同日、地球、北米大陸オークリー基地。現地時間で午前十時少し前。
「……大尉ー! メンテナンスはー!」
格納庫に戻り、機体のハッチを開いた瞬間にわざわざ足下から声をかけられてウラキは下を覗き込む。
「通常のものでいい! 今日はカーリーがヘマをやった! おかげで午後の演習は無しだ!」
「今、トレーラーが回収に向かいました!」
「そうか、帰って来たらカーリーには腕立て伏せ百回……いや、女にそれはあんまりか……五十回やらせておけ!」
直立した格好で格納庫に納まったモビルスーツのコックピットは、地上から十メートル以上の高さがある。……回線を使って話せば良いものを、大声で怒鳴りあって会話をするのはまるで子どものようで面白いな、と思いつつウラキはリフトで下に降りた。
「カーリーは何処でハマったんですか」
「クレーターの北側だ。……あの機体は試験品だから足回りが弱い、ってあれほど言ったのに」
「一人前にはほど遠いですね、彼女は」
「いや、センスは悪く無い」
地球連邦地上軍、北米方面オークリー基地MS評価試験第一小隊。……それが、コウ・ウラキ大尉の率いる小隊の正式名称である。
ウラキはヘルメットを整備兵に放ると、機体の使用許可証にサインをした。
「そういえば、さっきから人が来て待ってますよ」
「人?」
整備兵に言われてウラキは顔を上げた。……格納庫の奥の小部屋の方を見る。
「……よ」
出て来た人物を見てつい顔を背けてしまった。
「……俺は居ないと言ってくれ」
「もう会ってるじゃないですか」
整備兵が呆れた様でそう言う。
「……お言葉だな、ウラキ大尉。偉くなったもんだ、元気そうじゃねぇか」
……にやけた顔で格納庫の奥から出て来たのは、無精髭にくわえ煙草の……地球連邦地上軍、第三特務部隊所属諜報部部長のハンフリー・ボガート大佐だった。
アムロとサットンは、左舷ブリーフィングルーム脇にあるシュミレーターのところへ来ていた。
「大尉」
定時メンテナンスの済んだらしい整備兵がヒョイと顔をだす。
「やあ。ウェイン少尉がこのところ入り浸りだって?」
「そうなんですよ。一言言ってやってくださいよ!」
「だって大尉、『百三機の謎』が……!」
「分かった、分かった」
アムロはサットンを押さえると自分がシュミレーターの中に乗り込んだ。
「お前が納得出来ないのは……何故コウ・ウラキ大尉が『ステージ4』で百三機も落とせたのか、ってことなんだろう」
「そうです!」
シュミレーターのハッチを開いたまま、アムロはコントロールパネルを幾つか叩いた。
「……実は、種明かしをすると実に簡単だ。俺だって『正攻法』で行ったらこのステージで百三機は落とせない」
「……どういうことですか」
サットンが嬉しそうにハッチの開いたままのシュミレーターの中に顔を突っ込む。つい先頃、この艦にたまたま寄ったコウ・ウラキ大尉がこのシュミレーターの『ステージ4』で撃墜百三機、という異様なスコアを残して去って行った。サットンにとってはウラキ大尉もアムロ大尉も同じ様に尊敬すべき上官だが、この結果だけは納得出来なかった。
「ポイントは『使用武器選択画面』だ。……お前は、このステージでどの機体を選んだ?」
「ジム・カスタムです」
「その選択は間違っていない。……『ステージ4』の時代設定は0083、敵はゲルググ・マリーネだ。選択出来る連邦側MSで最強の機体はジム・カスタム。その通りだ」
アムロが幾つかのボタンを押すと、画面が武器選択画面に変わった。
「サットン少尉、君が選択した武器は」
「通常装備です。着装出来る武装は五種、ビーム・サーベル、ジム・ライフル、90mmマシンガン、シールド、頭部バルカン砲……」
「そこで、だ」
画面がそこまで進んだ時に、急に面白そうにアムロが振り返る。悪戯な子どものような、愛嬌のある顔だった。大きな瞳、なんとも言えない笑顔。……実際、十歳も年上の上官になんか思えないんだよなこういう時……と、サットンは思った。
「……なんですか」
「このシュミレーションソフトの中のこのステージでだけ、しかも『ジム・カスタム』を選択した時にだけ、もう一つ『別の武装』が選べる事にお前は気気付いていたか?」
「……え?」
サットンは驚いて画面を覗き込んだ。……確かに、大尉の示している先には通常現れない次の画面を示す下向きの矢印が現れている。
「つまり……」
「……そうだ。ウラキ大尉はこの武装の存在を知っていた。だから、『頭部バルカン砲』を選択せずに、最後にこれを選んだんだ」
そこには『爆導策(ばくどうさく)』……という見慣れない単語が書いてあった。
「何でこんな所に居るんです」
「言っておくがお前、俺の仕事場はここだよ。第三特務部隊の本部所在地がオークリー基地。居て何処が悪い」
「はーそうですか、それは気づきませんでした」
「……ぜんっぜん成長しないな、お前……」
六年程前、この基地でちょっとした事件があり、ウラキとボギーは知り合った。だがまあ、それはまた別の物語だ。
着替えを終えたウラキは、格納庫の裏面に出て来ていた。軍服だけじゃいくら赤道に近い南部に在ると言っても、オークリーの十二月は少し寒いな。そう思いながらウラキは襟元をかき寄せる。ボギーはその脇で煙草をくゆらせていた。
「成長してますよ」
「そうかあ? 俺にはそうは見えないけどな……そう言えば最近『嫁さん』見ねぇな。逃げられたのか」
「逃げられてませんよ別に。……単身赴任なだけで」
ウラキが鬱陶しそうにそう答える。
「お前が?」
「……いや嫁さんが。……彼女の方が稼いでいるので」
その台詞にボギーはつい吹き出してしまった。
「……おい、全然変わらねぇな、そういう正直でクソ真面目なところ」
「……そうですか」
会話を交わす二人の目の前には、焼け焦げた広大な大地が見えた。
……『焼け野が原』だ。
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2006.12.23.
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