「……セツネェな。俺はこういうのは、嫌いだ」
 ブライトがその言葉に踵を返す。いつの間にやらアリスが艦橋に上がって来ていた。
「……私だってもちろん嫌いだ」
「何でこう、毎回毎回……若いのが無茶しなきゃなんねぇかな」
「そう言う組織しか作れなかった、地球連邦軍の体質の問題だ」
「品行方正な返事だねぇ、艦長……」
 艦橋要員も全員が、モニターに釘付けになっていた。と言っても、後ろから追いかけているこの体勢、おまけにこのミノフスキー粒子下では大した画像はやはり見えない。
『ブライト。とにかくギリギリまで引きつけてから撃つ。一発だけだからな』
「ああ」
 カイの手回しのおかげで、音声だけ妙にクリアに聞こえるのがまた、たまらなかった。
「艦長」
「何だ」
 アリスが真横に来て、妙に声を落とすのでブライトは身体を屈めた。
「『若いの』ってのには……」
 驚いた事に何の前触れも無く、アリスがブライトの背中をひっぱたいた。
「アンタも入ってる。……無理しないでくれ、俺はアンタ以外の艦長の下にはもう付きたく無い」
「……」
 こんな荒っぽい励まし方があるものか。
 ブライトもアリス以外の砲術士官などもういらないと思った。……言葉には出来なかったが。



「……お」
 カイは急に、先ほどまでかかっていたアナハイム社のメインコンピューターのプロテクトが解かれている事に気がついた。
「おおおおぉ?」
 今しもガンダリウムが落ちて来ようと言うこの時に、裏の謎など解いていてどうなるかとも思うが、やはり自分にはこれしかない。全く無反応だったサーバーに入り込めるようになったってのはアレか。月の本社に同じように謎解きをしているヤツが居るか……いや、そりゃネェか。もしくはこの一件に関わっている誰かが焦ってボロを出し、何かの設定を変えたか。
「……」
 カイは大慌てで幾枚かのディスクを引っ張り出すと、ハッキングを開始した。手持ちのアナハイム社社員の『偽』IDを片っ端から突っ込んでみる。一般社員はもちろん駄目。課長クラス……部長クラス……まだ駄目か!
「―――来た!」
 遂に専務クラスの偽IDにお出ましを願い、かなりの深度まで潜り込んだ所で急に端末の画面が一瞬にして白くなった。
「くそっ、どっちだ! 失敗か!? 成功か!?」
 逆ハックを仕掛けられたのか、それとも仕込まれたウィルスがあったのか。あー、結構気に入ってたんだけどな、この端末……と思い始めた更に次の瞬間、真っ赤な画面に替わり、その中央にこんな文字が浮かんだ。
「……『今日は何の日?』……」
 下にテキストボックスがある。ってことは、これはパスワード画面だ。その向こうに待ち構えているのが、ウィルスなのか、正解なのかは分からないが。
「……ボギー。ボギー、聞こえてるか、俺だ!」
 カイは大慌てでボギーに連絡を入れた。
『何だよ、今まさに、って所だぞ!』
「そんなのは分かってる! あのな、今日って何の日だ!」
『はぁ? 知るか』
「いいから一緒に考えろ!」
 オークリー基地、地下300メートルのシェルターに待機していたボギーは、一も二もなくラー・カイラムにも回線を繋いだ。



―――百式の頃は何回かに分けて撃っていた粒子砲を、一発にまとめて発射するので威力はあるがエネルギーのチャージにも時間がかかる―――
 アストナージの説明は非常に分かりやすかったが、実際にエネルギーパックとハイパーメガランチャーを繋いでいる十五分程の間、アムロは気が気では無かった。大出力の兵装だということは分かるが、それだけ自分の機体にかかる反動も大きいという事だ。そもそもこんな大気圏スレスレで、射撃の為に機を固定することからして至難の業だ。
 ……それでもやらなければならない。
 もうスコープが無くても確実に当てられるだろ、というくらい近くにシュバリエは迫っている。
「カウント開始……10、9、8、7、6……」
 何故かこんなに緊迫した場面なのに、アムロは無性に地球が見たくなった。ちらりと一瞬視線を下に流し、その美しい青を確認する。
「……3、2、1、」



 決して鮮明に見えるとは言いがたい光学モニターを、ウラキはじっと凝視し続けていた。
『3、2、1……』
 地球時間、午後十三時直前。手にじっとりと汗をかいているのが分かる。方角はこちらで間違いないはずだ。何度もアムロと場所を確認し合った。
『ゴー!』
 アムロのカウントだけが響き渡っていたジェガンのコックピット内で、ウラキは確かにモニター隅に一瞬煌めく光を見た。
「……見えたっ!」
 思わずそう呟き、それから冷静に本部となっている地下シェルターに指示を出す。
「今、目標を視認した! 砲の位置を、上三度、右五度調整!」
『イエスサー!』
 すぐに返事が返る。目の前の巨砲が重く身震いするのを確認しながら、ウラキは通信機に向かって必死に話しかけた。
「アムロ! アムロ、アムロ! ……どうなった、俺の声聞こえるか!」
 しかし通信機からはザザザ……という無機質な音しか聞こえて来ない。
「アムロ!」
 光が見えたのは一瞬だった。……しかし、光学モニターでもようやく目視出来る箇所に、ついにシュバリエが到達した。そのごま粒の様な点を青空の向こうに確認しつつ、ウラキは叫び続ける。
「アムロ!」
 目視出来るという事は、全ては無理だったんだ。どのくらいのサイズまで小さくなったのか、突入で燃え尽きてくれるのか、なによりアムロが今どんな状態なのか。全てが分からない。
「くっそ……!」
 ウラキは拳を握りしめた。……いつの間にか汗は引いていた。静かに沸き上がって来た、怒りのせいで。












2008.01.09.




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