『ブライト・ノア大佐! 今日は何の日だ!』
 ボギーらしからぬ……特務部隊所属の諜報要員らしからぬ叫び声のような通信が入った時、それがまさに、アムロがハイパーメガランチャーを放った瞬間だった。
「報告! ……シュバリエ残骸の現状と、それからリガズィの確認!」
 ブライトはそれだけオペレーターに指示してからボギーの通信に返事をした。
「今忙しい!」
『それは俺もだ』
 ザザザ……と嫌なノイズが、先ほどまでアムロの声を拾っていたスピーカーから流れて来る。
「現在、高出力兵器の使用直後なので……はっきりとは何も確認出来ません! シュバリエも、リガズィも……アムロ・レイ大尉もです! 見えません!」
 ブライトはこめかみに手をやった。……落ち着け。あと数秒、もしくは数十秒で電磁波の嵐は過ぎ去るはずだ。とりあえず繋がる方から話をしておこう。……落ち着け。
「ハンフリー・ボガード大佐。それは緊急な話題だろうか?」
『それなりに。カイが泡食って連絡して来たからな』
「そうか。今日は……十二月二十四日だな。いや待て」
 そこで唐突に気付いた。……アムロがシュバリエに哨戒して、ブリッジに乗り込んだ時妙なメッセージが現れたと言っていなかっただろうか。
「……『メリークリスマス! プレゼントは気に入ってもらえたかな? 愛を込めて。 C・A』」
『はあ?』
 通信の向こう側で、ボギーが分からない、という声を上げる。
「『メリークリスマス! プレゼントは気に入ってもらえたかな? 愛を込めて。 C・A』……そういうメッセージが、シュバリエのブリッジに仕掛けられていたんだそうだ。そして私はアムロにクリスマスってなんだ、と聞かれた」
『クリスマス……』
 そうだ思い出せ。……クリスマス。クリスマスだ。まだパブリックスクールの学生だった頃に習ったハズだ。絶対習ったぞ。
「今日は何の日? と聞かれたら、恐らくそれは……『クリスマス・イブ』だ」
『旧世紀の祭りか?』
「そうだ。思い出した、今日はクリスマス・イブで、サンタクロースが子供にプレゼントを配る日だ。……そして、明日がクリスマスだ」
 まったくおうむ返しに、その内容をカイに向かって伝えているボギーの声が聞こえて来る。……そうか。クリスマスだったのか。
「……艦長。重要だったんだな、クリスマス」
 脇に立ったアリスがそんなことを呟いていた。
 ……あぁ、そうか、そうだったのか。だから。
 その時、艦橋にいた女性オペレーターが悲鳴に近い声を上げた。
「……大尉です! リガズィ、たった今確認出来ました!」



 初めて使う武器の勝手がよく分からず、案の定反動で大気圏に突っ込んでしまった。
 ―――当たったのか? 外れたのか?
 アムロは薄い意識の中で、そんなことを考えていた。早くウェイブライダーに変形しないと。俺も燃え尽きる。あたりは既に真っ赤だ。
 通信が繋がらない……。
『―――アムロ!』
 次の瞬間、耳に入って来たのはウラキの叫び声だった。
「っ!」
 瞬時に飛び起きる。そしてまず何より先に機を変形させた。……動いた! 変形機構は生きていたようだ。これで大気圏突入で燃え尽きるなんてバカな真似だけは免れた。しかし更に次の瞬間、思ったよりも近く……むしろモニターの画面全体を塞ぐように映る巨大な姿を見て、絶望を憶えた。
「……コウ」
『アムロ! 良かった、無事だな? どうなっている、どのくらい潰せた!』
 何度か手元のレバーを引いたが、リガズィは変形してくれたくせに、自由に飛行は出来ないようだった。とりあえず隣を一緒に落下して行く、残ったシュバリエのコアブロックのサイズを確認する。……半分、ってところか。
「半分だな。……半分」
『…に、…く聞こえな……だけど……』
 どれくらい離れているんだろう。言ってもおそらく、数百メートルというところだろう。一キロも離れていない。大気圏突入の一番深い所に入ったらしく、通信も通じなくなって来た。
「やっぱり無理だったか……」
 赤く燃える摩擦の中で、アムロは考えた。
 このサイズのガンダリウムの塊が、落着までの残り一時間で燃え尽きてくれるとは考え辛い。シュバリエの全長が千メートル近く。一つのコンテナが百メートル程の大きさだったとして、ガンダリウムの塊が積まれていたのは二つ。宇宙で撃墜出来たのはその約半分。
 ということは、長さにして百メートル近い物体がそのままの形で残っているということだ。通常の隕石なら中間層に入った辺りから空気抵抗で分解し始めるが、ガンダリウムはほとんど分解しないだろう。クレーター径というのは突入の角度や隕石の材質にもよるがほぼ直径の二十倍だ。……直径百メートルの隕石が落着した場合は……深さ四十五メートル、直径二千メートル……くらいか?
「……くっそ! 頭が良く回らない……!」
 熱圏の摩擦に煽られて、コックピット内部のフレームが嫌な音を立てて震える。
 と、更に次の瞬間一気に辺りが冷え込み、色が変わった。熱圏を抜け中間圏に入ったのだ。大気の抵抗が徐々に強くなる。急いで高度計を確認する……高度八万。
『……アムロ!』
「良かった、ウラキ大尉。……通信が復活したのは嬉しいが、残念なお知らせだ」
『今どのあたりだ』
「高度八万。……ガンダリウムなんだが、まだコンテナ一つ分くらい残ってる」
『アムロとの距離は』
「……これが、数百メートルと離れていないんだ」
『っ……』
 通信の向こうでウラキが押し黙った。
「もう、こちらを補足出来ているな?」
『……ああ。まだ点みたいだが』
「おそらく大丈夫だろうとは思うんだが、もしこの塊が空気抵抗で分解してしまった場合、中途半端なサイズの隕石が幾つも広範囲に落下することになる。粉々に爆発してくれるならまだいいんだが、そこまでのスピードでは落下していない。どう早く見積もっても突入時点で10Km/sくらい」
『機の位置は、シュバリエのどちら側だ』
「だから、ギリギリまで引きつけて撃ちたいだろうとは思うが、高度三万……成層圏上部で、確実に分解する前を狙え。そっちの武器も、一発しか撃てないんだったよな?」
『……機の位置は!』
「……無理だ、コウ!」
 ついにアムロは叫んだ。ウラキが何を言いたいのかよく分かる。でもそれは無理だ。
「光学モニターなんだろ? 細かい標準なんて合わせられるはずが無い!」
『いいから教えろ!』
 二人とも、本当に頑固だ。
「無理だ! ……俺を外して撃つなんて、絶対に無理だ!」
『嫌だ!』
「……」
 しばらく沈黙が続いた。……やがてアムロは顔を上げると、ぼそりと小さく呟いた。
「……シュバリエの南側だ。太陽が……」
 そして目を細めてモニターを見る。
「太陽が眩しい。……地球で見る太陽の方が宇宙で見るより眩しく見えるのは……何故だろう」












2008.01.11.




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