「主砲発射、一分前!」
「カウント入ります」
「読み方、始め!」
『50,49,48……』
 ラー・カイラム艦橋は並々ならぬ緊張感に満ちていた。旗艦、主砲発射の後全艦隊からモビルスーツ隊が発進。二発目は無い。
『44、43、42、41……』
「艦長! 通信入りました」
「誰だ」
 今更第四軌道艦隊本部やラサからでは無いだろう。音信不通になって久しい。
「あ、えっと……」
『……35、34、33……』
「だから誰だ」
「それが、その……いつもの方です」
「カイか? 繋げ」
 よくここまでの状況で通信が出来るものだ。そう思いながらブライトは目の前のモニターに目をやった。大きなスクリーンには『PONR』の文字が踊っている。その脇にカウントが二つ。主砲発射まではあと三十秒。
 阻止限界点……ポイント・オブ・ノー・リターン通過まではあと十分。
『ブライト? 今大丈夫か』
「全く大丈夫じゃない。あと数秒で主砲の発射だ」
『いいタイミングなんじゃないの〜』
 全く色合いの違う二つの音声が、ラー・カイラムのブリッジには響き渡り、その後ろでカウントは続いていた。



「行きますよ、アリスの親父ー!」
「おお気張って行け! てめえら、晴れの舞台だぜ!」
『30、29、28……』
「これ、成功したらなんかご褒美貰えますかね、アリスの親父!」
「んなこたあ艦長に聞けよ!」
 砲列甲板には相も変わらず、多少ふざけて、そして陽気な大声が響き渡っている。この緊張した場面でも、だ。
『15、14、13……』
「標準、最終確認終了!」
「エネルギー最終確認終了!」
「艦固定、最終確認終了!」
 これもひとえに、この集団を率いるアリスタイド・ヒューズという人物の性格故だろうか。
『3、2、1……』
「ファイヤー!」
 アリスが高らかに叫んだ。……それはどこか誇らしげに。



 音こそ伴わないが、大きな光の束が先行する『シュバリエ』に向かって駆けて行く。艦橋にいたブライトが、格納庫で待機していたアムロが、そしてロンド・ベル艦隊の全ての艦が、つまりそれを眺める事の出来た全ての人々が、その光景を息を飲んで見守った。……どのくらい落とせるんだ、止められるんだ。間に合うのか、俺達は。眩しさのあまりに目を細める。
 間に合うのか、俺達は。
 止められるのか、この輸送艦が地球に堕ちるのを。
 ……それは確かに一つのクライマックスだった。



「……眩しい」
 非常に単純な感想をブライトはつい漏らしてしまった。慌てて艦橋正面の大きなモニターに目をやる。PONRのカウントは十分を切った。
「全艦に通告」
「アイサー」
 オペレーターも似たような状態だったらしく、女性クルーなどは何度も頭を振り、目に手をやっている。ブライトは咳払いをひとつすると、命令を下した。
「……ロンド・ベル全艦隊に告ぐ。モビルスーツ隊は全機発進。たった今旗艦主砲による目標物の狙撃が終了した。ロンド・ベル全艦隊に告ぐ。艦に護衛など残さなくてよい。輸送艦『シュバリエ』の残骸、及びコアブロックの破壊に向かえ……」
 そこでブライトは目をしばたかせながらモニターをもう一回凝視した。……ああやはりこの艦の砲列甲板は、とんでもなく腕が良いらしい。砂嵐の彩る画面だったが、コアブロック以外は直撃で見事に吹き飛ばされた、『シュバリエ』の姿がよく見えた。
「出来る限りの手を尽くせ。……砲列甲板、良くやった。以上!」
 どっと沸き上がる歓声の中、今度はモニターに、それぞれの艦を飛び出して行くモビルスーツ隊の光が映る。 
 そんな時、もう一回彼の声が響いた。
『……で、ブライトさんよ』
「カイか。……よく今の衝撃で通信が飛ばなかったな」
『まさにそこがポイントなわけよ。……いいか、実は俺は今、テロリスト共が不法に設置した通信ブイを経由してそこに回線を繋げてる』
 そこでやっと、主砲発射の直前までカイと会話していたことを思い出した。
「……」
『後で説明するが、今回はどうも上に踊らされてる。だから逆にアンダーグラウンドに情報流した方がいいんじゃねぇの、ってのが例の大佐さんの意見だ』
 例の大佐、というのはハンフリー・ボカートの事だろう。
「……で?」
『アムロと話がしたいんだそうだ』
「アムロもそろそろ出撃するはずだぞ?」
『不法設置の通信ブイを経由した地上との連絡ルートを、今からファイルでそっちに送る。だから、頼むから急いで繋いでやってくれ、アムロと……』
「誰を」
 かなり疑問に思ってブライトは聞いた。通信の向こうのカイは、迷わずこう答えた。
『落着予想地点で彼を待ってる……ウラキ大尉とを』
 ……ブライトは無言で、ファイルの受け取りをオペレーターに指示した。












2008.01.04.




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