「……」
 ラー・カイラムの艦橋で通信を聞いていたブライトは、思わず言葉を無くしていた。戦闘中の通信を聞く事は戦艦に乗っている以上ままあるが、通常はミノフスキー粒子の妨害電波によりここまでクリアにパイロット同士の会話など耳に入っては来ない。
「艦長……」
 誰か聞いているか。……誰か気付いているのか。どこかに届いているのかこの会話は。驚いて振り返ったオペレーターと同じくらい、自分も呆然としていた自覚がある。
「……作戦行動全体はどうなっている」
「え、あ、はい……全艦から発進したモビルスーツ部隊は、順番に波状攻撃をかけシュバリエ残骸を追っていますが、今の所さしたるダメージも無く……」
「予定通りのスピードで、コアブロックは落着コースをとっています」
「そうか……」
 カイとボギーが『わざと』、アングラを経由して通信回線を繋げた理由がよく分かったような気がする。これは、この宇宙と地上との会話は、今回の茶番を仕組んだ連邦軍上層部と、アナハイム幹部と、ネオジオンというテロリストに対しての最大の皮肉だ。命をかけた嫌みだ。
「……そうか」
 シュバリエの残骸を睨みつけながら、思わずブライトは艦長席の肘掛けを殴った。
「墜ちろよ、いい加減……!」
 どうしてこうも毎回、腐った奴らの後始末の為に、自分たちが……命を賭けなければならないのだろう!



「……聞いてらんねぇな」
 自分が手助けして繋いだ地上と宇宙の会話を聞きつつ、だがしかしカイはそれを消そうとはしなかった。何事だと思うだろうな、この会話が聞こえてしまったテロリストの連中は。……それから、恐らくただの事故として後で適当に処理するつもりだった連邦軍の上層部も。アナハイムの幹部も。
「……聞いてらんねぇな」
 カイはもう一度そう呟いて、目の前の端末の青白い画面を睨みつけた。……予想落下地点の北米とは正反対と呼べる場所に今回いた自分は、これ以上のアシストが出来なかった。シージャックの発覚からガンダリウムの落着まで合計しても五時間程。本当に見事な『ミニコロニー落とし』としか言い様が無い。拍手を送りたくなって来る。
「送らねぇけど」
 先ほどから何度も検索を掛け直しているが、やはりどの反政府組織からもテロの犯行声明は出ていない。現在はアナハイムに潜り込んでみているが、恐らく何処かに極秘裏に輸送された……のではないかと思われる『残りのガンダリウムの行方』も分からない。八方塞がりだ、と思いつつ端末の前で一回伸びをした。それから脇にあったコーヒーを手に取ったが、冷め切ってただ苦いだけのそれに眉を顰めた。
 ……カミーユ・ノート、のようになればいいと思う。
 裏で、まだ宇宙にいる一人のパイロットと、地球にいる一人のパイロットの会話は続いている。
 カミーユ・ノートのようになればいいと思う、アングラの連中がこれを憶えていて。本当は今回何が起こっていたのか、その真実に気付いて。
『その場合は、一緒に撃てよ、残りを。……俺ごと』
『嫌だ! ……そんなのは嫌だ!』
「……っ」
 本当にもう聞いていられない。カイはゆっくりと、通信機の音声を切った。そうしないと自分はこの冷めたコーヒーを、きっと部屋の壁に向かってマグカップごと投げつけてしまう。……そう思った。



「穏やかじゃねーな」
「これ、相手誰ですか……」
 オークリーの地下シェルターでは、内部に響き渡る通信を聞いて心配そうな顔になった兵達が、通信機器のある部屋に集まって来ていた。……その数二十数余名。おいおい、全員かよ。ボギーは思った。
「相手? ああ、ウラキ大尉が話をしている相手か?」
「そうです」
 もう、オークリー基地の滑走路にはウラキ大尉しか残っていない。ウラキ大尉と彼のジェガンと、それから現実離れした超長距離試作メガ粒子砲だけだ。ボギーはちらりと時計を見た。十二時半を過ぎたか。
「あー、お前らそりゃ……」
 宇宙ではシュバリエのコアブロックに対するモビルスーツ隊による攻撃がそろそろ終わる頃だろう。
「有名人だよ」
「有名人?」
「そう、有名人」
 やべえな。こいつらには聞かせるんじゃなかったか。ここでこの人数にパニくられたらたまったもんじゃない。
「ロンド・ベル隊のアムロ・レイ大尉だ。お前ら、アムロ・レイとウラキ大尉が二人掛かりって言ったら……絶対止められるに決まってんじゃネェか。落ち着けよ」
「……」
 皆一様に黙った。正義感でここに残ったが、失敗した場合、そしてとても運が悪い場合には地下三百メートルでも安全とは言えないのだ。
「いいから聞けよ。それでもな、俺はこの二人に話をさせてやりたかったし……」
 ボギーは頭を掻きながらこう続けた。
「この会話をお前等に聞かせたかったんだよ。……分かったか」
「……はい」
 驚いた事に最初にそう答えて顔を上げたのは、軍人ではなくて巻き込まれてここに来てしまったアナハイムのチームリーダーだった。すると続けて、皆が次々と顔を上げる。
「そうですよね……ウラキ大尉は愛妻家っぽいし」
「子だくさんだって聞きましたし」
「こんなところでくたばる分けないですよね!」
「……」
 おい、なんかズレてるなあ。でもお前の嫁さんは、なかなかいい部下を持ってるみたいだぜ。
 ボギーは苦笑いしながら煙草に火をつけた。あのう、ここ禁煙なんですけど……と、若い通信兵が顔を顰めて文句を言った。












2008.01.08.




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