信を聞く限り、たった今超長距離砲によるシュバリエ残骸の狙撃が行われたはずだ。端末だけでなく、通信の回線も落とす。……信じている。
カイは腰を上げると、ちゃんとコーヒーでも入れ直そうか、と思って台所に向かった。窓から見えるのは夜空だ。
ウラキが放った超長距離試作メガ粒子砲の軌跡は、北米の何処からでも見えた。
それはまるで、天に駆け上る光の矢の様に。
周囲のもの全てを四散させ、雲を蹴散らす勢いをもって、遠く高く弧を描いた。
「……ロ! アムロ!」
粒子砲が通り過ぎた周辺だけ、空にぽっかりと大きな穴が空いたように異様に晴れ渡っている。周囲に無理矢理退かされた薄い雲が、何重にも輪を描いている。
「アムロ!」
狙撃用のスコープを外したウラキは、インカムだけを身につけてジェガンから飛び降りると滑走路の上に立ち、まだ異様な蒸気を上げる巨砲の脇で、
「アムロ、アムロ!」
その穴に向かって叫び続けていた。
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2008.01.14. 次回最終回です。
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