『Christmas』
『Christmas EVE』
『Christmas eve』
『Marry christmas』
『happy christmas』
 ボギーから、パスワードのヒントを得たカイは、思いつく限りの単語を試してみていた。
「駄目だ、何の反応もないぞ」
『今、こちらでもクリスマスについて調べている。……「サンタクロース」は入れてみたか』
「とっくに。……っていうか、こんなメッセージがシャアから届いていたならもっと早くに教えろっての……!」
『silent night』
 と、そこへブライトからも通信が入った。
「はぁ? ……なんだそりゃ」
『いや……カイが見つけたページには「今日は何の日?」と書いてあったんだろう。だったら「日」に関係した単語の方がいいのではないかと思ってな』
「何だよそれは」
『有名な賛美歌の一節だ』
「ったく……!」
 会話を交わしながら言われた通りに打込んでゆく。サイレントナイト。……静かな夜? 大した皮肉だ、今日は一日大騒ぎだったていうのに。
「出た!」
 ところが、そのブライトの予想が大当たりで、その単語を撃ち込んだ瞬間に最後のプロテクトが外れた。急いで中に潜り込み、新しい画面から目星そうなファイルにアクセスする。
「……って、おい」
 そして、現れた結論に……カイは呆然とした。



「……皆聞いていたか。後数十分でガンダリウムは成層圏、高度三万まで落ちて来る」
『大尉……』
 有線で繋がっている地下シェルターの通信兵が、泣きそうな声を上げた。
「地上からももう確認出来ている。アムロ・レイ大尉の言う通り、その時点での狙撃が一番有効かと思う。総員、最終チェックに入れ。発射角の調整は直前まで行う」
 そこまで言って、ウラキは付けっぱなしだった狙撃用のスコープを一度外した。
 ―――宇宙世紀0091、十二月二十四日地球時間午後一時二十分過ぎ。
「……」
 バイザーを外した肉眼で、改めて見上げた空は青かった。青い。……ほんと青いな、空。天気がいいな。
 無理だってのは自分でも分かってる。光学二万倍程度のスコープでは、今だ全長百メートルあるというシュバリエの残骸ですら点にしか見えないのだ。……それでも。
「……俺は最後まで諦めないぞ」
 ウラキは低く呟いて、もう一度スコープを覗き込んだ。
「整備チームは、気流の流れと温度による補正を引き続き続けろ。アナハイムの面々は申し訳ないが、角度の微調整に付き合ってくれ。俺は我が儘を言うぞ? オペレーター、泣いてる暇があったら外の状況を分かりやすく伝えてくれ」
『アイサー……』
 ガンダリウムには直撃させなきゃならなくて、アムロ・レイには当てる訳には行かない。
「……二分の一度上。二度右へ」
『アイサー』
「……もう一度右へ」
『……コウ。コウ』
 そこへ、遠慮がちにアムロが話しかける。
「アムロ、絶対通信を切るなよ。切ったら絶交だ」
『どうしてそこまでやるんだよ。俺ごと撃つのが一番手っ取り早いだろうが。軍人としても真っ当な判断だ』
「あのさあ、大尉。……さっき話したけどな、俺、一回落ちて行くコロニーを眺めたことがあるんだ。宇宙から」
『……』
「その時に思ったんだ。……俺ってつくづく『石ころ』だなあ、って」
『……』
 何と自分は無力なのだろう、何と自分には出来ない事が多いのだろう、何と自分は凡庸なのだろう。その時の自分の気持ちを思い出して、ウラキは苦笑いした。
「だからさあ。そういうのに比べるとね、アムロって真珠なんだよ。俺が石ころだったら、アムロは真珠な。いつも白くて、ピカピカ光ってる」
『……』
「……そんな人が死んじゃ駄目だ。俺が死なせる訳にはいかない。アムロはきっと俺よりたくさんの事が出来る。誰もがそう思ってるはずだ」
『……コウ、』
『最終狙撃軸固定!』
『エネルギー確認終了!』
『気流、及び温度による補正終了しました!』
 アムロが何かを答えようとした時に、次々と皆から通信が入る。
「……まあ」
 ウラキは狙撃用のグリップを握り込んだ。
「悪くても、最悪この基地に二キロの穴が空いて、俺が死ぬだけだ。その場合、大尉はなんとしても無事地上に着陸してくれよ」
『コウ、俺は……!』
『カウント入ります!』
『狙撃六十秒前……55、54、53……』
「ほら、皆もそう思うってさ」
 ウラキは相手に見えもしないのに、思わずにこやかな笑顔になってこう言った。
「『アムロ・レイ』が……死んじゃあダメだ」



『グッドニュースとバッドニュースと両方ある。……どっちから聞く』
 アナハイムの裏側に潜り込んでいたカイから、短い通信が来た。じっと息を詰めてアムロとウラキの動向を見守るだけだったラー・カイラム艦橋の空気が動いた。
「……悪い方から」
 ブライトが答える。
『悪い方からにしてくれ』
 オークリーの地下三百にあるシェルターからボギーも答える。
『じゃあ、悪い方からな。……ガンダリウムγ200tだが、今回の輸送がそもそもカモフラージュに過ぎない。ガンダリウムが連邦から提供され、ロンド・ベル隊の新作モビルスーツ制作に使用されると知ったアナハイム社の幹部が……多額の報償と引き換えにそれをネオジオンに横流しすることを思いついた。で、そのもうけ話に連邦軍もノった。肝心のガンダリウムはもう三日前にネオジオンに引き渡されちまってる』
「確かに、かなり悪いニュースだ」
 ブライトがそう言えば、ボギーもこう答える。
『ガンダリウムは管理がキツいからな。……新作モビルスーツの為に物資が動く……その隙が狙われた、ってことだろうな」
 新型機の開発が許可されたことが仇になったのか。ブライトは頭を抱えそうになった。
『で、次がいい知らせ、の方だ。……既にガンダリウムがネオジオンの手に渡っているという事は、今落下しているガンダリウムはハリボテ……ってことになる。ありゃな、ガンダリウムで装甲した史上最強に頑丈な、だがしかしただの……コンテナだよ』
「しかし、うちの主砲で撃ち抜けなかったんだぜ!?」
 ブライトの脇に立ったアリスが何故か答える。
『おう、そうは言ってもモビルスーツの装甲の何十倍もの厚さだろうからな。しかし、そろそろ限界のはずだ』
『ウラキ大尉にすぐ伝えろ!』
 通信の向こう側で、ボギーがそう大声で叫んでいるのが聞こえた。ラー・カイラムは、そしてロンド・ベル艦隊の戦艦五艦はすでに足を止め、大気圏にほど近い場所で地上に落着の光が煌めかないのを祈っている。
「……間に合え……!」
 ブライトが絞り出すような声を上げた。












2008.01.13.




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