「それは違う。」
いきなり否定されて、一瞬何のことやら分らなかった。
「……何が。」
「ブライトが来なかった理由だ。……彼は『忙しいから』ここに来なかったのではない。」
男は、窓辺でゆっくりと椅子から立ち上がるところだった。……もともとここは、屋敷の主人が使う主寝室として設えられた部屋らしい。向かって左手にはベッドが有り、右手にはちょっとした書斎のようなスペースがあった。アムロは慎重に自分と相手の距離を計ながら、右手を背後に回した。……諜報の連中がこれを持ったまま俺を中に入れさせてくれたのは有り難かったな。
「……では、何故。」
「それはブライトがまだ、」
男はアムロの方を向き直った。アムロはM-71A1に手をかけた。……シャアだ。
「ブライトがまだ出世を諦めていないからだ。……こんなところまで来る人間は貧乏くじを引かされた人間に決まっている。」
シャアだ。……見た目は間違い無く、シャア・アズナブルそのものに見えた。少し長めの淡い金髪は上げられておらず、額にふんわりとかかっている。その為に傷跡をしっかりと確認することは出来なかったが、同じく淡い色の瞳が、前髪の向こうから自分を笑っているのが分かった。少し血が昇った。
「……じゃあ、俺は出世を諦めている、と思うのか?」
「……驚いたな、諦めていなかったのか?」
「もちろん諦めている! 最初からだ!」
シャアは、今度は少し声を上げて笑った。口元が綺麗な弓形になった。
「……一つ確認したいんだが、」
「なんなりと言いたまえ。」
可笑しいな、このやりとり。……と思いつつもアムロは質問を続けた。どうせ明日から、嫌でもこいつと会話をし続けなければならないんだ。しかし、入って一分ほどで、あまりの不快感に既に倒れそうになっているのに、この先自分はこの任務を本当に遂行出来るのだろうか。
「……あなたは、」
M-71A1にかけた右手がじっとりと汗ばんでいるのが分る。
「……本物の、」
天蓋付きの御大層なベットの脇にかけられていた巨大な時計がその時六時を告げた。
「………シャア・アズナブルか?」
ボーン、ボーン、ボーン。……三回。
「……驚いたな、それを聞いてはお終いだ。それこそが、君の確かめるべき重要な真実なのだろう?」
ボーン、 ボーン、ボーン。……もう三回。
「でも答えない理由も無いな。……答えはイエス、だ。」
もう少し鳴り続けてくれればいいのに、もう時計は鳴らなかった。
「……心象、というのを聞かせてくれ。」
部屋から出て来たとたんに、ウスダに声をかけられた。カムリが部屋に案内する、と言って、警備の人間を残して三人は暗い廊下を歩き出す。
「第一印象で構わない。……大尉、あなたの目から見て、あれは白か? ……黒か?」
「……真っ黒だよ。」
アムロは吐き捨てるようにそう言った。
「許可があったらあの場で射殺していたかもしれない!」
カムリがぎょっとしたようにアムロのズボンの後ベルトに挟まれているM-71A1を見た。
「……そうか。……そうか分かった、だが我々の目的は彼を射殺することでは無くて、テロリストとして裁判にかけることだ。」
奥まった場所に有る、本部の設置されている地下への階段のすぐ脇の部屋にアムロは案内された。今日はもう休んでくれ、夕食は後で部屋に届けさせる、と言う。
「有り難い。」
気づけば艦隊を離れて、丸二日が経とうとしていた。
「では。……それから、明日からシャアとの面談の際には、大尉の拳銃は預からせてもらうこととしよう。」
「……どうせ断れないのでしょう。御自由にどうぞ。」
アムロはもうただひたすら眠りたかった。
翌日、目覚めたアムロはまず第一にミノフスキー粒子の予報図を希望した。……これは、天気予報のようなものであり、その濃淡によって、各地のその日の通信状況が変わってくる。特に地球上では必要不可欠なものだった。
軍隊生活が長いせいか、時差のずれにも身体がすぐに適応し朝食は快適に取れた。……問題は通信だ。与えられた部屋はそれほど広くは無かったが、それなりに小綺麗でアムロは気に入った。サンドイッチをくわえたまま、届いたミノフスキー粒子の予報図を確認する。……やはりよほどの出力のアンテナが無いと、この地理条件、このミノフスキー粒子濃度の中で通信を送るのは無理か。アムロは舌打ちをした。自分の持って来た端末には携帯電話程度の外部アンテナ機能しか付いていない。極非理に誰かに通信を送るのはとても無理だ。……例えば、ブライトに渡された『アクセスキー』を使ってみるであるとかそういうことは。もしこの状況下で単独で通信をしたいとなったら、野外戦用の巨大なパラボラアンテナくらいが必要になるだろう。
設定されたシャアとの面談時間は、午前十時からである。その前に一回、ここの通信設備を確認しておこうと思った。
本部に続く階段を下ってゆくと、諜報四課の保安要員らしき黒スーツの男達に行く手を阻まれた。IDを見せ、本隊と連絡を取りたいと伝えたがやたらと確認に時間がかかる。……まったく勘弁して欲しいよ、と思いつつドアの外で足踏みして待った。
「早速だな。」
中からウスダが顔を出して驚いた。……やっと顔を覚えて来た。年上で、のっぺりとした顔で、おでこの広い方がウスダだ。妙に印象に残らない顔だ。諜報には向いていると言える。そして、もう少し若いのがカムリだ。まあ、違いは微妙だ。
「……所属する部署との連絡は自由だと聞いた。」
「今の時間は濃度が濃い。……直接通信はノイズが多いだろう。」
「それでもいい。」
アムロは強引に地下室に自分の端末を持ち込んでアクセスを試みた。……もちろん、本部内の構造を頭に入れるのも忘れなかった。
『……アムロ大尉!?』
出た相手がオペレーターではなくケーラだったので驚いた。
「……ケーラ? なんでオペレーター席にいるんだ、」
『それが……大尉への…うこく書を……うとして……』
確かにノイズがひどい。ブライトに回してくれ、というと砂荒らしだらけの画面に切り替わった。
『……アムロ?』
「俺だ。……何か変化は。」
『特に…いな……ッチはど……だ……』
ミノフスキー粒子が濃すぎる。……この本部にはそれなりの出力のアンテナが有るだろうに、それでも宇宙との直接通信は難しかった。
「あー……もういい。切るぞ?」
『用が無……ら連絡するな……』
ひどいことを言われて通信は切れた。……アムロはため息をついて席を立った。
もちろん、部屋を出る直前に、サーバーの裏に『アクセスキー』のディスクをこっそり張り付けるのも忘れなかった。
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2006.07.07.
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