宇宙時間午後十七時十分過ぎ。
「……」
現在この艦隊に所属する機体の中で、リガズィが……つまり自分の操る機体が一番足が速い。なので、準じてアムロの出撃も最後になる。
『じゃあ大尉……出来る限りやっつけてきますから!』
「頼むぞ」
先に飛び出して行くケーラ機の後ろ姿を見送った後、アムロはあまり写りが良いとは言えない遠距離用モニターに視線を移した……さすがラー・カイラムの砲列甲板と言ったところか。画面に映るシュバリエは主砲の直撃を受けて吹き飛び、大小さまざまな破片は残るもののそのサイズは三分の一ほどになっていた。ただし、肝心のコアブロックはほぼそのままだ。巨大なガンダリウムの塊を80MV程度でどうこうしようというのがそもそも無理か。
『大尉。全機発進しました。いつでもどうぞ』
オペレーターの声に、アムロは遠距離用モニターから顔を上げる。
「……分かった。アストナージ、ハイパーメガランチャー射出準備は!」
『いつでもどうぞー!』
「ちゃんと拾える場所に射出しろよ!」
『はいよぉ、任せて下さい!』
「アムロ・レイ、リガズィ出る!」
アムロが格納庫から飛び出した数秒後に、先ほどの射撃で多少修正されたポイントにハイパーメガランチャーと、それからエネルギーパックが纏めてゲタに乗せ射出される。
俺に出来る事は何だ。
『……ん艦モビルスー…隊、目標周辺に到着しました、一斉射撃を開始…ます!』
ロンド・ベル隊に所属する全機がシュバリエの残骸潰しに躍起になっているその脇を、リガズィは凄まじいスピードですり抜ける。出し惜しみなどこの際しても仕方ない。本当に全機だ。全機出撃しているはずだ。艦を出たとたんにオペレーターの声が遠く、そして不明瞭になった。またミノフスキー粒子の濃度が濃くなったか?
『……アムロ』
シュバリエが向かって来るその先……成層圏の一歩手前まで一気に突き進もうと思っていたアムロは、急に入って来た妙にクリアな通信にやや驚いた。
「ブライト?」
『よし、繋がってるな。作戦はこれまでのところ予定通り進んでいる。ところで……アムロとどうしても話したい、という相手がいるのでこの回線を繋いだ』
「これ何だよ……通信がこんなに通じる訳ないだろ、今」
『実を言うと、ちょっと違法なルートで繋いでいる。某武闘派ジャーナリストと、某大佐の入れ知恵だ』
それは間違いなく、カイとボギーの事だろう。凄まじいスピードで地球に向かって進みながら、アムロは少し呆れた。
「いいのか。これじゃ……」
『ああ、こうなったらわざと聞かせてやろう、という趣旨らしい』
アングラの通信ブイを使った回線ということか。アムロは溜め息をついた。
「なるほどね。……で?」
『では繋ぐ。相手は地上にいる』
「……」
しばらくの雑音と沈黙の後、彼と繋がった。
『……レイ大尉?』
『……ウラキ大尉?』
十二月二十四日、地球時間十二時十五分。
「……」
いざ繋がると言葉が出て来なくて困った。……本当に信じられない、あのボギーが約束を守るとは思わなかった! ウラキは思わず手を握りしめた。
「……あ、お久しぶり。元気?」
『大尉こそ。っていうかアムロでいい』
「俺もコウでいいけどさ……」
ジェガンの中で、ウラキは妙に緊張していた。
「あー……あのさ。そっち……ぶっちゃけどう?」
『……』
微妙な会話だった。
『数分前に主砲による射撃が入った。けど、ガンダリウムだからなあ……全くどうにもなってない感じ?』
「どうにもなってないか、やっぱり」
話しながら自分たちの呑気さに、ちょっと申し訳ない気分になった。
「っていうか、妙にクリアじゃないか、この通信」
『いや、なんかアングラの回線使ってるらしいよ。わざと』
「……」
そりゃ凄い。……いくら連邦上層部が役に立たないからって、そこまで使うとは思わなかった。たまげた。
「こっちは、一応超長距離試作メガ粒子砲とか用意してる。……落着予定箇所で、光学モニター頼りで、狙撃手が俺ってのがいまいち不安だけど」
少し息を飲むような間があって、それから返事が来た。
『……そっか。俺の方は大気圏突入寸前にもう一発だけ大きいのブチかますために、予定箇所に今向かってる。阻止限界点はさっき突破しちゃったんだけど、大気圏突入にはまだちょっと時間あるからさ』
「そっか」
『うん』
「……」
『……』
そこでまた、互いに黙る。……ウラキはコクピットの中で確認出来る写りの悪いモニターと、それから赤道に近いオークリーの晴れ渡った空と、見えないアムロを見上げた。
「……あのさあ、アムロ」
『なんだ?』
「そこから地球は……綺麗に見えてるか?」
『……ああ』
本当に見てくれたんだな、と誰にでも分かるような間があって、アムロが答えた。ウラキは嬉しくなって来た。
「俺さあ。……地球に墜ちて行くコロニーを宇宙から眺めたことがあるんだ。止められずに。それさ、一年戦争の頃の話じゃなくてさ。本当に俺が止めなきゃならなかったコロニーだったんだ」
『……』
「その時に思ったんだ。……綺麗だな、って。地球って、本当に綺麗だなって。だから、嫌なんだ」
『……そっか』
「何かがこの星に降って来るのとか、もうたくさんなんだ。それだけ」
『……そっか』
長い沈黙があった。そしてそのあと、アムロは言った。
『これから、成層圏の直前で一発撃つんだけどさ』
「うん?」
ウラキも答える。
『一発しか無理なんだよな。外れたら……後は頼む』
「……うん」
『もし俺が全部撃墜出来なかったらさ。……まあこの機体には大気圏突入能力があるから、そのまま一緒に墜ちると思うんだけどさ』
「……うん?」
ウラキは思わず立ち上がりそうになった。
『その場合は、一緒に撃てよ、残りを。……俺ごと』
「嫌だ!」
ウラキは本当に、狭いコックピットの中に立ち上がった。
「そんなのは嫌だ!」
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2008.01.06.
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