同刻、月、アナハイムエレクトロニクス本社。
「……おかしいわね」
ニナ・パープルトンは数時間前からずっと監査室に詰めていた。企画開発部の主任で、モビルスーツのメインシステムエンジニアである自分がやる仕事では全くないが、早急に調べなければならない事があり……この一ヶ月程の、連邦軍とこの社との取引関連資料を確認していたのだ。
「……」
何故そんなものが必要になったのかと言うと、アレだ。今日急に旦那から連絡があって、かなりの独断と偏見で試作段階の大型兵器を貸し出して(?)しまったのだが、その理由を何とか見つけなければと思ったのである。そもそもあの超長距離試作メガ粒子砲はどういうプロジェクトで作られたのだっけ、どこに納品予定なんだっけ、一日遅れるとマズかったっけ……などとそういうことだ。そう思って検索を掛け始めたのは良かったのだが、
「十二月三日、十二月三日……この日、何かあったっけ?」
どういう訳か二十日程前からの全資料にニナのIDでもアクセス出来ないプロテクトがかけられており、まったく反応が無いのだ。もちろん、監査担当の社員を呼べばある程度は確認出来るのだろうが、通常はそこまでしなくても公に見れる深度の資料だ。何故この日から……と思ってニナは必死に思い出そうとした。
「あ」
そして思い出した。この日は確か、ロンド・ベル隊の新作モビルスーツの件で会議があった日だ。ブライト・ノア大佐と、アムロ・レイ大尉が来て、確か子ども達が保育所から抜け出しちゃって大変で……と、そこでふと思った。
「……」
慌てて十二月三日以前の資料に目を通してみる。その数日前の資源関係の資料に『ガンダリウムγ200t』とある。……あら、この数字何処かで聞いたわね、しかも今日。更に運搬関係の資料にも『二十日過ぎに連邦軍からサイド7沖、弊社宙空ドックに移送予定』と書かれていた。会計関係の資料にはさすがにニナも目を通す権限が無い。そして思った。
「今日は二十四日……ガンダリウムγはロンド・ベル隊の新作に使う名目でアナハイムが受託し……それは二十日過ぎに輸送される予定で……」
そこでニナは端末の電源を落とした。
「そして今日、ウチの旦那は『ZZのハイメガキャノン砲』の三倍くらいの出力の、『地上からガンダリウムγ200tが撃ち落とせる』メガ粒子砲が必要になっている、と」
……溜め息が出て来た。出来過ぎてる。これはまずいんじゃないだろうか、かなり。もう、自分に出来る事は何も無さそうだが。そう思って監査室を出る。
「……あら、専務」
「あ、あぁ君か」
部屋を出たばかりのところで、逆に大慌てで部屋に入ろうとしていた一人の男とぶつかりそうになる。……怪しい。ニナは自分が勝手に兵器を移動させた言い訳を見つけようと思っていたことなど全く忘れて、思わず飛びついた。
「そう言えば、専務!」
「な、なんだね」
「実は今日、地上で重力下テストをしていた試作のメガ粒子砲が一基……」
「?」
「……ふとした都合で輸送トラブルに遭いまして。それで回収が一日遅れる事になってしまったんです。申し訳ありません。後で報告書でも上げますけど」
「ああ、何の問題も無いんじゃないかね? それくらい」
不自然に眼鏡を何度も押し上げながらそう答える専務に、ニナは再度確認した。
「問題ないですか? そうよね、問題無いですよね。例えばそれが……」
専務は一刻も早く監査室に入りたくて仕方が無いようだ。
「例えばそれが、宇宙から降って来るガンダリウムγを地上から打ち抜ける出力のメガ粒子砲だったとしても」
「!!」
「……お忙しいのにお引き止めしてごめんなさい?」
それだけ言って微笑むと、ニナは満足して廊下を歩き出した……全く冗談じゃない、と思う。
冗談じゃない、うちの旦那に何をやらせるのよ! 未亡人になる気は無いのに!
艦隊全てのモビルスーツが出撃したのだが、やはりさして大きな影響をコアブロックに与える事も出来ず、既に全機がそれぞれの母艦に帰投していた。
「……どうなってますか!」
自分の機から真っ先に飛び出して、格納庫脇のモニターに取り付いたのはサットン少尉だ。
「いや、こう遠くちゃ大して見えないんだがよ」
それにアストナージが答える。既にモニターの前には整備兵達が鈴なりになっており、その有様に後から降りて来たケーラが声をかけた。
「なーにやってんの? ブリーフィングルームのモニターで見たらいいじゃないの、あんたたち」
「あっ、そうか!」
「そうだった、その手があった!」
その言葉に皆が大慌てでブリーフィングルームに駆け込む。全機が帰投したということは、後は……アムロ・レイ大尉による前方に回り込んでの最終射撃のみだ。
これが終わったら、もう宇宙で出来る事は何も無い。
アムロは一斉攻撃を仕掛けている皆の脇をすり抜けて先回りし、今頃は大気圏すれすれで待ち伏せているはずだった。誰もが緊張した面持ちであまり映りの良く無いモニターを凝視し、その瞬間を今か今かと待っている。
宇宙時間午後十五時四十分過ぎ。
「大尉……!」
サットンが拳を握りしめる後ろでは、アストナージが恋人に「おかえりなさい、中尉」と小さく声を掛けていた。
「結局最後の最後はアムロ大尉に頼るしか無いっていうのが……辛いよね」
ケーラがそう答える。アストナージは何も言わずに彼女の手を取って、二人も画面に目を向けた。
「……変な頼みで悪いんだけどさ」
狙撃予定地点……つまり、落下して来るシュバリエコアブロックと地球の間に到着したアムロは、機を翻して一緒に射出されたエネルギーパックとハイパーメガランチャーを拾い上げたところだった。
『何だ?』
ウラキとの通信は、まだ繋がったままだ。特に話をし続けていた訳ではないのだが、どうしても切れなかったのだ。
「あのな、コウ。……最後まで通信を切らないで欲しいんだ」
『……分かってる』
装備を乗せて来たゲタは、少し勢いを付けて蹴ってやるとあっという間に地上に向けて落ちて行く。それだけ大気圏スレスレ、ということだ。
『分かってるよ。切るわけないじゃないか』
「ならいい」
顔を上げて、シュバリエコアブロックを睨みつける。
モビルスーツ隊の必死の狙撃で多少いびつに歪んでいるが、大して小さくなってもいない。
肉眼でも目視出来る場所に、それは迫って来ていた。
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2008.01.09.
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