「早速だがミーティングを始める。……まずこれまでの経過をカムリから。」
地球時間の九月十一日午前九時半、『シャア』が軟禁されている大きな部屋のすぐ真隣にある小部屋で、諜報四課の朝のミーティングが始まった。もちろんアムロも参加する。
「では現状の再確認を。……我々はコロニー時間の九月二日午後三時五十四分に、サイド5、コロニー・リコッテの中央宇宙港にて、一人の人物を確保した。容疑は『旅券詐称』及び、『争乱の実行』……ただし、連邦軍のデータバンクに照会したところ彼の身体的特徴が「とある人物」とかなり一致したため、即時に確保を拘束へと変更。容疑はこの時点で『地球連邦へ争乱、及び革命の煽動』、『非連邦的噂の流布』、『公安保守的データ及び記録の改ざん』……以下は略すが、計十八の容疑に変更された。」
すごいな、とアムロは思う。……『シャア・アズナブル』という人物一人に、それだけの容疑がかかっているのか。
「翌、九月三日から九月四日にかけて、我々は『シャア・アズナブル』と思しき人物を極非理に地球へ移送……本人の承諾を得てDNA鑑定を開始した。」
このチベットの山奥の屋敷には、諜報四課のメンバーが最低でも十人が滞在しているようだった。ウスダとカムリが諜報要員で、他の八人は保安要員らしい。この小部屋でのミーティングには現在当番としてシャアの部屋の前に待機している二人以外の、六人の保安要員も参加していた。だがまあ、屋敷周辺にも人員が配置されているかもしれないので、現実にはもっと多いかもしれない。
「三日後、九月七日の時点に於いて三分の一の確率ではあるが拘束した対象が『シャア・アズナブル』本人である可能性が浮上。ただちに、DNA鑑定以外の方法でも本人かどうかを判断できる方法を探した。」
そこでやっと自分の出番である。……多分。
「検討した結果、我々はサイド1宙域に飛んだ。」
ウスダがアムロを示して言った。
「皆に紹介する。……彼は宇宙軍、第四軌道艦隊所属ロンド・ベル隊のアムロ・レイ大尉だ。今回の事で特に来て貰った。」
よろしく、と軽機関銃を脇に携えたままで保安要員の六人が頭を下げる。アムロも黙ったまま少し頷いた。
「九月八日、ロンドベル隊と接触。大尉の同意を得て翌九月九日地球に向けて降下。昨日の夕刻にここに着いてからの経過は、皆も知っての通りだ。……そしてこれから、予定どおり大尉にはシャアとの『対話』を始めてもらう。」
ウスダは時計をちらり、と見た。
「……時間があまり無いな。……では、次は昼過のミーティングで。」
M-71A1を入口の保安要員に預けたアムロが扉を開くと、シャアは昨日とまったく同じ場所に、窓脇の椅子に腰掛けて窓の外を眺めていた。
「……やあ。来たな。」
「……仕事だからな。」
違うのは、窓に差し込む日射しの高さだけだ。……昨日の夕刻、あれほどまでにこの部屋が明るく見えたのは、あれは夕日がちょうど差し込む時間だったからなのだとアムロは気づいた。実際、今日見る午前中のその部屋はひどく暗く、色褪せて見えた。
「座ったらどうだ。……今朝、黒いスーツの男が医者と一緒に来て、椅子を一つ足していった。君の分の椅子だろう。」
見ると窓の脇に、シャアの椅子と向かい合うように似たような椅子が一つ置いてある。なんと言うのか名前も知らなかったが、背もたれとひじ掛けの付いた布張りの、猫足の椅子だった。
「……ウィングチェアというのだよ。」
こちらを見向きもしない男に答えを言われてなんだか気まずい気持ちになった。窓辺まで歩いてゆくと、わざと音を立てて椅子を引き、どっかりと座る。
「……どこか悪いのか?」
「なんだって。」
「だって、今、医者って言っただろう。」
「……毎朝来るが、規則の一部ではないのか? ……だから、地球連邦軍の、捕虜に対する。」
「………」
言われてなるほどな、と思った。では、具合が悪いのでは無くて健康診断か。
「……ここには医者なんていなかったと思うけどな。」
「ああ、ラサから来ている、と言っていた。ラサから毎朝ヘリで一時間かけてくると。……おや、では君は今日寝坊をしたな? ヘリの音を聞かなかったんだな、朝六時にいつもくる。」
そこでシャアは初めてちらり、とアムロを見た。少し笑っていた。……アムロはまた気まずい気分になった。
「……それはともかく、」
「まあ、待ちたまえ。……君は気短だな。せっかく医者の話になったのだから、ここはそのまま私の体調についての話題を続ける方が、尋問としては有効だ。」
「………」
何故、俺の方が尋問の仕方について教えられる羽目に陥っているのだろう。……『尋問について』の勉強なんてしたことがあったかな。……あったような気もする、南極条約に基づく捕虜の取扱いについて、とか。
「……で。」
最終的にアムロが会話を丸投げすると、シャアは満足そうに続けた。
「今、五種類の薬を飲んでいる。……パキシル、ドグマチール、リーマスを夕食後に一錠づつ。ハルシオンとピレチアを就寝前に二錠づつ。……これが何の薬か分るか?」
「分るわけが無い。」
そこはアムロも即答した。……というか俺が来るまでよく、こんな人間に対する尋問を、諜報の連中は根気よく続けていたものだと思う。
「……ふむ。不眠症と鬱病の薬だよ。」
その返事に、アムロは少し身を乗り出した。
「……そんな物を飲んでモビルスーツに乗ったら……オーバードーズにならないか?」
「もちろん、なりかける。」
シャア、も身を乗り出した。
「……おかげで人の三倍早く動ける。」
その返事を聞いた瞬間にアムロはこのジャンキーと……いや違った、『シャア・アズナブル』と、きちんと会話をしてみなければという気持ちに、やっとなった。
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2006.07.08.
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